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須之内写真館  作者: 大橋むつお
25/50

26・渋谷のハチ公

須之内写真館・26

『渋谷のハチ公』        



「おや、メガネかけるんですか?」


 松岡さんの第一声だった。



「あ、外すの忘れてました」

「よくできたカメラですね……」

「分かりました?」

「うん、フレームが似合いすぎてる」

「え……?」

「直美さんのファッションは、少しずれてるのがコンセプト。その中で、このブラウンフレームは似合いすぎてる」

 直美は、自分のナリを見渡してみる。

「なるほどね……今時アメセコの戦闘服にユニクロのストレッチジーンズなんていませんよね。アハハ、学生時代からずっとこれなんで意識もしなかったです」

「惜しいなあ、ちょっとコス替えるだけで、ウチで働けますよ」

「あ、そうだ。まず、そのお詫びを遅ればせながら……」

 直美が恐縮の表情になる前に、松岡は照れた。

「杏奈とサキのことでしたら、もうけっこうですよ。決まったその日にヒカリの会長さんが直々にこられたんで恐縮しっぱなしなんです」

「でも、もとはと言えば……」

「それ以上言ったら、ウチで働かせますよ」

「アハハ」

「ハハハ、どうです、駅の方に行ってお茶でもしますか」


 店の子には聞かせられない話題も出るかと、松岡は気を利かせた。


「昼間の道玄坂って静かですね」

「まあ、街全体が準備中みたいなもんですから。あんまり面白い写真は撮れないでしょ」

「いいえ、けっこう面白いですよ。なんだか起きる寸前の女の子。それもスッピン」

「面白いたとえだなあ」

「夜しか来たことがないんで、この時間帯は、なんちゅうか……」

「ゴミが多いと思ったんじゃないですか?」

「いえいえ、とってもきれいです!」

「昼間、駅へのショートカットに通る人もいますんで、商店会の申し合わせで気を付けてます」

「あ……!」


 とってもいい被写体を見つけたので、直美は思わずメガネカメラで写真を十枚ほど連写した。




「直美さん、ハチ公が見えたんですね?」

 ストローの袋を捻りながら松岡が言った。

「やっぱり、あの犬ハチ公って言うんですか!?」

「ええ、でも写真には写ってないと思いますよ」

「え……」

 直美は、カバンからモニターを出して再生してみた。

「ほんとだ、写ってない……」

「見えない人が多いんです。そうか、直美さんは、あれが見える人なんだ」

「ハチ公の幽霊ですか……?」

「分かりません。良く晴れた昼間にしか見えないんです。こういう仕事やってると験担ぎになりましてね。あの犬は、このあたりの……座敷童みたいなもんだと思ってます」

「そうですか……いいもの見ちゃった!」

「で、サキ……いや美花と杏奈はうまくやってますか?」

「ええ、入部したての運動部員みたいでした」

 直美は、一日密着して撮った二人の写真を見せた。

「いいな……顔が生き生きしている。美花は心配だったんです」

「ヒカリプロがですか?」

「いいえ、あの子はウチの店というか、この業界にあいすぎてるんです。放っておけばガールズバーから、そのままバーやクラブに深入りしてしまう子だと心配してたんです」

「そうですか……じゃ、良かったと思っていいんですね?」

「もちろん。ウチで面倒見なきゃならない子は、いくらでも居ますからね、あの二人は希望です。大成してくれることを願ってます」

「あ、そうだ。あの子達、子犬を飼い始めたんですよ。ほら、これ!」

 直子がモニターを見せると、松岡は目を細めた。

「朝、起き抜けのジョギングから一日が始まるんですけどね。そのジョギングの途中から付いてきて離れなくなっちゃったんです。で、会長さんが、ファンの第一号だって飼うことになったんです」

「オスですか?」

「もちろん。で、名前はファンタって言うんです」

「ハハ、なんだかペプシのCM犬みたいだな」

「ファン第一号で、太郎。ファン太郎じゃ長いんでファンタです」

「ハハ、そりゃいいや!」

 そのとき、グラスの水滴が捻ったストローの袋にかかり、袋は楽しげに踊っているように見えた。


「ほんと、社会探訪のつもりで一回ウチで働いてくださいよ。コスは……11号。靴は22・5と踏みました」


 直美は、笑ってすましたが、これが、やがて現実になる。だって、直美は、あの犬が見えたんだから。



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