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親友の手を取って


《フランス人が一人の子供を連れてきた。手紙を探すには子供の協力が必要だという。異国人だ。最初はこんな子供に何ができるのかと疑ったが、なかなかに優秀らしい。数日後には千香士と顔見知りになり近づいたと連絡があった。》


「……ハルのことだ」


(だけど……ハルはわたしが手紙を持っていること知っているはずなのに、どうしてそれをお爺さんに言わなかったんだろう。もしかしてわたしをかばってくれてる……なんてね。どうしても自分に都合よく考えてしまう……。)


 信じたい。ハルがわたしを傷つけるなんて、ありえないと、こんな状況になってもハルのことを思わずにはいられない。

 せめてハルと直接話ができたらと思うが、果たしてそんな機会は訪れるのだろうか……。


 あたりを見回せば陽は落ちかけていた。これ以上暗くなれば自分が迷うかもしれない。行くしかない。冊子を胸元に押し込み耳をすませ、できるだけ体を低くし壁の方へと向かう。


(あれは……?)


 出入り口らしい正門の近くに三つ、ろうそくの明かりが見えた。すぐに近くの木の陰に隠れて目をこらす。


(ハルだ……!)


 その距離は十メートルくらい、ハルを含めて男が四人、ロウソク片手に集まっていた。


「……もう外に逃げちまったんじゃねぇのか」

「だけど出口なんてここと裏しかないだろ」

「逃げたんなら官吏が来るのも時間の問題だぜ」

「簡単な仕事って言われてたけど、捕まるとなると割りにあわねぇな」


 自分が話題になっていることにヒヤリとするが、リンネの視線の先にいるハルは周囲の不安そうな会話には参加せず、バンカラ学生のようにマントを羽織り空を見上げていた。

 その横顔には厳しさが潜んでいて、リンネの胸をきつく締め付ける。


(ハル……あんな顔するんだ。いつもニコニコしてるから気がつかなかった。何だか知らない男の子みたい。わたしがどうやって逃げるか考えているの……? だったらハルには自分の考えることなんかお見通しに決まっているわ。幼い頃から何一つ隠さず自分を見せてきたもの)


 そんなリンネの不安をよそに、思案顔だったハルは周囲の男たちと一言二言交わしその場を離れてしまった。リンネにとっては心が乱される要素が減ったということになる。


(さっきの会話からして、わたしを誘拐したのは組織というよりも千香士のお祖父さんの個人的犯行みたい。でもそもそものきっかけはお祖父さんのところにフランス人が来たことだったわ。フランス人……フランス人がどうして帝の跡取り問題に興味を持つんだろう)


 そこでふと、兄との会話を思い出した。


(そういえば維新前後の軍隊……とりわけ陸軍はフランスの影響を強く受けたってイツキ兄さまから聞いたことがある)


 薩英戦争後、リンネの母国でもある英国は薩摩藩を支援するようになり、そして英国に対抗するフランスはエド幕府への接近を図ったという。

 英国、フランス、そしてフランスと特に関係が深い陸軍の近衛師団。それらの繋がりがぼんやりと浮かび上がってくるが、まだ決定的な糸口には結びつきそうにない。


(ああ、もっと兄さまと話をしていればよかった!)


 悔しがっても仕方ない。

 とりあえず今は一刻でも早くここを出ることを目標にしよう。息を潜めて彼らの動向を見守ることにした。

 ハルが姿を消してまだ間もないが、四人いた男の半分はまた邸内を探しに門を離れる。さすがに門をガラ空きにすることはなさそうだ。


 どうしたものかと考えていると、

 パァン……!!!

 空気が破裂したような音が薄い暗闇の中響いた。


「なんだ!?」

「どうした!」


 残っていた二人が慌てたように顔を見合わせる。

 そしてさらに続けざまに二つ、破裂音が鳴る。


「裏門の方だ! 見つけたんじゃないか!?」

「いや、侵入者かもしれない!」

「行くぞ!」


 男たちはそのまま音がした方へと走り出す。なんと正門に見張りがいない状況になってしまった。

 驚いたリンネは目の前の光景が信じられず無言で小さくなっていく背中を見送る。


(これって都合よく見張りがいなくなったってこと?)


「何ボヤッとしてるんだい、リンネ。逃げるよ!」


 後ろから不意に腕を引かれる。振り返るとそこに息を切らしたハルが立っていた。


「ハル……?」


 目の前の景色が信じられなくてポカンと口が開く。


「ほら、しっかりして!」

 ぼうっとするリンネの手をしっかりと掴み走り出す。引きずられるように走りながらリンネはハルの背中に問いかけた。

「えっ、ちょっと、ほっ、本物なの? なんでここにいるの、なんで助けてくれるの、なんでっ!?」


 聞きたいことはたくさんあるのにうまく言葉が出てこない。なんで、どうして、そんな幼い子供のような問いかけしか出てこない。けれどしっかりと繋いだ手のぬくもりは確かに温かい。


「だから、そういうのはあとでって、」


 振り返りざま、ハルはハッと青い目を見開き、唐突にリンネを抱き寄せ地面に転がった。


「ハ、ハルッ?」


 いきなり押し倒されて天地が逆転する。驚きとっさに覆いかぶさってくる肩を支えようとしたところで、パァンと音がして身が竦んだ。


「きゃあっ!」


 撃たれた!?

 いったい何が起こっているのか。思考が停止しそうになるが、頭を真っ白にしている暇はない。

 今わたしは一人じゃない、ハルもいるんだから!


「ハル、大丈夫!?」

「ああ。足をかすっただけだから」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」


 大変な状況なのに、ハルはいつものように軽く笑う。本当にいつもどおりなのだ。その笑顔にリンネは胸を突かれる思いがした。


(わたしを心配させないためだ……)

 だが足をかすめたのなら走ることはできないだろう。ふらつくハルを支えながらなんとか立ち上がると、足音もなく一人の男が近づいてきた。



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