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10 星を想う

 一通りの買い物が終わった頃、外はもう鮮やかな夕焼けに包まれていた。

 俺達は晩飯用のお惣菜を買って帰路につく。駅から家までの坂道は、行きは下りだから楽だったけど、逆の帰りはやはりきつい。特に荷物が沢山あると。


 坂道の半分来た辺りで声を掛けられた。


「あら。百合乃ちゃんじゃない。こんばんは」


 いかにも人が良さそうで、品のあるお婆さんだった。ここら辺でもひと際大きい豪邸。その門の辺りにあるガーデニングに水遣りをしていた。表札には「筒井」と書かれてある。


「筒井さん、こんばんはー」


 百合乃がぺこりと挨拶する。


「こっちのお兄さんはもしかして、行人(いくと)君かい? いっぱい荷物持ってるねぇ」


 既に俺の名前を知られていることに驚く。


「あ、はい。昨日、こちらに越して来た鈴野行人です。よろしくお願いします。色々と足りない物があったので買い物してきました」


 百合乃が俺の挨拶に合わせて、またぺこりとお辞儀する。なぜ。


「そうなのね。そうなのね。私は筒井ミハルと言います。よろしくね。聞いてますよ。従姉弟なんだってねぇ」

「はい、そうです」


 お婆さんは優しげな笑みを浮かべなら、うんうんと頷く。


「でも良かったねぇ。百合乃ちゃん、前は寂しそうだったから」

「えっ」

「行人君が来てそうじゃなくなったのね。少し硬い表情だったのが和らいだわ」

「そうなのか?」


 百合乃は目を丸くして、俺とお婆さんを交互に見る。顔がどんどん赤くなっていく。


「えっと、違っ……はい、そうかも……しれません」


 もじもじしながら下を向く、お顔が真っ赤な人。

 最初は否定しようとしたけど、観念したかのように認めたぞ。他の人の前では素直だな、おい。

 お婆さんは良かった良かったと繰り返している。


「そういえば、お姉さんは元気にしてる?」

「はい、元気にやってます」


 今朝は会わなかったな、サヤカさん。


「お酒はほどほどにねって伝えておいてくれるかい。ふふ」

「えっ!? はい、伝えておきます! すいません!」


 百合乃の顔がさーっと青くなり、何度もお辞儀する。


「あぁ。百合乃ちゃんが謝ることじゃないよ。いいのよ、いいのよ」


 おいおい。サヤカさん、近所で何したんだよ。

 最初はちょっと怖いけど、妖艶で格好いいお姉さんというイメージだったのに、サヤカさんの株はどんどん下がる一方だ。


「はぁ。それじゃあ、そろそろ失礼しますね」


 思わず溜息を漏らしてから、お別れする百合乃。


「気を付けて帰るんだよ」

「さようならー」

「さよなら」


 百合乃がここに来たばかりの頃、サヤカさんと散歩している時に筒井のお婆さんと出会ったらしい。サヤカさん自身はもっと前からここに住んでいたため、お婆さんとは既に知り合いだったとのこと。

 それ以来、百合乃のことをよく気に掛けてくれるらしい。人情味あふれる良いお婆ちゃんみたいだからなあ。


 再び歩き出した時には、日も完全に落ち、辺りは暗くなっていた。

 いつも通り百合乃が少し前をてきぱきと歩き、俺がのんびりとそれに続く。

 こうして坂道を上っていると昔を思い出すな。


 皆と自転車で街中を走ったことがあった。だけど、俺と天羽(あまは)姉妹は皆の速さに付いていけず、結局途中でリタイアし、先に帰ることにしたのだった。俺達の社宅も丘の上にあり、3人とも自転車から降りその丘を上っていた。

 「みんな速すぎるぜ」「あんなのついてけない!」等と妹さんと愚痴っていると、少し前を行く百合乃が振り返り「あれ以上スピード出したら危ないからいいの」と言ってくれた。さらに「鈴野くん、うちの妹に合わせてくれてありがとう」とも言ってくれたっけ。妹さんも輪唱するように「ありがとー」と言ってなんか面白かった。それに対して俺は笑って誤魔化したんだけど、単に俺も付いていけなかっただけなんだよなあ。

 男としてちょっと情けなかったけど、こうして3人で一緒になれて得した気分だった。それに似たもの同士って感じでなんだか落ち着いた。今と同じ優しい時間だった。

 「自転車押しながら、この坂のぼるのきついよぉ」と情けない声を上げる妹さんに、俺と百合乃は思わず一緒に笑っちゃったんだよな。

 そういえば、妹さんのこと一度も名前で呼んだことなかったかも。みんな「天羽の妹」と呼んでいた覚えがある。


美結(みゆ)、元気にしてるかなぁ」


 百合乃が空を見上げながら、ふとそう呟いた。

 それが妹さんの名前だっけ?

 俺も一緒になって空を見上げる。

 真ん丸としたお月さまが浮かんでいた。俺の知っている月よりも大きく、随分と明るく感じられた。よく見ると水面に映っているかのように、少し揺らいでいる気がした。

 

「こっちの世界にも月と似たような星があって、今日は満月なんだな」

「そうだね。昨日も満月。明日も満月。明後日も、明々後日も、たぶん一週間後もね」


 なんだそりゃ。つまり、ずっと満月ってことか。


「そう言われると、なんか不気味に感じてくるんだが」

「ふふ」


 トンネル抜けて、俺が初めてトーキョー市のビル群を見て驚いたときと同じように、百合乃は嬉しそうだった。

 しかし、少し奇妙なことに気付く。空には月以外の星が一つもない。俺達の東京でももう少しあったと思うが。そういう世界だと言われれば、そうなのかもしれないけど。


「今日は曇ってるのかな。星が一つもないけど」

「この世界に来てから一度も見たことないよ」

「まじかよ」

「飛行機も見たことない。飛行機見ると、飛行機に乗ってるの想像出来て好きなんだけどね。どこ行くんだろうって」

「ははは。百合乃らしいな」

「ここの空を見ていると、皆とは遠く離れた世界にいるんだなって実感する。少し寂しいけどね。でも、まだ私の人生は続いていて、幸せだよ」

「ああ」


 ちょっと泣きそうになった。うーん、なんだろうね。こんな泣き虫じゃなかったんだけどな。

 ガチャリと門を開ける音がして、家に着いたことに気付く。


「ここはこういう世界。明日から大変だけど、私がいるから大丈夫だよ」


 彼女は門の方を向いたままだったから、顔は見えない。


「そりゃ、頼もしいな」


 そして、百合乃は振り向くことなく、すたすたと先に行ってしまった。

 少し喋り過ぎたと後悔しているのだろうか。


 明日から、か……。新しい学校。サンケ学院。

 ある意味、明日から俺の新しい生活が始まるんだ。

 もう一度、俺は星のない空を見上げる。そして、向こうの世界にいる人達のことを想った。

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