出会いと再会
霞が教室を出ていった後、俺は霞の妨害により途中で終わっていた荷物の整理を再開した。
よし、これでオッケー。
俺は荷物の整理を終えるとやることもなくなったので、クラスの様子を見てみると、俺らが教室に入ってきた時より生徒の数は増えていて30人くらいいた。
そこにいる生徒の様子は様々でグループを作って仲良く騒いでいる人もいれば、初対面の人に積極的に話しかけようとしている人もいるし、黙々と読書している人もいるし、寝ている人もいる。
入学当日のクラスはもっと空気が張り詰めているんだろうなと勝手に思っていたから、正直この感じは意外だった。
だが、別に嫌いではない。
下手に緊張した空気が流れているよりもこっちの方が心地よい。
周りに話せるような友だちはおらず、かといって自分から初対面の人に積極的に話しかけようとする性格でもない俺はそんなクラスの様子を頬杖をしながらぼーっと見ていた。
そんな俺の右隣をふわっとした香りが香った。
条件反射なのだろうか、俺がすぐさま匂いのするその方向を向くと一人の女子生徒が立っていた。
俺の右隣の席に鞄を置いたことから、どうやら俺の隣の席の住人らしい。
痩せすぎず太りすぎずのちょうど良い体型で美しいボディーラインを描いており、身長は160センチくらいだろうか。
今時珍しいかもしれないニーソがすらっとした細い足を隠している。
清楚な印象のサラサラな黒髪の長いストレートヘアを両耳にたらしており、桃色の唇にライトブラウンの大きな瞳、小ぶりな鼻が卵形の顔に綺麗に配置されている。
一言で言えば美人だった。
俺の経験上、学年でもおそらくトップクラスの可愛さを持っている気がする。
恥ずかしながら彼女の美しさに目を奪われた俺は、釘付けとなり彼女から目を離せなかった。
だが、それは彼女がこちら側を見れば目が合うということで、彼女は自分の席に座ると、俺の視線に気づいたのかそれとも気づかなかったのか定かではないが、彼女がこちら側を向いた時に案の定目が合ってしまった。
この時、このままお互い何もなかったというように目を逸らせば良かったのだが、どちらともそうしようとしなかった結果、他人と目が合ってしまうというとてつもなく気まずい状況が数秒間続いてしまった。
こうなった第一の原因は俺が彼女をずっと直視していたことにあって、さすがにこれ以上この雰囲気が続くのが嫌だったので、俺は彼女の方をきちんと向き勇気をもって彼女にできるだけの笑顔で話しかけた。
「はじめまして、黒瀬祐也です。よろしく」
「………あ、はじめまして。佐藤朱音です。よろしくね」
数秒待って彼女も笑顔でそう返してくれた。
さっきの奴が相当やかましかったせいか、彼女が相当落ち着いているように見える。
ここで会話を途切れさせると、せっかくの仲良くなれるチャンスを失い、さらにまた気まずい空気が流れる可能性もあるので、途切れさせないために無難な話題をあげていく。
「佐藤さんはどこの中学校出身?」
初対面の人との会話の定番中の定番である出身について訊いてみた。
「南中出身だよ。黒瀬君は?」
「俺は東中出身だよ。というか南中から上代高までって結構遠くないか?」
たしか南中から上代高までは電車使っても30分はかかるはずだ。
「うん、まあまあ遠いんだけどね。ここじゃないと出来ないことがあるから」
「それってもしかして冒険?」
俺はここじゃないと出来ないと言われ、浮かんだ考えを言う。
「正解。今大学生のお姉ちゃんがこの高校出身でさ、小中学時代に冒険のことについてめちゃくちゃ聞かされて、面白そうだなと思ってきてみたんだ」
「俺とこの高校に来た理由が全く同じ理由だな」
「あ、そうなんだ。すごい偶然だね!」
彼女はそう言うが、おそらく大半の生徒がその理由で来ているだろうから偶然でも何でもない。
そんなことを言っても、場の空気を悪くするだけで何も良い影響はもたらさない。
だから俺は心の中だけでそう呟いた。
「もしかして佐藤君もお兄ちゃんお姉ちゃんの冒険の話聞いて憧れて来た感じ?」
「うちに兄はいるけど、そんな仲良くないから冒険のことについてはあんまり訊かなかったかな。ただ、自分自身で冒険というものに憧れたから俺はこの高校に来たんだ」
「へえ~、なるほど。そうなんだ」
彼女は頷きながらそう言った。
そうすると俺の隣から
「ユウ、彼女は誰?」
「うわあああ!?」
いきなり話しかけられて少しびっくりしてしまい椅子から転げ落ちそうになった。
「なんだよカズか。脅かすなよ」
今の俺からみて右隣、即ち俺の席の後ろ側、そこにはカズとなぜだか険しい表情をした霞がいた。
「別に脅かすつもりはなかったし、いつもあんな風に話しかけているはずなんだけど………」
相当佐藤さんとの会話に集中してしまっていたらしい。
「まあ、いいや。で、結局彼女は?」
「ああ、彼女は………」
「黒瀬君の隣の席の佐藤朱音です」
俺が説明しようとした瞬間、佐藤さん自身が説明した。
「ユウ……黒瀬祐也の中学の時の同級生の白石和樹です。一年間よろしく!早速なんだけど、佐藤さんのこと下の名前で呼んでもいい?俺の名前も下の名前で呼んでくれていいからさ」
カズは初対面の人と話すときまず最初にこの「下の名前で呼んでもいい?」ということを訊く。
毎回カズのこういう場面を見ていると、いきなり呼び方についての話題に持っていける度胸とコミュ力が羨ましく思える。
「私は全然構わないよ」
佐藤さんは笑顔でそう応じた。
「やった!じゃあ、一年間よろしくね、朱音!あ、呼び捨てにしても良かった?」
「私は別に良いよ。和樹君が呼びやすいように呼んでよ。こちらこそよろしくね」
カズと佐藤さんが互いに「よろしく」と交わしあっている時、霞の顔が明瞭な表情へと変わり、叫び始めた。
「あああー!思い出した。あんた城北小の佐藤朱音でしょ。私のこと覚ている?ほら、5、6年の時クラスが一緒だったんだけど………」
「………もしかして美波ちゃん?」
佐藤さんが自信なさげにそう応えた。
「そうそう、霞ヶ浦美波よ。どこかで見たような気がする顔だな~と思って見ていたけどなかなか思い出せなくて。思い出せて良かったわ。にしてもあんた全く変わらないわね~朱音!」
霞は嬉しそうに喋り始める。佐藤さんは目の前の相手が霞が合っていてホッとしている感じだった。
「逆に美波ちゃんはすごい変わったね。ヒント出されても少しの間分かんなかったよ」
「まあ、中学の時いろいろあったからね」
「え、何があったの?」
佐藤さんがそう問いかけると霞は中学時代の出来事を楽しそうに話し始めた。
霞の話を聞いている佐藤さんの表情がころころ変わり見ていて面白い。
高校で疎遠になっていた小学校時代の友だちに会う。
よくはないかもしれないがそこそこはそんなこともあるだろう。
そんな再会の方法で数年ぶりに会った彼女たちの時間の流れを感じさせない仲睦まじさはとても微笑ましいものだった。
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