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須之内写真館  作者: 大橋むつお
11/50

11・ドイツのカメラ・2

須之内写真館・11

【ドイツのカメラ・2】        



「直子、ちょっときてくれないか」


 自分の部屋で、コンテストに出す写真を選んでいた直子は、祖父ちゃんに呼ばれてスタジオに降りた。


「なに、お祖父ちゃん?」

「オレの代わりに、この仕事やってくれないか」


 そういう祖父ちゃんの手には、例のライカが載っていた。


「これ、あの引き伸ばしのライカじゃないの」

「ああ、これで撮ってきて欲しい人がいるんだ」

「……いいわよ」


 政治記者の大御所と言われるわりには、質素で小さな家だった。


 二百坪ほどの年代物の日本家屋。多分資料庫なのだろう、一角を無造作な鉄筋の部屋にしてある。その部分を除けば、定年退職をした高校の先生の家のようだった。

「御免下さい、須之内写真館からまいりました」

 古めかしいインタホンに声をかける……返答がない。もう一度と思って息を吸い込んだところで、インタホンが返事をした。

「開いてるよ、入って左の部屋」

「失礼します……」

 家の中は、一間幅の玄関。下駄箱やサイドベンチ、傘立てなどが、昭和も昭和、そのまま『三丁目の夕日』のセットにつかえそうな時代物だった。上がりかまちと廊下の手すりが住まいの主を老人であると告げている。


「すまんね、デジタル化する資料を選んで……これが、なかなかの難事業でね」

「あの、お手伝いしましょうか?」

「あ、すまん。じゃ、この段ボール書斎に運んで。あ、突き当たりの南側」


 言われたままに書斎に運ぶと、台所とおぼしきあたりで、お茶を入れる気配がした。


「どうぞ、お構いなく」

「構やせんよ、ワシが飲みたいだけ。カミサンは整体に出とってな。君は代わりに相手をするんだ」


 トワイニングの紅茶に、お茶請けは浅草のせんべいだった。老人……三原久一は老人とは思えない景気の良さでせんべいを三枚食べた。直子はやっと一枚だ。

「君は玄蔵君のお孫さんの直子さんだね。今朝、君の作品を百枚ほど観たよ。なかなか人を撮るのが上手いね。あれは歳の割には苦労してなきゃ、撮れない写真だよ」

「恐れ入ります。祖父と父のおかげです」

「ハハ、意味深な答だね」

 そう言うと、久一老人はカツラをとった。見事なハゲ頭が現れた。

「あ……」

「ハハ、これは仕事するときの帽子代わり。ハゲ頭から風邪をひかんようにな」

 それから久一翁は、現代写真や、若者文化、果てはAKBの日本文化における位置づけまで語りはじめた。小林よしのり真っ青な博学であった。


「ここいらでいいかね?」


「あ、よかったら、そのクスノキの横に立っていただけますか」

「なかなかの観察力だね。このクスノキは、ここがまだ旗本屋敷からあったシロモノで、都の銘木にも指定されとるんだ」

「そうなんだ……この公園で、先生に釣り合いそうなものって、そのクスノキしかないと思って」

「うまいこと言うなあ。直子君は政治記者でもやっていけるよ」

「ありがとうございます。じゃ、いきましょうか」

「あ、その前に……」


 久一翁は、孫と話すような距離まで近づいて直子の目を見つめた。


「な、なんでしょうか?」

「五年でいい。そのつもりで撮ってくれ」

「五年ですか?」

「ああ、五年」

「……どうして五年なんですか?」

「ワシは元気なようだが、このままじゃ一年の命だ。この五年は、日本にとって正念場なんだ。日本人は、まだ、あどけない少年のような平和主義から抜け切れん。不肖三原久一、この五年の間にアジアと日本に起こることに目を光らせ、日本の舵取りたちを意見し続けようと観念した。五年は必要だし、五年以上は必要ない。五年たったら写真は消却して有為な人のために使ってくれ」


 そう言うと久一翁は、クスノキの横に、自然な……地面から生えたような姿勢でにこやかに立った。


 直子は圧倒された。祖父ちゃんは、これを感じさせるために自分を指名したと感じた。

 



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