表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気まぐれ  作者: 高山小石
2/7

2.不思議な少女

 大きくてつりあがった瞳が印象的な、意思の強そうな女の子だ。明るい色の癖毛が、ちょうど良いバランスで顔を縁取っている。

「ここに座ってもいいかしら」

 少女は返事を待たず、するりとモトコの向かいの席にすべりこむと、

「どうしてそんな顔をしているのか、わたしに話して」

と、当然のように要求した。

 友達か知り合いの妹かと記憶をさらう。どうしても見覚えがない。

「ごめんなさい。あなたのこと覚えてないわ」

「オボエテナイ?」

 小首を傾げる少女をよく見ると、布を巻きつけた独特の服を纏っている。布は光沢のある繊細な織物。胸元と耳には金のアクセサリー。どことなく高貴な雰囲気がする。

 他国からの旅行者なのだろう。幅広い人脈のあった父の知り合いの娘なのかもしれない。失礼のないように聞いた。

「どちらさまですか?」

「ドチラサマ?」

「あなたは誰ですか?」

「さぁ。わからない。モトコは自分が誰だかわかる?」

 大きな瞳に覗き込まれると、奇妙な心持ちになった。名前ではなく、もっと根本的な『自分』について聞かれている気がした。

「わ、私は私よ。わかってるに決まってるわ」

「ふぅん」

 少女は、焦るモトコを見透かしたような顔をした。変だった。モトコは無言で立ち上がると、足早に席を後にした。

「待って」

 少女は追いかけてきた。

「わたし、モトコが気にいった」

「モトコは話を聞いてほしそうだった」

「だから、モトコと話したい」

 モトコが無視して歩き続けても少女は言葉を続ける。

 ストーカー? こんな少女が? 私なんかを? だんだん不思議に思えてきたモトコは足を止めた。

「いったい私のなにをそんなに気に入ったの?」

「黒くて長い髪かしら」

 がっかりした。理由にもならない。

「なら、モトコは彼のどこが気に入ったの」

 どこ? 二股でもかまわないと思うくらい、私はマサキのどこが好きなんだろう?

 マサキの要素を、顔や性格といったパーツにわけて考えると、似た人はたくさんいる。マサキを好きなのはマサキだから、としか言いようがない。

 顔を上げると、「ね、答えられないでしょう」と言わんばかりの少女と目が合った。大学の友人より、よほどきれいな目をしている。

 落ち着いたからか、少女の愛らしさに気づいた。まだ五、六歳、きっと人懐こいだけだ。ここまで懐かれているのに、自分が忘れているのも悪い気がした。

「モトコ、話して」

「いいわよ。でも、話す前に、あなたのお名前を教えてちょうだい。忘れちゃったのよ」

「わたしの名前?」

「そう」

「さっき、わからないって言ったよ」

「もしかして迷子なの? どこから来たかわかる? 送ってあげるから正直に話して」

「わたし、気がついたらココにいたの。モトコを見たら、探していた気がしたから、声をかけた。モトコ、わたしはどうしてココにいるのかしら?」

 本格的に迷子のようだ。詳しく聞こうとしたとき、大きな雨粒が落ちてきた。

 今は天気が変わりやすい。『きまぐれな季節』と呼ばれている。雨もすぐに止むとはいえ、このまま濡れるのもばからしい。

「ついて来て」

 モトコは駅に向かった。駅の案内所にいけば入ってきた観光客を調べてもらえる。

「モトコ、どこに行くの?」

「あなたを助けてくれる場所よ」

「わたしは困っていないわ」

 私が困っているのよ、とは口に出さず、少女を盗み見た。

 少女は本当に身一つだ。荷物を盗られた可能性もある。自分の名前もわからないのは、もしかしたら、盗られた拍子に頭を打ったかなにかで、記憶喪失になったのかもしれない。そんな観光客など、モトコの手に負えない。

「このままだとあなたも困るでしょう。お金を持ってないと、今日寝ることもできないのよ?」

「オカネ?」

 いったいどこの国の人なんだろう。

「そうね……あなたのしてるそれ」

 モトコは少女の金のペンダントを指さした。

「それを買ったとき交換に渡したものがあるでしょ。それがお金よ」

「モトコはこれがほしいの? こっちよ」

 少女に手を引かれるまま、大きな店に連れて行かれた。モトコも存在だけは知っている町一番の高級宝石店だ。

 ガラスケースの中に、大粒の宝石が整然と陳列されている。ペンダント、指輪といった装飾品、時計もある。どれもが美しいが素晴らしく高そうだ。手が届く品物ではない。

 店を出るより先に店員がやってきた。

「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」

「これ。これがいい。モトコに似合うわ」

 無邪気に言う少女の視線の先には、涙型にカットされた青い宝石のペンダントがあった。

「ありがと。でも、私」

「おつけします。こちらへどうぞ」

 つけてもらうだけなら、とモトコは従った。

「うん。思ったとおり。似合うわ」

「お客様、本当によくお似合いですよ」

 ペンダントは不思議とモトコにしっくりきていた。ただ、チラリと見えた値札には、大きな家が買えるほどの値段が書かれていた。

 すぐに外そうとしたが、

「良かったねモトコ。さ、行こう」

少女はそのままモトコを店の外へ連れ出した。

「待って。まだ返してない。お店の人だって怒って……」

 ガラス越しに見える店員は、笑顔で二人を見送っている。

「……あなた、このお店の娘さんなの?」

「違うわ。わたしに家族はいないもの」

 とっさにモトコは少女を孤児だと思い、これ以上この質問を続けるのは悪いと考えた。

 きっと紆余曲折な経緯で、お金持ちの養女にでもなったのだろう。お金はあるけど自由はない。そんな生活の憂さ晴らしに、お金を持ち歩かない、身分を明かさない、といった制限をつけた旅行を楽しんでいるのだ。その相手に、私を選んだに違いない。このペンダントは前払いというところだろう。

 そう考えれば、少女の妙な点も納得できた。

「わかったわ。これ、ありがとう。実はすっごく気に入ってたのよ。で、行くってどこに行くつもりなの?」

「モトコの家」

「どうして?」

「わたしには帰るところがないんだもの」

 大真面目に言うあたりがいかにもだった。お嬢様は家出ごっこをしているのだ。

 お嬢様ならシズルの研究に興味があるとは思えない。気の張らない話し相手ならモトコも大歓迎だ。

「いいわ。家には私しかいないから気兼ねなく過ごせるわよ。でも、誰かに連絡くらいした方がいいんじゃないの?」

「大丈夫よ」

 すでに連絡済みということか。

 家に行く前に、念を入れることにした。

「ねぇ。名前がないのは不便だから、私がつけてもいい?」

「いいよ。なんて呼んでくれるの」

「キアラ」

「キアラ?」

「そう。ここの遺跡、キャラウェの宝のことをそう呼ぶの」

「ふぅん」

 少女は本当にキアラを知らないようだ。モトコは少女キアラを家に案内した。


「大きな家ね」

「一人には広すぎるわ」

 モトコはあらためて自分の家をながめる。

 広めの敷地にゆったりと建てられた木造の平屋。あちこちに生物の彫り物がほどこされ、昔はそのひとつひとつに名前をつけたり、物語を作ったりしたものだ。

「これは?」

 キアラは、ガラスケースに入っている小さな赤い屋根の建物を指している。

「キャラウェ遺跡の一部、キャラウェ神殿。再現するときに作った模型よ」

「ふぅん。これは?」

「キャラウェ時代の石版を書き写した書物よ。隣にあるのが今の言葉に翻訳したもの」

「ふぅん。これは?」

 キアラは飽きることなく、部屋に積まれた物を見つけては、物珍しそうに質問していく。

 お嬢様にはゴミゴミした部屋が珍しいのかもしれない。少しは片づけないと。モトコは乱雑な部屋を見下ろした。

「モトコ。これは?」

 すでに隣の部屋にいたキアラを追って、家で一番広い部屋に入った。

「ああ。キャラウェ発掘途中の写真を引き伸ばしたものよ。父と写っている数少ない写真だわ」

 写真は、壁の半分を閉めるほど大きく引き伸ばされていた。無数の穴が空いた土の壁を背景に、薄汚れた男と小さな女の子が写っている。

「チチ? この人、どこかで見たことがある」

「父は有名人だから」

「ここに書いてあるのは?」

 写真の左上に、かくかくした絵のような文字が、四行に渡ってなぐり書きしてある。『キアラ』の四行だ。

「キャラウェ語。キャラウェ語ってどんなことも四行で書くのよ。ちょっとした暗号みたいになっていて、何通りも意味が含まれているわ」

「ふぅん。これはなんて書いてあるの?」

 モトコは指でなぞりながら読み上げた。


「風の通らぬ 穴はなく

 出口のない 迷路はない

 …… …… …… ……

 叶わぬ願いは なにもない」


 この内容こそ、シズルとモトコしか知らない『キアラ』の内容だった。

「三行目は?」

「未解読。この一行さえ解読できれば、キャラウェの宝の位置や、キアラが具体的にどういったものなのかがわかると、父は考えているわ」

「ふぅん」

 キアラは辺りを見渡した。

「ここにチチはいないのね」

「五年前から帰ってこないのよ。生きているのか、死んでいるのかもわからないの」

「ふぅん。これは?」

 キアラが指したのは、籠いっぱいに積まれた色鮮やかな果物だった。

「そういえばおなかすいたわね。なにか作るわ」

 果物を手に取り、モトコは台所に向かった。

「食べられないものってある?」

「タベラレナイモノ?」

「嫌いなものよ」

「ないわ」

「えらいのね。ちょっと時間かかるから、出来るまでゆっくりしてて」

 モトコは、ほっとしたような、期待が外れたような気持ちだった。

 少女はキャラウェに関係がないから連れてきた。でも、心のどこかで期待していたようだ。少女が今の生活を壊してくれるのかもしれない、と。

 いったいいつまでこのままなんだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ