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大脱出!


「グスッ……」


 理性を保とう、冷静になろうとあれほど思ったはずなのに、押しても引いても動かない天井を前にリンネの涙腺は崩壊していた。階段を一番下まで降り膝を抱える。頬から滑り落ちた涙が袴を濡らした。


「どうしてこんなことになったんだろ……」


 御裳捧持者に選ばれ千香士と知り合い、殺人事件に巻き込まれ、なぜかハルもいなくなってしまった。何が何だかわからないまま大きな渦に巻き込まれて溺れる寸前、そんな状況である。


(ここは地獄なの? 実はもう死んじゃって、地獄に落とされてしまったとか?)


 基本的に大きな反抗期もなくいい子に育ってきたリンネだが、幼い頃は時折無茶をして両親の肝を冷やすことがあった。

 そんな折ばあやがリンネに地獄の話をするのだ。生前の罪を測られ、針の山を登る。鬼が嘘つきの舌を抜き、血の池に沈められるという。プロテスタントとは違う日本ならではの地獄である。


「うっ、うっ……」


 そんな幼い頃のように泣きじゃくり、リンネのこころは今にも破裂してしまいそうだった。

 そうやってしばらく泣いていると、ごとり、と頭上から音がした。涙を拭き見上げると、多少見慣れた暗闇の中にうっすらと線が見えた。線は三本、コの字の形をしていた。


(あれは……光の線だ! まさか出入口が開いたの!?)


 あれほどぴったりと閉まっていたのになぜ開いたのだろうか。自分を誘い出す罠なのだろうか。だがそんな罠を仕掛けなくても自分がここに閉じ込められ逃げられないのは明白だ。あれこれと考えている暇はなかった。ここから出られるなら行動するしかない。

 慎重に階段を這いながら登り、頭上の天板をほんの少しだけ押し開ける。


 ギィ……。


(開いた!)


 光が差し込み、心臓が口から飛び出しそうになる。そのまま飛び出そうとしたが次の瞬間「あの娘は一体なんなんだ?」と声がした。慌てて頭を引っ込める。


「さぁな。異国人のようだが……」


(わたしのこと?)


 ほんの少しだけ扉を持ち上げ外の声に集中する。


「……俺たち下っ端にそんなこと教えてくれるはずないよなぁ」

「お国のために必要なことではあるんだろうよ」


 話しているのは二人の男だ。


(誰なの? 顔が見たい!)


 だが声はとても近いところから聞こえてくる。見つかってしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならなかった。

 けれど男たちはそれ以上の会話もなく声が聞こえなくなる。しばらくそのまま息を潜め、完全に気配が消えてから扉をそっと押し開け周囲に視線を巡らせる。


(誰もいないよね……)


 ホッとしながら這々の態で這い出てた。


「明るい……」


 と言っても地下より明るい程度で薄暗いことには変わりない。それでも漆黒の闇よりは百倍マシだった。おそらくここは地上と考えていいのだろう。


 絶望しかなかったリンネだが、淡い希望が胸に広がる。瞳がキラキラと生気を取り戻し輝き始める。

 ここは地獄じゃない。現実の世界だ。現実なのであれば自分の力でできることもあるはずだ。

 地下に続く扉をそっと閉め部屋の中を見回した。

 六畳ほどの板張りである。壁際には粗末なベッド、そして反対側には長方形の木箱、長持が置いてある。

 そして何よりこの空間を殺風景にしているのは鉄格子だった。縦横、大人の男が一人通れるくらいで、がっちりと五本の鉄格子がはまっている。おそるおそる両手でつかんで揺らしてみたがさすがに動きそうもない。さらに念押しと言わんばかりに大きな南京錠まで掛かっていた。

 鉄格子を持ったまま途方にくれた。


「これってもしかして座敷牢なの?」


 私的な理由で人間を軟禁するのが座敷牢である。リンネとて話に聞いたことがあるくらいだが、自分がなぜここにいるのかはわからない。

 だが危害を加えるつもりならとっくにひどい目にあっているはずだと自分に言い聞かせる。


(そうよ、犯人は理由があってわたしを軟禁しているんだ。だから生かしているんだわ。それはなに? 犯人はなにを求めているの?)


 リンネの思考が回転を始める。


(考えるんだ。よく見るんだ。この状況を打破することを考えるんだ。来るかどうかわからない助けを泣きながら待っているだけじゃダメだ。今わたしにできることを考えるんだ)


 長持、ベッド、鉄格子、地下に続く階段……。階段を塞いでいた小さな扉……。押しても引いてもダメだったのになぜ開いた?

 地下へ続く扉には引き輪が付いている。

 リンネは床に両手足をつき、ベッドの下を覗き込む。

 そこに一本の鉄棒が転がっていた。手を伸ばして棒を引き寄せる。

 直径三センチ、長さ三十センチほどのずっしりとした作りの鉄の棒で、真ん中のあたりに擦れた跡がある。それを地下へと続く扉の引き輪に通してみるとぴったりはまった。やはりこれがかんぬきの役目を果たしていたようだ。想像通りである。


「開かなかったのはこれが刺さっていたからで、開いたのは抜かれたからってことになるけど……」


 誰がこれを抜いた?


 正直全くわからない。そんなことをする意味があるのか、いや意味があるから誰かがそれを行ったのだろうが想像もつかない。だがぐずぐずしている暇はないのだ。リンネは鉄棒を手に立ち上がり、とりあえず鉄格子の隙間に頭を入れてみた。当然だが途中で止まる。鉄格子はリンネの指くらいの太さではあったが、女の細腕で曲げるのは難しそうだった。小さな子供でも無理そうである。


「どうしよう……」


 少し考え、ベットから古ぼけたシーツを剥ぎ取り端を割き、かんぬきの両端に一本ずつ結びつける。そして左一方を鉄格子の向こう側に、右の一方を手前に、斜めに差し込んだ。さらに棒の右端に結んだ布の一方を鉄格子に結びつけ、左の一方をぐるぐると手首に巻きつけしっかりと握る。足を鉄格子にかけ、両手で力一杯手元に引きつけた。要するにテコの原理だ。

 チャンスはそう何度もない。全身の力を振り絞る。


「んーっ!!!!」


 ギギ……。


 鉄格子は思ったよりも簡単に曲がり、隙間がどんどん広がっていく。これ以上は無理だと思うところまで広げた。


「よし……」


 かんぬき片手に前後に押し広げられた鉄格子に体を斜めにして入ると、すんなり座敷牢の外に出られた。涙が出るほど嬉しくなったが、喜びに浸っている暇はない。とりあえず薄暗い左右を見比べ明るい方へと向かうことにした。


 かなり気をつけて歩いているのだが、ブーツを履いた足音がキィキィと響く。廊下は薄暗く人の気配はない。典型的な日本家屋といった雰囲気だ。

 締め切った雨戸の隙間から漏れる明かりが廊下を薄く照らし、埃の跡を浮かび上がらせる。廊下の隅は埃だらけだったが、真ん中は複数の足跡が残っていた。


「最近になって使われだしたみたいね……」


 しゃがみ込み、足跡を見分けられないか観察していると廊下を曲がった先から足音と声が聞こえてきた。


(誰か来る!)


 慌てて周囲を見回し、確かめる暇もなく襖を開け部屋の中へと滑り込んだ。

 草原で身を守るウサギのように息を殺し耳をすませる。


「それにしてもいちいち様子見てこいってどういうことだろうな」

「さぁ?」

「間諜なのかも」

「それこそまさかだな」


(座敷牢の前で聞いた声だわ……。あの二人は見回りなんだろうか。だとしたら鉄格子が破られているのに気づかれたら大騒ぎになる。一刻も早くこの場を離れなくっちゃ!)


 隣の部屋とも襖で仕切られている。リンネは思い切って隣の部屋へ襖を開けて移動した。

 だがリンネの期待は裏切られた。どうやら改築を繰り返した屋敷らしく、どんどん奥へと向かっている気配がする。


(ううう……どうしよう! 庭にでも出られたらと思ったのに、外に面した雨戸は外からがっちり釘が打たれていて開きそうにないわ)


 けれど今更来た道を戻るわけにもいかない。あの二人が今頃リンネがいないことに気づいているかもしれないのだ。


 そこでふと、廊下の奥に階段が目に入った。上がどうなっているかはわからないが静かである。


(窓から逃げられるかもしれない……。それに私を探すにしても、まず二階に逃げるとは考えないはず。よしっ、行こう!)


 階段を静かに、けれどできるだけ早く登り、手前の襖を開けて中に体を滑り込ませた。


「この部屋に窓はなさそうね……」


 部屋を見回し、隣に続く部屋の襖に手をかけようとしたその瞬間、淡く向こうから光が漏れているのが見えた。


(誰かいる?)


 慌てて手を引っ込めその場を離れようとしたリンネだが……。


「近衛師団でボヤ騒ぎだよ。あんたたちがやったんだろ?」


 襖の向こうから聞こえた声に体が硬直した。

 内容ではない、その声にだ。


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