83 弐野の叫び、壱野の覚悟
「さっちゃんはカエデ様の方についた、ってことでいいんだよね?」
弐野は自分達のことを庇ってくれたのだ。だから、そういうことなのだろうと思いつつも、壱野は彼女の背後にある不気味な腕を見て、不安に駆られてしまう。弐野の瞳が、紫色に光っていることにも気付く。
「……」
弐野は壱野からそっぽを向くように、ストリィンヒヴィの方を見る。
「さっちゃん……」
「壱野を助けられるなら、助けたい……でも、カエデ様に対しては、言いたいことを言いに来ただけ……」
壱野はカエデを守っているのだ。その壱野を助けるということは、カエデを守ることでもある。それでも、あえてこういう言い方をするのは、カエデに対して思うところがあるからだろう。
一方、ストリィンヒヴィは再び攻撃態勢に入っていた。
「わらわの邪魔をする者しかおらんのか? 以前は、沢山の者がわらわに従ったというのに。これも全て、娘であるカエデが逆らったせいじゃ。ほんに忌々しい」
矢継ぎ早に、黒い弾を2発放つ。
それを見て、弐野は花びらを自分達の周りに出現させようとする。
だが、出ない。
近くに自分を作ったカエデがいて、その彼女を攻撃しようとしたと認識されてしまったようだ。
ぼろぼろの巨大な手を使うしかなかった。
黒い弾1つを壱野が巨大な氷で防ぐ。もう1つを弐野の手が防ぐ。弐野は上手い具合にその巨大な手を動かして、空いた穴には爆発がこないようにしていた。
ストリィンヒヴィの攻撃するペースが上がってきている。だが、弐野が来てくれたおかげで、壱野としてはだいぶ楽になっていた。それでも、弐野の巨大な手の状態を考えると、いつこの壁が崩壊してもおかしくない。
「ねぇ、カエデ様……」
弐野がカエデに背中を向けたまま、彼女に話しかける。ここにやって来てから、一度もカエデの方を見ようとしなかった。
「弐野……」
カエデは弐野の背中が、ずっと自分を責めているように感じていた。
「私達はカエデ様にとって、使い捨てなの……?」
「……」
カエデは、弐野達のことをほとんど気に掛けてこなかった。ストリィンヒヴィの力が入っている彼女達に、どう思われてもいいと、そんな気持ちで接していたのだ。だから、使い捨てという考えを、見透かされていても不思議ではない。
「私、この街が好き……この街で暮らしたい……それは、人間の社会で生きていきたいということ……人間が大事だということ……カエデ様、聞いてる……?」
「聞いています……」
反応するカエデの声は小さかった。
ストリィンヒヴィの分離によるダメージもあったが、声の方はほとんど元に戻っている。つまり、声が小さいのは、単純に精神的な理由だった。
「だから、カエデ様がこの世界を守りたいと言うなら、私は喜んで手伝った……でも、今のカエデ様には従えない……カエデ様が私達にやろうとしたことは、人間の社会では許されないこと……だよね……?」
「……」
「鈴野イクト達が敵だから、彼らと戦えと言った……でも、本当の目的は、彼らと戦わせて、私達が始末されること……? 冬見レオみたいに……肆野もそう……千木良先生に消された……」
カエデは何も言えない。
彼女らに何をしようとしたかを、弐野の言葉により再認識させられる。
先程、壱野のことで初めて抱いた悔いと負い目、それによって生じた心の隙間に、弐野の言葉は、まるで傷口に塩を塗るように染み込み、苛んでいく。
「私の友達の壱野は、カエデ様を信じている……その気持ちをあなたは踏みにじった……」
「さっちゃん、もういいよ!」
壱野は堪らず弐野を止めようとする。自分が主と慕う、しかも弱った状態のカエデが、これ以上責められるのを聞いていられなかった。いや、壱野自身もカエデが自分達にしようとしたことから、目を背けたかったのだ。
「壱野は黙ってる……これは、カエデ様にとっても必要なこと……このままだと、私達皆ここで死ぬ……」
その言葉に、弐野がカエデのためにもここにやって来たことが分かり、壱野は黙り込む。
「純粋なる魔力人形は戦士……死ぬのは怖くない……でも、今のカエデ様に命を捧げる価値はない……」
ストリィンヒヴィは徐々に回復してきているのか、攻撃が激しくなっていた。それに比例するかのように、弐野の声も大きくなっていく。激しい攻撃に負けないようにと自分を鼓舞するためなのか、それとも、カエデに訴える内に、自分の感情を抑えきれなくなってきたのか。
「魔王を演じるなら、私達の主を演じるなら、上に立つ者としてちゃんと振る舞え……命を賭すだけの価値があることを示せ……結果的に使い捨てになってしまったのなら、仕方ない……同じ目標に向かって走って、私達が自ら選んだ場合もそう……でも、あなたは最初から、使い捨てとしてしか私達のことを見ていなかった……! 逆に、人間を演じるなら、人の心を持て……! 都合良く使い分けるな……! もし、私達を仲間として扱ってくれたなら、もっと違う形でこの世界を守れたはず……今みたいな苦しい状況にもなっていなかったはず……! はっきり言う……認めたくなくても、お前は魔王、魔の者だ……! 魔王として相応しいこと、やってみろ……! 何か言って……何か言え……魔王浜野カエデ!!」
カエデが初めて聞く、弐野の叫び。
黒い弾が弐野の巨大な手にぶつかる度に、振動が彼女に伝わり、その体を震わせた。
カエデも同じく体を震わせていた。
弐野の言う通りだった。
人間と魔王を都合良く使い分けていた。
魔王というものを忌み嫌っていながら、その力に酔いしれていた。
魔の者を悪魔のように思い、自分は人間だと信じた。
でも、弐野達にやろうとしたことは、その悪魔と変わらないじゃないか。
もし、彼らが人間に害なすことをするなら、作った者の責任として倒さないといけないかもしれない。だけど、この二人はそういうことをしない。
カエデは顔を上げる。
本当はずっと俯いていたかった。
だけど、逃げてはいけない。
弐野の言ったことはカエデに対して厳しい内容だったが、こんな自分に対して、誠心誠意で苦言を呈してくれたのが分かった。
彼女らの想いを、もう2度と踏みにじりたくないと思った。
壱野は相手の攻撃の合間に、心配そうに何度もカエデを見る。
一方の弐野は背中を見せたまま、振り向くことはない。
「そう、使い捨てにしようとしていました」
カエデの言葉に、壱野が息を呑む。
「この世界のためでなく、自分の復讐のために。周りが見えなくなっていました。本当に大事な、守るべき存在にも気付かず、それどころか酷いことをしてしまいました。それを、壱野と弐野に気付かされた。許されるとは思わない。でも、今は力を貸して欲しいんです。あの人を止めなければ、世界は終わっちゃう。私も大好きなこの世界が。全てが終わったら償います。魔王でも、冷酷な人間でも、好きなように呼んで罵って下さい。魔王というなら、この身をかけて一生、二人を守り抜く。悪魔というなら、一生こき使って貰って構わない。だから……ごめんなさい……壱野……弐野……」
カエデは二人に対して、なんて言えばいいのか分からなかった。ただ、嘘だけは吐かないよう、頭に思い浮かんだ、とりとめのない言葉を紡いだ。
「カエデ様に魔王はやっぱ無理……そんなに簡単に謝ったら、魔王の威厳なんてない……」
「……」
「だから、友達でいい……」
「さっちゃん!」
壱野が嬉しそうな声を上げる。
「でも、条件がある……」
「なん……ですか?」
「壱野は私が誕生するまで一人だった……例え、私がいなくなっても、もう二度と壱野を一人ぼっちにしないで……」
「分かってます。もう2度とそんなことしないです」
弐野が頷く。
その瞬間、カエデと純粋なる魔力人形の二人が、特別な糸で初めて繋がった。
繋がり……そう、カエデと千木良アキのように、二人はカエデが近くにいることで、自分の能力が増幅されるようになったのだ。今はカエデが弱っているので、少しの力しか彼女らには送られないが。
「私がいなくなってもって、さっちゃん、なに言ってるの?」
壱野が弐野を不安そうに見る。
弐野はもう限界だった。
そこに、黒い弾が飛んでくる。
壱野は何度も繰り返してきたように、それを巨大な氷で防ぐ。カエデとの繋がりのおかげか、その氷は今までより若干大きかった。
だが、その後ろから迫ってきた、もう一つの黒い弾を見て、はっとする。それも、今までよりも大きかったからだ。
弐野が前へ一歩出る。
「さっきのが壱野の条件……私の条件は……」
一呼吸してから、彼女は言う。
「優しい世界を見せて……」
「弐野やめて……優しい世界、絶対見せるから」
カエデは、既に限界の弐野が、身を挺して自分達を守ろうとしていることに気付き、彼女との繋がりに想いを込める。
「暖かい……」
巨大な手を迫ってくる黒い弾に出す。それで、防いだと思われた。
だが、お互いの力は相殺される。
今までよりも大きい黒い弾と、もう限界だった巨大な手。
黒い弾も消えるが、弐野の背後にあった瘴気ごと巨大な手も消えてしまう。
弐野の瞳からも紫色の光が消える。
赤い瞳に戻ったその視線の先は虚空。
「ぁ……ぁ……」
それは、ストリィンヒヴィの力を失ったことを意味していた。
自分の体を構成していた50パーセントのものを失ったのだ。
彼女はもう体を動かすことが出来なかった。
そのまま、床に倒れ込みそうになる。
それを、壱野が抱きとめた。
「弐野……弐野……」
以前は、彼女らに冷然としていたカエデが取り乱す。
逆に誰よりも騒ぎそうな壱野は静かだった。
彼女は弐野を優しく床に寝かすと、覚悟を決める。
カエデとの繋がりに暖かいものを感じた。
自分一人では、こうはならなかっただろう。
弐野の行動を無駄にしてはいけない。
繋げるんだ。
弐野から受け取ったバトンを次の人へと。
「カエデ様、大丈夫だよ。私が守るから」
「何をする気です……」
壱野が弐野同様に、何か無理なことをしようとしている。
カエデはそれを察し、彼女のことを止めたかったが、体はまともに動かずどうすることも出来ない。
壱野は目を見開き、空に浮かぶストリィンヒヴィを睨み付ける。
そして、左腕を水平に伸ばした。
みるみるうちに、その腕が赤く変色し始め、最終的には紫色になる。
彼女を形成するストリィンヒヴィの力、20パーセント全てをそこへ送ったのだ。
右手をかざす。その手の平から白い煙が発せられた途端、左腕は氷に包まれた。
「っ……」
右手を手刀の形にして、覚悟を決めて咆哮する。
「あああああ!!」
「やめて……」
次の瞬間、壱野の左腕が胴体から切り落とされる。
氷に包まれた紫色の腕は床に落ちると、砕け散った。
そして、紫煙を上げながら消えていく。
左腕が無くなった断面からは白い光。
中身はそれなのに。
痛覚もないはずなのに。
人間と変わらず激痛が全身を襲っていた。
そういう風に作られているのだ。
なるべく上手く人間の社会に溶け込むため、感覚がある。
違うのは血がないこと。だから、出血死はない。
歯を食い縛る。
「はぁはぁ……これで……カエデ様100パーセント……やっと攻撃できるねぇ」
壱野は再びストリィンヒヴィを、ぎろりと睨み付けた。
見開かれたその目の周りには、隈のようなものが出来ていた。




