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気まぐれ  作者: 高山小石
4/7

4.キアラの力~前

連続投稿しています。1/2

「ただいま」

 キアラが寝ていたら起こすと悪いと思ったモトコは、小声で言ってそっとドアを閉めた。

「モトコー」

 奥から声が響いた。キアラは写真の部屋にいるようだ。

「遅くなってごめんね。退屈だった……」

 部屋は、棚から引っ張り出されたアルバムで埋め尽くされていた。

「ってことはなかったみたいね」

「たくさんモトコを見つけたわ。チチも、コイビトも」

「……もう遅いから寝ようか。お風呂はどうする?」

「えー、モトコともっと話したい」

「じゃ、父のベッドで寝ながら話しましょ」

 寒くはないが気温は低い。

 ふたりは少し湿り気のあるベッドに入った。

「キアラ、もっと着ないとカゼをひくわよ」

「これでいい。モトコを近くに感じる」

 しっかりと寝間着を着たモトコとは対照的に、キアラは下着だけだ。お国柄かもしれないので、あまり強くは言えない。

「わかったから。あんまりくっつかないで」

「『オンナドウシ』だからいいでしょ」

「まあ、ね」

「オトコの方がいいの」

「そんなわけじゃ……!?」

 触れていたキアラの身体が、すぅっと硬くなっていった。

「キア……ラ?」

 キアラは少女から青年の姿に変貌していた。

「これでどう?」

 声も低い。モトコはベッドから飛び出た。

「あなた……いったい何者なの」

「さぁ。わからない」

 出会った時とまったく同じ態度に、かえって冷静になれた。少女の姿に戻ってもらうと、再び一緒にベッドに入った。

「キアラはどこから来たの」

「わからない」

「キアラが覚えていることってある?」

「ん――。雨の音。気持ちのいい風。気がついたら立っていた。まわりを見たら長い黒髪が目に入った」

「私ね」

「モトコを見たとき、『この人だ』って感じたの」

 モトコはそっとキアラに頬をよせた。

「いいよ。キアラが何者でも。どうして私と一緒にいてくれるかわからなくても。私はキアラといて楽しいから、それでいい」

「うん。ずうっと一緒だよ」

 キアラに抱きしめられると、胸が暖かくなった。

「なんだか眠くなっちゃった。キアラも寝ましょ」

 言葉通り、モトコはすぐに寝息をたて始めた。そんなモトコの鼻に、キアラは形の良い鼻をくっつけた。

「モトコはわたしのトモダチだから。わたしのできること、なんでもしてあげる」

 モトコに寄り添い、キアラも目を閉じた。


 ――キアラ。

 キアラ?

 ずうっと昔にも同じように呼ばれていた。

 でも、こんなに優しい響きじゃなかった。


 ――キアラったら。起きて。

 モトコだ。

 モトコだから優しく聞こえるんだ。


 キアラは目を開けた。

 部屋は香ばしい匂いで満ちていた。キアラは匂いの元である台所に向かった。

「モトコ、これって、なんの匂い?」

「おそようキアラ。パンの匂いよ。もうお昼まわっちゃったね。あんまり寝てたら目が腐るわよ」

「本当?」

 真剣にキアラが聞き返したので、モトコはふきだした。

「ウソよ。でも、寝過ぎたら疲れちゃうわ。さ、ごはん食べましょう」

 机の上には焼きたてのパン、小さく切った果物、バターが並べられていた。

「りんごジュース、オレンジジュース、それともミルク、どれがいい?」

「モトコと一緒」

「じゃ、ミルクにするけど、いい?」

「うん」

 二人は昨日と同じように席についた。

「モトコ。今日もどこか行くの?」

「キャラウェに行こうとは思ってるんだけど。キアラも一緒に行く?」

「行く」

「今の季節はマスコミも少ないし、ゆっくり見られるから、久しぶりに近くで見たくて」

「モトコ、マスコミ嫌い?」

「嫌いって言うか、質問されるから困るのよ。父がいなくなってから、父への質問が全部私にまわってくるの。私は研究員じゃないのにね。研究員と気まずくなったの、マスコミのせいでもあるから」

「モトコはマスコミに会わずにゆっくりキャラウェを見たいのね」

「できれば、研究員の人たちにも会いたくないわ。まあ、これは無理だけど。発掘は今日も行われているでしょうからね」

 食後、さっそく二人はキャラウェ遺跡の発掘現場に向かった。

 湿った風が花の香りを運んでくる。天候は定まらないけれど、寒くもなく暑くもないこの季節を、モトコは嫌いじゃなかった。

 キアラは道にあるすべての物に興味を示し、あれはこれはとモトコに質問したり触れてみたりで、なかなか進まない。

「キアラー。もうすぐキャラウェが見えるわよ」

 丘を歩く虫に目をとられて離れてしまったキアラに呼びかけると、坂の下からキアラがかけのぼってきた。

「もうすぐよ、キアラ。前を向いていてね」

 十歩ほど歩くと、丘の頂上がえぐれているのが見えた。

 ぽっかりとすり鉢状の大穴が空いている。穴には螺旋状に細い道がおよそ2mの間隔で造られている。道に沿った高さ2mの壁には、無数の横穴が空けられていた。

「ここは、あの写真の場所?」

「そうよ。写真を撮ったのはだいぶ前だから、横穴の位置や数は違うけどね。なにしろ掘った先で色々みつかるものだから、崩れない程度にたくさん掘るのよ。本当はここの土を全部どかしたいんだけど、町が崩れちゃうから、ちょっとずつ掘り続けているのよ。一度空けた横穴をふさいで、その隣を掘って、またふさいでの繰り返し」

「ふぅん」

 二人はしばらく巨大な穴を見下ろした。横穴には、無数の研究員が出たり入ったりしていて、まさにアリ塚のようだ。

「手紙」

 沈黙を破ったのはキアラだった。

「昨日、モトコに届いた手紙。あの最初の手紙が見たい。モトコ、手紙持ってる?」

「家に置いてきたわ」

「どこ? 取ってくる」

「今から取りに戻るの?」

「わたしが行くわ。教えて。どこに置いたの」

「一緒に寝た部屋の、丸いテーブルの上に」

「わかった。待ってて」

「え、私も一緒に……」

 追いかける間もなく、キアラの姿が消えた。

 キアラはモトコの家にいた。

 思うだけで実現する。名前も忘れたキアラが唯一覚えている能力だった。

「テーブルの上。あった。あの写真も」

 キアラは壁から写真を外した。

 手紙と写真を手にしたキアラは、もうモトコの前に現れていた。

「キアラ、いきなり消えないで」

「それより写真を見て。どこで撮ったの?」

「もう。どこって正確にはわからないわよ」

 写真の中の幼いモトコは、強い日差しに眉を寄せている。

 モトコは穴の北側下方を指した。

「あの辺だと思うけど」

「あそこね」

「でも、ここって年々深く掘られているから、写真の道がどこかなんて、はっきりしないわ。だいたい、どうして、いきなり写真の位置なんて知りたくなったのよ?」

「ここを見て思ったの。手紙の文の『西に7 天に3』は、ここの穴のことじゃないかなって。なら『思い出の場所』は、写真の場所でしょ」


  キャラウェの要

  ふたりの思い出の場所に眠る

  西に7 天に3

  ……は近くに……


「あの手紙は父からだってこと? 示されているのは、父の居場所かキアラの位置なの?」

「わからない。でも手紙の場所に行けばわかる」

「そうね」

「さ、行こう」

 キアラは地面を蹴って宙に浮くと、モトコに手をさしのべた。慌てて首を横に振る。

「私は飛べない」

「飛べるよ」

 キアラに引かれ、穴の方に身体が傾いだ。

 思わず目を閉じる。

 風を感じるものの落ちているふうもない。

 モトコはそっと目を開いた。すでにすり鉢穴の上空にいた。

 下まではどれくらいあるのだろう。怖くて見ることができない。キアラを握る手に力がこもる。

「大丈夫。わたしの手を離しても落ちないよ。モトコ一人でも飛べるから。飛んでみる?」

「う……ん」

 おそるおそるキアラから手を離す。最後の指が離れても浮いたままだ。

 足場があるのかと下をのぞき込むと、やはりなにも無かった。高さに、へなへなと腰が落ちる。身体全体が泥に沈むように、ゆっくりと下がっていく。

「キ、キアラ。落ちてるんだけどっ」

「『飛べる』って信じて。モトコが『飛べない』って思ったら落ちちゃうよ」

「そ、そういうものなの?」

 ようやく一人でも飛べるようになった頃、おかしなことに気づいた。

 眼下では、今もたくさんの研究員が働いている。仕事中でゆっくりと空をながめる者などいないけれど。

「どうして誰も私たちに気づかないの?」

「モトコがゆっくり見たいって言ったから、私たちのことを見えないようにしているの」

「そんなこともできるのね」

「なんだってできるわ。今すぐ気づくようにすることもできるけど」

「それはやめて。このままでいいの。本当よ」

 あらためて景色を見下ろした。

 穴はもちろん、町全体が一望できる。

 町が模型のようだ。

「夢みたい。キアラってすごいのね」

「こんなことなんでもないわ。でも、モトコが喜んでくれるなら、いつだってしてあげる。なんでもね」

 キアラは写真を宙に投げあげた。

 写真はどんどん広がり、現実の道と重なるまで大きくなった。写真は半透明になり、アリ塚が透けて見える。

「モトコは手紙を解きたいって願った。だから解くの。穴が合うところを探そう。きっとあるよ」

 さっそくキアラは、端の方に飛んでいった。

 モトコも、写真とアリ塚を見比べる。まるでアリ塚の道に立っている気がした。こんな風に期待する気持ちでアリ塚を見上げるのは、いつ以来だろう。

 懐かしい歌を思い出した。


  どこーにいるの あなーのおくで

  おひーめさまは ずーっとまってる


 歌に導かれるように、写真を撮った日のことが鮮明に蘇った。

 あの写真を撮る直前、父と一緒にキャラウェを歩いていた。

「パーパ、キーラどこ?」

「キアラはね、ここに眠っているんだよ」

「キーラねむってるの。ずっと? いつおきるの」

「いつかなぁ。明日かもしれないし、一週間後かもしれない。もしかしたら、何十年後かもしれないなぁ」

「キーラさみしくないの? モトコだったらさみしい。そうだ。モトコともだちになる」

「おいおい、友達って。キアラは……」

「ねむってたらなれないね。どうしよう」

「……」

「そうだ。おきるまで、さみしくないように、たからものをかしてあげる。ともだちになるって、やくそくのしるし」

「たからもの?」

「うん。モトコのだいじな」


「大事な、母さんの形見」

 母が死んで間もなかったあの頃、父と離れたくなくて、毎日キャラウェに来ていた。神殿をお城だと思っていた幼い私は、キアラという名前を聞いて、お姫様の名前だと思いこんだ。キアラ姫の物語を想像しては遊んでいた。どうして忘れてたんだろう。

 あのでたらめな歌も毎日歌ってた。私が待ってるんだから、早く起きてって。一人になった自分とキアラを重ね合わせていたんだ。

「……どこーにいるの、あなーのおくで」

「呼んだ?」

 目の前の少女は、当時の自分が想像していたお姫様に似ている。幼い容貌なのは、当時の自分が友達と望んだからだとすれば。

 あなたは、あのキアラなの?

「キアラは私の『友達』なのね」

「なにか思い出したの?」

「うん」

 当時の発掘途中、硬い部分に当たり、この先はもう掘らないだろうと埋めることになった。母の形見を、キアラと友達になる約束のしるしとして、一緒に埋めてもらった。

 その場所で写真を撮ったのだ。

 モトコは横穴のない壁を指した。

「『思い出の場所』はここよ。ここから『西に7 天に3』ということは」

 二人は目的の横穴へと飛んだ。休憩中なのか奥にいるのか、この横穴付近に研究員はいない。

「入るわよ」

 横穴は、二人が歩くにはちょうどいい大きさだった。並んで立って歩けるくらいの幅と高さがある。

「モトコ。この穴って、どこまで続いてるの?」

「わからない。でも大丈夫よ。父の事件以来、迷わないように、外との道は一本だけって決まっているの」

 足音が妙に大きく響く。

 どこからか、穴を掘る音が聞こえる。穴には一定の間隔で明かりが置かれているが薄暗く、目をこらさなければ地面も見えない。

 キアラは夜目が利くのか、迷いのない足取りで進んでいたが、立ち止まった。

「道、わかれてるよ?」

 キアラの目線の先をじっと見つめると、確かに小さな横穴があった。

「一旦、戻りましょう。ちゃんと準備をしないと、父みたいに迷って出られなくなるわ」

 二人は文字通り、飛んで家に帰った。

「懐中電灯、ロープ、いちおう非常食も」

 リュックに詰めていくモトコを、イスに腰かけたキアラは、ぶらぶらと長い足をゆらしながら待っていた。

「モトコ。手紙」

 窓にいつかの鳥がとまっている。

 鳥は、一羽ずつ特殊な笛の音に呼ばれるように訓練されている。手紙を預かると、飼い主の家まで届けてくれる。


  会えるかな?

  待っている


 マサキだった。

 昨日の今日で手紙が来ることは今までなかった。なにかあったのだろうか。

「コイビトから? 行ってきたら?」

「キャラウェはどうするのよ?」

「明日でもいいじゃない」

「でも。父かもしれないのよ」

「チチじゃないかもしれないよ。それにモトコはコイビトのところに行きたいんでしょ?」

 その通りだった。今は、五年も音沙汰のなかった父よりも、マサキの方が気になる。

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