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1.ちょっと過保護だよね

私には兄と弟がいる。

――けれど、ちょっと普通じゃない。


 東京の郊外。いわゆる二十三区外に私達の家はある。区内というと人も多くて駅前には必ず商店街があって、住宅が密集していて、渋谷とか新宿とか人混みにあふれているわけじゃないけど都会だ。


 けど区外となると起伏の激しい森林地帯がほぼ土地を占め、人が住める場所は限られており、東京近郊の埼玉や千葉や神奈川より鄙びた相当な田舎だ。


 少し前までは、土地が高いため大学がキャンパスを区外に乱立させていた。

 けれど少子化の影響で学生が少なくなり、不便さしかない田舎より都内中央にキャンパスを戻す、という現象が盛んになりつつある昨今、この辺りはますます若者は減り、不便さは際立っている。


 だって家から最寄り駅までは、車で三十分。

 最寄り駅の電車は、朝夕は三十分に一本。昼間は一時間に一本。


 待合スペースからは山が見えて、近所の山には滝がある。

 

 駅周辺には熊や猪の出没情報が流れ、本当に東京? と思わされるが、ここは東京だ。


 ――だけど、私に不満はない。


 だって、通いの大学のキャンパスはバスで三十分。


 家は郊外のため広くて大きい。

 

 ちなみに、この家は死んだお父さんが残してくれたらしいが、兄二人と私と弟それぞれの部屋があり、大黒柱のお兄ちゃんが家を手放さずに済むほど固定資産税が安く、私達を養えるほど物価が安い。

 

 とにかく、家が広いのは大事。


 ――うちにとっては。

 


 私は、バス停から歩いて十分の家まで全力疾走する。

 焦りで、身体が汗ばむ。


 お兄ちゃん達からは、十八時を過ぎる場合は迎えに行くから、絶対一人で帰ってくるなと厳命されている。かなりオーバーしてしまった微妙な時間だ。


(だって、バスが来なかったんだもん)


 一七時三十八分にキャンパス正門前の停留所にくるはずのバスが来たのは四十五分。そこからバスで到着したのは、十八時二十分。


 スマホは電源切れ。

 残りの電池は二十パーセントあったはずなのに、LINEを立ち上げたとたんに、画面は真っ黒になった。


 スマホは今年で三年目。

 最近、電池の消耗が早い。それも兄に買い替えろ、というか、強制的に新しいものに変えさせられそうになって、まだ早いよ、と止めたところ。


(やばい、やばいよ!)


 電話がつながらないなんて、相当やばい。連絡が取れないなんて、彼らにとっては緊急事態。


 ――兄と弟は、過保護だ。超、とつくほど。



 やけに家の前が静かすぎる、変だ。


 そう思いながらも慌てて玄関を開けて一息つく。仁王立ちするはずの兄弟はおらず、あれ、と思ったのは束の間。


「セーフ……」

「……アウトだけど? 雪花せっかちゃん?」


 背後から拘束される、馴染みの匂い。


 弟とはいえ、とっても威圧感に溢れているのは――彼が捕食者の性質だからか。


 ぎゅうっとお腹の前に両手が回されて、肩に頭が置かれる。首を回して振り返ると、整った顔が自分をじっと見ている。


 弟は同じく大学生。茶色のサラサラの髪に、虹彩の薄い茶色の瞳、まつげも茶色。くるくると表情を変えるし、一見美少年。女の子にもてる中性的な容姿の今の姿だと全くわからないが、実は肉食系だ。


 どちらかといえば可愛いと女の子から好かれる顔立ち、なのに今はその笑顔が怖い。

 中身は可愛いの正反対だ。


しょうちゃん……」


 だめでしたか……。

 弟は笑顔なのに、その目は怒りで収縮しているし、腕は逃さないぞとばかりに、ぎゅうっと優しく抱きしめている。けれど、絶対抜け出せない強い力。


「スマホ、……充電切れでしょ」

「ばれた?」

「バスにも乗っちゃってそれで遅れた」

「う、ん」


「雪花ちゃん、大学入ってからこれで何回目? 口で言ってわからないなら教え込むしかないよね」


 そういって、私の首に唇を寄せる。ぞくり、と全身に震えが走る。食むように彼は甘噛みするかしないかの手前で、雪花の肌に唇を当てる。


「ちょ、翔ちゃん!」

「――恐怖の匂い。帰り道よほど怖かったんでしょ?」


 確かにバス亭から家までは外灯がほぼなく、勿論コンビニも一軒もない。

 日が暮れると女性の一人歩きは怖い。だから走って帰ってきたのは事実。

 

 だけど、いまのこの汗は、そうじゃない。

 甘噛みの代わりに、彼の舌がちろりと舐めて、吸い付く予感がした。


「身体に教え込むしかないよね」

「――翔」


 鋭く切り込む声は、弟を固まらせるのには十分だった。


「いい加減にしろ。雪花に傷をつけるな」

「じゃれてるだけだよ。ホントはバス停から、ちゃんと後を見守ってたんだから」

「そうなの!?」

「当たり前でしょ。雪花ちゃんを一人で帰すわけないじゃん」


(……言ってくれればよかったのに!)


「言ったでしょ。教え込むって」


 またもや首筋にすりって顔を寄せてくる弟。


「翔――お前のものだと、所有印を付けるな」


 両サイドに切り込んだ黒髪。深い黒目、整っている顔立ちだけど、弟とは違う柔らかい人懐っこさはない。その誰にも寄せ付けない孤高の冷ややかさを放つのは、次兄の蒼士そうしだ。


 翔はわずかに不満の気配を残しながら、降参を示し雪花から体を離す。


「ちぇ!」

「食事の支度を手伝え。雪花は手を洗ってこい」

「わかったよ、もう!」

「ごめんなさい、翔ちゃん、蒼お兄ちゃん」


 頭を下げた。

 今のやり取りでもう六時四十五分。


 大学一年生で十八歳の雪花がこんな門限を守らされているのはおかしい、と一般的には思うかもしれない。


「雪花。――大学生にもなれば少しは羽目をはずしたくなるのはわかる、けれどその場合は連絡するという約束だろう?」

「間に合うと思ったの」


 でもこれで三回目。慌てて付け足す。


「でも次は気をつける、本当に!」

「――スマホは、新しいのを今日契約してきたから」

「ええ!?」

「データーの移し替えは僕がやってあげるよ。ほら、雪花ちゃんも反省してるし、冷えちゃうから中いれてよ」


 後ろから弟の翔が取りなすように、また雪花をだきしめてくる。


「ほら、雪花ちゃんの体も冷えちゃってる」


 とりなしてくれる翔に感謝するけど、ぎゅうっと抱きしめてくる力はちょっと入れすぎ。途端に怒っていた(はず)の蒼兄ちゃんの顔が、心配げに曇る。


「雪花? 大丈夫か?」

「ほらほら」


 翔に押されて、雪花が上がり框を上がると、次兄の蒼士がすかさず腕を伸ばしてぎゅっと引き寄せてくる。


「やっぱり冷たいな」


 顎の下に雪花の頭をおいて、コートごと両腕を包み込んで確かめる。


「雪花、もう次はないぞ」

「はーい」


 そういって蒼兄ちゃんの横を通り過ぎると、慰めるようにポンっと何かが背中ではねた。


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