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7 彼女の戦う理由

「でも、なんで俺達をこの世界に連れてきたんだ?」

「魔王を倒してもらうためよ。願い事を1つ叶えてあげるかわりにね」


 サヤカさんが人差し指を立てながら言う。

 願い事。


天羽(あまは)はなんてお願いしたんだ?」

「私は……えっと……」


 歯切れが悪い。彼女の顔が視線と共に上を向き、そこからゆっくり下に移動し、やがて伏し目がちになる。


「私は死ぬ直前のことだったから余り覚えてなくて。急なことだったし……まさか、本当にこうなるとも思っていなかったから……」

「そっか」


 聞くべきではなかったかもしれない。願い事なんてそうそう人に話すものでもないか。俺はどうなんだろ。天羽に会いたいと思ったのが、そのまま願い事としてカウントされてしまったのだろうか。本人を目の前にして言えないな。


「死んだ人でも連れて来られるんだな」

「そうね。基本的には死んだ人よ。その方がその人が元いた世界で問題起こらないし。まだ生きたいって思う人が多いから交渉もしやすい」


 まさか、俺も死んだのか? いや、まさかな。なら、俺のは特殊なパターンなのか。


「あと、一つの世界に他から連れて来られるのは1人か2人。その2人目も、先に呼んだ人と繋がりがある人じゃないとダメみたいね。今回初めて試してみたけど、大変だったわ。これ以上は無理みたいだから、二人には頑張って貰わないと」

「俺達じゃないとダメなのかな。つまり、元々いるこの世界の人に……」


 なんだかもやもやとするものがあった。

 サヤカさんが俺達のことを選んでくれたから、天羽とまた再会できた。その点に関しては感謝している。でも、天羽が戦う必要はあるのだろうか。


「うーん、契約と言っていいのかしら。それを女神と行うと、その人は普通じゃ手に入らないほど莫大な魔力や強い武具が得られるの。でも、それは転生とか転移のときにしか付与出来ない。あなた達はヒーローみたいな存在なのよ、この世界の人にとって。逆に言えば、この世界の人にそこまでの存在になれる人はいないし、私がなんとか出来る術もない」


 サヤカさんはちょっと前まであんなに酔っていたのに、いつの間にか、素面に戻っているようにみえた。しかし、ベビードールの片方の肩紐が、取れかかっているのが気になる。恰好が恰好なだけにあまり直視出来ず、結局、会話してない天羽の方を見てしまう。かわいい。


「サヤカさんは戦ってくれないのか?」

「ここ以外にも複数の世界を管轄してるから忙しくて。だからこうやって願い事叶えてあげるかわりに、誰かにやって貰うしかないの。そもそも、魔王やその手下に姿見られること自体、女神にとってご法度だから直接介入するのも難しいのよ。まあ、他にも出来ないこと色々あるし、でねー」

「ふーん」


 天羽は既に聞いたことのある話なのか、特に口を挟んでくることもなく、黙々と食事を続けていた。


「俺達の世界を管轄している女神様とかもいるのかな?」

「あそこは色々と複雑。何よりも魔力がほとんどない所だから、誰も管轄してないというか出来ないわ。だからこそ、人を気兼ねなく別世界へ連れていける所でもあるの。意図しない魔法による邪魔が入ることもまずないしね。まあ、色々と自由に出来るってわけ。

 ただ、逆に言えば自分達で大量の魔力を持っていかないといけないし、魔力での介入も限られているんだけどね。行人(いくと)を呼ぶのもひとくろ……じゃなくて、名前すら分からなかったから会ったとき名前で呼べなかったなぁ、なんてね。ほほほ」

「はぁ……」


 最後、それまでの話と繋がっていないぞ……。というか、何を言おうとした?


「まあ、いいや。でも、そんな凄い力があるなら、世界改変とやらで全部終わっちゃうんじゃないの?」

「だから、この世には理ってのがあるのよ。その合間を縫ってでしか無理なの」

「法律には抵触しないよう抜け道を見付けて、人としてどうなのってことをする感じ?」

「嫌な例え方するわね。まあ、人としてどうなのって所を除いたら、そんな感じね」

「で、俺達が倒さないといけない魔王についてそろそろ聞きたい」


 本題。


「それが、私もそこまで詳しいわけでもないのよ。女神としてはぺーぺーだから」

「なんか俄然、不安になってきたんだけど」

「こういう人なんです」


 天羽がサヤカさんのことを指さしながら言うと、再びビール缶を頬に押し付ける攻防が始まる。「妹の癖に生意気よ」とか「こんな恰好する姉を持った覚えありません」とか言い合いながら。


「ま、まあ、とにかく危険なやつなのよ。大昔にも魔王と呼ばれる存在がいたらしいんだけど、それと似たような存在が、またいるんじゃないかってことで。それで、どうもそいつはサンケ学院という名門校にいるみたいなのよねー」

「何でそこにいるって分かったんだ?」

「うーん。奴らに襲われて助かった人の証言に、犯人はサンケ学院の制服を着ていたってのがあって。ネット上の噂レベルの話だったんだけど。そのあと、百合乃が戦った魔王の手下も、皆サンケ学院の制服着てたのよね。何か関係があるのは間違いないでしょう」


 天羽がこくりと頷く。


「だから百合乃にはその学校に通わせているし、行人、あなたもそこに通うことになっているから頑張ってね。かなりの名門校よー」


 サヤカさんがこちらを指さしながらウィンクしてきた。


「今月だけでも、この街で魔王に関係する殺人事件は分かっている限りでも3件。今の段階であなた達が手こずる相手はいないと思う。でも、もし危なくなったら逃げなさい。直接介入できることに限りがあるとはいえ、私は絶対あなた達を死なせないから。あと、そう。行人にはいずれ武器も渡す。ただ、今はどういうのが良いか見極めたいからちょっと待ってね」


 サヤカさんは一息つくと、俺達の方を見てから微笑んだ。

 そして、また天羽の頬にビール缶を押し付ける。


「やっぱり家族っていいものね。楽しいね」

「はぁ」


 唐突な告白。

 でも、悪い人ではなさそうだな。女神だから悪い女神ではないと言った方がいいのか。凄い力を持っている以外、俺達人間となんら変わらないように見えるけど。


「ぷっはぁー! うまい! もう一杯!」

「サヤカさんはご飯食べないの?」

「女神だからねー。本当は飲む必要もないのよ。でも、お酒は大好きだし、食べるのも好きよ。ただ、家にいないことの方が多いから、百合乃に私の分まで材料買って作って貰うのは悪いでしょ」

「最初の頃、連絡も無くて無駄に作っちゃいましたからね」


 天羽、得意のジト目。


「もう。ごめんてー」

「あ、ちょっと」


 サヤカさんは優しそうな目で天羽の頭を撫でていた。


「よし! もう1本ビール持ってくる」

「まだ飲むのかよ」

「あ、サヤカさん。台所にポテトサラダが少し余ってるから良かったらどうぞ」

「うん。もらうー。では、しばしのお別れだが泣くんじゃないぞ」


 そう言うとサヤカさんはそそくさと部屋から出て行った。

 天羽と二人きりになる。急に照れくさくなって、お互い下を向いて食事を続けてしまう。


「元気そうだな」

「あなたも」

「ははは」

「みんなも元気にしてるかな?」


 天羽のおばさんのことを思い出す。数時間前のことだ。

 あれがあったから、こうやってまた天羽と会えた気がする。


「なんだかんだで元気にしてるみたいだよ」

「そっかー」


 微笑んでくれた。胸が引き裂かれそうになる。


「お風呂もう用意出来てるから、ご飯食べ終わったら先入って」

「ん、分かった」

「私はそのあと入って、ついでに洗濯物もするから」


 女の子だから当然だけど、やはり自分の洗濯物は見られたくないんだろうな。見ませんよ?


「分かったけど、俺着替え無いから今日は洗濯物ないぞ」

「男性物の下着はサヤカさんが買っといてくれたみたい。上のシャツも貸してくれるんじゃないかな」


 サヤカさんの背丈は女性としては高い部類だし、それで問題ないか。


「ズボンは悪いけどもう一日着て。明日お休みだから、色々買うといいね」

「そうだな。まあ、ズボンは毎日洗うものではないけど、冬物だから別のは欲しいな」

「あと、家事は分担ね。私が料理と洗濯物するから、お風呂とか洗い物お願い。今日はいいけど」


 少しぎこちない感じだけど、なんだか不思議な気分だった。本当に、一緒に生活することになるんだな。


「おけ。家の掃除はどうするんだ? この家、かなり広いけど」

「家の掃除はサヤカさんが魔法でしてくれる」

「便利だなー」

「便利だねー」


 その後、会話が続かなくて沈黙。かちかちと食器の当たる音だけが部屋に響く。ふと「ごめんなさい」という言葉が聞こえた気がして、天羽の方を見る。目が合うと、彼女は少し困った顔をしたのち、その表情を隠すかのように微笑んでくれた気がした。




 食事の後片付けをした後、俺達は一緒に階段を上っていた。なんとなく一緒にと言った方がいいかもしれない。階段を上って一番左奥が天羽の部屋らしく、逆に右奥が俺の部屋だった。


「なあ天羽?」

「ん?」


 自分の部屋に戻る途中だった彼女は振り向き、少し顔を傾ける。以前の学校でやりとりしていた頃に比べると、俺に対しての態度が幾分柔らかくなったかもしれない。


「天羽はなんで戦っているんだ?」

「約束だから。サヤカさんとの」


 ヒーリングミュージックでも聴いているような、とても穏やかな声。


「相変わらず真面目なんだな」

「あと、もう目の前で人が死ぬのは見たくないし、私が望まなくても彼らはやってくるから。それに、あなたも……」

「俺?」

「ううん、とにかく約束したから。……それがたぶん私の道理」

「そっか」


 真面目で真っ直ぐで誠実。責任感も強い。例えそれでまた死にそうになったとしても、天羽は変わらない気がした。俺はやっぱりそんな彼女が好きだった。

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