13.びっくりというより、びくついちゃうよ
竹林を抜けると、家々が見えてくる。それは雪花の知っているような住宅街ではない。
木々の隙間から見えるのは茅葺屋根や、瓦屋根の日本家屋。
家の横には薪が積み上げられている。
道は、踏みならされた芝を敷いた道になっていた。そしていつの間にかそこから大柄な男が近づいてきた。
「――若」
腰をかがめて気配を最小限に抑えてスッと寄ってくる様子は、まるで時代劇の忍者か付き人のよう。驚いていると、彼は雪花を見てニッと笑った。
大柄な体躯は、なかなか見かけないほど立派。だが、その立派な体躯とは別に、安心させるというか頼れる笑みを見せる人だ。
綺麗な顔というのとは違うが、男前というのだろうか。
「こちらが、若の選んだ方ですか。別嬪さんだ」
別嬪!? 褒められているんだよね。美人という意味だよね。そんなこと言われたことないので、驚いてちょっと赤くなってしまう。
「――おい」
ほんのわずかに、森羅が声を低くする。これまで余裕の態度の彼しか見たことがないから驚いた。
「若のお相手に手を出しませんよ。お褒めしただけだ」
彼の朗らかな笑いに、森羅は苦笑して雪花を見下ろす。
「雪花。こいつは、黒雨という。俺が子どもの頃からのつきあいだ。俺の護衛についてくれることが多いが、今後は雪花も任せることになる」
「若は、俺の護衛なんぞいらんでしょ。――よろしくお願いしますよ、雪花様」
「よろしくお願いします。ええと黒雨さ、ま?」
「様はやめてくださいよ」
深い笑みを返される。
でも明らかに年上だし、経験豊富という感じ。
森羅より少し年上のようだ、そういえば森羅って何歳?
「ええと、じゃあ、私も様付けはやめてください」
困りましたね、と言いながらもちっとも困っていない顔で森羅を見る。
「若の奥方になられる方じゃあ、そうそう気軽には呼べませんって」
奥方!?
なんだか壮大で、身構えてしまう。そこまで話が進んでいることにもびびる。
「――黒雨」
森羅が静かに名を呼ぶと黒雨は笑いを含んだ空気をピタッと静ませる。
それはまさに、主従の関係を感じさせた。
「失礼。――ところで」
黒雨はそれまでの軽口を潜めて、森羅に屈んで何かを呟く。それは抱かれている雪花にも聞こえないほどの声にならない声。
森羅は頷いて、歩き出す。
「わかった。ところで、母上は?」
「お屋敷にいますぜ。そりゃもう、待ち構えてますよ」
お母様!? やっぱりそこまで話が進んでいるの? そりゃ、彼のうちに行ってご両親に挨拶しないとかないけど。でも彼女が遊びにきました、って雰囲気じゃないよね。
「雪花。――心配しなくていい」
(いや、でも、今のやりとりって、心配しかないよね)
「雪花様なら、問題ないんじゃないですかね。さほどお気になさらずとも」
鷹揚に笑う黒雨に突っ込みたくなる。
「お前は好きにしていい。俺は雪花を案内する」
頭を深く下げて見送る黒雨に、やっぱり主従関係を感じてしまった。
***
「森羅」
「何?」
そのまま自然体で歩き続ける森羅に、雪花は足を止めるように促す。
「私、歩けるけど」
「ああ」
彼は目を瞬いて、そのあと破顔した。
「気づかなかった」
(嘘だよね)
「雪花を抱いて歩きたかったんだ」
そもそも女性を一人抱いたまま、森を走り抜けて歩き続けられる男性は普通いない。うちの兄弟を除いては。
雪花はその首筋に手を伸ばして指先でなぞる。
ピンと張った胸鎖乳突筋は盛り上がり、ちょっとのことじゃびくともしそうもない。例えば、そこを攻撃されても、動じなさそう。
そしてこの先に続く腕も発達した筋肉なんだろう。
ちょっと腕も触りたいな。
「雪花……」
森羅は雪花がしたいようにさせていたけど、その顔が赤いような気がする。
「森羅って、実は恥ずかしがりや?」
「違うよ。雪花が――撫でるのが上手なんだ」
雪花も顔を赤くした。
お兄ちゃんや翔ちゃんの身体を撫でるのは当たり前で、ついやってしまった。
「雪花は今、何を考えていた?」
「お兄ちゃんたちのようにしちゃった、ごめんね」
「そうじゃなくて、その前」
その前?
「……腕も触りたいなって」
「いつでもどうぞ。それとも今?」
雪花はいきなり言われて恥ずかしくなった。
「それとも、他の部位」
「ほかのって!?」
え、ちょっと。
先日の森羅の生理現象をつい思い浮かべてしまって、無駄に焦る。森羅の胸を押して、慌てて降りようとしたら、森羅は逆に腕に雪花を強く抱きこんでしまう。
そして耳元でささやく。
「胸でも、お腹でも。それとも別の箇所?」
「……森羅!! 降ろして!!」
雪花が本気でもがくと、彼は地面にゆっくりと降ろしてくれた。
「森羅!!」
すごく胸がどきどきして、それをごまかすように名を呼ぶと、彼は大きく笑った。
「雪花が翻弄するからだよ。でも、雪花ならいいかな」
「何が!?」
「いつでもどうぞ。雪花には何でも見せるから」
「だから!!」
お兄ちゃん達や翔ちゃんでさえ、大きくなってから下半身は見たことない。
上半身は、お風呂上りとかかち合うけど。
でも、兄弟を見るのとは違う!! と思う。
(違う! 森羅も下とは言ってない、下とは!)
ああもう、私変態じゃないよ!
赤くなって何度も頭をふる雪花に森羅は追い打ちをかける。
「でも雪花。獣化した俺の全身は見たよね」
「見たけど!」
「どうだった?」
「どうって」
すごく大きくて、まさに王という気迫を纏った狼だった。月明かりに照らされた銀の毛並み、目は綺麗な深いブルー。鋭い牙もあったけど、怖くはなかった。
「――綺麗だったよ」
森羅は、ふっと表情を柔らかくして雪花を見つめた。
「だから俺は、雪花が好きなんだ」
その眼差しは、恋愛経験のない雪花でも読み取れた。
愛しいものに向けるものだった。




