第5話 初心者の為の魔法講座
「では、改めて質問をしたい」
皮膚が青いオッサンが椅子に座って、胸の前で腕を組む。
「その前に、ヒダカ様はしばらくの間私に付き合って頂きます」
日高蒼の後ろに立っていたメアが全員に言い放ち、蒼の腕を掴んで連れて行く。
「え? メアさんいきなり何を?」
蒼が抗議の声を上げたが、メアは取り合わずに部屋から出て行く。その様子にユリアはニッコリ微笑み、オッサンは呆然と見送った。
「あの、どこに行くんですか?」
「取り敢えず浴槽です」
メアは無理矢理蒼の腕を引っ張りながら無表情で言う。蒼は困惑しながらも抵抗せずについて行った。
昨夜入浴した浴槽に蒼は連れてこられた。未だ困惑顔のまま、後ろにいるメアに振り向いて疑問を解消する。
「何故浴槽に?」
「ヒダカ様のゲスな妄想に私を巻き込む事はお止め下さい。着替えは用意してあるのでさっさと入浴して下さい」
有無を言わせぬメアの態度に、しぶしぶながら蒼は従い準備する。ちょっとそういう妄想をしてしまったがしょうがない。
「それで何故風呂に?」
メアによる入浴の手伝いという恥辱に抵抗してなんとか体を洗い終わった蒼は、浴槽に入りずっと疑問だった事を訊いた。
「ヒダカ様が汗をかいた所で、誰一人として喜ぶ者はおりませんので」
「あ〜〜、やっぱり気付いてましたか?」
「はい。ヒダカ様が産まれたての仔鹿のようにプルプル震える様は最高に愉悦でございました。私がどれだけ笑いを堪えていたかご存知ありませんか?」
「ある訳ないでしょ‼︎ てか、あの場でそんな事を思ってたんですか⁉︎」
「はい。特に、いきなりゴリラに殺気を向けられてビクッと痙攣した様に震えた時は、思わず高笑いしてしまいそうでした」
「流石に酷過ぎるでしょ‼︎ 俺を何だと思ってるんですか⁉︎」
メアは無表情で入浴中の蒼を見ており、蒼は首を振ってメアを睨む様に見る。
「当然ヒダカ様にはそのぐらいの存在価値しかないと思っていますが?」
「真顔で酷い事を言うのは止めて! もうゼロよ! ライフはゼロよ!」
「なるほど、ヒダカ様の存在価値ゼロとライフゼロ、イケメン度ゼロをかけたのでございますね? 自虐癖をお持ちとは流石です」
「はぁぁぁぁぁ〜」
蒼は空虚な目で頭を抱え込み、盛大なため息を漏らす。かつて、これほどまでに罵られた事はあるだろうか。
「それよりも、魔法知識ゼロのヒダカ様があの場でハッタリを言い、地位を求めるとは少々驚きました」
その言葉を聞いた蒼は、ピタッと動作を止めた。驚きを悟られないよう気をつけながら考えを巡らす。
何故メアが真実を知っているのか。そこから推論するとつまり…………。
「何の事でしょうか?」
「惚けずとも結構です。魔法が無い世界だと私は知っていますので。ヒダカ様に危害を加える気はありません」
メアは殆どを知っていて、あえて二人きりの場で確認してきたのだろう。その様子だと少なくとも敵ではなく、おそらく誤魔化した所で通じないので蒼は開き直る事にした。
「嘘を見抜く術とは、メアさんの事だったんですね?」
「その通りでございます」
「……何故あの場で嘘だと指摘しなかったんですか?」
浴槽に浸かったままの蒼が体ごと無表情のメアに向ける。
不利益が生じたのは相手側で、あのオッサンもメアが嘘を見抜けると知っている。なら、魔法の知識など本当は無いと教えれば取引は成り立たなかった。魔人からすればあっちの世界の魔法を知っておきたいはずだから不承不承ながらもオッサンは取引に乗った。なのにメアがそうしなかった理由が知りたかった。
「メア様は素敵で綺麗で妖艶で美しくて魅力的で蠱惑的で清らかで家庭的で美声で博識で良心的な美人です。と言ってくれれば、低脳なヒダカ様にも分かるよう説明しましょう」
どこまでも無表情でメアはそんな事を言ってくる。口と目蓋しか動かないので、まるで機械のようだった。
蒼は呆れ果てて呆然としていたが、やがてしぶしぶといった様子で口を開く。
「…………メア様は素敵で綺麗で妖艶で美しくて魅力的で蠱惑的で清らかで家庭的で美声で博識で良心的な美人です」
「おぇ……ヒダカ様に褒められた所で全くと言っていいほど嬉しさなど皆無で、逆に人生最大級の吐き気に苛まれるので止めていただけませんか?」
「言えって言ったのあんたでしょ‼︎ 何で俺が加害者みたくなってんの⁉︎」
蒼は思わず立ち上がってメアの肩を掴んで叫ぶ。タオルを巻いていたからさらなる被害を受けずに済んだ。
「私を襲うつもりでございますね? やはりヒダカ様が加害者であると言わざるを得ません」
「ちっげーよ‼︎ んなことするか‼︎」
「では、もうお上りですね? タオルはこちらに用意してあります」
メアは手に持っていたタオルを渡す。メイドとしての仕事は完璧だが、毒舌はどうにかならないのかと蒼は頭を悩ませる。
「先程の答えですが…………」
タオルで体を拭く蒼にメアが話かける。ようやく続きを聞くことができ、蒼は真剣な顔でメアを見る。
「実はお嬢様に頼まれたからでございます」
「……ユリアに?」
「はい。お食事の前に『今日だけでいいからアオの嘘を黙認して』と必死に頼まれましたのでその意向に従ったまでのこと」
「……そうか……また俺は助けられていたんだな……」
蒼は一旦着替えるのを止め、上を向き目を瞑ってユリアの顔を思い浮かべる。嬉しいがどこか切なく、何よりも自分が情けなかった。ユリアにどれだけ助けられればいいのか。ユリアが居なければ自分はとうに終わっていた。
助けてくれて、安らぎをくれて、守ってくれて、温かさをくれて、衣食住をくれて、楽しさをくれて、笑顔をくれて、希望をくれた。ユリアに与えられてばかりで、何も返していない、役にたっていない、何も与えていない。どうしようもなくこんな自分が嫌だった。
召喚されたばかりで何も出来ない事は理解しているが、だからと言って心は納得など出来るはずがない。
蒼は無意識に掌を強く握る。
「ヒダカ様。そのように強く握られては傷ついてしまいますよ」
メアはそう言って強く握る蒼の手に、自らの両手を重ねる。
「メアさん?」
蒼は目を白黒させて驚く。メアはそれに構わず蒼の指を優しく慈しむように解いてゆく。
「お嬢様がそうしたいからしただけです。ヒダカ様が恥じる必要はございません」
メアは蒼の目を真っ直ぐ見ながら続ける。
「そんな事をしてもお嬢様が悲しむだけです。どうにかしたいのなら、自らの意志でお嬢様の力になってあげて下さい」
メアはそこまで言って蒼の手を離す。蒼はメアが若干微笑んでいるように見えた。
「そう……ですね。なんかスッキリしました。ありがとうございます」
「素直な事は良い事です。私はヒダカ様に触れた手を殺菌消毒してきますので、それまでに着替えを済ませて下さい」
「………………」
メアさんにドキッとした自分がもの凄く馬鹿みたいだった。相変わらずのメアさんに、何も出来ない。
「あ、戻って来たんだ」
蒼とメアが食堂に戻って来ると、ユリアは座ったまま出入り口の方向を向いて微笑み、オッサンはステーキを食べている。
「ようやく来たであるか」
食べ終わったオッサンが口を拭きながら言う。シワの無い軍服を着こなし、礼儀作法を身につけているオッサンは上流階級なのかもしれない。
「ええ。実はヒダカ様が私の肩を掴み、美人だと口説きながら襲ってこられたので仕方なく付き合っていました」
「そうか、メアも大変であったな。しかし少年よ、三十分程度で済むとは情けない。もしかして……」
「その通りよゴリラ。ヒダカ様がまさか数秒で暴発するとは思わなかったわ。それも一回目で轟沈よ」
「そうかそうか、少年も大変だな。しかし男の価値はそれだけでは決まらん。めげずに励むのだぞ」
歩いてきていたオッサンが同情した眼差しで蒼の肩をポンポンと叩く。ユリアは顔を真っ赤にして頬杖をつきながらそっぽを向いている。
「いい加減にしろぉぉぉぉ‼︎」
我慢出来なかった蒼は力の限り叫んだ。
「それで、改めて少年に質問がある」
蒼、ユリア、オッサンは席に着き、メアはユリアの後ろに立っている。
「今更だが我輩の名はゾドル・ディーアである。少年の世界の魔法を教えてもらいたい」
本当に今更ながらの自己紹介だった。ここからは偽る必要が無いので、顔の前で肘を立てて指を組み堂々と宣言する。
「俺らの世界に魔法は無い」
「は?」
「だから、俺らの世界に魔法は存在しない」
ユリアは驚きの表情で目弾きし、ゾドルは口を開けて呆然としている。
「取引を反故にする気か?」
「いいえ、ヒダカ様は嘘をついていない」
少し怒気を孕んだゾドルに、メアが否定する。
「なに⁉︎ どういう事だ? 魔法があると言っていたではないか!」
「ヒダカ様はあると一言も言っていない。あたかもあるように振舞っていただけ。この世界の常識で物事を考えていたゴリラの落ち度よ」
メアは無表情でゾドルと対立する。蒼にはもの凄く格好良く見えた。
「メア、何故その場で言わなかったのだ⁉︎」
「使うの忘れていたわ。それに私はゴリラのメイドではないのよ」
「ま、まあまあその辺で終わりにしましょうよ」
蒼は居た堪れなくなり、メアとゾドルに割って入った。
「俺らの世界に魔法が無い事は紛れも無い事実です。魔人にとって最も都合が良いのではありませんか?」
「確かに少年の言う通りだが……よく偽れたものだ」
「まあ、異世界と聞いたら緑の草木、青い海、人造の建物など自分らの世界と酷似した風景や生物が存在する世界を想像しますからね。自分の常識と感覚と記憶からある程度の想像をしてしまうんですよね、異世界の情報など知らないのに」
「なるほどな、確かにその通りである」
「だから俺らの世界にも魔法がある、という風にそっちは考えているんじゃないかと予想して、その先入観を利用しました」
「まったく……メアといい、少年といい、一杯食わされたのである」
ゾドルは感慨深そうに呟いた。ユリアは笑顔を蒼に向ける。騙したのに何でユリアが笑顔なのか分からず、それを見てチクリと嘘をついた罪悪感が胸を刺す。
青い海、と言って指摘されなかったという事は、この世界の海も青いという事だ。
「他に質問はありますか?」
「……どうやってここまで来たのだ?」
ゾドルは何故か柔らかそうな雰囲気で新たな質問をする。
「施星の国に居た時、いきなり周りが光って気が付いたらあの森に居ました」
「本当にそれだけ? 近くに誰か居た?」
今まで黙っていたユリアが真っ直ぐ蒼を見て訊いてくる。
「それだけだし、誰も居なかったけど?」
蒼が答えると、ユリアとゾドルは口を閉じて考え始めた。よく分からない蒼は、説明してくれという意味を視線に込めてメアを見る。
「ヒダカ様、私を見て発情する気持ちは分かりますが、襲うのはこれが終わってからにして下さい」
「つまり、これが終わったら襲ってもいいと?」
「別に構いませんよ。粉末にされる覚悟があるのなら」
「ア、アオ。そ、そういうことはお互いの気持ちが大事だと思うんだけど……」
「お嬢様の言う通りでございます。それが分からないミジンコはお亡くなりになればよろしいかと」
「ふむ、確かに女性の気持ちを考えない男は駄目であるな。ただでさえ少年は数秒暴発、初回轟沈であるから、誠実な態度で対応して他の部分で補わなければならぬ」
いつの間にかユリアとゾドルが話に入っていた。
「ヒダカ様に誠実な態度を要求しても無駄かと。昨夜はお嬢様を襲い、先程は私を襲ったのですから。経験が乏しいくせに贅沢なミジンコですね」
「ふぁっ⁉︎ 私とアオはそんな事してないよっ‼︎」
「今朝方お嬢様が自白なさったのですが」
「だ、だから誤解だよっ‼︎ 私寝ぼけてただけだからっ‼︎」
「寝ぼけてたからこそお嬢様は自白してしまったのでしょう。どうしてもミジンコとの関係を認めたくない気持ちは分かりますが、こんなミジンコとの過ちを後悔する気持ちは分かりますが、過去を無かった事には出来ません」
「はみゅぅ〜〜。本当に何もないのにぃ〜〜」
「なるほどなるほど。ユリア様、メア、となると少年の次のターゲットは…………我輩か⁉︎」
「んなわけあるかぁぁぁぁぁ‼︎」
ユリアは顔を真っ赤にして呻き、メアは無表情で佇み、ゾドルは自らの両腕で自身を抱いている。
蒼はいつもはボケ要員なのにいつの間にツッコミにチェンジしたのかと、頭を抱えてため息を吐く。
「取り敢えず、今の所は質問が無いである。少年はゆっくりと寛ぐがいい」
「待ってくれ!」
ゾドルの用件が済んで席を立った時、蒼が呼び止めた。自然と三人の視線が集まる。
どうしても言わなければならない事だった。
「俺にこの世界の知識と戦い方を教えて下さい! お願いします!」
蒼は席を立ち、三人を見回してから頭を下げた。
これ以上足手まといは嫌だった。ユリアに恩を返す為にも、施星の国に帰る為にも、絶対に必要なものだ。
せめて、彼女の為になる事をしたかった。もう、足枷にはなりたくなかった。だから負担にならないように、自分は平気だからと伝わるように、少しでも力をつけたかった。
「別にアオが戦わ」
「お嬢様! ……ヒダカ様は本気でお願いしております」
ユリアの言葉にメアが強引に被せた。いつもと雰囲気が違うメアにユリアは驚くが、メアの言わんとしている事が理解できた。
ユリアはゾドルに視線を向ける。ゾドルは何も言わずに視線をユリアに向けていた。ユリアが決めろ、ということだ。
ユリアは蒼に、本当にいいの? と訊きたかった。けど、それをしたら蒼の覚悟を蔑ろにしてしまうような気がして、開きかけた口を閉じる。頭を下げている蒼を見て、覚悟を決めた。
「分かりました。アオの望み通り、私達は最大限協力しましょう」
慇懃な態度でユリアは蒼に協力する事を誓った。
★★★★★★★★★★★★
「では本日の講義を始めましょう」
場所はユリアの私室。
椅子に座った蒼の前にはピンク縁の眼鏡をかけ、紺の女性用スーツを纏ったユリアが立って居る。
揉み上げを残した金色のポニーテールを揺らし、レンズ越しの紅色の瞳で蒼を見て、差し棒を右手に持ち先程の言葉を言い放った。
今後は基本的に午前が勉強で午後が特訓という日程らしい。
「はい、先生。質問があります」
「はい、アオ君。許可します」
手を挙げて質問する蒼に、ユリアは指し棒を向ける。
「何でそんな格好をしているのですか?」
「フッフッフッ。大人っぽいでしょ?」
ユリアは不敵に笑った後、眼鏡を摘みながら蒼にウインクをする。
蒼は不覚にも胸が高鳴り、それを隠す為に揶揄する。
「まあ、背伸びした子供の卒業式に見えなくもないが」
「私はお姉さんだから文句にも寛容なのです!」
ユリアは得意げな表情で、えっへんといった感じで起伏の乏しい胸を張る。
「幼女がスーツとか、背徳感があるよな」
「ふぁっ⁉︎ よ、よよ幼女⁉︎」
ユリアを慌てさせる事に成功した蒼は、眺めながら笑みを浮かべる。
「けほっ。それでは講義を始めましょう」
ユリアは咳払いで誤魔化し、無理矢理話を開始した。
「この世界には主にヒトが行使できる力が三つあります。一つ目が『魔法』で、二つ目は『スキル』で、そして三つ目が『フェイト』です」
そこまで言ってユリアは人差し指を立てた。
「『魔法』は全てのヒトが有している能力で、魔法式に応じて色々な現象を行使できます。当然個人差はありますが」
ユリアは人差し指をそのままに中指を立てる。
「『スキル』とはいわば特殊能力であり、一人につき一つだけです。発源する事で個々のスキルを行使できるようになりますが、能力はマチマチでどんな能力を行使できるかは発源するまで本人も分かりません。発源方法も不明で一生涯に必ず発源する訳ではありません」
ユリアは二本の指を立てたまま、薬指を立てる。
「『フェイト』とは精霊や悪魔などと契約する事で、それに応じた超常の力を行使できるようになることです」
頭を傾けて混乱している蒼に、ユリアは優しく微笑む。
「おそらくアオ君は疑問だらけでしょうが、今日は魔法のみ解説します。現時点では行使できる力が三つあることだけ覚えて下さい」
「はーい」
手を挙げて返事をする蒼に、ユリアはこくこくと頷く。
「魔法には色々な属性があります。基本属性と呼ばれるものは、強化、火、水、風、土、光、闇の七つです。強化は全てのヒトが必ず持っています」
アニメやラノベと同じ様な設定だから、魔法に関してはついていける。頷いて続きを促す。
「個々人で行使可能な属性は異なり、先天的に決まっています。魔力とは個人が持つ精神エネルギーみたいなもので、魔力貯蔵量も先天的に決まっていますが成長とともに増加していきます。ここまでは大丈夫?」
「大丈夫だ。魔法の使い方は?」
「魔力に魔法式を組み立てる事で、それに応じた現象を具現化・行使できるようになります。魔法式の組み立て方は、詠唱または演算を行う事です」
ユリアは指し棒を上に向けながら、上下逆さまの振子の様に振るって説明する。指し棒は必要あったのだろうか。
「それをすれば相手に雷を落としたりとか、下に棘を作ったりとか、直接爆発させたりとかできんの?」
不謹慎かもしれないが、蒼は少しワクワクしながら質問する。
「? どう言うこと?」
「? だから、相手の頭上に雷を発生させてそれを落としたり、相手の真下の地面の土を棘にしたり、相手のいる場所を爆発させたりとか出来ないの?」
発言を聞いたユリアは人差し指を顎に当て、少しの間考え込む。
「……ああ、なるほど。多分アオの言いたい事が分かった。おそらく出来るけど出来ない……かな」
「どういう事? それと先生の口調が変わっていますよ?」
ユリアは、あっ、と気付いたような表情を浮かべ、照れ笑いする。
「えっと……魔法は己の魔力を使用して具現化・行使するので、魔法は行使者から出ていく事になります」
「……つまり?」
「雷を具現化させる事は出来ますが相手にぶつける場合は、行使者から相手に雷撃を放つような形になるので、相手の頭上に雷を具現化させて落とす事は出来ません。ただ、行使者が相手の頭上から雷撃を放てばそのような形にはなりますが」
「棘とかは?」
「地面の土を棘にすると、行使者の足元の土が棘になります。ただ、棘の土を魔法で具現化し、行使者から相手に飛ばす事は可能です」
「じゃあ、爆発は?」
「行使者の周囲で爆発を起こす事は可能ですが、行使者もダメージを負います。しかし、放った火の玉が何かに直撃した瞬間に爆発を起こすように魔法式を組めば可能です」
なるほど、大体分かってきた。魔力に魔法式を組む事で、式に応じた魔法が使える。
魔力が魔法のエネルギーだから、魔力が及ぶ範囲にのみ具現化を起こせる。つまり魔法を行使した人の周囲に魔法を具現させてそれを放つ事で攻撃を行えるという事だ。
「要は詠唱すればその効果の魔法が現象する。そして魔法は行使者の周囲にしか具現化出来ないから、それを相手に飛ばす事で攻撃手段とする。こういう事だろ?」
今までユリアから得た情報を元に、まとめたものを訊く。
「おおまかに言えばそうだね。今の所何か質問ある?」
「無詠唱とかできんの?」
「出来ます。無詠唱の事を演算といい、魔法戦においてはそれが出来なければ確実に負けるでしょう。魔法師にとっては必須技能です」
「でも無詠唱だと威力が下がったり、使用魔力が上がったりするんでしょ?」
「? いえ、そんな事はありません。同一の魔法の場合、詠唱しようと演算による無詠唱だろうと魔法式はまったく同じですので、威力も使用魔力もまったく同じです」
「……どういう事?」
蒼が思案顔で質問すると、ユリアは指し棒をピコピコ揺らしながら答える。
「例えば、火の玉を魔法で現象させるとします。魔法式には属性、形、温度、大きさ、速さ、密度、具現時間、移動方法などを組み込み、組み込んだ内容で使用魔力も変化します。詠唱か演算による無詠唱であろうと、同一の火の玉ですから魔法式も同一です。なので火の玉の効果と使用魔力は全て同一という事になりますね」
つまり、詠唱も無詠唱も同じ魔法式だから全てが同じという事か。
「だから魔法戦では演算による無詠唱の方が圧倒的に有利です。演算なら相手が詠唱している間に何度も攻撃を加えられ、口に出さないので行使魔法を事前に知られる事もありませんし、式のアレンジも可能です」
なんかかなり詳しくなってきた気がする。新鮮味があるからなのか、学校の授業よりも知識欲がそそられる。
「じゃあ、『詠唱』と『演算』の違いを教えて」
「『詠唱』は呪文を声に出す事で呪文が自動的に魔法式を組み立てるから、演算をしなくても魔法を行使出来ます。『演算』は行使者が魔法式を演算する事で組み立てるから、慣れれば疾く魔法を行使出来ます。基本的に詠唱は初心者用ですが応用も可能です」
詠唱はオートで、演算がマニュアルという事だろう。
「今更だけど基本属性って?」
「大体のヒトが持っている属性の事です。魔法の行使は持っている属性でなければ行使出来ません。基本属性以外の属性もあり、その種族専用の属性もあります」
「種族専用って例えば?」
「妖精人の『幻影』や、吸血人の『吸収』とか、水棲人の『毒』なんかかな」
他にも種族があるのか。ちょっと頭が痛くなってきた。ってか、たまにピコピコ揺らしてる指し棒って絶対必要無いよな。
「どうしたの? そんなにこの棒を見て? あっ、もしかして欲しいとか? まったくアオは子供だなぁ」
ユリアは蒼に指し棒を渡す。
「いや、この棒どうしようもないから」
「それなら私がその棒を貰ってもいいよね?」
「好きにしてくれ。元々ユリアのだから」
蒼から棒を受け取ったユリアは、まるでオモチャを貰った子供の様に、嬉しいそうな表情でピコピコと揺らす。その光景を見た蒼はつい頬が緩む。彼女が楽しんでくれるなら、自分も嬉しかった。
「それで、ユリアはどんな属性を持ってるの?」
「基本属性が全てに、石、氷、音、電気、治癒、守護、結界、硬化、軟化、重力、慣性、弾力、接続、移動、流動、固定、保存、変化、変換、質量、共感、創造、模造、因果などだよ」
「……それって凄いの?」
「実は私もよく分かんない」
そう言ったユリアは蒼に向けて苦笑する。
「じゃあ、どの魔法が強いの?」
創造は強いだろうし、因果はどんなものかが気になる。
「……そうだね。必須な魔法は『強化』で、優秀と呼ばれている魔法は『風』だよ」
「へぇ、何で?」
「『強化』は身体能力を強化出来るから。『風』は基本属性だから多くのヒトが研究して新要素が発見され易く効率的にもなる、汎用性が高く応用し易い、速度が速いから威力も高い、金瘡と衝撃の二通りのダメージ方法を同時に与えられる、相手の行動制限も可能、視覚されない、光を発しない、相手の攻撃に押し勝てる場合が多い、魔法以外でガードする手段が乏しいといった要素があるからだよ」
分かるような分からないような、まあそういうものなんだろう。流石に情報が多過ぎて、蒼はつい顔をしかめる。
「森で狼や熊を倒したのは風魔法か?」
「そうだよ。今日の講義はこの辺にしておこっか?」
蒼の様子を察したユリアは、講義の中止を提案する。
「そうしてくれると助かる。最後に質問なんだが、人を操る魔法や精神に干渉出来る魔法はある?」
蒼も情報をまとめきれなくなり、その提案に乗ってから大切な質問をした。
「ヒトを操る魔法は無いよ。精神に干渉できる魔法はあるけど、操ったりする程の強制はできないね。でも、『スキル』か『フェイト』ならそれ程の力を行使できる可能性はある」
「そうか。その二つなら握手した瞬間に何らかの火種を植えて、後で発動させたりとかできる?」
「私も全て知っている訳じゃないから出来る可能性がある……としか言えないけど……」
「……解除方法とかは?」
「……多分行使者にしか分からない……」
「いや、十分だ」
蒼は施星の国で緑髪の老人と握手した手を凝視する。もしかしたら、あの時に何か仕掛けられていた可能性が十分にある。
祐磨、彩音、大雅の顔を浮かべた。今すでに何らかの影響を受けているかもしれない。そう思うと激しい焦燥に駆られた。
あいつらと一緒に元の世界に帰りたい。
手遅れになる前に施星の国から助け出さねばと使命感を感じ、同時に現時点ではどうする事も出来ないジレンマに苛まれる。
無意識に掌を強く握り、歯を噛み締める。
「アオ? 大丈夫?」
様子がおかしい蒼に気付いたユリアは、近付いて顔を覗き込む。
「ああ、平気だよ」
心配をかけたくないから、元気に見えるように笑顔で答える。これ以上迷惑はかけたくなかった。
そんな蒼を見て、ユリアは悲しそうな表情を浮かべる。
彼女に悲しそうな表情をして欲しくなかったから笑顔を見せたのに、元気であろうと振る舞ったのに、結局悲しませてしまった。
再び掌を強く握りしめ、顔を見られないように俯く。
どうして自分はこんなにも愚かなのか。あれ程負担をかけたくなくて、だから力をつけようとして、なのにこのざまじゃ世話がない。
「…………ごめん……」
そんな顔をさせてごめん。居た堪れなくて、気付けば謝罪の言葉を口にしていた。彼女に顔向け出来ず、自己嫌悪が頭の中をグルグル回る。
「………………」
ユリアは何も言わずに蒼の頭を胸に抱き寄せ、両手を回して頭を覆う。
良い匂いが鼻腔を通り、彼女の鼓動が伝わってきて、気持ちが落ち着いてゆく。
「…………ユリア?」
何故ユリアがこんな事をするのか、理由が知りたかった。
ユリアは何も言わずに、回していた右手で蒼の頭を撫でる。
それで安心して、同時に情けなくて、視界が滲む。
「……私は…アオの力になりたいよ…………迷惑かもしれないけど……それでもだよ……」
切々としたユリアの言葉が体中に染み渡る。
友達とも違う、家族とも違う、心地良くて切ない温かさを感じた。
もっとこの温かさに触れたくて、両腕をユリアの腰に回そうとし…………やめた。
行き場を失った蒼の腕がダラリと下がる。
彼女の為に何もしていない自分が触れていい筈が無かった。こんな中途半端な気持ちで触れたく無かった。
自分の弱さも委ねてしまいそうで嫌だった。
「……そっか……俺は…平気だから…」
否定の意味を込めた言葉をユリアに言った。おそらくユリアも気付いたのだろう、一瞬体が震えていた。
また悲しませてしまった罪悪感に胸を痛めたが、どうしても譲れなかった。
お互い無言のまま、時間が過ぎる。その間ユリアは何も言わずにずっと頭を撫でてくれた。
「……えっと……その……ありがとう……」
恥ずかしかったけど感謝の意を述べる。何も解決した訳じゃないけど、取り敢えず落ち着いた。それは彼女のお陰だから。
「……私には……これぐらいしか出来ないから……」
抱き締められたままだから、ユリアがどんな顔をしているか分からなかった。でも、悲しみを帯びた声をしていた。
「……いや、大分楽になったよ」
「…………」
ユリアは何も言わなかった。本心から言った言葉だけど、ユリアにはお世辞に聞こえたのかもしれない。
流石にこれ以上はマズイ。心地良くて、決意が揺れてしまいそうだ。何もかもを彼女に委ねてしまいそうだ。
ユリアを無理矢理にでも引き剥がそうとして、
「お嬢様、ヒダカ様、昼間からイチャイチャするのも宜しいですが、昼食の準備が整いましたのでほどほどにして下さい」
部屋の入り口に立っていたメアが恭しく頭を下げる。
蒼とユリアは同時に仰け反る。蒼は椅子に座っていた事を失念して、後ろから転倒し頭を強打。
「ぐおぉぉぉぉ〜〜」
「ヒダカ様はメイドの前で這いつくばって冷たい目で見られる、というなんとも面白い遊戯をしておられる」
「誰得な遊戯なんてしてませんよ‼︎」
「ア、アオ。大丈夫?」
メアは無表情で眺め、蒼は這いつくばったまま叫び、ユリアは心配そうに駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ」
蒼は一人でに起き上がって、ぶつけた箇所をさする。
「お嬢様。魔法の講義だと偽り、保健の実技を行うというのはあまり感心しません」
「なっ⁉︎ 私達はそんな事してないよっ‼︎」
「確かにお嬢様はそういう事に興味があることは理解できますが、相手は選ぶべきでは?」
メアさん、さりげなくディスるのはやめて‼︎ 心身共にボロボロだよ!
「だから私とアオはそんなんじゃないよっ‼︎」
ユリアは顔を赤く染めながら怒ったように頬を膨らませる。
なにあれ、超カワイイ! そして傷ついたわ……。
「さて、お嬢様もある程度元気が戻ったようなので、食堂に行きましょう」
「もしかしてさっきの冗談はその為に? 私を元気にさせようとして?」
悟ったように気付いたユリアは、ハッとした顔でメアを見る。
「いえ、お嬢様の反応が面白いからですが?」
「普通に理由が酷かったよっ‼︎」
ユリアは驚きの形相でメアにツッコミを入れる。
しかしメアは元気が戻ったユリアを見て、少し嬉しそうな顔をしている。まあ、無表情なんだが。
「はぁ、アオ…………一緒に行こう?」
ため息を吐いたユリアは蒼の方を向いて、恐る恐る尋ねる。先程の事が尾を引いているのだろう。
「ああ、一緒に行こうか」
できるだけ優しくユリアに言う。もう悲しい表情をさせたくないから。
「その前にお嬢様は着替えた方がよろしいかと」
メアが冷静に言い放った。その言葉を聞いて、改めてユリアを眺める。
「…………あ、あははは」
ユリアは自分の出で立ちを確認し、恥ずかしそうに目を逸らして笑った。




