第7話 ステルラにて
溜め息を吐いて、弁当をつつく。清涼な風が吹き抜けて気持ちいい筈なのに、心は陰鬱とした気分だった。
それでも、心配をかけまいと笑顔を見せる。
それに答えるように周りから黄色い声が飛んだ。
「きゃ〜〜〜‼︎」
「カッコイイ〜〜‼︎」
「イケメン‼︎」
「マジヤバッ‼︎」
「付き合ってぇ〜‼︎」
その様子を見て、坂本祐磨は苦笑する。
場所は、ステルラ学園の屋上。屋上はかなりの広さがあり、遠くの景色まで見渡せる。快晴の空の下で食べる食事は最高としか言い表せない。
学園生活を送ることになって数日が経過したが、やはりすぐには慣れないものだった。異なる環境、異なる文化、異なる思想といったしがらみが多い。歴史や魔法学といった教科は、頭から覚えなくてはならず大変だ。
この学園の制服であるブレザーを着用し、すっかりこの学園の生徒の一人となっている。
現在は昼食時で、屋上にいるのは祐磨とその周りを取り囲む数十人規模の女子のみ。女子は祐磨にくっつきながら話しかけたり弁当を食べさせたりと、物凄いアピールの数々。祐磨は持参した弁当よりも、食べさせられた食べ物の方が明らかに量が多かった。
ちなみに彩音と大雅はこの場所にいない。彩音は用事があり、大雅は複数の女性に追いかけられていた。
一人一人の女子になんとか対応する祐磨だが、なかなか難しい。
(そもそも、なんで僕の周りに集まってくるのかな?)
元の世界でも小さい頃からずっとそうだった。祐磨はその理由が未だにわからない。
「こめん。僕、ちょっと用事があるから」
祐磨が立ち上がると、女子達は残念そうな顔で抗議の声を上げる。
「本当にごめんね。でも、明日はずっといるから」
そう言って祐磨は笑顔を見せる。女子は顔を赤く染めて俯き、か細い声で返事した。
「ありがとう」
祐磨は再び笑顔を見せ、屋上を後にする。
少し一人になりたかった。異世界に来て、考えるのは親友のことだった。
(蒼、大丈夫かな?)
何度もその考えが頭をループする。
幼い頃からの付き合いだった。いつも一緒に行動して、基本何でもできて、ずっと味方で、あらゆる困難を解決してきた親友。正義のヒーローみたいだった。その姿勢に憧れ、尊敬した。自分もそうなりたいと思った。
大切な人はもう失いたくない。その痛みは、絶対に味わいたくない。
だから、いまの状況は物凄く嫌だった。あんなに呑気に弁当を食べているのも。のうのうと学園に通っているのも。自分らだけが保護されているのも。自分がこの状況で何もできないのも。
しかし、そう思う反面でどこか楽観的だった。あの親友のことだから問題などすぐに解決して、何事もなかったかのように飄々と戻って来るのだろうと。そして、すぐにでも元の世界に帰れるように手を打つのだろうと。
そんな二律背反する感情がグルグルと渦巻く。
遣る瀬無い思いを抱えたまま、祐磨は階段を下って行く。
★★★★★★★★★★★★
桜井彩音は広々とした廊下を歩いていた。
ここは兵舎らしい。そこの偉い人が、彩音に訓練をしてくれるとのことで、今日から訪れることになった。学園は昼休だが、今日は午後から訓練の日であり、特別に公欠扱いにされている。
一度城へ帰り、戦闘用のローブに着替えて来た。ローブの色は黒と紫で構成されている。彩音的に、もっと可愛い服がよかった、と時々愚痴を溢す。
今日の訓練は結構楽しみだった。その人はかなりのイケメンとの噂であり、女子の間では連日かなり話題として挙がる。
しかし、こんな自分が嫌だった。好きな人は祐磨だし、何よりもいなくなった友達が苦しんでいるかもしれないのに、自分は楽しそうに過ごすことが。
そうしていると、扉の前に着いた。番号が合っているか確認し、深呼吸をして扉をノックする。
「どうぞ」
彩音は緊張しながらもドアノブを捻って扉を開けた。
「失礼します」
兵士の部屋だと聞いたから、色々な武器や鎧があり、汗臭いのかと思っていたが全然違った。
そういった装飾品は無く、家具や本棚など割と普通な感じの部屋だった。流石に城の客間程の広さはないが。
「はじめまして。桜井彩音と申します。この度は訓練をしていただけるとのことで、感謝の言葉もありません」
彩音は扉を閉めた後に頭を下げて自己紹介をした。
「丁寧な自己紹介ありがとうございます。私はクレイス・シェルファーと申します。以後よろしくお願いします」
執務机で書類を確認していたクレイスという男性は、立ち上がって胸に手を当てて慇懃に挨拶を返す。
クレイスの年齢は二十代前半で、長めの金髪に、切れ長の青い瞳、清楚な軍服を纏っている。まるで物語の王子様のように、祐磨と並ぶ程の端整な顔立ちは女性の心を離さないだろう。
彩音はつい見惚れてしまった。これなら女子の間で話題になるのも無理はない。
「立ち話もなんですし、どうぞこちらの席にお座り下さい」
クレイスは彩音を来客用のテーブルまで案内する。彩音はとりあえず提案に乗る。
「あ、はい。シェルファーさん、ありがとうございます」
「クレイスで結構ですよ、桜井彩音殿」
クレイスはティーカップを彩音の前のテーブルに置き、座るように促す。彩音はとりあえずイスに座った。
「私のことも彩音で結構です」
「はい、わかりました」
クレイスは軽く微笑む。それを見た彩音は動悸が激しくなったことを自覚し、落ち着くためにティーカップを口につける。
口当たりはまろやかだった。おそらくはハーブティーだろう。そのおかげで落ち着いた。
彩音はチラッとクレイスを盗み見る。
(本物の王子様みたい……)
クレイスは物腰が柔らかく、年下の相手にも丁寧に接してくれる。モテない方がおかしい。
彩音はどうしてもクレイスを意識してしまう。
「それで、アヤネさんの属性適性の結果、私が一番相応しいとのことで、訓練を担当することになりました」
「忙しい中、わざわざすみません」
「いえ、構いませんよ。その分対価は戴きますので」
クレイスは平坦な声で言い、彩音を見る。
いきなりクレイスの雰囲気が変わった。よからぬことを企んでいるような気がして、彩音は怯える。
爽やかだった第一印象と違い、どこかねっとりとした感じがした。クレイスは笑顔だが、それが逆に恐い。
「い、いや……」
彩音はそう呟き、立ち上がって後ずさる。
恐い。男性にそんな視線や感情を向けられたことがなかったから。
恐い。この状況で自分が何をされるのかわかってしまったから。
視線をクレイスから外せなかった。両腕で自身を抱き、唇を震わせて必死に遠ざかる。しかし、背中に硬い感触があった。壁にぶつかったのだろう。出口はクレイスの後ろにあり、彩音の退路はなくなった。
クレイスは離された距離を埋めるかのように、ゆっくり彩音に近づく。彩音の全身を値踏みするように不躾な視線で見た。
彩音は嫌な視線を感じて、全身がブルッと震えた。気づけば涙が零れている。
「い、いや……」
精一杯声を振り絞ったが、掠れたものしか出ない。
「これから何をするのか……わかりますよね?」
彩音の前まで来たクレイスが、優しく言った。嬉しそうな表情で。
★★★★★★★★★★★★
「……ようやく終わったか」
女性が追いかけて来たのをなんとか振り切った水野大雅は、校舎裏で膝に手を置いて呼吸を整えながら、先程のことを思い出す。
昼休みの直後、廊下の突き当たりで女教師とぶつかった拍子に、その女教師の顔が倒れている大雅の股間付近に埋まってしまった。大雅の右手はその女教師の後頭部に置かれていて、まるで無理矢理押さえているかのように見える。
辺りの生徒(すべて女子)が音のする方を見ると、既にその状況だった。
顔を上げてその様子に気づいた女教師は、頬を真っ赤に染めて叫んだ。
「ケ、ケダモノォ〜〜‼︎」
周りにいた生徒ら(女子のみ)も思い思いに口を開く。
「へ、変態よ‼︎」
「い、淫獣だわ‼︎」
「いやぁ、色魔が‼︎」
「きゃあ〜、痴漢‼︎」
「性欲の塊なのぉ〜」
「通報しなくちゃ‼︎」
「ガチ引くわ〜〜」
「随分と旺盛なお猿さんだこと」
周囲の生徒(女子だけ)に次々と罵られて、冷汗をかきながらも弁解する。
「……ち、違う。これは不可抗力で……」
「そんな言い訳は通じません‼︎」
(……いや、先生にも非はあると思うが。あと、いい加減上から退いて欲しい)
敵意剥き出しの目で大雅は睨まれている。厄介な状況になった、と心の中で愚痴を言い、弁解は無理そうだから逃げ出した。
「処罰の対象です‼︎」
「逃げるな変態‼︎」
「待ちなさい淫獣‼︎」
「色魔は撲滅‼︎」
「痴漢は許しません‼︎」
「逃亡はダメなのぉ〜」
「罪は償いなさい‼︎」
「ガチ引くわ〜〜」
「私が成敗いたしましょう」
こうして、昼休みの鬼ごっこ開始のベルが鳴り響いた。
大雅は身体強化の魔法を行使し、全力疾走で逃げ回った。後半は相手が攻撃魔法を行使してきて、危うく異世界で天に召される所だった。ようやく授業開始のチャイムが鳴った所で、女性達は不承不承ながらもクラスに戻って行った。
「……はぁぁ。蒼、助け」
てくれてもいいだろ、と言おうとして、そこには誰もいないことに気づいた。
いつも人の不幸を笑いながらも、最後には必ず助けてくれた友達。
急に虚しさが胸を覆った。普段はあまり感じなかったが、離れてみると、こうも違うのかと。
大雅は壁に寄っ掛かり、空を仰ぎ見る。
蒼の消息はおろか、手掛かりすら見つけられていないらしい。そのことに苛立ちを感じるが、何よりも無力な自分が許せない。
いつも助けられてばかりだから、蒼のために何かしたかった。しかし今の自分では何もできない。そんな現実が、己の無力が、とても悔しい。
大雅は壁を拳で殴った。ジンジンとした痛みが殴った箇所から何度も木霊する。
こんなことをしても、どうにもならないと知っているのに、どうしても我慢できなかった。そして、また虚しさが胸を去来する。
今はできることをやろうと、何とか気持ちを切り替えて歩き出した。
「大雅! ここにいたのか!」
離れた所から大雅を呼ぶ声が聞こえた。大雅がその方向を向くと、祐磨が走ってきていた。
「……祐磨か」
「良かったよ、見つかって。今からでしょ?」
祐磨と大雅は並んで歩く。
「……そうだ。祐磨、人間は本当に魔人と戦争していると思うか?」
「? そうだから僕たちが呼ばれたんじゃないの?」
大雅は疑問を祐磨にぶつけた。
「……争っている形跡が全くない。この街は普通に平和だ」
「た、確かにそうだね。なら、何のために?」
「……俺達を育てて、攻め込むとか?」
「そうなのかな?」
「……わからない。だから、今できることをするしかない」
二人はこれから特訓の予定であり、場所は城だから一緒に帰っている。学園は午後も授業だが、特別に公欠扱いらしい。
結局大雅の疑問は解決しなかった。
綺麗に整備及び塗装された通路、ビルみたいな建物、車のような乗り物など、この街は文明の高さが伺える。
これらを眺めながら祐磨と大雅は城へ帰る。人々の活気もあり、あまり新鮮味は感じなかったが、ちょっと感動的だった。
城に到着し、自分の部屋へと二人は向かった。
歩いていると、曲がり角から歩いてきていた彩音と会った。
「彩音? 訓練はもう終わったの?」
祐磨が彩音に声をかける。
「う、うん。今日は……もう……」
彩音はどこかよそよそしい。顔を上げずに俯いて、ポツポツと呟くように喋る。なにより、元気が無かった。
「……彩音? 何か、あったのか?」
その様子に気づいた大雅が、彩音の前に出て問いかけた。
「な、何もなかったから」
彩音は口早に言い放ち、走って自分の部屋へ入って行く。
彩音の目が赤く腫れていたのを、二人は微かに見た。
おそらく、泣いたからだろう。何があってそのような状況になったのか。心配になり、本人に訊きたかったが話してはくれないだろう。
祐磨は彩音の部屋の前まで走っていき、扉を叩きながら言葉を投げかける。
「彩音! どうしたの⁉︎ 一体何があったの⁉︎」
「…………」
彩音からの返事は無かった。
祐磨は彩音の部屋の扉に額を擦りつけるように寄りかかる。
一体何があったのか。わからないけど、何かがあったことは確かだ。だって、彩音のあんな表情、見たことなかったから。
そう思った祐磨は、掌を強く握り締める。親友の助けにもなれない。友達の力にもなれない。本当に、ただの無力な子供であると、自覚させられた。
「……祐磨、今は」
大雅が扉に寄りかかったままの祐磨に声をかけた。彩音を一人にさせてやれ、と大雅は言葉に込めて。
「僕は……ここにいるよ」
こんなことしかできないから。だから、できることをしたかった。もう後悔はしないように。
「……そうか、訓練には来ないと言っておく。…………彩音を頼む」
大雅はそれだけ言って、自室へと戻って行った。
「ありがとう」
祐磨はその格好のまま呟くように言う。大雅には聞こえていただろうが、何の反応も無かった。
大雅は、何を思いながらそう言ったのか。祐磨は、そこを気にかける余裕が無かった。




