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シスコンお兄様は海軍侍従武官


 ヘンリーと食堂で簡単な夕食を取り、部屋でコートにブラシをかけていると部屋がノックされた。


「はい」


 返事と同時に、たった今帰宅してきたのであろう、いかめしい軍服姿の青年が顔をのぞかせた。

 短髪の群青色の髪に同じ色の瞳を持つ、精悍な顔立ちをした六尺を優に超える美丈夫。彼の名前はイツキ・アシュレイ。年は二十八で、立場上母方由来の上條威月カミジョウイツキと名乗っている。軍事に関する奏上の伝達や、儀式や宴の席で帝にお仕えする侍従武官であり、大佐でもある。アシュレイ家の次男であった。


「お帰りなさい」


 リンネはブラシを置き兄を部屋の中へと招き入れる。


「うむ」


 重々しくうなずいたイツキは、軍人らしくキビキビした動作で部屋の中に入り、突然妹の両肩を掴み引き寄せた。驚き悲鳴をあげそうになるがぐっと飲み込み、兄を見上げる。


「な、なに?」

「お前、今日はメイジ宮殿への初出仕だったそうだが、粗相はしていないだろうな」


 大きな手で両肩をがっちりと掴まれ、さらにかなり高いところから話しかけられるので見上げると首を痛めそうになる。

 しかも軍人であるイツキは家でもあまり喜怒哀楽を表に出さないので、端正であるぶんかなり怖く見える。そんな顔立ちは父にそっくりだった。


(本人はそんなつもりないんだろうけど目から人を金縛りにするなにかが出てる気がする……)


 無駄に威圧感があるせいでベッドを置いた十畳の部屋が急に狭く感じる。怒っているわけではないとわかっていても少しドキッとするのだ。ちなみに近所の小学生から「国士無双」とあだ名をつけられていることは兄には内緒だった。


「大丈夫だよ。つつがなくこなしたよ」


 タジタジになりながらも答えると、


「そうか」


 妹の返事に満足し、その一瞬厳しい眼差しがゆるんだように見えたが、またハッとした雰囲気で、眼光鋭く質問を重ねてきた。


「虐められてはないだろうな?」

「えっ!? ないよ、ないない!」

「ふむ……虐められたらすぐに報告せよ。よいな?」


(報告せよって……。)


 部下を叱責するような物言いだが、これはイツキの平常運転であった。

 ちなみに創立十年の菊香院の生徒は皆顔見知りであるし、混血だからと言ってリンネに意地悪をすることもない。菊香院に集められた子供たちのほとんどはのちの雲の上の殿上人になる者ばかり。ある意味他人にあまり興味を持たないのだ。イツキの心配することなどなにも起こらない。

 だがお膳立てされた上で日々の生活を安寧に送っているリンネと、かつての兄たちは違った。


 江戸末期、通訳官であった父は日本で母と出会い恋に落ちた。その後父は英国に母を連れて戻り家庭を作った。兄たち三人は英国で育ち、そしてリンネが生まれる直前、父が大使に任命されるにあたり日本にやってきたのだ。

 英国大使の息子とはいえ混血である。それであるのに日本海軍を人生の進路に選び、今ではメイジ帝とお言葉をかわすこともある侍従武官にまで身を立てた。兄たちは言葉や習慣の違いなど今では苦労している気配はないが、相当な苦労や努力があったに違いない。

 そんな兄たちからあれやこれやと心配されるたび、小学生でもあるまいし、と思ってしまうが、本気でリンネを心配しているのも理解できる。こうやって軍服を脱ぐ前にリンネに無事を確認しにくる。優しい人なのだ。

 誰よりも自分に厳しい次兄が妹には甘すぎるのはなんとなく申し訳なくて居心地が悪いのだが、その心配を無下にすることもできなかった。

 そもそも心配させたくなければ、自分にはなんの問題もないのだというところを見せればよいのだ。


 そう、わたしがしっかりすればいい。


「イツキ兄さま、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だからね」


 安心させようとリンネは精一杯笑って見せた。


「うむ……」


 イツキは渋面のまま、リンネの肩に置いていた片方の手を赤毛の頭に乗せる。そして指に絡ませる。何かを確かめるように。

 普段は邪魔にならないよう毎朝編み込んでいるのだが、この後お風呂に入るつもりだったので解いていた。

 リンネの赤い髪はヨーロッパではあまり好かれない色らしい。だが家族はもちろんのこと、日本人のばあやまでリンネのたっぷりと豊かで波打つ髪を褒めてくれる。兄たちは手慰みにブラシをかけてくれることもある。

 だが兄の様子はそんないつものリラックスした様子とは違っていた。リンネの髪に触れながら、違うことに気をとらわれているような、そんな気がする。


「兄さま?」


 しばらくリンネの燃えるような赤い髪を弄ぶ、無骨な兄らしからぬ態度に首をかしげると、イツキは軽く目を閉じ、それから何事もなかったかのようにリンネを優しく見下ろした。


「御裳捧持者に選ばれたことは名誉なことだが、宮殿で何か困ったこと……いや、気になることがあればこの兄にすぐに報告するのだぞ。よいな」

「はい……」


 こくりとうなずくと、ようやく納得したのかイツキは部屋を出て行った。


(宮殿で何か困ったことがあれば……?)


 リンネは首をひねる。


 メイジ宮殿。一八八八年に完成した五千八百坪の広大な敷地は、主に「奥宮殿」「中段」「表宮殿」の三エリアに分けられている。

 「奥宮殿」は帝や皇后のプライベートな生活の場。

 「表宮殿」が宮中儀礼のための場所。

 そして今日リンネたちが出入りした「中段」は天皇が政務を行う御学問所。内謁見所、侍従たちの詰所がある。

 おそらくどこをどうとっても日本で一番警備が厳しい、尊い儀式が行われ続けているあの場所で、一体、なんの不安があるというのか……。


(やっぱり兄さまは心配しすぎだわ)



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