第11話 対人戦と経験の乏しさ
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文章が長くなってしまい、申し訳ありません。
「貴様が犯人だと?」
場所は魔人の首都である天輪の聖地。
城の前庭にて、隊長格の兵士が、城の瓦礫に座っている漆黒のローブを纏う人物に問いかけた。
「ん? そう言った筈だが? 魔人共は耳が悪ぃのか?」
漆黒のローブを纏う人物は、くつくつと笑いながら挑発する。
「き、貴様ぁぁぁ‼︎」
見事挑発に乗った隊長格の兵士は、[火魔法]を行使した。複数の火の玉が漆黒のローブを纏う人物に押し寄せる。
「何ッ⁉︎」
驚いたのは隊長格の兵士の方だった。行使した魔法は、全て漆黒ローブの手前で掻き消えた。魔法が空気に溶けるかのように。
「はッ‼︎ だっせぇな‼︎ こっちはまだ戦闘態勢にすら入ってねぇんだぞ‼︎ やる気あんのかてめぇら⁉︎」
漆黒ローブは再度挑発を繰り返す。
「ぐぬぬぬ」
「はッ‼︎ ぐうの音もでねぇってか⁉︎ 雑魚は退いてろよ‼︎」
何も言い返せない隊長格を見下した漆黒ローブは、瓦礫から腰を上げて歩き出す。
「囲め! 囲んで魔法を放て!」
隊長格の指示の元、多数の兵士は漆黒ローブを取り囲んで魔法を行使した。
全方位から魔法が行使されているにも関わらず、漆黒ローブはフードの中でニヤリと笑う。
「な、何⁉︎」
「う、嘘だろ⁉︎」
「あ、ありえねえ⁉︎」
「ば、馬鹿な⁉︎」
兵士達は驚きの声を上げる。優に数十は行使されていた魔法が全て掻き消えたからだ。
「もう終わりか⁉︎ だりぃからすっこんどいてくんねぇかな⁉︎」
「まだだ‼︎ 諦めるな‼︎」
兵士は臆せず魔法を何度も行使する。しかし、どれ一つとして漆黒ローブに到達した魔法は無く、全て手前で消えてしまう。
「あぁぁ‼︎ うっぜぇんだよいい加減‼︎」
漆黒ローブは叫び声を上げると、兵士の群れに突っ込んでいく。
「おらおらおらぁッ‼︎」
斧を振り回し兵士を次々と薙ぎ倒す漆黒ローブ。魔法が封じられた兵士は、剣や槍などで対抗するが、殆どなす術が無く倒されていく。
兵士が近距離だろうが遠距離だろうが、どの距離で魔法を行使しても、結果は全て同じで漆黒ローブの手前で消えてしまう。
「くッ⁉︎ 武器だ! 囲んで一斉に武器で攻撃しろお‼︎」
隊長格の指示の元、周りを囲んでいた兵士が一斉に漆黒ローブへと殺到する。
「こんなもんかよぉ‼︎」
漆黒ローブは[風魔法]を行使する。
漆黒ローブを中心とし、そこから周りへと風が爆発したみたいに広がる。中心に攻撃判定は無く、殺到していた兵士は全てこの魔法で吹き飛ばされる。
そして漆黒ローブが間髪入れず[火魔法]を行使した。
複数の火炎弾が吹き飛んだ兵士達へと追撃する。火炎弾は当たった瞬間に爆発して周囲をも巻き込んでいく。
「ぞぁぁぁぁ‼︎」
「どぁぁぁぁ‼︎」
「るぁぁぁぁ‼︎」
爆発に巻き込まれた兵士は、悲鳴を上げながらさらに吹き飛んだ。結構な手傷を兵士は負ったが、諦めずに立ち上がる。それが自分らの責務だと信じているから。
「まったく、蟻みてぇにうじゃうじゃいやがると思ったら力も蟻並みかよ‼︎ とっととくたばりやがれ‼︎」
もう一度漆黒ローブが火炎弾を放とうとした時だった。
「止めなさい‼︎」
戦闘には明らかに場違いな、幼い女子の声がこの場に響いた。
声のした方向に全員の視線が集まる。そこには、白いローブに身を包んだ小さな人影があった。
漆黒ローブはニタァと口元を吊り上げて、
「ようやくか」
誰にも聞こえない程の声で呟いた。その声は風に流され、本人以外の耳には届かない。
★★★★★★★★★★★★
ドラゴンを倒したユリアは、真っ直ぐに城へと向かっていた。後方から大きな地鳴りがしたが、気にしている余裕はない。
その時、城の前庭で爆発が起こった。それが、嫌な連想を引き起こす。
限界までスピードを上げて城の前庭にユリアは到着すると、多数の兵士が傷つき倒れている光景が広がっていた。
その犯人だと思われる漆黒のローブを纏った人物が殺気を帯びる。
「止めなさい‼︎」
敵が兵士を殺そうとしていることに感づいたユリアは、いつの間にか声を張り上げていた。
「へぇ、じゃあよぉ、てめぇが相手してくれんのか⁉︎」
「貴方は誰ですか? 何故こんなことをするんですか?」
ユリアは相手の発言を無視して、怒りを帯びた瞳で漆黒ローブを睨む。
「答えるとでも思ってんのか⁉︎」
漆黒ローブはユリアを見下すように嘲笑を交えた声で答える。
「別に構いません。無理矢理口を割らせますから」
ユリアは淡白に言い放ち、戦闘態勢に移行する。
「はッ‼︎ 面白れぇじゃねぇか‼︎」
漆黒ローブは笑いながら、右手に持った巨大な斧を担ぐように構えてユリアへと駆ける。
ユリアは[土魔法]を行使した。漆黒ローブの鳩尾の直ぐ前に土塊を具現化し、それを鳩尾に当てる……予定だった。
「な、何で⁉︎」
困惑の声を上げたのはユリアの方。理由は土塊が具現化した瞬間に掻き消えたからだ。
今度は[火魔法]、[水魔法]、[土魔法]を同時に行使した。複数の火球に水球に土塊が漆黒ローブを囲むが、その全てが悉く消えて無くなる。
「はッ‼︎ そんなモンかよぉッ‼︎」
「くっ!」
まったく勢いが衰えない漆黒ローブに対し、ユリアは漆黒ローブを囲むような形で周りに土壁を具現化した。
土壁の高さは三メートルあり、漆黒ローブから数メートルの距離を開けて囲んでいる。
その間にユリアは土壁を迂回して前庭に移動した。城を背後に庇うような形で土壁と向き合う。
そしてユリアは[氷魔法]で長さ一メートル程の氷の棘を自らの周囲に展開させる。
漆黒ローブは、急に具現化した土壁をどうとも思わずに突っ込む。今までの魔法と同じように、近づいただけで前方の土壁は掻き消えたが、視線の先にユリアはいなかった。
土壁は漆黒ローブが通った箇所だけ消えている。近づかなかった場所の土壁は未だ健在しており、土壁を上空から見たらCの字のように見えることだろう。
チッ、と漆黒ローブは舌打ちをした。土壁により視界が遮られたことでユリアを見失い、警戒しながら土壁を迂回して城の方向に足を進める。
ユリアは漆黒ローブが見えたタイミングで、さっき展開させた氷の棘を発射させた。
それと並行して、漆黒ローブの死角である頭上に土塊を具現化させて落とす。
しかし、具現化した魔法の全てが漆黒ローブの手前で消える。
(やっぱりダメだった。これでもう……)
魔法が決め手にならない以上、ユリアにできることは殆どないと、そう考えてしまった。
ユリアにとって魔法が効かない相手なんて初めてであり、そもそも戦闘経験自体あまり無い。
じんわりとユリアの体をあらゆる恐怖が包み込んでいく。正体のわからない相手への恐怖、魔法が通じない相手への恐怖、相手を止められない所為で周りの誰かが傷つく恐怖、自分が死ぬかもしれない恐怖、そしてユリウスを守れないかもしれない恐怖。
どうすればいいのかわからない。わからない。わからない。わからない。
負の感情で一杯になったユリアは、絶望の沼に引きずり込まれていく錯覚に陥る。
ゆったりとした足取りで城の方向に向かう漆黒ローブが憎らしい。
「あんなに小さい子が頑張ってるんだ‼︎ 俺たちがやらないでどうする⁉︎」
ユリアと漆黒ローブの戦闘を見ていた隊長格の兵士が、声を絞り出して周りの兵士を鼓舞する。
そして、動ける兵士はユリアの周囲に集まった。一緒に城を守るぞ、と表明するかのように。
「ここからは我々だけで大丈夫だから、君は避難しなさい」
ユリアの隣に来た隊長格が、戦場に似つかわしくない優しい声でそう勧めた。
ギラギラと闘志を燃やす兵士達を見て、諦めていたのは自分一人だとユリアは気づき、先程の感情を払拭しようと気持ちを切り換える。
実際は払拭できていない。ユリアの中には未だ負の感情が渦巻いている。しかし周りの兵士を見ていて、守りたいものは皆同じだと気がついた。誰もが大切な人の為に戦っていると。そこに勇気を貰ったから、希望を持ち続けていられる。
今はみんなの気持ちが一つになっているとユリアは確信した。やはり心では通じ合えるのだと。
しかし、状況はまったく変わっていない。ユリアは武器の訓練をしていないから、何らかの武器を持ったとしても素人の域を出ない。
「はッ‼︎ 無様なモンだなぁ魔人共ぉ‼︎ そんなガキに庇われるとか、自殺モンだろうよぉ‼︎ 自分らの情けなさに反吐が出ちまうんじゃねぇか⁉︎」
漆黒ローブは嘲笑を繰り返しながら前進する。
「……奴を取り囲んで一斉に接近戦を仕掛ける。それしか勝機はない」
隊長格は静かな声で周りの兵士にそう伝える。兵士は頷き返して、近くに来た漆黒ローブを取り囲む。
そして一斉に攻撃を開始した。兵士は手に持った剣や槍を突き立てるように漆黒ローブへ突撃する。
漆黒ローブは斧を振り回し、魔法を行使し、兵士を次々と薙ぎ倒していく。
その光景に、ユリアはただ見ていることしかできない。兵士に当たらないように魔法を行使しているが、その全てが届くことは無かった。否応無く目の前のことを網膜に焼き付けられる。
ここまでの戦いで、ユリアはある程度敵の能力を分析していた。
漆黒ローブが無効化しているのは魔法のみで、範囲は能力者の周囲一.五メートル程。だから隊長格は武器による攻撃を敢行した。
そして、漆黒ローブだけはその範囲内で魔法を具現化できるようだ。ユリアの魔法が消えた時に漆黒ローブは魔法を具現化させていたから。
問題が、身体強化まで無効化されてしまうことだろう。漆黒ローブは身体強化を行使しているが、近づいた兵士は身体強化が無効化されている。つまり、漆黒ローブに近づかれたら終わりだ。相手は身体強化しているのに自分はできない。これは致命的な差になる。
だから、漆黒ローブに近づかない立ち回りをしながら、武器攻撃を当てなければならない。それは遠距離用の武器でなければ不可能に近い。
「銃などの遠距離武器は無いんですか?」
ユリアは隊長格の兵士に近づいて、耳打ちするように問いかける。
「それが無いんだ! 銃を格納していた武器庫は、さっきのドラゴンの攻撃にやられてしまって……」
答えた隊長格は顔を歪める。
隊長格との会話に気を割いていたユリアは、漆黒ローブが行使した[風魔法]に反応が遅れた。
風が暴風のように周りに飛散し、兵士を弾き飛ばす。吹き飛んだ兵士が他の兵士に当たり、鎧同士がぶつかる金属音が広がる。
「くぅっ‼︎」
ユリアは体を丸めるように小さくしながら、後方へと飛び退く。
幸いにも吹き飛んできた兵士に当たることはなかった。そう確認してユリアは立ち上がる。
「よぉ‼︎」
「っ⁉︎」
ユリアのすぐ背後から漆黒ローブの声が聞こえ、反射的に[守護魔法]で背中を護る。
しかし[守護魔法]は消されてしまい、身体強化ができていることを認識したユリアは、漆黒ローブから離れようと足を動かして、
「っ⁉︎⁉︎」
しかし、ユリアはその場に転倒した。何かに躓いた訳ではないにも関わらず。
何もないのに何故こんな大事な場面で転んでしまったのかと、ユリアは己の愚かさを憎み、足に力を入れて……立つことができなかった。
いや、動くことには動くのだ。力も入り、関節も違和感無く可動する。しかし、一つだけ問題があった。
何故か、両足が丈夫な紐で括られたかのように、接着剤で接着されているかのように、右足と左足がくっ付いて離れない。
意味がわからなかった。自分の体の異常が物凄く怖かった。
ユリアは敵が近くにいることも忘れ、足の状態を目で確認しようと、顔を足の方に向けて……そこでようやく気がついた。
瞼が閉じたままで、開かないことに。
足の異常が脳の大部分を占め、視界が真っ暗なことに今まで気がつかなかった。
何で、とユリアは口に出そうとした。そして、またもや自身の異常に気がつく。
声が出せなかった。……いや、正確には、口が開かなかった。
只々疑問だけがユリアの脳内を侵食していく。
何故両足がくっ付いたようになっているのか、何故両目の瞼と、口が開かないのか。
魚のように足をバタつかせ、闇に浸った瞳で光を求め、閉ざされた口内では舌先を動かす。
しかし、変化は訪れなかった。
「何をしている⁉︎ 早く逃げろ‼︎」
遠くから隊長格の兵士が必死に叫ぶ音が鼓膜を震わす。外界からの変化は、しかし求めているものではない。
「クッハハ‼︎ なぁ、今どんな気分だ?」
近くからは愉悦に満ちた笑いが飛んだ。その声で、ようやく現在の状況を思い出した。
(早くしないと‼︎)
ユリアは上体を起こすために両腕に力を入れる。腕立て伏せをしているような格好で胴体を浮かせたが、またもや異常を発見する。
脇から肘にかけての二の腕が、胴体とくっ付いていた。……両腕ともに。
ユリアが自由に動かせる腕は、肘から下だけ。いや、全ての指も指同士でくっ付いている。
二の腕が胴体の側面とくっ付いているユリアは、中途半端にしか体を起こせなかった。
「はッ‼︎ モゾモゾと動いて、まるで虫みてぇだな‼︎」
漆黒ローブはゆっくり歩いてユリアに近づく。
こつ、こつ、と地面が奏でる音は、死へのカウントダウンに思えた。
立ち上がれず、その音を聞くことしかできないユリアは、悔しさと恐怖を緩和する為に掌を握り締める。
そうしたら、握り締めた掌と指がくっ付いた。
「誰か‼︎ 奴を止めろ‼︎」
「おらよッ‼︎」
隊長格の声は虚しく虚空に響き、漆黒ローブは必死に立ち上がろうとしているユリアの横腹を蹴り飛ばす。
「っ‼︎」
ユリアの肺に留まる空気が這い上がっていくが、口は閉ざされていて声は上げられなかった。
しかし、敵にみっともない声を聞かれるよりはいい。
そう思った直後に、ユリアは城の瓦礫に背中からぶつかった。打ち付けられたのは首から下の体だけで、後頭部をぶつけることはなかった。
しかし、その拍子にユリアの被っていたフードが捲れて、美しくも可愛らしい素顔が露わになってしまった。
未だ体がくっ付いており、ユリアはその場で身動きが殆ど取れない。ただ、身体に痛みがあまり無かったことが不思議だった。
「……まさか……人間なのか……?」
誰かがそう呟くと、そこにいる全員の視線がユリアへと集まる。
「な、何⁉︎」
「う、嘘だろ⁉︎」
「あ、ありえねえ⁉︎」
「ば、馬鹿な⁉︎」
それを見た兵士達は愕然とユリアを見つめ、各々口を開く。
漆黒ローブは何の反応も見せず、ただその場に佇む。
基本的にどの種族でも首から上に特徴がある。そして、魔人には頭か顔に必ず何らかの特徴がある。皮膚が肌色では無かったり、角が生えていたり、目の数が二つ以外だったりなどなど。
ユリアは何の特徴も無い。それ故に、人間であると周りに認識された。
「落ち着け! 先ずは陣形を立て直して襲撃者に備える。第三小隊はそこの白ローブの人間を監視し、敵対したなら即座に攻撃を開始しろ」
ユリアが人間だと認識して騒めく兵士達を、隊長格が指示を出すことで落ち着かせる。
漆黒ローブは陣形を整えつつある兵士を無視し、ユリアへと歩を進める。
「なぁ、あの魔人共はお前の正体がわかった瞬間にお前を見捨てたぞ。どう思うよ? ああ、お前今喋れねぇんだったな!」
ユリアに近づいた漆黒ローブは嘲笑う。
「ハッハハ! さっきまでは『逃げろ‼︎』とか叫んでたくせに、今は傍観する始末だぜ。お前随分と哀れだなぁ」
しゃがんだ漆黒ローブは、まるで慰めるかのようにユリアの肩をポンポンと軽く叩く。
ユリアの鼓膜に凶器となった音がよく刺さる。耳を塞ぎたかったが、満足に動かせない体では無理だった。それでも聞きたくなくて、無意識に瞼を強く閉じていた。
そうこうしている内に、兵士達は一箇所にいるユリアと漆黒ローブを取り囲む。いつでも攻撃に入れるように構えた姿勢で。
最早ユリアのことなど考慮していないのだろう。
「お前らいい加減うぜぇよ‼︎」
「突撃‼︎」
隊長格の指示の元、ユリアの前でしゃがんでいる漆黒ローブに、武器を突き刺すように兵士達は走り出す。
そして、周囲にいた全ての兵士が転んだ。
漆黒ローブの周囲、直径三十メートル以内の距離にいた兵士が全て。
ユリアと同じように、両足の内側同士がくっ付き、口や瞼もくっ付いている。
何が起きたのかわからない兵士は、何とか立ち上がろうと必死に動き、その所為か他の兵士ともくっ付いている。
異様な光景だった。漆黒ローブの周囲三十メートル程に渡って、多数の兵士がモゾモゾと転げ回っては他の兵士とくっ付いてしまい、余計に身動きが取れなくなっている。
自らの体のみならず、他人の体ともくっ付いている。
上空から見れば、この一帯には虫が蠢いているように見えることだろう。
「ハハハハハ‼︎ この光景は何度見ても飽きねぇな‼︎ ハハッ、てめぇら全員で虫のモノマネでもしてるんですかぁ⁉︎ クハハハ‼︎」
漆黒ローブはお腹を抱えて爆笑する。まるで、ここが戦場だと感じさせない雰囲気で。
「さて、一人ずつ殺していきますか」
爆笑していた漆黒ローブは、急に態度を変えて冷淡に吐き棄てる。そして、視線をユリアへと向ける。
「んじゃ、先ずは君からね」
そう言って巨大な斧を振り上げた。その時、漆黒ローブの唇が開いて何かを呟く。その声は小さ過ぎて誰にも聞こえることはなかった。
後は勢いに任せて斧を振り下ろすという所で……。
「とりま颯爽闖入‼︎」
日高蒼は漆黒ローブの上空から刀を振り下ろした。
★★★★★★★★★★★★
「いや、ほんとすいませんっした‼︎ わざとじゃないんすよ、ありんすよ」
蒼がドラゴンを倒した後、『イージスの盾』を回収する為に、結局地上まで降りる羽目になった。
そしたら、メアさんが可愛い可愛い無表情でお出迎えしてくれました。多分怒っているんじゃないかなぁ〜……。
「別に怒っていませんよ。ただ、周りにはもう少し気を付けて下さい」
「はい、とても反省して猛省して至正して至誠して釐正して更正して控制して修正して集成して終成して終生します」
「…………何を言っているのかわかりませんが?」
「大丈夫です。俺もわかりませんから」
「それを大丈夫とは言わないでしょう」
離宮の近くで、イージスの盾を回収した蒼とメアが向かい合って話をしていた。メアはこれ以上付き合っていられないと言わんばかりに、右手を額に当てる。
ゾドルは一人で魔物を引きつけて戦っている。
「取り敢えず、ユリアは城へと向かっていました。俺も上から追いかけるので、魔物の処理は頑張って下さい」
蒼は笑顔を置き土産に、フードを被り直して空へと駆けて行く。
「ヒダカ様! 私も連れて行って下さい!」
メアが珍しく声を張り上げ、広げた左手を蒼に伸ばす。まるで手を引いて連れて行って欲しいと懇願するように。
「すみません。一人用なんで」
さらりと断った蒼は、そのまま上空に駆け上がる。
あれ? メアさんのお願いを受諾すれば、合法的にメアさんを背負えたんじゃね? 柔らかい二つの山が背中に当たって、お尻を触れたんじゃね?
うがー! と蒼は空中で一人身悶えする。
まあ、考えてることバレたら嫌だし、身動きが取り難いからしょうがなかったんだけど。
そう割り切った蒼は、双眼鏡を覗きながら城へと歩く。
ついでに着用していた黒のローブを『空間』に収納し、水色のローブを羽織る。現在は快晴だから、ローブも同じような色にして目立ち難くした。
「にしても、無双が生で見られるとは思わなかったな」
レンズを通して、漆黒のローブを纏う人物が兵士を薙ぎ倒す姿が見える。
「敵は魔法を無効化する能力か。ベタだが魔人にとってはこれ以上ない程相性最悪だな」
魔人は魔法に関して最も高い適性があると聞いた。そのことに自負を抱いているからか、戦闘の主体は魔法による攻撃だ。
蒼は遠くから敵の攻撃方法、魔法の種類などをある程度把握する。
兵士がやられている様を見るのは心苦しいが、こっちだってやるべきことがあるから死ぬ訳にはいかない。だから傍観して敵の能力を知る必要があった。
ユリアも押され気味だが、蒼の中で一番強いという位置づけだから、最終的にはどうにかするだろうと勝手に思っていた。
その時、ユリアが敵の前で転んだ。
「あのバカ! 今はドジっ娘アピールタイムじゃねーんだよ!」
蒼はがむしゃらに駆け出す。しかし位置が遠すぎて間に合わない。
漆黒ローブはユリアを蹴飛ばした。一先ず武器による攻撃でないことを確認した蒼は、安堵の息を漏らしながらもスピードは緩めない。
しかし、ユリアのフードが捲れていることに気がついた。
兵士がそれを見て驚愕しているのがわかる。
「くそ! 俺が呑気に観察なんかしてたから!」
蒼は自分を責めながらも疾走し続け、ようやく城の近くへと来た。
ユリアと漆黒ローブを取り囲んだ兵士達は、一斉に押し寄せて……転んだ。
「…………は?」
意味がわからない現象に蒼は足を止める。
この中の数人が転んだのなら、まだ事故の範囲だと思えるだろう。しかし、漆黒ローブの周囲に集まっていた全員が一斉に転ぶのは普通ではない。つまり、この現象も敵の能力であるということ。
不思議なのが、転んだ後に何故か誰も起き上がらないこと。虫のようにモゾモゾと這いつくばり、声すらも漏らさない。
一体どんな能力なのかわからなかった。
規模は漆黒ローブを中心に周囲三十メートルぐらい。なら、そこに近づけば俺もそうなってしまう可能性が高い。
範囲がそこまでとは限らないから、もしかしたら少し近づいただけで俺もそうなるかもしれない。
最初は一番近いユリアだけがああなっていた。その時、漆黒ローブの周囲三十メートル以内に兵士は普通に入っていた。にも関わらず、ユリアのみが転んだ。
これはどういうことだろうか? 何らかの条件に該当して転ぶのか、漆黒ローブが自由に対象を選べるのか。自由に対象を選べるなら、最初から使わなかった意味がわからないし、ユリアだけを転ばせた意味もわからない。
何らかの条件に該当した者に対して発動の線が濃厚だが、その条件もわからない。兵士は攻撃しようとして転んだ。しかしその前にも普通に攻撃をしていた。
ユリアは何をしようとして転んだのか。あの状況なら逃げる方が一般的だろう。だからユリアは逃げようとして転んだことになるが、もし逃げるのが条件なら兵士には該当しない。
漆黒ローブは危機にすら陥っていないのだから、奥の手を見せる必要も無いだろう。
最早お手上げ状態だ。
漆黒ローブの雰囲気が変化し、ユリアへと向き直る。瞬時にマズイと蒼は判断するが、わざわざ敵の能力がわからないのに飛び込むなんてことをすれば、彼らの二の舞になるだろう。
しかしこのままではユリアは確実に殺されてしまう。
蒼はもう一度己の目的を整理する。目的は友人全員とこの世界から脱出すること。その為にこんな所で死ぬ訳にはいかない。だったら、見捨ててしまうのが一番安全。
この混乱に乗じて、何処かの民家から地図と食料を盗み出し、空を走ってさっさと逃げればいい。わざわざユリウスにしたお願いなど待つ必要も無い。
蒼は一度深呼吸をして、下へと駆け出した。
返したい恩があるのだ。ユリアは些細なことだと思ってるかもしれないけど、俺は何度も助けられた。
いや、それもあるけど、俺が助けたいだけなんだ。メリットやデメリットなんて関係無く、ただ助けたい。
蒼は刀を右手に出現させる。銃なら周りの兵士に当たる可能性があるから使えない。だから、最も使い慣れた武器にした。
死ぬかもしれない恐怖と、それに混じって言いようの無いモノが、体の中から湧き上がってくる。
それに負けないように、いつも通りに振る舞うことにする。
どうか無事に生き残れますようにと、こういう時だけ天に祈ってしまう。その都合良さに自嘲した。
「とりま颯爽闖入‼︎」
斧を振り上げる漆黒ローブに、蒼は刀を振り下ろす。
目的はユリアに攻撃させないことだから、あえて声を出して注意を向ける。
チッ、と漆黒ローブは舌打ちをして後ろへと下がった。
蒼はユリアを庇うように着地し、敵に刀を向ける。
今の所、体に異常は見られない。取り敢えず蒼はホッとして胸をなでおろすが、表には出さない。
周りの目があるから、空間を操るという能力を見せる訳にはいかない。故に、能力がバレてしまうようなものは使えない為、刀でどうにかするしかない。
「誰だてめぇは⁉︎」
苛立ち混じりの声で漆黒ローブは蒼に凄む。
「ん? 颯爽と闖入しては可愛い女性だけを守る正義のヒーローだけど? っつーか、てめえが誰だよ? フードなんかで顔を隠しやがって!」
「そりゃあてめぇも同じだろぉが‼︎ 正義のヒーローだかなんだか知らねぇけど、ごっこ遊びなら一人でやりやがれ‼︎」
「悪役がいなけりゃあ自分のヒーロー姿に酔えねーだろーが! っつー訳で、悪役として華々しく散れ!」
蒼は[火魔法]を放つ。
正確には、ゾドルの行使した魔法を空間に入れておき、それを蒼が発動したかのように偽っただけである。魔法が行使できない蒼には、こういう形でしか魔法を使えない。
わざわざ魔法を使った理由は、一応敵の能力を確かめる為。
漆黒ローブは飛んで来た火の玉を横に躱した。躱された火の玉は、消えることなく飛んでいった。
その様子を見て、蒼は一つの仮説を立てる。魔法の無効化と、意味不明に相手を転ばせる能力を同時に使えないのではないだろうかと。魔法を無効化できるなら、わざわざ避ける必要がないからだ。
勿論相手が欺く為にあえて使ってこない可能性もあるが、ユリアや兵士と戦っている時から能力を使っていたから、今更隠すことはしないだろう。
敵に能力を使わせない為に、常に魔法で攻撃する必要性が出てきた。空間にはある程度の魔法ストックがあるが、膨大とはいえない。
魔法で攻撃しつつ敵を挑発して激昂させ、短期決戦を狙うしかないだろう。
蒼は色々な種類の魔法を敵に放つ。絵の具を空間に塗りつけたかのように、周囲はカラフルに染まる。
蒼が魔法を行使したと思わせる為に、魔法は蒼の周囲の空間からしか出現させていない。
チッ、と漆黒ローブは舌打ちをしてその場に佇む。その直後に蒼が空間から出した魔法が次々と消えていく。漆黒ローブの手前で一つ残らず掻き消される。
「なあ、今なら動けるんじゃないか?」
魔法が消されたことを確認した蒼は、ユリアにそう問いかけた。大衆の面前だから、一応ユリアの名前をぼかして。
「…………」
ユリアは無言で起き上がる。くっ付いていたのが嘘みたいに、今は何の問題も無く体が動くことを確認する。
「……何でアオがここに?」
俯いたままのユリアは、呟くように訊いた。
蒼はいつもとユリアの様子が異なることに気づき、魔法を放ちながらも相手を警戒し、首を回して後ろを向く。
「助けたいからだよ」
「……誰を?」
ユリアは微動だにせず、顔だけを上に向けて蒼を見る。
ユリアの顔は青白く、長い睫毛には水玉が乗っている。それがまばたきによって、はらりと雫のように落下した。
蒼は体ごとユリアに向き直る。そして、真っ直ぐにユリアの瞳を見つめた。
「君を」
「…………」
ユリアは何も言わずに俯いた。
「あいつは俺が倒すから、安全なとこに逃げろよ」
蒼はそう言いながら、ユリアにフードを被せる。
俺がこんなことを言ったって、ユリアが喜ぶ訳じゃないだろう。むしろ、気持ち悪いとか思われてるかもしれない。
けど、どうしても表明しておきたかった。
蒼は漆黒ローブに向き直る。斧を担いだまま、じっと蒼の方を見て佇んでいた。
蒼は周りの空間を把握しており、敵が何処にいて何をしているのかなど、手に取るようにわかる。だから、敵に背を向けていても平気だった。
「ご丁寧に待っていてくれるとは、随分と悪役が板についてるのな。何? 散り際には爆発もしてくれるサービス付き?」
蒼は刀を肩で担いで挑発をする。
「うるせぇよ‼︎ 別れの時間くらいはやろぉと思ったが、いらなかったみてぇだな‼︎」
「悪役が配慮する心を持ってんなら、最初から攻めてくんじゃねーよ!」
そう口走った蒼は、漆黒ローブに向けて疾走し、右手の刀で上から斬りつける。
「ッ⁉︎」
一瞬驚いた漆黒ローブだが、斧の柄で刀を防いだ。
蒼は常に魔法を放ち続ける。
前述したように、相手のことを転ばせる能力を、漆黒ローブに使わせないようにする為である。
「なるほどなぁ、てめぇの能力は身体強化に類似するものか‼︎」
互いに競り合ったまま、漆黒ローブは言い放つ。
何故そう思ったのかわからないが、勘違いをしてくれるのは好都合だった。
「悪役の分際でよく分かったな」
「能力を自ら肯定するとは、随分と間抜けだなぁ‼︎」
「そのぐらいのハンデがなきゃ、弱い者イジメと変わんねーだろ?」
「うるせぇ‼︎」
互いに言い合いながら武器をぶつけ合う。蒼が攻め、漆黒ローブはガードに専念している。
漆黒ローブは、蒼が自ら能力を肯定したことを信じていない。当然他に何かあるのだろうと警戒している。
蒼も突然転ばせる能力を警戒している。とはいえ、発動条件がわからないから、殆ど警戒しても意味を成さない。
だから、魔法を敵に無効化してもらっている間に決着をつけるしかない。
最も、漆黒ローブが魔法の無効化と、転ばせる能力を、同時に使用できないという前提が本当に正しいとするなら、の話だ。
漆黒ローブは[風魔法]を行使した。暴風のような風が襲い、風圧によって蒼は吹き飛ばされるが、なんとか体勢を立て直して着地する。
「今度はこっちからいくぜぇ‼︎」
漆黒ローブは蒼に追撃をかける為に走り出しながら斧を振り上げた。
「男に迫られる趣味はねーっつの!」
刀で斧を正面から防げば、刀は折れてしまうことだろう。新たな武器を出現させるという選択肢は無いから、斧を躱すほかない。
蒼は振り下ろされた斧を、体を横にズラして避ける。それから、攻撃後である漆黒ローブの隙をつく為に体重移動をして、
「甘ぇんだよ‼︎」
漆黒ローブは蒼に向けて火球を数発放つ。
「砂糖でも食ったのか?」
蒼は茶化しながら、同じ数だけの水球を火球にぶつける。
「んな訳ねぇだろ‼︎」
漆黒ローブの声が響いたと同時に、火と衝突した水が水蒸気となり、辺りが白煙に呑まれる。
視界が煙に覆われた隙に、蒼は漆黒ローブへと接近する。
「そこかぁ‼︎」
接近してくるのを足音で感知した漆黒ローブは、その方向へと[風魔法]を行使する。
[風魔法]は速度が速く、大気だから目に映ることが無い。それ故に信頼性の高い魔法という認識がある。だから、漆黒ローブもこの魔法が蒼にヒットすると思っていた。
空間を把握できる蒼は、敵の位置を正確に捕捉していた。あえて足音を出して、相手に[風魔法]を行使させるつもりである。
来る‼︎ と感じた瞬間に、風の刃が飛んできた。この辺の感覚はメアに養われたものである。メアはピンチに陥ると、大体の確率で[風魔法]を行使する。何度も魔法を受けた感覚が役に立ったのは幸運だ。
空間を把握できるということは、空間に存在するものを把握しているのだ。たとえ目に映らないものだとしても、蒼には見えているのと同義だ。
[風魔法]の軌道が蒼にはわかる。だから、タイミングさえ合えば避けることも可能。
蒼は風の刃の軌道からズレて、刀をしっかりと握る。
「なにぃ⁉︎⁉︎」
漆黒ローブは目に見える程の動揺を漏らす。至近距離での[風魔法]が避けられるとは考えもしておらず、致命的な隙を晒してしまう。
この隙を突くことが蒼の狙いであり、後は戦闘不能にすれば勝利だ。
すり抜けざまに、最も当て易い胴体を斬りつけた。手応えはあったが、傷は浅いものだと理解して敵から離れる。実戦での対人戦だからか、いつも以上に力んでしまった。
あえて足音を出したことも傷が浅くなった要因であり、漆黒ローブは動揺しながらも来る方向はわかっていたから、それと逆の方向に避けた。
その結果、蒼は漆黒ローブの脇腹を浅く斬ったにすぎなかった。
これはヤバイ……魔法のストックがもうそろそろ切れちまう。そうなったら、こっちの敗北が濃厚になってくる。
しかし、焦って攻めたとしても、その焦りを敵に見抜かれてしまうだろう。こっちが焦っているとバレれば、敵に余裕を持たせてしまう。
蒼は軽く唇を噛み、敵の方向に体を向ける。
今まで通りに挑発を繰り返して敵を激昂させるか、焦りがバレるのを承知で攻めにいくか。……くそ! どうするべきだ……。
「てめぇ、思った以上にやるじゃねぇか‼︎」
煙が風に流され、周囲が見渡せるようになった時、漆黒ローブが蒼に向かって声を張り上げた。二人は数メートルの距離を置いて向き合っている。
敵に弱みを見せれば、その分不利になると考えた蒼は、今まで通りに挑発をすることにした。
あくまでも、俺は余裕でお前の相手をしているぞ、と思わせるように。
しかし、心の中で焦りは加速していく一方だ。
「そいつはどうも。まあ、野郎に褒められても萎えるだけなんだが……はッ⁉︎ それがてめえの狙いか⁉︎ 心理攻撃を仕掛けてくるとは流石は悪役様だな!」
「はッ‼︎ ヒーローはわざわざ悪役にまで様をつけるのか⁉︎」
「悪役が存在するからこそヒーローになれるからな。最も、そんなものに興味はねーけど」
「ならヒーローを名乗んじゃねぇよ‼︎ せめて、大切なヒトだけのヒーローでありたいとか言えねぇのかてめぇは⁉︎」
「……言ってて恥ずかしくないのか?」
「う、うるせぇ‼︎」
漆黒ローブは怒鳴りながら蒼へ接近し、斧を何度も振り回す。
まさかあんなことを真顔(?)で言うとか思いもしなかったわ。まあ、そんなことはどうでもいいけど。
「ブンブン五月蝿いなあ、ハエじゃあるまいし。……ああ、知能はハエ並みだったな」
蒼は攻撃を躱しながら挑発を繰り返す。実際に斧の風切り音は煩わしかった。
漆黒ローブは手を止めて、蒼から遠ざかる。そして、いきなり深呼吸を始めた。
ポカンとした表情で蒼はそれを見ていた。戦闘中に堂々と深呼吸をしだしたから、何らかの罠かもしれないという疑惑。それと戦闘中に何をしているんだという呆れ。
それらが合わさり、結局攻撃のチャンスを逃してしまった。
魔法は出現させていたが、当然無効化されて、それを攻撃と呼ぶにはあまりにもお粗末だった。
「もうてめぇの挑発には乗らねぇぞ‼︎」
見下すような言い方で、漆黒ローブは啖呵をきる。
「じゃあ今までは乗ってたんだな? ハエ取りのようにホイホイとかかって、スッキリしてたんだけどなぁ」
「口の減らねぇ奴だな‼︎」
漆黒ローブは[火魔法]を行使する。具現化した火の玉は蒼の足元へ向かって飛ぶ。
それが意味することを理解した蒼は、咄嗟に左へと飛び退く。
地面に衝突した火の玉は爆発し、周囲に熱と風を撒き散らす。
思った以上に戦闘が長引き、蒼が空間に入れておいた魔法のストックは空になってしまった。
「くそ‼︎」
先程の攻撃で勝負を決められなかったこと、隙だらけのうちに攻撃しなかったことが悔やまれる。
多少はバレてしまっても、力を使うべきだった。
こっちはもう魔法を出せないから、もし敵が転ばせる能力を使ってきたら終わりだ。
決して敵を侮っていた訳じゃない。ただ、戦闘の経験が足りずに、判断を誤ってしまっただけだ。しかし、その差が明確な形となって現れた。
「オラオラオラァ‼︎」
漆黒ローブは何度も同じ魔法を蒼の周囲の地面にぶつける。
蒼は取り敢えず避けることだけに集中する。放たれた魔法の射線を予測し、着弾点から遠くなる位置に動き続ける。
爆熱と爆風だけでも脅威だが、爆発によって地面の欠片も吹き飛ぶ。それら全てを避けることは不可能だ。
やばいな、と蒼は思いながら、閉じている瞳を漆黒ローブの方向へ向ける。体勢はできる限り低くして。
目を閉じたのは、敵の能力にかかった訳ではなく、砂が目に入らない為の措置だ。目を閉じていても、敵の居場所はわかるから、それ程問題ではない。
魔法による爆発の所為で、再び煙が辺りを覆い隠す。互いに目視で確認することは不可能だ。
漆黒ローブが転ばせる能力を使う前に勝負を決めるしかない。
そう考えた蒼は、この煙を利用して敵に近づくことにした。左手で小石を拾い、空間を固定した足場に乗り、空中に移動する。
空間把握で漆黒ローブの現在位置はわかるから、その背後に小石を投げて注意を逸らし、空中から不意に斬りつける予定だった。
「おらよッ‼︎」
漆黒ローブは[風魔法]で辺りに蔓延していた煙を吹き飛ばした。周囲を風が駆け、その後を追うように煙も流れゆく。
注意を逸らすことができなくなった蒼は小石を適当に投げ捨てて、すぐさま漆黒ローブへ落下しながら刀を振り下ろす。
「だから甘ぇんだよ‼︎」
空中で身動きが取れない蒼に向けて、漆黒ローブは斧を思い切り振り上げる。リーチは斧の方が長く、刀が届くこと無く斧は蒼に当たる。
(奴が魔法を使ってきても、俺は無効化できる。刀も当たらない。空中で身動きが取れねぇ奴は、斧をくらうしかねぇ‼︎)
自らの攻撃が当たることを確信しながら漆黒ローブは斧を振った。
「なら、わさびでもぶち込んでやろーか?」
「なにッ⁉︎」
振り上げられた斧を、蒼は固定した空間を蹴って、横に移動して回避した。
空中で身動きが取れないと高を括ってていた漆黒ローブは、驚きの声を発する。
蒼は大振りで硬直している漆黒ローブに詰め寄る。今度こそ決着をつける為に。
「クソがッ‼︎」
漆黒ローブは叫びながら、硬直の隙を突かれない為に[風魔法]を行使する。
漆黒ローブを中心に、激しい風が中心から周囲へと拡散するように吹きすさぶ。攻撃というよりも、周囲に存在する物を吹き飛ばすような魔法だ。
この魔法を近距離で行使されたら、避けることはまず不可能に近い。球状の風が広がりながら接近してくるから、上下左右には逃げ場が無く、後ろへ下がったとしても風に追いつかれてしまうだろう。地面に潜れるなら話は別だが。
避けられないことを理解した蒼は、その行使された魔法を『空間にしまった』。
「んなッ⁉︎⁉︎」
漆黒ローブは本日一番の驚きを露わにする。回避されないように全方位範囲の[風魔法]を行使したまではいいが、その魔法自体を消されるとは思わなかったのだろう。
他人の魔法を消してきた漆黒ローブは、自らの魔法が消される経験は初めてだった。
風は目に見えないから、周りの人から見れば漆黒ローブが何故かいきなり驚いたという光景にしか見えないだろう。
先程と同じように、[風魔法]を破った蒼はスピードを緩めずに斬りつける。
それを漆黒ローブは横に移動してギリギリ躱した。
走った影響で慣性が前に向いている蒼は、横に避けた漆黒ローブを追撃できない。
普通ならそうなる筈だが、そうならない為に蒼は『空間転移』を使った。
空間を操れると知った蒼が始めに考えたことは空間転移だった。テレポートのように移動できれば強いと考えたからだ。
最悪体がバラバラになったりだとか、空間に閉じ込められるなどといったリスクを考えはしたが、結局実験に踏み切った。
物を空間にしまうことは可能だが、生物は無理だった。生物は無理そうだなぁ〜、と蒼は思いながらも虫を空間にしまおうとしたが、案の定無理だった。
しかし、空間転移なら大丈夫かもしれないと、一応虫などで試していたが全くできず、ついには自分の体で試した。上手くいく保証は無かったが、なんとなく大丈夫だという感じがしていた。
何度か試している内に成功した。最も、数センチメートル程度の転移だったから、あまり実感は沸かなかったが。
ずっと隠れて実験していて、わかったことが二つあった。
一つ目は、自分から直径三十センチメートルの範囲までしか転移できないこと。言い方を変えると、数センチから三十センチまで転移距離を伸ばせたと言うことであり、これからも伸びる余地は十分にある。
二つ目は、転移前にかかっていた力が、転移後にはリセットされていると言うこと。
漆黒ローブに刀を躱された蒼は空間転移を使った。とは言っても、移動した距離は数ミリメートルという微かな距離だけだ。
この程度の距離なら、誰にも空間を転移したなんてわからないだろう。
空間転移をした蒼は、漆黒ローブへと追撃をかける。
転移前にかかっていた蒼の慣性は、空間転移によってリセットされた。
何の力もかかっていない蒼と、横に避けた慣性が未だかかっていて体勢を整えられない漆黒ローブ。この状況でどちらが有利かは言うまでもない。
魔法を行使させる間を与えずに蒼は刀を振り抜いた。肉を斬った言い様のない感触が掌を伝う。
その瞬間に一瞬だけ、体中の血が沸騰したみたいに熱くなり、心臓も大きく鼓動した。
しかし、自分に起きた変化はそれだけで、傷つけたことに対して感情の変化は殆ど無かった。
思っていたよりも冷静だった自分に驚いた。
「ぐあッ! ……ッ……」
胴体を斬られた漆黒ローブは、地面に膝をついて蹲る。武器でガードする間も、魔法を行使する間もなく蒼に斬られた。
「やる……じゃねぇか……。てめぇは……何者だ?」
息も絶え絶えといった様子の漆黒ローブが、蒼を見上げながら訊く。
「俺の名前は……道化ピエロ。しがないピエロさ」
「んな……名前な訳……ねぇだろ!」
「本当の名前は暁黄昏だ」
「……タソガレ・アカツキ……か。覚えておくぜ……」
いや、んな名前な訳ねぇだろ! 覚えなくていいっつの! っつーか、こっからどうすりゃあいいワケ? 流石に殺すのは忍びないし、兵士は遠巻きに見てるだけだし。今転ばされたらヤバいんだけど……。
「……俺は答えたんだ。お前の能力は一体何だ?」
取り敢えず、ずっと気になっていたことを蒼は漆黒ローブに訊く。正直に話してくれるとは思っていないが、何かヒントが見えるかもしれないという興味本位で。
「……あれは……俺のスキルである……〈ファスナー〉だ」
「ファスナー?」
ファスナーと聞いた蒼は、ズボンに付いているようなチャックを想像する。
〈スキル〉とは、基本的にヒトが持つことのできる特殊能力だ。
スキルが使えるようになることを発源といい、一人につき一回しか発源しない。本人ですら発源するまでどんな能力になるのかわからず、そもそも生涯で発源するかどうかもわからない。発源条件も不明である。
「……〈ファスナー〉は……強制的に……魔法として具現化した魔力に……干渉できんだよ……」
「……つまり?」
「……〈ファスナー〉で魔力同士を引き離したり……魔力同士をくっつけられる」
なるほど。魔法を無効化してた訳じゃなく、ファスナーを開けるように、魔力と魔力の結合を開けることができるということか。魔法を構成する魔力が拡散することで、魔法を維持できなくなり、魔法が空気中に溶けるように消えていた。
そして、反対に魔力と魔力をくっつけることもできる……それがみんな急に転んだ理由なのか?
魔力同士をくっつけること。それが転んだ理由だとしたら…………ああ、身体強化の魔法か! 身体強化を行使したら、体の周りに魔力の膜ができるらしい。その膜を構成している魔力と魔力がくっついていたのだ。
走り出せば、足を前後に動かす際に少なからず足と足が近づき、両足の内側がくっついたから転んでいたのか。だから、魔法が使えない俺は影響が無かった。
〈ファスナー〉は魔力を『開ける』または『閉める』のどちらか一方で干渉できるのだろう。『開ける』にしたら周囲の魔力を拡散させ、『閉める』にしたら周囲の魔力を結合させる。だから同時に能力を使えなかったのだ。……仮にこの話が本当だったらだが。
「……どうせその話は嘘なんだろ?」
蒼は漆黒ローブに問いただす。
しかし、その話はあまりにも能力と合致している。今の話は全ての辻褄が合っており、到底嘘だとは思えなかった。
「いや、本当の話だぜ‼︎」
「……わざわざ真実を話す訳ないだろ?」
「俺のスキルを知った所で、どうせ魔法は通じねぇよ‼︎ それに真実を話せば、てめぇは必ず食い付くだろ?」
そこでようやく蒼は気がついた。息も絶え絶えだった漆黒ローブが、今では饒舌だということに。そして、自分の好奇心の所為で漆黒ローブの話に没頭していたことに。
「時間稼ぎか!」
「俺はまだ死ぬ訳にはいかねぇんだよ‼︎」
蒼はハッと気づいて口に出す。漆黒ローブはそれに答えるように叫び返して、懐から丸い物を取り出し、投げつけた。
それが手榴弾だと判断した蒼は全力で後ろに下がり、地面に伏せる。
プシュー、という音と共に丸い物から煙だけが周囲へ舞い踊る。城の前庭を悠々と煙が覆い尽くした。
ただの煙幕か、それとも有害な薬品が含んであるのか判断がつかない蒼は、口を塞ぎつつ取り敢えず煙の範囲からの脱出を優先する。
最悪の場合、漆黒ローブが自殺目的で毒を撒き散らして敵も巻き添えにする算段かもしれない。そう考えて、空間から取り出したタオルで顔を覆う。
漆黒ローブが自殺目的なら、自らの傷を回復させる必要は無く、負けた瞬間にこの煙を出していただろう。つまり、漆黒ローブが死にたくないから、ただの煙幕を使ったと考えられる。
漆黒ローブも煙を吸う可能性があるから、恐らく有害な薬品の類いは入っていないだろう。
そうなのだが、もしもということも考え、一応蒼はタオルで顔を覆った。逃亡しようとする敵を追う必要性も、蒼には無かった。
煙が晴れた時、漆黒ローブは何処にもいなかった。おそらく、スキルの話で時間を稼いでいる間に[治癒魔法]で傷を癒し、逃走の計画を立てていたのだろう。
幸いだったのが、煙はただの煙幕だということだ。
「そこのお前! 武装を解除して我々に従え!」
隊長格の兵士が蒼に言い放つ。こんな時だけ出しゃばるのかよ、と蒼は心の中で愚痴を言ってそっちを向く。
この場に残ったものは、戦いの傷痕と兵士の敵意だけだ。
漆黒ローブがいなくなった今、兵士達の敵意は別のモノに注がれている。
蒼と…………。
「さて、どうすっかな……」
この現状を認識して、蒼は誰にも聞こえない程の声で呟いた。




