2 天羽百合乃
天羽百合乃と初めて出会ったのは小1の終わりの頃だった。俺が当時住んでいた集合住宅に、彼女の家族が引っ越してきたのだった。社宅だったから、父親同士が同じ会社に勤めていたことになる。
初めて見たとき、色白でかわいい子だなって思った。背筋をしゃんとし、登下校用の黄色い帽子を、俺の小学校では誰も被っていなかったのにも関わらず、律儀にしばらく被っていたのが印象的だった。
要は生真面目な子だったんだ。もしかしたら融通が利かないくらいに。その生真面目さが、凛とした彼女に時として不安定さをもたらしていたような気がする。今思えば。
そんな彼女とよく遊ぶようになったのは、小3で初めて同じクラスになってからだった。向こうと俺の母親経由で色んな情報も入ってきた。
例えばテストで95点取って、100点じゃなくて悔しくて大泣きしたとか。彼女は人前では感情を爆発させるタイプじゃなかったから意外だった。それにこの頃の俺は、生意気にもほとんどのテストで当たり前のように100点を取っていたから、イマイチ理解も出来なかった。
当時の俺が今の俺を知ったら悲しむだろうなあ。
それで、天羽と遊ぶようになったきっかけはなんだったかな。
そう確か。同じ社宅の友達の誕生日だったと思う。
最初はその友達の家に同じクラスの男子だけで集まっていたけど、どういう流れだったか、天羽も呼ぼうという話になって。それでみんなで彼女の家へ押しかけていったのだった。
たぶん、あの友達は天羽のことが好きだったのかな。
「プレゼント買ってないから行けないよ……」
そう困ったような顔で彼女が言ったのを今でも覚えている。普段、あまり表情を変えない子だからこそ新鮮だった。
結局、そんなのいいよってことで天羽も来ることになったんだけど、その前にちょっとだけ、彼女と妹さんの遊び部屋にお邪魔させてもらった。そこにテレビゲーム機があったのを覚えている。当時は男子しか遊ばないものと思っていたから、女子もやるんだって初めて知った。
当時流行っていたゲームを持っていることや、お姉ちゃんすっごい上手いんだよ等と嬉しそうに語っていた妹さんの横で、天羽姉は顔を赤らめて俯いていた。
妹さんもおばさんもおっとりしていて、見た目はどちらかというとふっくらしている感じの人達だった。
一方、天羽百合乃は細見で可憐だった。生真面目で、ある意味で神経質な部分がそうさせたのかもしれない。もちろん、妹さん同様に柔らかい部分もあった。むしろ、そっちの方が大きかったと思うけど。その柔らかさが、人によってはキツイと取りかねない生真面目で神経質な部分を和らげ、それらの調和が俺にとって絶妙で魅力的に映っていた。
俺も彼女のことが好きだったんだと思う。見た目も中身も。
この日を境に、俺達は天羽を誘うようになり、そしてその内、彼女は妹さんを連れて自分から俺達が遊んでいる所へ来るようになった。天羽は優しい子で、いいお姉ちゃんでもあったんだ。
俺が自転車で転んだときなんか、誰よりも早く駆けつけて本当に心配そうな顔で「大丈夫?」と言ってくれたっけ。妹さんも一緒にくっ付いて、後ろから顔を覗かせて。
でも、天羽と仲良くなった理由はこれだけじゃなかった。
小3になって1か月ぐらい経った頃のホームルーム。自分が学校を休んだ日に、その日のプリントを家まで誰に届けて貰うかを決めなきゃいけない時があった。
先に名前を呼ばれた天羽は俺を指定してくれた。思わず心の中でガッツポーズしちゃったよ。今思えば、同じ社宅の人が何人かクラスにいたとはいえ、その中でも比較的俺と天羽の家が近かったからなんだろうけどな。
ただ、小学生にとってみんなの前で異性を指定するのは、結構勇気のいることだったと思う。
その日のクラスでは、自分を指定してくれた人をお返しで指定する、という流れが出来ていた。それで、ここぞとばかりに、俺もその流れに乗じて彼女を指定したのだった。やったね。
当時の俺は結構体が弱かったし、天羽もそれなりに学校を休んだ。
どちらかが休むと、その日のプリントと一緒に、メッセージ等を書き込むプリントも先生から渡された。
そこに、その日学校であったこととか、早く元気になれよ的なこととか、訳のわからない漫画とかをお互いに書いたりしてた。
何回かやり取りしてる内に、俺は彼女の影響で語尾にやたら「〜ね」や「〜よ」を使うようになっていたっけ。早く元気になってね。待ってるよ。そんな感じに。あくまでも、そのプリント内だけでの話だけどな。
まあ、二人だけのちょっとした交流だったし、小学生低学年の俺には充分幸せだった。
小3のときのクラスは今までになく男女の仲が良くて、秋頃には、天羽以外にも男女関係なく近所のクラスの皆で、放課後に遊ぶようになっていた。本当に楽しかった。
でも。親の都合がある以上、いつまでも皆一緒というわけにはいかない。
俺の小学校で海外から戻ってくる子も、逆に海外へ行っちゃう子も皆俺と同じ社宅の子だった。そして、小学校3年の終わり頃、天羽もその一人となった。
天羽にとって俺が学校を休んだ最後の日。彼女から届けられたプリントには、今までと違ってさらに1枚の便箋が付け加えられていた。そこには「どういう食べ物が好きなの?」といった質問が箇条書きされており、その最後には引っ越し先の海外の住所が書かれていた。
順番的には俺が手紙を書く番だったと思うんだが、えっと……どうしたんだっけ?
うん。たぶん、出さなかった気がする……。