第2話 異世界召喚と巻き込まれと不思議と不条理と
辺り一面が淡い青と銀が混ざり合ったような色に輝く世界。宇宙のように広大で何処まで行っても風景は変わらないと思わせる。
何も存在しない世界。何も生み出さない世界。何も変わらない世界。何も消滅しない世界。おそらくは、未来永劫このまま存在し続けるであろう世界。
その空間に日高蒼は"いる"。正確には、"いる"と言うには語弊がある。身体は存在していないにも関わらず、意識だけがある。魂だけが抜き取られ、献上されたような……。
(綺麗だな……)
辺りの景色を眺めて、最初に思った感想がこれだった。この場所の事や身体が無い事などは二の次である。たかがその程度の事を考える暇があるのなら、一分一秒でも長くこの景色に浸りたいのだろう。それほど暴力的なまでに美しい光景は、感懐を抱くことすら罪なのかもしれない。
蒼は上を見上げる。肉体は無いが体を動かすように意識を動かすと、動いている実感がある。目がないのに見える理由は分からないが、意識が感じ取った幻覚などではない事は分かる。
そこに見えたのは、今まで見ていた景色よりも圧倒的な存在感を放つ純白の光だった。夜空を見上げた時の星のように。
蒼の位置から見れば、大きさも地上から見た星と同じくらいのものが十二個あり、全て純白に神々と煌々しく円を形作っている。
十二個の星のようなものが並び、円を描いている光景を見た蒼は、何故か胸を締め付けられている様な状態に陥った。
先程の景色よりも数段綺麗な筈だが、悲哀に満ちた感情で胸がいっぱいになる。
心当たりは無いがこんな気持ちでいるのは嫌なので、それを見るのを止めた。すると、先程までの嫌な気持ちは無くなる。星のようなものを思い出してみたが、何故あんなにも嫌な気持ちになったのか分からない。それでも、もう一度上を見上げたくはなかった。
蒼は移動してみる事にした。歩くように意識を動かせば、しっかりと移動していることが分かる。
この空間が何処まで続いているのか、何処まで景色が広がっているのかが気になったからだ。どれだけ歩いたとしても、どれだけ時間が経ったとしても、この景色に飽きることはないと確信出来る。
どれだけ歩いたのか、どれだけ時間が経ったのか分からない。一メートルも歩いたのか、それとも一万キロしか歩いていないのか。一秒も経ったのか、それとも一万時間しか経っていないのか。
結局何も分からないまま歩き続けているが、一つだけ分かったことがあった。
『自分はこの世界に適応出来る』ということだけは。
そうしていると、どこからともなく声が聴こえてきた。頭に直接響いてくる女性の声が。
辺りを見回したが、誰も確認できない。蒼は叫ぼうとしたが、身体が無いから声が出せない。仕方なく、聴き入ることにした。
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
何を言っているのか理解できなかった。声は蒼に向かって話している。はっきりと聴こえ、言葉も分かる。それでも何を言っているのか理解できない。
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
ただ、何故だかこの声を懐かしいと思った。
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
「ーーーーーーーーーーーー」
しばらく聴き入っていると、世界に異変が起きた。周りの淡い青と銀の美しい景色が、下方から徐々に黒く穢れてきている。
なんとしてでもこれを止めなければいけないと思った。だが、見ている事しか出来ないことがこの上なく悔しい。肉体があれば、歯を噛み締めていただろう。
汚染されるように次々と黒く穢れていき、ついには最上位にある純白の光すらも黒く染め上げる。一つ、また一つと、オセロのように黒く反転してゆく純白の光。その光景に目を塞ぎたかったが、固定されたように意識を動かすことが出来ない。
先程よりも強い胸を締め付ける痛みが襲う。
純白の光も空間も全てが黒に覆われ、その光景に畏怖しか抱かない。
自分は絶対にこの世界に適応出来ないことだけは分かった。
蒼の位置の空間に穴が開いた。そのまま空間に吸い込まれて堕ちていく。自分の総てが蝕まれていくような絶望を無条件で植えつけられ、意識が消えた。
★★★★★★★★★★★★
「やめろっ‼︎」
ガッ‼︎‼︎
「づっ‼︎」
「ぐおっ‼︎ 〜〜〜ッ! ……蒼、ものすごく痛い……」
日高蒼、坂本悠真、桜井彩音、水野大雅の四人は、学校の帰り道に突然眩い光に包まれて、目を開けた時には既にこの場所にいた。薄暗い空間に何故か蒼だけが気を失って仰向けに倒れている。訳あって少し経ってから、とりあえず悠真は様子を伺うために顔を蒼の顔に近づける。
タイミング悪く、蒼は勢いよく上半身を起こし、悠真の額と蒼の額がぶつかった。
大きな衝突音を響かせながら二人の痛みを堪えるような声が重なる。
しばらく痛みに悶えた蒼は、手を額に当てながら辺りを見回した。薄暗い空間の床は魔法陣のように文字が描かれて冷たい。悠真はまだうずくまって痛みに悶え、彩音と大雅はそれを見て苦笑している。
蒼は三人に何か違和感を覚えたが、それよりも先程自分が体験した光景は何だったのか、ここは何処なのかを考える。
(あの光景は夢である可能性が高いが、妙にリアルだったのが気になる。それよりも、ここは何処だろう。光に包まれて気絶してたから、誘拐監禁された可能性が高い。しかしそれだと、手足は自由だから何を目的としてるのかがさっぱり分からん。拘束しなくても捕らえたままの自信があるのか……いや、わざわざリスクを犯す必要はない。そもそも宙や地面に文字が描かれた現象も意味不明だ。だめだ、考えれば考えるほど分からなくなる。まさか……異世界召喚とかじゃないよな? 無いな、それだったら爆笑してやるよ)
「蒼? ボーッとしてどうかした?」
「なんだ、悠真は芋虫ごっこ止めたのか?」
「そんな事してないって。半分は蒼のせいだから」
「芋虫の半分が俺? ちょっと何を言っているのか分かんないです」
「……はぁ、もういいよ」
考え事をしていた蒼に、ようやく痛みから解放された悠真が話しかけたが軽口で流される。
「……蒼、何か分かったか?」
今まで黙っていた大雅が聞いてくる。自分なりにこの状況を考察していた大雅は、この中で最も状況対応力があるであろう蒼に意見を求めた。いつもよりも真剣な表情の大雅(他人には分からない)から、想像以上の厄介ごとだと読み取れる。やはり三人に何か違和感があったが大雅の問いに答える。
「そうだな、誘拐が目的だとしてもかなり不透明だ。四人の中に金持ちの親族はいない……となると、気分を悪くするかもしれないが彩音を狙った犯行になるんだけど、それだと四人を同じ部屋に入れるわけないし、そもそも四人でいる所を捕らえるリスクは取らないと思う」
と、これまでの状況から大まかに推測したことを言う。夢のようなものの事もかなり気になっていたが、この状況を把握するのが重要度が高いので話にださない。
言葉を聞いた彩音は微妙な表情のまま両腕で体を抱き、そっと睫毛を伏せる。
女性にしか分からない恐怖がその身を襲っているのだろう。
「今の状況だとそれぐらいだな。大雅はどう思う?」
今度は大雅の考察を聞くために蒼が訊いた。彩音のことは視界の端で捉えているものの放っておく。
「……誘拐の可能性は低い」
「何故そう思う?」
「……あの時、目を開けたらここに立って居た。……数秒も経ってない」
目を開けた時にはここに立って居たと大雅は言った。つまり、ほぼノータイムでこの場所まで来たということ。
確認のために悠真に顔を向ければ、真剣な表情で頷く。そして蒼以外は気を失っていないということの証明にもなってしまう。
何らかの形で夢が関係してるのか、と蒼は考え始めた時、数十人規模の足音が聞こえてきた。
四人が身構えた時に扉が開いて、鎧や剣などで武装した集団が入って来た。西洋風の銀に輝く鎧から、騎士という単語が頭に浮かぶ。
彼らはピリピリとした緊張感を漂わせながら、睨む様にこちらを見る。
(只事じゃない雰囲気だな。鎧が鳴らす音の重さから考えて、少なくとも本物の鎧っぽいか。奴らの動きからみて、訓練をつんでいるのも確定。窓はある様だが、カーテンがあるからガラスか鉄格子かの判断がつかない。脱出出来る場所は奴らの後ろの扉のみ。めちゃくちゃヤバイ状況だな)
「あっ、レイヤーさんっすか? めっちゃ本格的な衣装っすね! スマホで写真撮ってもいっすか?」
軽快に、笑顔で、純真さを装いながら鎧の集団に言葉を投げかける。
三人はポカンとした表情で蒼を見る。呆れや驚きよりも、一体何を言っているのか分かっていない様子で。
しばし沈黙の後、鎧の集団の中から一人の人物が前へと出てくる。
武器をしまい恭しく一礼した後、
「この度は失礼な態度をとってしまい申し訳ございません。先に言わせて頂くと、当方は危害を加える気は毛頭ございません」
そう言った鎧の代表者は、後方の集団に向かって手を振る。その合図を受けて、一斉に武器をしまいだした。その様子を最後まで確認した鎧の代表者は続けて、
「先程の質問ですが、れいやー? と、すまほ? の意味がわからないので、別の言葉に置き換えて頂いてもよろしいでしょうか? それと、写真を撮るのはご遠慮いただきたい」
未だ緊張感を孕みながらも、優しい声音で蒼の質問に答える代表者。
(言葉は日本語か。写真が何かを知っている事から、割と近代だと思うんだが。今の時代にスマホを知らない奴はほぼほぼ居ない。となると、本当にこいつらは何者だって話になる。現代の日本で西洋風の鎧を着ている奴はいないし、スマホを知らない訳がない。現代じゃないのなら、過去にでも遡ったか? 日本語を話し写真を知ってる西洋人がいる中世時代に? なら異世界か、それこそまさか、だろ。可能生の話なら、俺らがいた公園の地面が開閉式であり、地面の下にこんな部屋を用意して一瞬で移動させた様に錯覚させ、西洋の鎧を着るのが趣味の自衛隊経験者十数人に対面しているドッキリだと考えるのが一番マシだ)
そう考えながらも、彼らの雰囲気から尋常ではないものを感じるのも事実。
「すみません、緊張していて変な事を口走ってしまいました。さっきのは冗談なので気にしないでください。あっ、もちろんこちらにも敵意はありませんよ」
軽く両手を上げつつ、ニッコリ微笑んでみせる。敵意が無い事をアピールし、続けて疑問をぶつける。
「ここが何処だか教えて頂けませんか?」
「はい。そのことをお話する為にも、一緒に来て頂けますか?」
そう言い放つと同時に踵を返す鎧の代表者。お願いではなく命令だった。この状況下では選択の余地は無い。
「分かりました」
そう悟った蒼は手を挙げたまま了承する。
「では、私について来て下さい」
部屋から出て行く彼について行く。他の兵士は道を空ける様に左右に整列しながら、囲むように付いて来る。
扉の外は煌びやかな宮殿の廊下と表現するのが妥当だろう。左右の壁には豪華な装飾品や絵画があり、床は赤を基調としたカーペットが敷かれてフワフワしている。
天井には小柄なシャンデリアがあるが光っておらず、窓には赤のカーテンがひかれている。西洋風の城の内装のようだった。
蒼は周りの兵士に気取られないようさりげなく辺りを確認する。後ろにいる悠真達も確認して、ようやく違和感の正体に気が付いた。
目を見開いて驚きの表情を浮かべた蒼は、何とか声を出さないように我慢した。
理由は三人の姿が知ってたものと変わっていたから。悠真は髪の色が白く変色し、瞳は黒のまま。彩音は髪は黒のままだが、瞳は紫色に。大雅は髪と瞳が赤色になっている。
(……カッコいいな。俺も銀髪とかになっていないだろうか)
視線を軽く上げると、見慣れた黒の髪が見える。『きっとメッシュになっているだけだろう』などと意味の無い事を考えた。
★★★★★★★★★★★★
「ここは王の執務室です。私と同行して下さい」
今まで一切の説明はされず、執務室だという所に通される。
(王? マジで異世界召喚系? まっさかー)
そう思った蒼はいつも通りに心がける。一方で悠真達は混乱している。それが正常な状態だ。
だが、実際はかなり緊張していた。この対面によって自分達の扱いが決まる可能性があるからだ。
扉が開かれ執務室に入る。大きな部屋に本や紙がきちんと整理されている。部屋の中央に豪奢な机があり、そこの椅子に緑の髪をした老人が座っていた。
隊長格と思われる人物と、蒼達四人、最初から部屋に居た王と思われる人物の計六人が部屋におり、それ以外の兵士は部屋の外で待機している。
蒼はこの状況に違和感を覚えた。
(何故兵士達が外に? 隊長みたいな奴も俺たちの後ろだし。王に危害を加える可能性は考慮してないのか? それとも……)
蒼がそこまで考えた時、緑の髪の王が喋り出す。
「私がこの国の王である。客人たちよ、よくぞ参られた」
椅子から立ち上がり、四人に向かって歩きながら声をかける。
かなり近付いて、右端にいる悠真から順番に握手を求めてくる。三人は困惑顔のまま握手をし、残った蒼に手を差し出す王様。
(不用意にしていいのか? しかし、しなければ無礼だとか言われて斬られるかもしれないし……)
結局は握手をすることにした。緊張のせいか唾液を飲み込む。右手に意識を集中させるが異変は感じられない。
王様は、ふむ、と言いながら思案している。そこから何を考えているのか読み取れない。
「まあ、大丈夫じゃろ」
蒼達の後ろに居る今まで黙っていた兵士にそう呼びかける。その兵士は胸に手を当てて王にお辞儀をし、
「では、また私について来て下さい」
抑揚のない声で四人に言う。無表情だったが、少し緊張しているように見えた。
★★★★★★★★★★★★
次に連れて来られた場所は謁見の間だった。
今までとは比べ物にならない程煌びやかなで荘厳な空間。多くの兵士と身なりの良い人物らが、玉座から離れた所に跪く四人の少年少女を凝視する。
玉座に座る人物は、白髪に白く長い髭を生やし、荘厳な顔つきをした齢六十代の老人だった。白い法衣のようなものを着て、豪華な装飾を惜しげも無く晒している。
先程の執務室で王だと名乗った緑髪の老人とは別だった。
「先程はすまぬ事をした。まずは礼を言おう」
低く枯れた声だが、有無を言わせぬ威圧感があった。
(さっきの緑髪はフェイクだったか。こっちが本物の王……つまり、俺たちを試したのか。ならあの握手はいったい……)
厄介な状況になったと思案する蒼。この状況に恐怖を感じ、思案することで無理矢理押し殺す。
「儂がこの国の王であるシェームズ・ガル・ファイルド・K・ステルラである。単刀直入に言わせてもらうと、ヒュラインを護るためにヘルト、リヒター、マギアの力でメイリアを倒してほしい」
(えっと……日本語でおk?)
何を言っているのか分からない蒼は、心の中で呟いた。
(名前すらもう忘れたし、その後の専門用語連発はやめようよ)
きっと三人とも同じことを思っただろう。チラッと盗み見た蒼は、三人が困惑顔をしているのを見て、俺もそんな顔してたのかな、などと思った。
「いきなり言っても分からぬか。ならば少しずつ話していこう。この世界の名前はエメルティアだ」
「エメル……ティ…ア…」
悠真が復唱した。何とか現状を受け入れようと努力しているのだろう。
「そう、エメルティアだ。この世界の『ヒト』は様々な種族に別れている。我々は『人間』である『ヒュライン』。次に『獣人』である『セリアン』。次に『妖精人』である『エルフ』。次に『水棲人』である『マーマン』。そして……我々と敵対している『魔人』の『メイリア』だ。その他にもいるが、ここでは割愛しよう」
(さっきの話だと、人間を護るために魔人を倒せってことか。ヘルト、リヒター、マギアとはなんだ?)
王の話から点と点を結んでいく蒼は悠真達を気にする余裕はない。緊張によって口の中が渇いている事を自覚し唾液を飲み込む。
「魔人を倒してもらう為にお主らを召喚した。言っておくが、先程お主らが握手をした時に魔法をしかけたぞ」
「「なっ⁉︎」」」
悠真と彩音の驚きの声が重なった。それは何に対しての驚きなのか。大雅は声こそ出していないが、目を見開いて王を見ている。
いきなり魔法をかけられたと言われたのだから、どんな効果があるのか、どのような被害があるのか、本当に魔法は存在するのかなど考えるべき要素は沢山ある。
「ほほっ、そんな心配せんでも大丈夫じゃ。儂に危害を加えようとした時に、体が動かなくなる程度じゃから安心なさい」
どこか慈しむような微笑みを浮かべて王は言った。蒼はその笑顔の裏に何かあるのか見極めようとしたが、分からなかった。だか、何故か恐怖を感じた。
悠真と彩音はその言葉を聞いて、ひとまず安心し、大雅も胸を撫で下ろしている。
(それが本当だという証拠はないが、この状況で嘘をつくメリットもない。効果が違う可能性はあるが、お願いしている立場だからこれ以上不信感を買うデメリットは取らないだろう。何故に今その話をした? 何らかのメリットがあるとしたら一体……。脅しだとしても断った時に言うはず。牽制か? 確かにとりあえず従わざるを得なくなったが、同時に不信感を得た。どっちみち従わざるを得なかったのだから、不信感はデメリットのはず。どうにも腑に落ちない)
王の顔を少し見て、悟られないよに下を向き蒼は考える。
(最悪なのが精神を支配され傀儡にされること。あるなら最初から使うはずだが……。使わない理由はこちらの意思を尊重してるか、裏切ったら使うか、準備期間が必要なのか、何らかの影響で今は使えないのか、そもそも無いのか。どちらにせよ、反感を持たないのが懸命だ)
蒼は頭の中をクルクルと回転させ、どうすれば安全かを、四人で無事に帰れるかを考える。
★★★★★★★★★★★★
(ふむ、一人だけ警戒しておる奴がいるのぅ)
この国の王であるシェームズも思案している。
(今も試している、とは流石に思わんだろう。魔法がかけられた事を信じる信じないに関わらず、その時点で彼らの世界に儂等と同じ体系の魔法は存在しない事が分かったからのぅ)
悟られないように、顔にも瞳にも優しさ以外の感情は出さない術は王として流石としか言いようがない。
実際に蒼達には何の魔法もかかっていない。
(相手に仕掛けておく魔法は無いからの。信じたり疑った時点で彼らに魔法の知識はない。逆にそれを看破すれば魔法の知識はあることになるのぅ。魔法と聞いた時も驚きと疑心の混じった顔じゃった。多少の不信感は与えることになるが、しょうがないじゃろう。兵たちの報告では動きも素人と聞いたし、服装も戦闘向きではないのぅ。つまり彼らの世界には魔法が無く、戦を知らぬ子供たち、または戦が無い世界なのかのぅ)
そこまで考えて、彼らを巻き込む事に多少の罪悪感を感じたシェームズだが、王としての責務を果たすため、とっくに覚悟は決めていた。心など、二の次でしかない。
★★★★★★★★★★★★
「召喚するにあたって、そなたらを位に置いたのじゃ」
再び王が話し始める。優しい雰囲気を醸し出す王に、緊張は解けていく。それが相手のペースに乗せられているという事には気付かない。
「勇者という位の『ヘルト』、騎士という位の『リヒター』、巫女という位の『マギア』の三つじゃ」
(三つ? 四人いるけど? にしても王の隣にいる金髪碧眼の美しい少女は王の娘か? くっそ可愛いな)
などと、蒼は思っていた。その少女は同い年ぐらいに見える。何故かその少女は熱にうなされたように悠真をボーッと見つめ、何故か顔を少し赤らめている。
うん、ぼく理由分かんない。
「それで、君が勇者じゃ」
そう言って、悠真を見る王。
「騎士は君じゃ」
今度は大雅を見る。
「それで、巫女はあなたじゃ」
最後に彩音を見る。
「そう、三つの位において召喚されるべきは三人のはず。では、四人目の君は一体何者だ⁉︎」
スッと目を細めて蒼を見る王は、先程とはうって変わって凄まじい威圧感と若干の敵意を含んでいる。ビクッと一瞬だけ体が震えることを抑えられなかった。
勝手に人を呼んでおいて理不尽に威圧して………ふざけるな! と怒りの限りをぶちまけてしまいたかった。しかし出来ない。そんな事をした所で、どうにもならないから。
兵士達も蒼を睨みつけるように見ている。その状況に悠真と彩音と大雅は心配そうに、緊張を帯びた目で見る。
王からの問い。それの答えを持ち合わせていない。召喚した本人達ですら知らない事を、召喚された側が知る由も無いから。
蒼は下を向いたまま時間が過ぎるのを待つ。噴き出た冷や汗が頬を伝い床へ零れる。
「……まあよい。それで、儂等に……いや、我が国に力を貸してもらえないだろうか?」
視線に宿していた威圧感を消した王は、蒼には興味を失ったように悠真達の方を見て、頭を下げて真摯にお願いをする。
それを見て、まずい、と蒼は瞬間的に考えて今答えを出すことを阻止する。無理矢理恐怖を押し殺し、震えないように力を入れながら、
「色々と混乱しているので、返答は後日でもよろしいでしょうか?」
完全に無礼を働いているが、この場で殺されない確信があった。
チラッと王は蒼を睥睨して、
「……よかろう。客人を部屋へ案内せよ」
兵士にそう命令した。
数人の兵士が王に敬礼し、付いて来るように促す。
取り敢えず最初の山は越えた。その事に安堵しつつも、この先の展開に思考を巡らせた。
★★★★★★★★★★★★
一人につき、かなり広い部屋が提供された。
豪奢な装飾品やベッド、壺や絵画があり、壁やカーペットは白を基調としている。天井のシャンデリアもかなり大きい。
執務室といい、客間といい、出入り口の扉は自動だった。
明らかに蒼達がいた現代社会に通じるものがある。
王との対面はかなり怖かった。殺される可能性があったし、自分には威圧的だった。思い出しただけでも体が震える。見栄を張るだけで精一杯だったことがそこはかとなく悔しい。
蒼はカーテンを開け窓の外を眺めると、まだ高い所にある夕日が部屋の中を照らす。元の世界で見た夕日と同じ感じがした。
目を瞑ると最後に見た夕日が瞼に浮かぶ。今日の出来事が走馬灯のように浮かんでは消えていく。友達とふざけたこと、一緒に昼食を摂ったこと、帰り道に色々とトラブったこと、そして晴海との約束。
右のポケットにあるスマホを取り出して見ると、武藤や三川からメールを受信していた。『また明日な!』や『次覗いなら容赦しない!』といった取り留めのない文面だけど、気付けば笑顔になっていた。
そして晴海からのメールも見る。『愛してる‼︎』といったものが日常的に送られてくるのはいつもの事だ。今までウザいと思ってたいたけど力が湧いてくるように元気になれた。
再び母との約束を思い出し、目頭が熱くなり心が温かくなる。その温かさを知っているから、挫けずに頑張ろうと思える。
友達から笑顔をもらい、母から温かさをもらい、その温かさを感じようと胸に手を当てる。
みんなで絶対に元の世界に帰ると強く心に決めた。
再びあの日常を取り戻すために。
みんなで笑顔で過ごすために。
晴海との約束を果たすために。
その為にもやるべき事がある。
これから酷いことをあいつらに言うだろう。動じないように心を鉄のように固める。いつものテンションで振る舞えるように。
それから、みんなを彩音の部屋に集める事にした。
「それで、何で私の部屋なの?」
蒼が悠真と大雅を連れて、彩音の部屋を訪れていた。不思議そうな顔の彩音だが、その中に安心が見て取れる。やはり一人よりも誰かと一緒の方が心強いのだろう。
「べ、別に女の子の部屋をクンカクンカしたかったわけじゃないんだからね!」
「それで、本音は?」
「べ、別に女の子の枕をペロペロしたかったわけじゃないんだからね!」
「……まだ使ってない、意味ない」
「しまったぁぁぁ!」
彩音の部屋に来て早々にふざけ倒す蒼を、悠真は苦笑しながら、彩音は無言でゴミを見るような目で、大雅は無表情で見る。晴海さんの息子だなぁ、と三人の心の声は重なった。
「んんっ、諸君これを見てくれ給え。声には出さずに心の中で読むのだ」
咳払いをしながら、本題に入る。そう言いながら蒼は自分のスマホを全員に見えるようにテーブルの上に置く。
『希望的観測だが、野郎の部屋よりも女性の部屋の方が何か仕掛けるにしても少ないと思ったから』
メール機能でそう文字を打ったものを三人に見せた。
「何か?」
彩音がそう訊いてくる。悠真や大雅も視線で説明を求めてくる。
蒼は口元に人差し指を当て、静かにというジェスチャーを三人に見せてから、スマホを手に持ち文字を打つ。
『盗聴器やカメラ、魔法による盗聴や透視など。このやり取りも監視されている可能性がある。会話よりもこの方がリスクが少ない。以降は監視されてる前提で話を進める』
これを読み三人は息を呑んだ。驚愕の顔で蒼を見て続きを促す。
『ここは異世界の可能性が高い。実際に魔法がある可能性も高い』
『……根拠は?』
大雅が自分のスマホで訊いてくる。
『あんな可愛い金髪碧眼っ娘が居るはずないからだ‼︎』
彩音と大雅が冷たい目で見てくる。悠真は自分のスマホで文字を打ち、見せてくる。
『そんな人居た?』
あんたの事あんなに見てましたよ! ふざけんなイケメンが! 芋虫が!
蒼はそんな事を思いながら、強く睨みつける。彩音と大雅は、相変わらずの鈍感さに呆れた。
『宙に出た文字や一瞬で移動した現象が科学で証明できない。会話で魔法と言ったが、現実に無いものを会話で使うとは考えにくい』
文字を見せた後、その根拠をさらに詳しく説明していった。
相手を脅す、とした時に必要なのは恐怖だ。自分と相手の双方が恐怖を感じる物を突きつける事で初めて成立する行為。
逆に言えば、相手が恐怖を感じ無い物ならば、脅しは成立しない。
仮定として、元の世界で相手を脅す場合、こっちは魔法が使えると言って脅すのと、ナイフを持っていると言って脅すのとでは、明らかに後者が脅しとして成立するだろう。自分と相手がその事柄を知っているからだ。
では、何故あの王様は脅しに魔法という凶器を選んだのか。それは魔法が日常的に常用され、凶器としての側面も有してるからだ。
魔法で脅してきた………イコール、魔法が存在する。
魔法が存在する………イコール、別の世界だ。
このように推論がたった事を説明する。
『何でそこまで考えられるの?』
『お前らのトラブルのとばっちりは全て俺が引き受ける事になるから』
悠真が不思議そうに訊いてくる。
子供の頃から続く悠真の特性。それを今まで対処してきたのが蒼だった。
これまでのトラブルを思い出して顔を歪ませた時、ここに来てから抱いていた疑問を問いかけた。
「そういえば、何故に髪の色とか目の色とか変わってんの? 厨二でも発症した?」
「違うから。こっちに来た時には既に変わっていたんだ」
「そうか。ちなみに俺の髪が銀のメッシュになってたり、目の色が金になってたりしないか?」
「髪も目も黒いままだよ?」
悠真が答え、彩音が最後の希望を粉々に砕いた。
(黒いままですか。そうですか。……位が影響してんだろうな)
落ち込みながらも、再び文字を打ち始める。彼らの色が変わった理由は、先程の王の説明で聞いた位にあると踏んだ。
スマホを持つ手が少し震えたが、気付かれないように平常を装う。
『あっちの申し出は了承する』
『……意外だ。……断ると思ってた』
『色々とあるが、それが最も安全だ。断っても元の世界には返してくれないだろうし』
それを見て悠真と彩音は困惑したが、頷いた。
「……大丈夫か?」
大雅が心配そうに聞いてきた。そこには、どれだけの大丈夫が込められていたのか。蒼は友人達に要らない心配をかけないように、大丈夫、と答える。
「今日はこれで解散だ」
蒼はそう言って直ぐに部屋を出て行く。これ以上彼らと顔を合わせていたくなかったからだ。いや、ただ逃げただけだ。
「蒼、僕らは平気だから!」
悠真はそう声をかけた。いや、それしか言葉が見つからなかった。
聞こえたはずだか、蒼は聞こえなかったふりをしてそのまま出て行く。
三人はそんな友人の姿を見て、何も出来ない自分達が悔しかった。
蒼は自室のベッドに座り、俯いている。
(俺はあいつらに何てことを言ったんだろうな……。結局心配もかけたし……)
何度もその考えが頭をループする。
了承しろと言ったということは、彼らを戦わせに行かせることだ。
傷つき、命の危険にさらすこと。
彼らが相手を傷つかせ、命を奪うということ。
それを自分が友達に命じた。
想像も出来ないような苦行と地獄を。
憎悪も、悲しみも、責任も、殺しという罪の意識もすべて背負い込ませた。
一生かけて悩み苦しむであろう事実を強制させた。
彼らはそれを承知で頷いたのだろう。
見抜かれていて、自分の心配すらも背負わせてしまった。
何度目になるのか、掌を思い切り握り締め、歯を強く噛み締める。
(本当に最低だ。自分が憎くてたまらない)
あれがベストな答えだった。断れば精神支配で傀儡となり、使い潰される可能性がある。人体実験のモルモットや解剖に使われる可能性もある。敵対されないように殺される可能性もある。
あれがベストな答えだった。何度言い聞かせても、心は絶対に納得しない。
だけど、みんなと元の世界に帰ると強く決めた。だから、心など二の次にする。
彼らを安全に帰還させる。そのために、敵は全て自分が殺してしまえばいい。
結局彼らの心は傷つくのだろう。しかし、人殺しの罪だけは背負って欲しくないと願った。自分勝手な願いだとしても。
(当然俺も一緒について行く。問題が………俺だ。早く自分の有用性を見せなければどうなるか分からない)
蒼は熟考し始める。この世界を乗り切るために。
(あつらはおそらく大丈夫。ただ、俺に対して王はいい感情を持っていない。俺だけがモルモットになる可能性や殺される可能性がある。あいつらがその事に気付けば確実にこの国に反感を持つ。だから俺を殺してもそれを魔人のせいにする。そうすれば、あいつらが魔人に仇討ちをするために積極的になるだろう。人間にとって好都合だ)
蒼はため息を吐き、ベッドに寝転んで一旦落ち着く。
(あいつらの足枷にはなりたくない。だから、俺の力をそれまでに示す必要がある。人間にとって必要な存在だと認めさせる事が出来れば、ある程度の安全は保障されるだろう。逆にダメだったら、どう利用されるか分からない。それまであいつらと行動を共にする事が必須。制限時間は一週間前後と考えよう。まずは知識を得る必要がある……)
覚悟を決めベッドから起き上がると、掌と歯が痛いと今更気付き苦笑した。
(魔法は攻撃系はともかく、精神系の真意は教えてくれないだろう。精神系の魔法に対抗できるようになるし、王達の方が傀儡にされるリスクがあるからな。精神系が無いのが一番理想的なんだが……)
手を軽く握りながら思考の海に飛び込む。
(あの王は人間の王なのか? それともこの国の王? この国の王だとしたら、人間には幾つかの国がある事になる)
天井を見上げながら思考していた蒼に部屋の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。内側から鍵を掛けているため開かない。最もマスターキーのような物がある可能性はあるが。
「どういったご用件でしょうか?」
扉に近付きながら声をかける。扉は防音になっていないらしい。
「荷物をお持ちしました」
聞いたことが無い男の声だから兵士か執事だと予想し、警戒しながら鍵を開ける。
部屋に入って来た人物は兵士だった。どうぞ、と言って近くのテーブルに鞄を置く。その鞄は蒼が学校に持っていった物だ。召喚された場所に置き去りになっていた物を、三人の誰かに聞いて持って来てくれたのだろう。
すっかり鞄の存在を忘れていた蒼はお礼を言い、その兵士に質問する。
「質問があります。この国の名前を教えてくれませんか? それと人間にはここ以外の国がありますか?」
「はい。この国はステルラと言います。それとステルラ以外にも幾つかの国があります。……質問は以上でしょうか?」
「本を読みたいのですが、資料室みたいな所はありますか?」
「ありますが、ご案内いたしかねます」
「……そうですか、ありがとうございました」
質問に答えた兵士は、礼をして出て行った。幾つかの収穫があったので良しとする。
(ここ以外にも国があったか。他の国も召喚している可能性もある。あいつらを人間同士の争いに利用する意図もあるかもな。今更だけど何故に言葉は通じる? 召喚による影響だろうな。言語が同じとは考えにくいし。まあ、言葉が通じなければ詰んでいたんだよな)
言語の疑問はすぐに考えることを止めた。意味が無いし、それよりも大事な事がある。
鞄の中を調べたが、紛失した物は無かった。スマホを鞄にしまい、もう一度ベッドに腰掛ける。
資料室の閲覧が出来ないことが痛い。蒼だからなのか、了承していないからなのかは分からないが、これで情報を入手する術は失われた。焦る気持ちを鎮めて、これから何をするか考える。
一通り思考した後、普通に寝る為に布団を被った瞬間、頭に声が聞こえてきた。夢で聞いたものと同じ声が頭痛付きで聞こえ、意識が遠くなる。
自分の体が動いているのが分かる。誰かに乗っ取られて動かされているように、意識はあるが自分ではないみたいだ。
まさか金髪碧眼っ娘の部屋に⁉︎ とか一瞬思ってしまった自分をぶん殴りたい。
何処をどう通ったのか分からないが気付けば建物の外にいて、意識は戻っていた。
ようやく意識が戻ってきた事を確認するために手を握ったり開いたりを繰り返していると、蒼の周りに文字が浮かび上がり地面に魔法陣が描かれる。紅い光が溢れ出し蒼を呑み込んだ。異世界に召喚された時のように。
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場所は王の執務室。
王であるシェームズと緑の髪をした老人が向かい合っていた。
「彼等を調べたのじゃよな?」
シェームズが緑髪の老人に問う。
「はい。調べました」
胸に手を当て、慇懃な態度で答える緑髪の老人。
「そうか。もう下がってよい」
「はい。失礼します」
緑髪の老人を見送ったシェームズはゆっくりと瞼を閉じた。
こんなイレギュラーが発生するとは思っても見なかった。まさか自分の未来予知が外れるとは。
これまでの人生で一度も失敗したことの無い未来予知。あいつを亡き者にするため、幾度も思考を重ね、それを未来予知で確認し、また思考して………。ようやく、確実に下さる未来に定まったのだ。その第一歩として召喚を実行した。
予知通りなら、召喚される者は三名の筈だった。何故四人目が召喚されたのかが全く分からなかった。
ならばと、その四人目を未来予知した所、予知することが出来なかった。その人物が関わるであろう未来は全て予知が不可能になってしまった。この様な事はこれまて一度も無かったのに。
そいつのせいで未来が予知出来ない。ならば、これからの行動も決まってくる。
瞼を開けたシェームズは、窓の外に見える星を眺めた。
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光に包まれた蒼は森の中にいた。いつの間にか夕方から夜になっていて、銀色の月光が辺りを照らす。
誰かに連絡しようとしてポケットに手を伸ばすが、スマホは鞄に入れた事を思い出しため息を吐いた。森の中なら結局繋がらないだろう。
遭難した場合はその場所を動かない事が必要だが、ここが元の世界か異世界か分からず、救助隊が来るはずも無いので水場と食べ物を探しに歩き出す。
鈍い光を放つ月の色が、夢の空間でみた景色の色と似ていると感じながら。




