52 二人の少女2
放課後、新聞部の部活動が早く終わり、百合乃と一緒に帰ろうかと生徒会室まで来ていた。
そこで見知った顔に出会う。
生徒会室前の廊下の壁に、春宮ヒマリの妹のヒヨリが寄り掛かるようにして立っていた。そして、生徒会室の扉の前には彼女の友達で中等部の生徒会長、浜野カエデがドアをノックしている。
とりあえず、ヒヨリの方に挨拶をする。
「よっ、ヒヨリ」
「あ、鈴野さん、こんにちはー!」
俺に気付くと嬉しそうに挨拶を返してくれた。その彼女の声にカエデもこちらを振り向き、微笑みながら会釈してきたので、俺は親指を立てる。カエデはそのまま、また扉の方へと向き合う。
「生徒会の仕事?」
「うん、そうだよー」
「ヒヨリも生徒会のメンバーなのか?」
「副会長やってます! えへん」
ヒヨリはニッと笑って、得意げに言ってきた。
先日、二人に初めて会った時のことを思い出す。彼女が副会長とは、カエデも大変そうだな。それとも、ヒヨリもやるときはやるのだろうか。彼女はまだ俺の方をにこにこしながら見上げている。
「カエデ一人でいいのか?」
「私はアキちゃんに付いてきただけだから……」
少し声のトーンが下がったのが分かった。
「アキちゃん?」
「あ、カエデちゃんの間違い。昔は良くアキちゃんと呼んでいたから、つい」
「なんでアキちゃんだったんだ?」
「カエデって秋の言葉でしょ? だから。カエデちゃんはちょっと長ったらしいしぃ、カエちゃんは何か変だしぃ、でアキちゃんと最初の頃は呼んでたの」
なるほど。
しかし、高等部には別にアキという名前の人がいるから、それで呼ばれると少し紛らわしい。ついでに心臓にも悪い。
生徒会室の扉が開き、冬見レオが出てきた。
レオはカエデを見ると一瞬驚いたような顔をし、半笑いを浮かべながら話し始めた。いつもは不遜な態度で周りと接している彼のその表情はとても意外だった。
二人は周りに聞こえないように、互いの耳元でひそひそと会話をしている。もちろん、長身のレオはカエデの顔に合うように、わざわざ屈みながら話している。
ふと横を見ると、さっきまでにこにこ笑っていたヒヨリの表情が険しい。明らかにレオのことを睨み付けていた。普段は天真爛漫な彼女のそんな表情に驚いてしまう。でも、同時に似ていると思った。
「どうした?」
「……」
「やっぱ姉妹だな。お前のねーちゃんも、そうやって俺と百合乃のことを睨んできたことがあったんだぜ?」
「そうなんだ。お姉ちゃん、鈴野さん達のこと殺したい程に憎かったんだね」
「えっ?」
つまり、ヒヨリはレオのことが殺したい程に憎いのか?
レオとの間に何かあったのかと心配してしまう。
「なにか嫌なことでも冬見レオにされているのか?」
「別に」
「もし、何かあったら俺や百合乃やお前のねーちゃんにちゃんと言うんだぞ」
カエデとレオの二人は和気あいあいとした感じだ。意外に嫉妬とかだったりして。
やがて用事は済んだのか、カエデはぺこりとお辞儀をした後、こちらに戻ってきた。
「ヒヨリちゃんはちゃんと大人しくしてましたか?」
「カエデちゃん、何それー!」
「だって、ヒヨリちゃんは目を離すと何するか分からないですから」
「んもー!」
ヒヨリがカエデに掴みかかろうとした所で、一人の先生が横切る。それで二人は慌てて姿勢を正して挨拶する。
「佐藤先生、こんにちはです」
「佐藤先生、こんにちはー!」
「あら、中等部の生徒会の子達ね。こんにちは」
中等部の二人が挨拶したのを見て、俺もしないといけないかと思い遅れて挨拶する。
「こんちはー」
「こら、鈴野。二人がしたのを見て、慌てて挨拶したでしょ?」
佐藤先生は笑いながらそう言ってきた。
「いやあ、あはは……」
「ちゃんと挨拶はしないとダメなんだよー?」
ヒヨリにまでそんなことを言われて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そのヒヨリは佐藤先生が行ってしまうと、先程の続きを再開する。
「さっきはよくもー!」
「ヒヨリちゃん! だめです!」
ヒヨリがカエデの脇腹を服の上からくすぐり始めた。
「ヒヨリちゃん、やめてください! 怒りますよ!」
「うるさいうるさいうるさーい!」
何やってるんだ、この二人は。
そう思っていたら、今度は千木良先生がやってくるのが見えた。
まずい、ここで騒いでいたら怒られるぞ。
注意したかったが、距離的にもう遅かった。
だが、千木良先生は二人のことが目に入っていないかのように、通り過ぎて行く。
ヒヨリとカエデの二人もじゃれ合うのに夢中で、千木良先生のことには気付いていないようだった。
佐藤先生の時は事が始まる前だから良かったけど、こうなると周りが見えなくなるみたいだな。
今はカエデが、上から乗っかってきたヒヨリの頬をつねってやり返している。
怒っている状態でも同級生のヒヨリに可愛らしい敬語を使いながら。
中等部の生徒だから千木良先生は怒らなかったのだろうか。
自分は高等部の先生で、担当が違うからという理由で。
ある意味、職務に忠実で千木良先生らしい。
というか、俺と目すら合わそうとしなかったな。
ひょっとして、俺を避けていたのか?
そう言えば、あの二人……まあ、いいか。
その直後ぐらいに生徒会は終わり、俺は百合乃に会うことが出来た。
一緒に帰ろうとした時、百合乃が同じ方角のカエデも誘ったが、彼女はまだやることがあるからと、ヒヨリと二人で中等部に戻っていった。
いつもの坂道を百合乃と二人で上る。
その途中、筒井ミハルさんの家の前で夏凪ユメミ先輩がいるのが見えた。筒井のお婆さんと話をしている。
「百合乃ちゃんに行人君、おかえりなさい」
「ただいまー」
「どうもー」
ユメミ先輩が俺達に気付くと微笑んできた。
「ユメミ先輩と筒井のお婆さんは知り合いだったんだな」
「そうだよ。ユメミちゃんのことは彼女が小さい頃から知ってるよ」
サヤカさんだけでなく、ユメミ先輩の幼い頃まで知っているのか。このお婆さん、交友関係広そうだな。
「夏凪家とはお爺様の代からの付き合いで、お母様とも仲良かったの。私も昔から色々と面倒見て貰っている」
「へー」
ユメミ先輩にもちゃんと人付き合いというものがあるようで安心する。
小さい頃から知っている相手だからなのか、ユメミ先輩の表情も心なしか嬉しそうに見えた。
「3年分の全校生徒の名簿を見付けたから、比べ次第、連絡する」
「まじで!? ありがとうございます!」
百合乃の持っていた、全校生徒の名簿はもうユメミ先輩に渡したらしい。
「3人が仲良いみたいで私は嬉しいねぇ」
「あはは……まあ、色々ありまして」
筒井のお婆さんにとって、ユメミ先輩は孫みたいなものなのだろうか。そんな気がした。
「今からユメミちゃんとウチで一緒にご飯を食べるんだけど、二人もどうだい?」
「ごめんなさい。今日はもう晩御飯の材料とかお惣菜を買っちゃったから」
「そうかい。それは残念だねぇ。また、今度皆で一緒に食べようね」
「はい、ぜひ!」
そこで俺達は別れる。
ユメミ先輩は「ばいばい」と言ってまた手を振ってくれた。俺達より年上で見た目も雰囲気も大人っぽい人なのに、やっぱ可愛らしい人だなと思った。
空を見上げると昨日と同じ茜色だった。
雨が降る時以外は、これも満月と同じで毎日一緒だな。
そして、昨日と同じ空の下、今日は何も言わずどちらともなく俺達は手を絡めた。




