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44 ヒマリとトモヤと同人即売会

 今日は土曜日で午後からは授業がない。

 それで、冬見(ふゆみ)トモヤにある事に誘われ、一度家に戻ってから、トーキョー市の臨海地区の駅で彼と待ち合わせをしていた。

 9月ももう終わりで、今日は秋にふさわしい涼しさ。


 俺の方が先に着いたので、改札口を出た所で待っていると彼はやって来た。

 細めなチノパンに黒のTシャツ、その上に赤い長袖のシャツを着て。


「ステイ・サイケデリック。ステイ・サイケデリックだよ、イクト君」

「あい?」


 何を言っているんだ。

 家に引きこもっている時はシーケンサーでもピコピコしてそう、この人。


 今日はここで小説の同人即売会があるとかで、俺も来るべきだと言われてトモヤに誘われた。最初はあまり乗り気ではなかったけど、何事も経験かなと思い行くことにしたのである。

 だけど、ここには他にも俺と一緒に来た人達がいた。トモヤはまだ気付いていないようだが。


「あら、トモヤ君って学校の外ではちょっと違う感じなのね?」

「ひっ!?」


 ヒマリと百合乃の二人である。

 そのヒマリを見た瞬間、トモヤは大袈裟と言ってもいい程に驚き、怯えるように俺の影に隠れようとする。1年前の出来事がそんなにもトラウマになっているのか。それとも、まだ彼女と会う心の準備が出来ていなかっただけだろうか。


「ちょっとー? 幾ら何でも、その反応は失礼じゃない?」


 ヒマリは両足を少し広げ、腰に両手を当てながら、前のめりでそう言ってきた。


「ど、どうして、春宮(はるみや)ヒマリさんがここに!?」

「何でフルネームなのよ」

「ごめんね。今日ここでバーゲンがあるから、行人君と一緒に来たの」


 そう百合乃が謝る。

 今日の彼女の恰好は襟付きのグレイのワンピースに、黒のテラードジャケットとストッキング、それとこの間と同じヒールのほとんどない濃紺のパンプスとトートバッグ。とてもシックな感じで良いです。うんうん。

 一方のヒマリはレギンスに明るめのデザインのチュニック、ヒールがそこそこあるサンダルと白のハンドバッグ。一人だけ半袖である。化粧も薄くしている。旧ダンスホールでの印象が強かったから、意外と抑えめだなと思ってしまった。でも、彼女らしい明るくてお洒落な感じ。


「しかし、ヒマリみたいなお嬢様でもバーケンに行くんだな」

「普段は親の方針で慎ましやかなものよ。まあ、平均的な高校生よりお小遣いは貰っていると思うけどね」


 ふーん、そうなのか。

 あれ、でも、壊した旧ダンスホールの修理費とかは何処から出しているのだろう。やっぱり、皆とは違う世界にいる人のような気がする。

 まあ、俺と百合乃もこっちだと似たような物かもしれない。お小遣いは貰っているけど、それとは別に生活必需品に関しては、幾らでも出すとサヤカさんは言ってくれている。ちなみに、服代は後者の方に含まれている。と言っても、百合乃がかなり厳しく管理しているので、実際にはそこまで使っている訳ではないけど。


「あの……トモヤ君。1年前はごめんなさい」


 ヒマリの言葉に、俺の後ろにいたトモヤが前に出てくる。


「こちらこそ、ごめんなさい……。避けるようなマネをしてしまって。幼稚園の頃の話なのに、今更になってこういうこと言って、ごめん……」


 トモヤは少し俯き加減で言った後、唇を噛んだようだった。


「家の方針なら仕方ないわ。それに私のためにそれ以来ずっと一人でいたのでしょ? そんなことしなくて良かったのに……」

「えっ!? イクト君、彼女に言っちゃったの!?」

「すまん! 二人にとって決して悪い事ではないと思って」

「……」


 トモヤだけでなく、ヒマリまで顔を赤らめていた。それを見ているとこちらまで顔がにやけてしまう。


「握手! 握手!」


 俺はそう言いながら手をゆっくり叩き始める。そうしたら、百合乃も微笑みながら俺と同じ事をし始めた。


「あっ……えっ……。あ、あのトモヤ君……また仲良くしてくれたら、嬉しいな」


 ヒマリが少し震えながら手を差し出すと、トモヤがそれを迷わず握った。


「ぼ、僕もまた春宮ヒマリさんと仲良く出来たらいいなってずっと思ってた」

「うん」


 嬉しそうに、はにかむ二人。


「おーーっ!」


 それを見て、俺と百合乃の拍手にも力がこもる。すると、たまたま周りにいた人達も、なんだなんだと一緒に合わせて拍手をしてくれた。


「ちょ、ちょっと!? 二人とも恥ずかしいからやめて!」




 俺とトモヤは女性陣二人とまた後で会う約束をして、一旦別れた。

 彼女らが行こうとしているのは、駅近くの巨大なショッピングモール。その周辺には幾つかのビルが連なっている。だが、そこから離れると建物の数は少なくなり、ぽつんぽつんと間隔が空いて新しめの高層ビルが建っていた。寂しい感じではあるけど、それらのビルに沿って、綺麗で広々としたプロムナードが続き、こういう場所を歩くのは嫌いじゃない。俺達はその途中にあるビルの一つを目指す。


「ここみたいだね。入ろうか」

「トモヤはよくこういう同人即売会には行くのか?」

「いや、初めてさ。今までは家に引きこもりがちだったし」

「シーケンサーとかピコピコしてたんだ?」

「なんで分かったの?」

「……」


 俺達が入った建物の中はとても閑散としている。

 そこからエレベーターで数階上がったところに、目的の同人即売会はやっていた。

 かなり小ぢんまりとした感じだった。まあ、小説だからなあ。

 俺も同人即売会は初めてだったから、他の物と比べられないけど、イメージしていたのとは少し違う。


 30ぐらいのサークルが参加していて、一人で書いた小説もあれば、複数が参加した文芸同人雑誌もあった。

 へー、と興味深く色々見て回る。


「あれ? あそこにいるの川畠(かわはた)さんじゃない? サークル側として参加しているみたいだね」


 トモヤが指差す方を見る。

 そこには確かに、川畠カオリが満面の笑みでこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 俺は思わず悲鳴を上げそうになった。なぜ? 自分でも分からない。

 でも、きっとやばい。サークルとして参加したということは、何かを書き上げて、ここに来ているということだ。あの、彼女が。俺達が見てはいけない何かがあるに違いない。


「どうしたの? 行こうよ」

「えっ?」


 何故、こいつはこんなにも無邪気でいられるんだ。

 危険な場所だと分からないのか?


「パ……パンドラの箱が……」

「パンドラの箱?」


 トモヤは不思議そうな顔で俺を見るが、そのまま川畠の方へ手を振りながら行ってしまった。俺もその後を恐る恐るついて行く。しかし、トモヤの奴、一度仲良くなった人にはとことん人懐っこくなるのな。


「二人とも来ていたんだね」


 そこには川畠ともう一人女の子がいた。かなり度が強い眼鏡を掛けている。その眼鏡が俺とトモヤを見ると光った気がした。ふ、震えが……体の震えが……。よく分からないけど、俺は首を振っていた。


「友達の同人に参加させて貰ったんだ」

「へー、そういうのいいよね」

「うん。前から短編でいいから参加しないかって頼まれていたの。それで、迷っていたんだけどね。鈴野君の言葉が背中を押してくれて」

「へっ? 俺?」

「1週間以上前のことだけど言ってくれたじゃん。恥ずかしがることはない、誰しも人には言えない秘密はあるものだ、って。そうやって、私のこと受け入れてくれたから、一歩を踏み出す勇気が沸いたんだ」

「イクト君の言葉って不思議な力があるよね」


 1週間以上前の俺の馬鹿! なんてことを言ってくれたんだ! 後先考えずに喋るから、小説書かなきゃいけなくなったり、こういう恐怖の場面に遭遇したりするんだ! 馬鹿! 馬鹿!


「ぎりぎりだったんだけどね。ぜひ見て」


 川畠が俺達に本を差し出してきた。俺は観念してそれを受け取る。

 緑色の装丁には『数学のお話』と書かれていた。

 ん? 意外に普通なのか?

 川畠カオリのページを見てみる。

 なになに、『男の子と微分積分』。


「???」


 よく分からないけど、とりあえず読み進めてみる。

 だが、幾ら読んでも内容がさっぱり頭に入ってこない。この世界にも外国語はあったんだと思ってしまうぐらいに。俺の名前やゲンキやトモヤも出てきて、一瞬寒気を覚えたが、幸いなことに俺の想像していたのとは違うようだった。俺らを使って、微分積分を説明しているのか? 全く理解が出来ない。


「なんだこれ……」

「なかなかと深いね」

「冬見トモヤさん?」


 何を言ってるんだ、こいつ?

 これを理解したのか? 正気かよ。


「そう。男の子の友情が描きたかったんだ」


 友情? どこにそんな要素あったの?

 喜んでいる川畠とトモヤの顔を交互に見る。

 俺は何故だかここで急に叫びたくなった。今すぐ叫びたい。お願い、叫ばせて。


「2冊で3000円になります」

「あい?」


 川畠の友達が、その度の強い眼鏡の奥からじっと俺達のことを見つめてきた。

 よく見たら、この本が山積みされている。こんなに薄っぺらくて、この内容で1冊1500円? 冗談でしょ。そりゃ、売れないよ。


「2冊で3000円になります」

「ごくり」


 度の強い眼鏡の子から凄まじい威圧感が迫って来る。

 川畠もにこにこしながらこっちを見つめてきた。


「ありがとうございましたー」

「二人とも、また学校でね!」


 トモヤは嬉しそうに彼女らに手を振っている。


「いやあ、まさか友達の本が買えるとは。いい買い物したね」


 そう満足げに言うトモヤの横で、俺は苦虫を噛み潰したような顔で、ぼったくりとしか思えない本を鞄にしまったのだった。


「なあ、今ここで叫んでもいいか?」

「頭のおかしい人だと思われるよ」

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