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異世界召喚のれいてぃあ!  作者:
序章 異世界
2/13

第1話  いつもの普段の常日頃の平生のよくある日常

 「ふぁ〜……眠い」


 日高蒼(ひだかあお)は自宅の洗面台で欠伸を洩らし、伸びをする。


 寝起き特有の身体のダルさに抗いながら、身だしなみを整えるために鏡を見てため息をついた。そこに映っているのは、少し長めの黒髪に普通と表現することが妥当な顔立ち。


 再びため息をつく。


 鏡を見るたびに彼と比べてしまい、今までに何度も嫉妬と諦観に襲われてきた。


 現実から逃げるように(あお)は鏡から視線を外し顔を洗う。


 今日一日は鏡を見ることはないだろう。



 「ソウ君、早くしなさ〜い」


 タオルで顔を拭いていると、(あお)の母親である日高晴海(ひだかはるみ)の穏やかな声が聞こえてきた。


 何故か晴海は(あお)のことを『ソウ』と呼ぶ。


 理由は聞いたことがないが、昔から呼ばれていたのだから今更気にすることでもなかった。



 (あお)は声が聞こえた方向____リビングに向かった。


 父親はすでに出勤したらしく、晴海はキッチンで洗い物をしている。それを視界の端で確認しつつ、(あお)は定位置となっている椅子に座る。


 食卓にはパンとサラダが並んでいる。朝は基本的に質素な食事となっているが、寝起きの胃袋にはそれぐらいが丁度いい。


 「いただきます」と一声かけてから食事に手をつける。


 しかし、まだ身体が気怠い影響か、遅々として食事が進まない。時折、頭の芯がズキリと鈍く痛む。

 昨夜、遅くまで起きていた弊害だ。こんなことになるなら……と、(あお)が後悔し始めた所で、


 「また夜更かししてたでしょ?」


 晴海が呆れ顔で(あお)に近づいていく。


 「昨日はついついはっちゃけちゃって」


 こめかみを左手で抑える(あお)は、トレイに視線を落とし、昨夜のことを思い出す。


 「全く、ソウ君は……」


 そう言った晴海は、おかまいなしに(あお)の背後から手を首にまわして抱き締める。


 椅子に座った(あお)と、その(あお)を覆うように背中から抱きついている晴海。恋人のワンシーンのように見えなくもなかった。


 どこをどう見ても二十代前半としか思えない美しい顔が(あお)の隣にあるが、それでドキドキしたりはしない。

 いつもの過剰なスキンシップの一環なのだろう。(あお)の背中に二つの柔らかい感触が存在しているが、それでドキドキしたりはしない……はずだ。



 「うりうりうり〜〜」


 笑顔で(あお)の頬に頬擦りする晴海。これもいつものスキンシップだ。


 抱きついてきた晴海に何も言わなかったのは、そのラインまでが最大限の譲歩だったからだ。

 さすがに食事中に頬擦りされたら邪魔なので、晴海に止めるよう促す。


 「母さん……もの凄く食べずらいんだけど……」


 「このぐらいたまにはいいじゃない」


 「いや、いつもだから……」


 「じゃあ、私が食べさせてあげる」


 微笑みながら箸を持つ右手に手を重ねてくる。


 「いや、母さんが退いてくれれば……」

 「はい、あ〜ん」


 手を重ね、抱きついたまま、(あお)の耳元で囁く笑顔の晴海。母親でなければ、かなりそそるシチュエーションなのだろう。


 「いや、余計に食べにくいし」


 晴海に絡まれてから、殆ど食事に手を付けていない。構わずに箸を進めようとして、


 「それはそうと、そろそろ時間やばいんじゃないの?」


 その一言に(あお)の手は止まった。ロボットのようにぎこちなく首を時計の方に向けて____席を立ち、急いで二階の自室へと戻る。晴海は、(あお)が席を立ち上がることを知っていたかのように既に離れていた。


 「私が着替えさせてあげよっか?」


 一階から聞こえる晴海の声を無視して(あお)は制服に着替え、鞄を持ち、急いで階段を下りて玄関へと向かう。


 「もう来てるわよ。それと……」


 時間が無いから晴海の言葉を最後まで聞かずに、靴を履きつつ「行ってきます」と言い放ち、(あお)は玄関の扉を開ける。



 そこに居たのは、茶色の髪にかなり整った顔立ちをした(あお)の幼馴染だ。


 「悪い、待ったか?」


 「今来たところだから待ってないよ」


 綺麗な顔の幼馴染は朗らかに笑う。

 幼馴染と恋人みたいな会話をしているが、そこに嬉しさは全くない。


 「昨日はごめん。夜遅くまで居て……」


 幼馴染は申し訳なさそうに謝ってくる。

 (あお)が昨夜遅くまで起きていた理由は、この幼馴染と遊んでいたからである。


 「気にすんな。それよりも急がないと学校遅れるぞ」


 「そうだね。(あお)、忘れ物ない?」


 自分の荷物を確かめるために鞄の中を見た(あお)は一つの忘れ物に気づき、自宅の玄関を開ける。



 「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」


 扉を開けた先には、妖しく微笑む晴海がいた。


 「んじゃあ、晴海で」


 「もう! ……ソウ君は朝からお盛んなんだね。しょうがないなぁ〜」


 頬に手を当てて顔を朱に染めた晴海は、(あお)の手を引いて寝室の方へと向かう。


 「あっ、晴海さん。おはようございます」


 「あら、おはようユウちゃん。今からソウ君の相手をしなくちゃいけないからまたね」


 「あはは。二人は相変わらずですね」


 「よし、お前も混ざれ」


 「あは。ユウちゃんも一緒なら私も嬉しいんだけどな」


 「ぶっ⁉︎ 二人とも何言ってるんですか‼︎」


 「何って、そりゃあ冗談だよ」


 「うふふ。テンパってるユウちゃんも可愛いわね」


 (あお)と晴海は悪戯が成功した子供のような笑みを向ける。


 そもそも、(あお)と晴海の冗談に付き合った時点で彼____坂本悠真(さかもとゆうま)の負けである。


 「はあぁ……。あまり驚かせないで下さい」


 ため息を吐いた悠真は苦笑しつつ晴海に言う。


 「だってユウちゃんってば、いつも面白い反応してくれるじゃない?」


 「実はちょっと期待したとか?」


 「そんなわけないって!」


 (あお)と晴海はニヤニヤと悠真を見やる。


 「ほら、ソウ君のお弁当よ」


 悠真をからかう(あお)に、晴海は微笑みながら弁当を渡す。


 「私の愛がいっぱい詰まってるんだから、ちゃんと味わってね!」


 「はいはい」


 ウインクしてくる晴海を、(あお)はぞんざいに扱い、渡された弁当を鞄に入れる。


 「ユウちゃんも食べていいからね」


 「はい、ありがとうございます」


 「でも、私のことは喰べちゃダメよ?」


 「ぶっ⁉︎ 変なこと言わないで下さい‼︎ たべ……なんてしませんから‼︎」


 必死に否定する悠真だが、途中で恥ずかしくなり、赤面して目線を泳がせる。


 「そんな‼︎ やっぱりおばさんなんて興味ないのね……」


 「え⁉︎ い、いえ、晴海さんはとても魅力的ですよ」


 「うわー、友人の親を口説くとか、マジ引くわー」


 「ぐっ⁉︎ (あお)、僕はそういうつもりで言ったんじゃ……」


 「それはそうと、二人とも時間は大丈夫なの?」


 晴海からの無慈悲な宣告が二人の鼓膜を震わせた。

 


 直ぐさま会話を切り上げ二人は学校に向かう。かなり急がなければならない時間だった。



 校門前にギリギリ間に合った二人。(あお)は膝に手を付き、呼吸を整える。悠真は少し呼吸を乱しただけで、まだ余裕があるようだ。


 「何とか、間に合った、な。ふう。にしても急いでる時ぐらいは勘弁しろよ」


 (あお)が大きく息を吐きながら、悠真に呆れた視線を送る。


 (あお)が言った勘弁しろ、という言葉は、登校中に起こった出来事についてだ。


 時間がない(あお)と悠真は走って学校に向かっていたが、曲がり角で悠真がパンを咥えた美少女とぶつかった。

 あろうことか、ぶつかった拍子にその美少女を押し倒す形となり……。その後は何故か良い雰囲気になった二人と、それを無表情で見つめる(あお)

 「あの……」と声をかけたところ、「あんた誰よ?」と美少女に怪しい人を見る目で見られてしまい、『いや、あの時間が……』、と言えずに時間を無駄にしてしまった。

 しかも、悠真はちゃっかりと連絡先を交換させられていた。


 嫌なことを思い出していた時に予鈴がなり、げんなりしながらも急いで校舎内に足を踏み入れた。


 美少女とぶつかることなど、悠真にとってはいつものことである。



★★★★★★★★★★★★




 次の授業は体育のため、休み時間中に更衣室に着替えに行く女生徒達。



 「日高氏、覗きに行こう」


 着替え終わった(あお)に声をかけてきたのは、同じクラスの眼鏡をかけた地味目な男子の武藤だ。

 息を荒げ血走った目で(あお)に詰め寄る姿には、いかに同性と言えども嫌悪感を抱かせる。

 端的に言ってキモい。


 「警戒されてるし、どうせすぐ見つかるって」


 武藤を避ける為に身を捩りながら断る。これで何度目の試みだというのか。被害を受けるのは御免だと取り合わないつもりでいたが、武藤が強引に手を引いて連れて行く。


 「ちょっ! おまっ! 強引に連れてくのは止めろし」


 「日高氏だって見たいだろ、女子更衣室という名の楽園を……さ」


 斜め上を見上げてカッコつける武藤。


 「いや別に」


 「なんでだよ‼︎ 見たくないのかよ‼︎ それでも男かよ‼︎ 真の男かよ‼︎」


 「なあ武藤。男なら一人で行くべきだと思わないか? それこそが真の男というものだろう?」


 「う、うるさい‼︎ とっとと行くぞ‼︎」


 「はあ。お前はドMなんだな」


 「ちがうわい‼︎」


 武藤の説得を諦めた(あお)は、されるがままについて行った。



 教室から更衣室まで結構距離があり、授業の直後にすぐさま着替えを始めれば更衣室に辿り着く前の女子に追いつく事も可能である。



 女子更衣室近くまで連れてこられた(あお)は、かなりの後悔に苛まれていた。


 「またあんたら? どうせ覗きにでも来たんでしょ? どうなるか分かってるよね?」


 そう言いながら睨みつけるのは、クラス委員長である三川だ。眼鏡をかけた三つ編みの髪が特徴で、まだ制服姿のままで更衣室の前に仁王立ちしている空手黒帯の女子。


 その姿を確認し、武藤は腰を抜かしている。

 その武藤を見た(あお)は、言わんこっちゃない、と口の中で呟く。しかし、三川の威圧感に全身から冷汗が流れていた。


 「覚悟‼︎」


 叫びながら突っ込んでくる三川。ヒィィ、と間抜けな声をあげる武藤の鳩尾に拳を叩き込む。直後、グェェという奇声を発した武藤は倒れる。


 「なあ三川、取引しないか?」


 「問答無用‼︎」


 体を(あお)の方向に三川は向ける。獲物を見つけた猛禽類のような瞳で見られる(あお)は、頬をひくつかせ、徐々に後退していく。


 (はぁ。予想通り面倒ごとになったな。まあ、適当にしてりゃあいいか)


 そんなことを考える(あお)だが、この瞬間にも三川はジリジリと距離を詰める。


 「ま、待て‼︎ 武道とは健全な心身を鍛えるものであって、決して人を傷つけるものではない‼︎」


 「あんたらという魔の手から身を守るための護身術だぁぁぁ‼︎」


 走りだした三川は、叫びながら右足で蹴りつける。所謂回し蹴りだ。



 三川の素早い蹴りを避けきれないと諦める(あお)。おそらく左肋骨辺りにヒットするだろうと予測し、天才的な閃きが(あお)の頭を流れた。



 しゃがめば見えるのではないだろうか、と。


 (その場合確実に頭に蹴りをくらうことになる。しかし、結局くらうならリターンに賭けてもいいんじゃないか? いや待て! 相手は三川だぞ。三川にそこまでのリターンがあるだろうか。だって三川だし。いや待て! こういう地味目な娘に限ってもの凄いモノを着けていたりするのではなかろうか? ゴクリ……。 いや待て! もう一度言うが三川だぞ。あの三川だぞ。だがしかしなぁ……。所詮は三川、されど三川ってやつか)


 幾重にも思考を重ね、導き出された結論。その結果を求める為に……すぐにしゃがむ。



 凄まじい衝撃が頭部を襲うが、視線はある一部分に集中させる。網膜に流れ込む映像は黒…………のスパッツだった。絶望感とともに(あお)の意識は黒く塗りつぶされた。






 「絶対に借りを返す‼︎」


 体育終了後、(あお)に向かって叫ぶ武藤は拳を振り上げて女子更衣室の方を睨む。


 「頼むから止めてくれ……」


 「だが断る‼︎」


 げんなりした表情で懇願する(あお)だが、再び腕を掴まれ連れて行かれる。どうしようもないと悟った(あお)は、切札を投入することにした。


 「分かった。じゃあ悠真も連れて行くからな」



 女子更衣室の近くに並ぶ三人。


 「何で僕まで……」


 先程の(あお)のような顔で悠真は二人に訴える。

 当然の如く訴えを無視して、扉の前に居る三川に近づいた。



 「性懲りも無くまた……さ、坂本くん‼︎」


 始めは睨んできた三川だが、悠真の姿を確認すると恥じらう乙女の様な顔に一変し、(あお)と武藤はその姿に愕然とする。


 「さ、坂本くんなら別にいいわよ!」


 「バカな⁉︎ ……つーか、何がいいわよ、だよ。よくないだろ」


 「えっと、三川さんは何故僕の手を引っ張るのかな?」


 「うおー‼︎ 坂本さんマジパネェっす‼︎ わたくし武藤は一生ついて行くっす‼︎」


 「あんたは邪魔。そしてついてくんな」

 「ぐぼえ⁉︎」


 三川に倒された武藤は虫のように廊下に這いつくばり、恨めしそうに三川を睨む。



 「はい、どうぞ」


 三川は悠真の手を引き、テンパっているのか女子更衣室の扉を開いて悠真を中に押し込み扉を閉めた。またもや悠真のラッキースケベ(?)が発動。


 押し込められた悠真の絶望的な表情、一拍後の大きく響くけたたましい女子の叫び声、繋いだ掌を見つめて熱い息を吐く三川。


 残った男二人は羨ましそうに扉を見つめる。


 「さて、覚悟‼︎」


 我に返った三川が威圧しながら言い放ち、構えを取る。



 「ヒィィ、いや、あの、本当すいませんでした! 土下座でも靴舐めでもパシリでもサンドバッグでも何でもしますから許して下さい!」


 涙目の武藤が土下座しながら懇願する。(あお)は残念な武藤を哀れそうに見下ろす。そして、目の前の三川と女子更衣室内の惨状をどう処理するのかに思考のリソースを割く。


 (めんどくせぇなぁ………)


 心の中でため息をつきつつも、まとまった考えを実行に移す。教師に事がバレてしまうと厄介になることは目に見えている。時間との勝負だが、目の前の三川が邪魔だ。


 (マジでめんどい………)


 もう一度ため息をつく。そして、視界の端に武藤と三川を捉えつつ薄く笑った。




★★★★★★★★★★★★




 時間は正午の昼食時。同じクラスの(あお)と悠真は昼食の用意をしつつ、他のクラスの友達を待っている。(あお)は昨夜の夜更かしのせいか授業中はうわの空で、時折舟を漕いでいたが成績は優秀な方なのであまり問題ないだろう。悠真は真面目な性格なのか、夜更かししたにも関わらず授業をしっかり受けていた。


 高校二学年に進級し、五月下旬ということもあり気が緩んむ時期だ。




 先程の影響か、クラスの女子が頬を赤く染めてチラチラと悠真を盗み見るが、熱い視線を受ける悠真は気づかない。


 側にいる(あお)に、三川が先程の事を洩らした影響か、クラスの女子がジト目で見ており、冷たい視線を受けながら冷たい汗を流している。



 「昨日も助かったよ」


 机を並べつつ、悠真が苦笑を(あお)に向けた。



 「いいよこっちも楽しかったし、それに母さんも喜んでるから」



 昨夜の夜更かしの原因は、悠真が(あお)の家に泊まりに行ったこと。正確には、ここ数週間前からずっとである。



 二人は幼稚園の頃からの友達だ。家が隣同士にあることで必然的に仲が良かったが、そのぐらいの時期に悠真の母親が事故で亡くなった。父親は仕事で多忙なため家に帰って来る機会が少なく、悠真は家で一人きりになり塞ぎ込んでしまった。


 その時に(あお)の母親である晴海が殆どかかりきりで面倒を見ていた。その甲斐があって立ち直ることが出来たから、晴海と悠真は仲が良く、悠真とその父親は晴海に頭が上がらなくなった。


 悠真の父親は今年の三月に再婚し、相手の母親も子持ちであった。十九歳と十四歳の姉妹であり、五人で暮らすことになったのだが……。


 悠真は成績優秀、スポーツ万能な上にその容姿のため学校でかなり人気がある。本人はその事に気づいていないのだが。学校でも女生徒(美少女)と何かしらのイベントがあることが多く、男子生徒から嫉妬の的にされている。



 家族となった姉妹は悠真の義姉と義妹ということになったのだが、その二人が悠真の被害に遭った事で気があるらしく、就寝時に布団に入って来たり、風呂場で問題があったり、日常で一悶着あったりとハーレム力が凄まじく、そのせいで寝られないとのこと。



 時折悠真の家から騒がしい声が聞こえてくる。主に女性の声と悠真の声だから、何があったのか察しがつく。晴海もクスクスと楽しげに笑っている。


 まさか義母とも……? と考えてしまう(あお)はしょうがないのだろう。



 だから(あお)の家に泊まりに来ていたのだ。晴海は理由は知らされていないが、察している可能性がある。昨夜夜更かししたのも、二人でしていたテレビゲームが盛り上がったためだ。




 (今更だけど羨ましいよな。姉妹とも可愛いかったし。母親も綺麗だったし)



 (あお)はそう思い、無意識に手に力を込めた。手の中の弁当箱がパキパキと音を立てる。



 「あ、(あお)!?」


 ただならぬ雰囲気を感じ、悠真はおずおずと声をかける。



 「お待たせー」


 そのタイミングで、待っていた友達二人が教室に入って来た。


 一人は今声をかけてきた桜井彩音(さくらいあやね)。整った顔立ちと腰まで届くであろう長い黒髪が特徴的で、優しい性格と大和撫子を思わせる風貌で学校の男子からかなり人気がある。幼稚園からの友達であり、おそらく悠真関係の最初の被害者でもある。



 もう一人は水野大雅(みずのたいが)。短く立てた黒い髪と高い身長が特徴的である。顔の造形も整っている方で、無口だが周囲への気配りが上手だ。小学校で悠真に紹介された事がきっかけである。

 そして、悠真と同じ特性を持っている。もっともベクトルは別の方向に向いているが。



 この四人が揃ったらいつも食べ始める。会話はテレビの事、授業の事、日常の事などごくごく普通なものだが、四人とも笑顔でこの瞬間を楽しんでいる。



 『ずっとこの日常が続いてほしい』と(あお)は心の中で思った。




★★★★★★★★★★★★




 時刻は放課後。ようやく一日の学校が終わり、最もテンションが上がる時間帯。


 基本的に下校も四人一緒である。下駄箱に向かうべく四人で歩いているが、人がごった返し、話し声と乱雑なリノリウムの床の音が騒がしい。しかし、それよりも気になるのが前後左右から向けられる数多の視線である。男子と女子の両方から向けられ、羨望、嫉妬、情熱的なものなどの多岐にわたる視線に晒される。これのせいで放課後は(あお)のテンションが最も下がる時間帯である。


 主な原因である二人は、見られていることにすら気づいていない。


 若干恨めしそうに(あお)はその二人を睥睨する。



 家は四人共同じ方向にある。


 校門にから出て数十メートル歩いた所でようやく人がまばらになり、数多の視線から開放された(あお)は背筋を伸ばす。



 帰り道に彩音が小さく欠伸を漏らした。


 「また変な夢でも見たか?」


 それに気づいた(あお)が問う。


 「そうなの。ここの所ずっとで……」


 「それ僕も見たよ。大雅も見た?」


 彩音が答え、それに悠真が便乗して顔を後ろに向け問いかける。が、そこに大雅は居なかった。


 「あれ?」と口にして周囲を見回す悠真。

 「あっち」と指で居る方向を指す(あお)


 そこには階段がありその前に立ち、話す大雅とどこかのお婆さん。いつもの親切心で大雅が荷物持ちを手伝うと申し出たのだろう。


 根は優しいが如何せん身長が高く、怖く見られがちだから、案の定断られた。



 そんな光景は快く思わないので、(あお)はお婆さんまで近づき、大雅のことを話しつつ手伝うと申し出るが、二の舞だった。



 「じゃあ僕が手伝います」


 優真が見かねたのか申し出た。

 いつもの様にな笑顔を惜しげもなく晒して。



 「それじゃあお願いね」


 と微笑みながら了承するお婆さん。



 『えっ、了承すんのかよ……』と口を尖らせながらひとりごちる(あお)




 悠真が手伝い終わり、周りの店を物色していると、道端で言い争う武藤と三川を発見し、(あお)は二人に近づく。どうやら今日のことが話題らしい。



 「いい加減止めたらどうなの?」


 「うるせえ! 男がロマンを追わなくなったらなぁ、男じゃねえんだよ!」


 「おーい二人とも、町中で恥ずかしい喧嘩は止めろ」


 (あお)が二人の間に入り込み仲裁に入る。


 「あんたにも原因あんだからね」


 「そうなんだけど……何とか許してくれないか?」


 「前科があるのに謝って終わりってのもねぇ」


 三川は首を傾げて考える。



 (実際に見たのは悠真だけなんだが……。まあいい、復讐も兼ねて武藤をダシにするか)


 「そういや、あの時武藤はパシリでもサンドバッグでも何でもやるって言ってたよな?」


 武藤をスケープゴートに仕立てる作戦を立て、爽やかな笑顔で確認を取るように首を傾げる。



 「いや、それは、その、売り言葉に買い言葉みたいな? 本気で言ったんじゃないんだよ!」


 言い逃れしようとする武藤の肩に、(あお)は手を乗せて、


 「男が二言を言ったらなぁ、男じゃねえんだよ」


 優しく、諭すように言う。



 絶望的な表情で地面に手を付きうな垂れる武藤。orz。



 「それなら、ジュース買ってきてちょうだい」


 三川の発言に、(あお)は密かにガッツポーズをとり、



 「そうだな……昼間はパシリで、夜はサンドバッグのバイトで稼ぐってのはどうだ?」


 悪戯顔で提案する。



 「もう勘弁してくれ……」


 うな垂れたままの武藤が、見上げながら懇願する。もちろんこれは(あお)の冗談だ。



 「冗談だよ。その代わり俺にもジュースよろしく」


 「その代わりってなんだよ! 日高氏には買ってくる義務は無いよ! 共犯だろ!」


 「今日の迷惑料ってことで。嫌なら、彩音に今日のことを話すことになるが……」


 「うぅ……本日の迷惑料ということで、買いに行かせて下さい……うぅ……」


 涙ぐみながら武藤は言い、ショボショボと買いに行く。流石にやり過ぎたと(あお)は反省した。




 一方、悠真と大雅は食べ物を買っていた。大雅が物を頼むと、おばちゃん店員は怖がりながらおずおずと手渡してくる。よくある事だが、慣れる気はせず少し落ち込む大雅。


 悠真が物を頼むと、笑顔で接客され、オマケまでくれる。よくある事である。




 「うぐ……買って来ました……」


 若干嗚咽を漏らしたまま、(あお)と三川にジュースを手渡す武藤が非常に哀れに思える。


 言い返す言葉が見つからず、とりあえずお礼を言い、目を逸らしながら二人は受け取る。



 「……他に何かありますか? 土下座ですか? それともジャンピング土下座ですか?」


 武藤が問いかける。流石に良心が痛むので、解放しようと考えた時、



 「武藤くん……だよね? 大丈夫?」


 そう言いながらハンカチを武藤に向ける彩音。武藤の哀れな姿に動じず、ニッコリと微笑みかける。


 武藤は号泣した。その姿にも動じない彩音は、微笑んだまま武藤の顔に優しくハンカチを当てる。



 「彩音さんマジ天使! 彩音さんマジ神!」


 嬉しさのあまり素の言葉が出てきて、(あお)と三川はドン引き。それでも動じない彩音さんはマジ天使!



 「ハンカチ、百回洗って返します。今日のご恩は一生忘れません」



 (いや、洗い過ぎだろ……変になるからやめろって……)


 いつものテンションに戻った武藤が深々と頭を下げ、(あお)は心の中でつっこむ。



 「いえ、わざわざハンカチを洗ってもらわなくて結構ですよ?」


 「いえ、このぐらいの事はさせて下さい。でなければ末代までの恥。男が恩を返さなかったら、男じゃないんです」


 誠心誠意お願いする武藤に、結局は彩音の方が折れた。



 「絶対に返しますから」


 何度も彩音にお辞儀をしながら帰路につく武藤に、からかいながら後をついて行く三川。二人の家は同じ方向なのだろう。こうして見ると、二人は結構お似合いに見えた。




 四人並んで再び帰路につく。さり気なく大雅はいつも車道側を歩いている。



 プルルルル、と(あお)の着信音が鳴った。名前は『晴海』と表示されており、ため息をつきながら電話に出る。



 『はぁ、はぁ……お兄さん今日の下着は何色?』


 問答無用で電話を切った。が、再び晴海からかかってくる。大事な用事だと仕方がないので、一応出た。


 「もしもし?」


 『はい、正解は黒ですね。分かります』


 「何で知ってんだよ!」


 思わず怒鳴ってしまう。周囲からの視線が痛い。



 『寝てる時に見たから』


 「うぉい⁉︎ 何してくれてんの‼︎」


 『いいじゃない。減るものじゃないし。それにあのことは言わないから』


 「え? あのことって何? ナニソレコワイ」


 『まあまあ。後で私のも見せてあげるから』


 「うわー興味ねー。それで、用件は何?」


 またふざけてくるのだろうと身構えていたが、珍しく真剣な声で答えてきた。



 『今日の晩ご飯はソウ君の好きなハンバーグを作ります』


 「え、ほんとに?」


 『うん、本当だよ。だからちゃんと帰ってきてね』


 電話だから表情は読み取れない。それでも、真剣な表情だと思った。



 「うん、絶対帰るから」


 真剣な母に応えるために、(あお)も気を引き締め、真剣な声で言う。



 『良かった。楽しみに待っててね』


 「楽しみに待ってる」


 それでも、いつの間にか友達といる時とは別の笑顔が溢れてくる。安らぎと同時に楽しく嬉しい気持ちになり、心が温かくなる。そんな余韻に浸りながら電話を切る。


 いつもは冗談ばかりの母だけど、家族の良さを再確認した。



 「……良かったな」

 (あお)の気持ちを察したであろう大雅が無表情だが嬉しそうに言ってくる。


 大雅は人の気持ちを慮ってくれる。イケメンでもあり、何故モテ無いのだろうと不思議に思った。こういう人が幸せになってほしいと(あお)は考える。




 「ユウく〜ん」


 後方から悠真を呼ぶ女性の声が聞こえる。四人で振り返ると、手を振りながら走って近づく女性がいる。



 「義姉さん、大学は終わったんですか?」


 悠真が少し驚きながら問いかける。



 「もう終わったよ」


 答えてから、(あお)達に"こんにちは"と挨拶をしてきたので、(あお)達も挨拶を返す。



 「今から友達とご飯食べに行くってお母さんに言っといて」


 悠真にそう頼み込む。家族内の会話だから、(あお)達は一歩引いて成り行きを見守る。



 「分かりました。帰ったら伝えますね」


 微笑みながら悠真は言った。義姉は少し顔を赤くし、悟られないように話題を変える。



 「ありがとう。それと、家を最後に出たのはユウくんだよね? 戸締りはちゃんとして来た? ユウくんって結構おっちょこちょいな所あるから」


 「多分……大丈夫だと思います」


 「そっか、それじゃあもう行くね」


 「はい、楽しんできてください」


 悠真が言うと、手を振りながら駅の方向に悠真の義姉は向かって行く。



 「で、結局家の戸締りは大丈夫なのか?」


 義姉が去った方向を見ている悠真に、(あお)は訊く。



 「玄関の鍵はかけたし、窓は……閉めたと思う」


 「確かに心配だよな」


 「まだお義姉さんに他人行儀な話し方なんだな。その様子だと、お義母さんと義妹さんにもだろ」


 ある程度分かっていた事だが、義姉との会話を聴いていた(あお)は悠真に訊く。責めているのではなく、悠真の事を案じての発言だ。



 「だけど、上手くいってない訳じゃないんだよね?」


 彩音が、悠真が話し易いようにフォローする。



 「上手くいってない訳じゃないんだ。ただ、僕が一歩引いてるだけ。理由は分からないけど。……上手く付き合えるようになるのかな……」


 二人の問いに答えた悠真だが、最後の一文は空を見上げながら言った。誰もに問いかけたつもりは無いのだろう。ただ、不安を無意識に漏らしただけ。


 悲哀に満ちた顔で空を見つめる悠真に、大雅が言った。


 「……悠真がそうなりたいって心から望み、努力するならきっと叶う」


 もしかしたら無責任な言葉かもしれない。それでも、悠真にとって背中を押してもらえる言葉が欲しかった。


 「ありがとう」


 やはり気がきく友達に悠真はお礼を言う。悠真は、心の中のモヤモヤが少し晴れた気がした。大雅にはこの言葉だけで、そこまで伝わるのだろう。




 その後の帰路でも色々とあった。


 悠真は、美少女にぶつかって仲良くなったりだとか、美少女がぶつかってきて仲良くなったりだとか、美少女の落し物を拾って仲良くなったりだとか、美少女が二階から落ちてきて下敷きにされて仲良くなったりだとか、チンピラに絡まれている美少女を助けて仲良くなったりだとか、色々とあった。その度に彩音が少し不機嫌になり、大雅が持っていたお菓子で宥めていた。



 ちなみに大雅は、再び他の人に荷物持ちを申し出てドン引きされたりだとか、泣いている幼女に優しく声をかけたら「お巡りさんこいつです‼︎」と幼女に指さされながら言われて通報されそうになったりだとか、ぶつかった美少女に手を伸ばしたら怖がられて「痴漢です‼︎」と大声で叫ばれて通報されそうになったりだとか、洗濯物が二階から落ちてきて頭が下敷きにされてそれがたまたま女性用の下着で周りの人から「ママ、あれしってるよ。ヘンタイってゆうんだよね?」や「あんなおぞましいもの見てはいけません!」や「変質者が居ます‼︎」と幼女や主婦にゴミを見るような目で声高に叫ばれ通報されそうになったりだとか、色々とあった。その度に落ち込み、皆で慰めた。



 それらのとばっちりは全て(あお)が毎回引き受けることになる。何故か悠真ではなく(あお)がその後のチンピラに絡まれたりだとか、周りの人に弁明したりだとか、かなり奔走した。



 この二人には、女性関係のトラブルが多過ぎる。相変わらず悠真は羨まし過ぎるし、大雅は不遇過ぎると(あお)は思う。本当に大雅には幸せになって欲しいと心から願った。




★★★★★★★★★★★★




 この町にある高台は、夕日の眺めは最高だと町内では知られている。(あお)と悠真は登校時には通らないが、帰りは四人で帰るため、少し遠回りでこの場所を通る事になる。



 大雅に変な夢を見たのかと悠真が問いかけたら、やはり見たと答えた。



 事の発端は一週間ほど前に(あお)以外の三人が同じ日に変な夢を見たと言ったことだった。変な夢としか形容できず、見た直後は酷い頭痛に苛まれ、以降は毎日見ていると言っていた。


 (あお)は不本意だと分かっていても、自分だけ夢を見ないことが仲間外れにされた様な気がして嫌だった。



 (あお)は悠真のその状況を見ており、病院を進めたが、結局行っていない。他の二人も同じだ。



 「この夕焼けって綺麗だよな」


 夢の話題に触れないように(あお)は当たり障りのない話を選んだ。



 四人並んで夕焼けを眺める。町並みが黄金に染まりる。清涼な風が吹き抜けて世界を巡っていく。


 その光景に見入っていると、周囲の空間が揺らいだ。

誰かが驚きの声を上げたが、(あお)の耳に入らない。彼ら四人を囲むような形で空間に文字が浮かび、地面に魔法陣が描かれる。そこから青白の光が輝き、夕日を塗りつぶす程のまばゆく幻想的な光が溢れ出し、四人を呑み込んだ。


 (また面倒ごとだな………)


 驚く三人を無視して、揺らぐ魔法陣を無表情に見つめる。何があってもいいように、心を落ち着けて。



 彼らの運命が流転した瞬間だった。

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