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峠の辻

作者: 長膵臓

何も考えず

さくさくと音をたてて山道を歩いている。いつになく穏やかな日だ。木漏れ陽が赤茶けた道をまだらに照らして、私の影もまだらに色づいていた。


尾根筋より降りる道を分けるところに立て札が有る。「狐峠」その下に、灰色の塊があった。積もる枯れ葉を退けてみると、可愛らしい石地蔵が顔を出す。固い線で穿たれた顔を覗き込むと、自然に文字が目に入る。死んだ赤子の墓印らしい。何故こんな処に、と思った。


崖というにはゆるやかな斜面を見渡しながら、さてどちらへ行くべきか、迷う。


・・・「水子ですよ」


裸電球に当たった小虫が落ちて、味噌汁に浮いた。もがく虫をつまんで床へ投げる。


焼魚。お浸し。漬物。汁。そして飯。唯一人の客の為に仕方なく作ったふうの、質素な食事だ。


「昔話でね、」


老婆の後ろで音も無く時を刻む古時計。


「あの辻で旅の人が倒れてね。腹のおおきな女さ。たまたま行きずりの坊さんがカイホウしたけんど、そのまま死んじまったと。子どももろともにね、可愛想に」


このあたりでは産女も水子と呼ぶのだろうか。おかずが無くなる。残った飯に汁をかけて勢い掻き込む。


「その晩、宿で休む坊さんを訪ねるもんがいる。その女さね。


坊さんどうも有難う、私はさる大名の娘です。


町の絵師と恋仲になって遂に子供まで出来た。だけんどそのことがばれて家をおんだされちまって、恋人にも逃げられちまった。


果たしてどうしたら良いものか、女ひとりでどう生きてゆけばよいものか。


死に場所をさがして、こんな峠まできてしまったのだと」


ぬるい茶を啜る。


「でも子供に罪はない。修羅の道を共に歩かせるには忍びない。どうかこの子のために、経のひとつでもあげてはもらえぬか」


「ごちそうさま」


私はそのまま老婆の昔語りを聞き続ける。


「そのとき妊婦の股の間から、ずるっと垂れ下がったものがあった・・・真っ赤な赤子さね。ぽたりぽたりと血をたらし、さかさまに吊り下がったまま、坊さんの目をにらんだんだと。でもまだ若い坊さん豪気なもので、怖れもせずに座っていた。」


「・・・随分恐ろしい話しですね」


「逆子は臍の緒を引いたまま床に降りて、ゆっくり、ゆっくり坊さんのほうへ這いずりはじめたと。そこで坊さん、両手をのばして、抱き上げた」


「ああ、その子のとむらいのために、地蔵を置いたという訳ですね」


私は一人合点し首を振る。


「・・・違うんだね。最後まで聞くね。


坊さん赤子を取り上げたを見て、産女はぱっと消えた。子供はにこにこ笑っているけれども、どんどん冷たく、重くなってくる。坊さんあわてて降ろそうとするが、しがみついて離れない。さては怪かしの類かと、経を読み始めたけれども、坊さんまだ若いから、功徳が足りなかったんだろね。赤子はどんどん重くなるばかりで、一向に離れようとしない。


坊さん遂に観念して、天を向く。すると月が見える。あれと周りを見渡すと、枯葉まみれの峠の辻、あの辻だよ。それでは手に抱えているのは、


何?」


「地蔵?」


当たりね


口中に泥臭い匂いが充満する。うっと吐き出すと、ぱっと消えた古食堂。闇夜に目が慣れて来ると、枯れ木の群れのシルエットの間で、正座をして、枯葉を口いっぱいに頬張っている。


老婆の方を向く。


あの地蔵がわらっていた。


私はまだ峠にいたのだ。


悪寒を感じて益々情無い。

何も考えなかった

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