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須之内写真館  作者: 大橋むつお
28/50

29・父の秘密・茜色の晴れ着

須之内写真館・29

『父の秘密・茜色の晴れ着』       



 目の前で撮影の準備をしている玄一は、直美には微妙によそよそしかった。


 スタジオの隅で待機している母親は、なんとなく落ち着かない。

 見合い写真の撮影という注文で、娘さんは、母が手伝って着替えの真っ最中。

 むろん、以前から予約の入っていたお客さんで、おかしなところはどこにもない。でも、父のよそよそしさと母親の緊張感に微妙な違和感を感じる。


「あ……お母さま、三年ほど前にも、成人式の写真を撮りにきていただきましたね?」


 直美の記憶の底から、泡のような思い出がよみがえってきた。

「あの時も、息子が撮らせていただきましたね。そのお嬢様がお見合い写真。早いものですねえ」

「恐れ入ります。亡くなった主人と、こちらのご主人は懇意にさせていただいたものですから」

「じゃ、父さん、あとはオレがやるから」

 父の玄一は、柔らかい言い方ではあるがキッパリと言った。

 玄蔵も直美も気づいていた。その女の人は、あの青いDVDの幾枚かの写真に写っていた女の人だ。

 しかし、娘さんが違う。中学の頃と今とでは印象は異なるだろうが、明らかに別人だ。


 着替えが終わって、娘さんがスタジオに入ってきた。


 茜色の晴れ着がとても似合っていた。微かに違和感を感じた。

「成人式の時と同じ物でいいって申しましたんですけど、本人が、どうしてもこの茜色だと申しますので……」

「そうよ、この先何回使うか分からない見合い写真だもん。五年ぐらいの耐用年数にたえられるものでなくっちゃ……と、思いまして」

 頷ける話ではあるが、直美はこの娘さんには、成人式の緑を基調とした振り袖の方が似合っているような気がした。


「じゃ、直美、照明を頼む」


 そうして、立ち姿と椅子に座った写真を二枚ずつ撮った。

「では、年内にはお渡しできるようにしあげますので」

 玄一がそう言うと、親子は安心したように帰っていった。


 最初に言い出したのは、母の直子だった。


「見合い写真を撮るときのオーラがないのよ。気に染まない見合い写真かとかんぐったりしたけど、それとも違う。なんか大事な義務を果たしに来たって感じ……」

「まあ、いろんな人がいるさ。妙な詮索はしないことだな」

 玄一は、家族とろくに目も合わさず仕事部屋に入った。


 写真は、その日のうちに仕上がった。


 特に不思議ではない。仕事が立て込んでいなければ、こんなものである。

「やっぱ、あたしの思いこみだったのよ。あの女の人、あたしと同年配。気の回し過ぎよ、あたしもジイチャンも」

 直美は、そう思いこもうとした。


「これは、ダミーだ。この子の表情は中途半端だ。オレなら、もっと表情を作ってから撮る。こんなもの写真学校出たての学生でも撮れる」

「じゃあ……」

「気は進まんが……」

 玄蔵は、玄一の部屋のモニターを点けた。

「……これは?」


「最初から言え、玄一。いらん心配するじゃないか!」

「どうも、すみません」

 玄一は素直に頭を下げた。


 目の前には、ダミーで作った見合い写真とはまるで別人の姿が映った成人式用の仕様にされた写真があった。首から下は、あの女の人。茜色の晴れ着であった。

「しかし、よくここまで合成したな」

「合成じゃない。正確な予想写真だよ」

 玄一は、疲れた目を揉みながら言った。

「十三歳の中学生が、二十歳になったら……九分九厘、この顔だ」


 その写真の女の子は、実在しない。十三歳で亡くなっているからだ。父親の車に乗っていて、事故で父と共になくなった。その父は、玄一の親友であった。

 息を引き取るまで、娘のことを気に掛けていた。

「オレが、なんとかしてやらあ」

 玄一は、臨終の友と約束をした。

 友の妻は、その後子連れの今の主人と再婚した。再婚相手の娘は三年前成人し、この須之内写真館で写真を撮った。

 玄一は、その娘と父親に直談判し、成人した娘さんの写真と、亡くなった女の子の写真を元に、合成写真を作ったのである。


 見事なできであった。生前から好きだった茜色がとても映える、今風の和風美人。


「それなら、そうと言ってよね。この子、あたしの子どもの頃に似てるからモデルになってあげたのに」


 このリップサービスが裏目に出た。調子に乗った玄一は、その子の高校、大学時代の写真まで作り出した。もちろんモデルは直美である。


 セーラー服や、水着まで撮らされ、大後悔の直美であった。



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