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異世界召喚のれいてぃあ!  作者:
第1章 新たなる世界で
11/13

第10話 突然の初陣

 「ヒダカ様。こちらをどうぞ」


 日高蒼(ひだかあお)が使用している客間にて、椅子に座る(あお)の前のテーブルにメアが紅茶の入ったティーカップを置く。


 (あお)は開いた右の掌に、読みかけだった本を途中のページの見開きのまま『空間』から出現させた。右手で本を読み、左手でティーカップを唇に当てる。


 (あお)の朝のひと時は、こうしてまったりと過ごしている。


 大抵は読書を行っていることが多い。というか、用がない時の暇潰しは読書ぐらいしかない。


 元々、(あお)は割と読書をする方だから楽しく本を読んでいる。


 この世界の文字は日本語だった。多分召喚の影響で日本語に見えているだけだと思うが、その方がありがたい。


 部屋には紙が捲れた時に生じる音と、カップをソーサーに戻した時に生じる音のみが木霊する。


 歴史や哲学書といった本はあるが、娯楽ものの本は全くない。


 日光に当たりながら紙を捲り紅茶を飲む。


 ちょっと上流階級っぽいかもしれない。


 「ヒダカ様。もうそろそろ朝食の頃合いになります」


 (あお)の後ろに立つメアが、ティーカップの中身が無くなったタイミングで声をかけた。


 「わかりました。では食堂に向かいましょう」


 本を『空間』にしまった(あお)は、立ち上がって歩き出す。




★★★★★★★★★★★★




 「やあ、ピエロ君は遅い登場だったね」


 先に食堂で食事をしていたユリアの兄であるユリウスが(あお)の方を向く。その顔には、これから悪戯でも仕掛けようとする子供じみた笑顔が浮かんでいる。


 ユリアは、はぐはぐと一生懸命食べている。そこには小動物じみた可愛さがあり、ついつい庇護欲がそそられる。


 「ピエロにもネタを仕込む時間が必要なんですよ」


 「なら、ピエロ君のネタに期待するとしよう」


 (あお)の渾身の返しをユリウスは軽く受け流し、前を向いて食事を再開する。


 ッべー! ガチヤッベー! ネタなんてないネタ! ……今の意味わかんねぇよ。


 自分で変なことを言って悲しくなった(あお)は、いつもの定位置に座ってユリアとユリウスに視線を向けた。


 ユリアの服装は淡いピンクのワンピースを着用しており、長い金色の髪と相俟って可憐な花という印象を受ける。ユリウスは純白の法衣のような物に包まれ、荘厳な雰囲気を漂わせる。

 因みに(あお)は元の世界の学校で指定されているブレザーを着ている。理由は、この服が最も安心できるからだ。


 テーブルについているのは、(あお)とユリアとユリウスの三人だ。ユリアとユリウスは隣同士で座っている。ユリアは人参を、ユリウスはパンをそれぞれ口に運ぶ。


 いいなぁ〜、俺も隣人と人参になりたいわ!


 ユリアとユリウスを眺めながら、またもや不毛なことを(あお)は思う。



 (あお)がユリウスと話し合いをしてから数日が経過した。その日から、ユリウスは積極的に離宮へと足を運ぶようになる。

 そのお陰でユリアはここ最近上機嫌で、鼻歌を歌ったりしている。


 ユリウスにしたお願いはまだ難しいらしい。政治的な要因も絡んでいるらしく、暫くは先になるとのことだ。


 (あお)とユリウスの仲も深まり、今では冗談を言えるようにもなっている。ユリウスの場合は元からだが。


 「兄さん、今日はいつまでいれるの?」


 「今日は朝食を食べたらすぐに行かなくちゃいけないんだ」


 ユリウスはそっとユリアの頭を撫でる。少しでもユリアの寂しさを緩和させたくて、ユリウスは何度も撫でる。


 「そっか、仕事なら仕方ないよ」


 ユリアは力なさそうに笑う。その姿を見たユリウスは、申し訳なさそうな表情を浮かべた後に再びユリアの頭を撫でた。


 ユリアは気持ち良さそうに目を閉じる。


 「…………」


 朝からこのイチャイチャモードで、(あお)は物凄く気まずい思いをしていた。


 この食堂でメシ食う時って、必ずと言っていい程気まずいんだよなぁ。初日から気まずかったし、むしろ気まずくない日がなかったわ。そして、何故に俺にはご飯がないのか? 気まずくなる、ご飯がない、どゆこと?


 (あお)は一人で首をかしげる。



 「それじゃあ、私はもう行くから。ピエロ君のネタも明日に持ち越しだね」


 食べ終わったユリウスは席を立って、(あお)に何かを企むような笑顔を見せる。


 「…………ええ。明日は笑いの渦ですから、筋肉痛を治す薬とか用意しといた方がいいですよ」


 負け惜しみっぽく(あお)はユリウスに言い放つ。


 「つまり、腹筋崩壊する程面白いのかな? なら楽しみにしてるよ。それじゃあ、ユリア、また明日」


 ユリウスは(あお)に見せた笑顔から一転して、妹を心から大事にしているような、兄としての表情で今日の別れを告げる。


 「うん。兄さんも頑張ってね」


 ユリアとユリウスは互いに手を振り合う。そして、最後に笑顔を浮かべてユリウスは食堂から出て行った。


 兄弟がいない(あお)にとって、ユリアとユリウスは羨ましかった。不謹慎かもしれないけど、自分にも兄妹という関係の人が欲しいと思っていた。



 「ヒダカ様。ようやくお食事が完成致しましたので、お持ちしました」


 メアが(あお)の前のテーブルに朝食を置く。内容はパンとサラダとスープだ。(あお)にとっての朝食はこれぐらいが丁度いい。


 ってか、ご飯が遅れた理由って食堂に着いてからメアさんが用意したからかよ!


 「ご飯が遅れた理由が食堂に来てからの準備だったとか大爆笑」


 「ヒダカ様、何かおっしゃいましたか?」


 「ははは。朝食が楽しみだなーって言いましたよ僕」


 「そうですか。私の手料理で僭越ですが、召し上がり下さい」


 「メアさんの手料理とか予想の斜め上過ぎ」


 「……何か?」


 「ははは。超絶美味しいって言いましたよ僕」


 いつもより鋭いメアの睥睨に、(あお)は及び腰で弁解する。そして、スプーンで掬ったスープを口に運ぶ。


 いつも通りの美味しさに満足した(あお)は、サラダにも手を伸ばした。


 「ヒダカ様のお食事は、毎日私が用意しているのですが……」


 あの毒舌からこんなに美味しい物が生まれるとは……。

 初めて知った事実に(あお)は愕然とする。


 「……メアさんはいいお嫁さんになれますね」


 「セクハラで訴えてもよろしいのですが」


 「い、嫌だなぁ〜。俺がメアさんにセクシャルなハラスメントなんてする訳ないじゃないですかー」


 「…………早く召し上がって下さいね」


 メアは怒気を孕ませた声で(あお)を威圧する。


 「アオ、メアさんをあまりからかったらダメだよ!」


 「把握。申し訳ございませんでしたお嬢様」


 ユリアの注意に、(あお)は軽くおどけてみせる。メアみたくユリアに向かって礼をしてみた。


 「またそうやってからかってぇ……」


 (あお)の言動に、ユリアはうんざりしたように手を額に当てた。


 「っつーか、俺はメアさんのこと褒めたんだけど?」


 「前にも言いましたが、ヒダカ様に褒められた所で不快感しかないので、止めていただきたいのですが……」


 「ちょ⁉︎ 揶揄されてるのは俺だった件」


 「ヒダカ様、揶揄ではなく私の本心です」


 「なるほど、メアさんがツンデレとか俺得すぐる」


 「……思わず手が滑って包丁で刺してしまいそうです」


 「実はヤンデレだったってゆう」


 「…………」


 「…………」


 (あお)が調子に乗っておちょくっていたら、ユリアもメアも沈黙を決め込んだ。二人して(あお)に睨むような冷たい視線を送る。


 「ええっと……沈黙は肯定という意味でしてね……」


 「…………」


 「…………」


 「…………ち、沈黙乙!」


 チッ‼︎ また気まずい雰囲気になっちまったよぅ。


 気まずい雰囲気にした張本人である(あお)は、朝食をかき込む勢いで食べる。



 「はぁ。朝からヒダカ様の戯言に付き合うこちらの身にもなって下さい」


 「……私は結構面白いと思うよ。えっと……ピアロ君!」


 メアは溜息を吐き、ユリアは苦笑しながらのフォローをする。


 うん、フォローしてくれるのは嬉しいんだけどさ、ピアロって何? 絶対ピエロとアオが合体したよな……。



 「……そうだ、これが終わったらユリアの部屋に行っていい?」


 「うん、いいよ」


 (あお)の提案にユリアは朗らかに答えた。


 「くれぐれも変なことはなさいませんよう」


 メアは(あお)に視線を向ける。


 「変なことってなにっ⁉︎」


 ユリアはメアの言葉に素早く反応して聞き返す。


 「そりゃあ、毎晩俺とメアさんがベットの上でしてることだろ」


 実際には何もしてないが、面白そうだったからつい乗ってしまった。


 「ふぁっ⁉︎」


 ユリアは顔を真っ赤に染め、発言元の(あお)と、メアの顔に、何度も視線を往復させる。


 「確かにヒダカ様は毎晩私に罵ってくれと頼まれますので、その意向に従ったまでのこと」


 「うわー……」


 ジト目でユリアは(あお)を見る。


 「落ち着けよマセリア。誰もそんなことはしていないし頼んでない」


 「なっ⁉︎ 私マセてないしぃー」


 「マセてますぅー。顔を真っ赤にして、一体マセリアちゃんは何を考えちゃったのかなぁ〜?」


 ニヤニヤと(あお)は口元に笑みを浮かべる。


 「べ、別に変なことなんて考えてないしぃー」


 再び顔を赤く染めたユリアはそっぽを向く。


 「変なことってなに⁉︎」


 (あお)は先程のユリアの言動を真似した。


 「むぅ〜〜」


 ユリアは唇を尖らせて上目づかい気味に(あお)を睨む。


 「はいはい。不毛な争いはそこまでにしましょう」


 メアは拍手のように両掌を叩き、強引にこの場を終わらせた。




★★★★★★★★★★★★




 現在はユリアの私室に(あお)とユリアはいる。とはいっても、二人して本を読んでいるだけだ。二人は椅子に隣同士で座っている。


 (あお)が読んでいる本は、『古代大戦』という題名のありきたりな本だ。


 大昔の大戦中に突然三人の人物が現れ、終戦へと導く物語。三人の内の一人は白い髪をしており、勇者と呼ばれていた。


 白髪の勇者とか、どっかで聞いたことあるな。っつーか、まんま祐磨(ゆうま)じゃねえか! つまり、召喚の位とは、ここから取ったものなのか?


 げんなりとした表情で、眉を寄せて本の続きを(あお)は読む。


 それから、(あお)チラッと隣のユリアを盗み見る。戦いの物語ということで、(あお)は二週間程前のことを思い出した。





 二週間程前の訓練場での出来事。

 訓練に慣れてきた(あお)は、天狗になってついついユリアに模擬戦を挑んだ。


 「ええ〜、私はそんなことしたくないよぉ」


 「頼むよ、一回だけでいいんだ。先っちょだけでいいんだ」


 「先っちょ? よくわからないけど、一回だけだからね」


 そう言ったユリアは、訓練場の中心に立って戦闘できるように構える。


 「ちゃんと本気を出してくれよ?」


 「は〜い」


 「どうせですから、勝った方は負けた方に何でも一つだけ命令できる、という賭けをしましょう」


 審判役を務めるメアは二人にそう提案した。


 その提案を聞いた(あお)は、ついユリアを見る。女性相手にそんな賭けをしたら、ついついそういう想像をしてしまうのはしょうがない。


 ただ、幼女相手に何をしろというのか。ユリアは当然その対象にはならない。特に命令することもないし、施星の国(ステルラ)に連れて行けとユリアに命令しても無意味だ。つまり、(あお)にはメリットがない。


 「私は別にいいけど……」


 「俺はあんまりよくないんですけど……」


 「わかりました。では始めましょう」


 「フツーにスルーされてワロタ」


 「では、スタート」


 メアは右手を振り下ろす。


 (あお)が右手に刀を出現させたと同時に、(あお)の周りに複数の火球、水球、土塊が全方位を囲むように具現化した。


 「は? 何コレ?」


 (あお)は想像を超えた現象に呆然とするしかなかった。


 ユリアが具現化した魔法は、(あお)の手前数十センチの所にあり、あらゆる角度から囲まれている(あお)に逃げ場はない。


 魔法は行使者の周囲にしか具現化できない。(あお)とユリアの距離は十メートル以上離れており、本来なら(あお)の周囲に魔法を具現化させることは不可能だ。


 (あお)はそのことを知っていたから、今の状況に困惑している。


 「あはは。実はこれが私の〈スキル〉で……ごめんね」


 苦笑しながらユリアは具現化した魔法を動かす。


 「い、痛くしないでね?」


 最後まで言い切った(あお)は、意識がそこで途切れた。





 二週間程前のことを思い返した(あお)は、気になったことをユリアに質問する。


 「もしかして、ユリアってこの世界で一番強いんじゃないか?」


 「え⁉︎ いや、そんなことないよ。私より強いヒトもいるし」


 本から顔を上げたユリアは、顎に人差し指を当ててを斜め上を見ながら答える。


 「そんな人がいんのか。例えば?」


 「まあ、私は戦ったことないから、今から言うことは一般論ね」


 「了解」


 「取り敢えず、『アブソリュート』だね」


 「アブソリュートって、また安直な……。それは通り名的な?」


 「本名はわからないけど、取り敢えずアブソリュートって呼ばれているの」


 アブソリュート……ユリアが気にかける程の強さを持つ人物か。ユリアはよく知らないんだろうけど。


 「どんな奴なんだ?」


 「姿形は不明、能力も不明。ただ、ヒトの中で……いや、生物の中で……もしかしたら、この世界で最も強いとすら言われているんだって」


 「そりゃあまた、随分と……。他には?」


 「私が知っているヒトはそのぐらいだね。……後は、ヒトじゃないけど『ドラゴン』とかも強いらしいね」


 ドラゴンか。やはりいるらしい。


 「因みにどのくらい強い?」


 「昔ドラゴン討伐の為に軍を派遣したらしいんだけど、数千はいた軍はほぼ壊滅。致命傷すらも与えられなかったんだって。それ程までに圧倒的な攻撃力と、鉄壁の防御を誇る。もし遭遇したら、逃げないとダメだよ?」


 軍を壊滅させたドラゴン。あまりの規模に、(あお)は開いた口が塞がらない。


 「…………それ、ガチ?」


 「うん、昔兄さんが言ってたから。成長したドラゴンは、[竜魔法]というドラゴン専用の魔法を使うって。それがあまりにも凶悪だって」


 それ、絶対に戦いたくねーな。


 「……他には?」


 「ごめん。私はこのぐらいしか知らなくて……」


 「そうか、なら仕方ない」


 (あお)は笑顔を見せる。その時、視界にユリアが読んでいた本が入った。


 「ユリアは何の本を読んでんの?」


 「う〜ん、神様のお話かな」


 「神様?」


 「そう、神様。この世界を作っただとか、ヒトを導いただとか、世界を裏切っただとか、王に仇なしただとか、女好きだとか、ロリコンだとか、色々な諸説が詰まっているの」


 最後のは酷過ぎだろ、それ絶対ダウト!


 「……そ、そうか。わかったよ」


 (あお)は今まで見ていた本に視線を移す。

 アブソリュートにドラゴン。強そうなのがいて、不謹慎だけど戦ってみたいと思った。この力を全力で振るってみたいと思った。そう考えると、文字がまったく頭に入ってこない。


 こんなことを考える自分は、明らかに訝しい。



 「……ねえ、アオ……」


 不意に、ユリアが(あお)に声をかけた。考えに没頭していた(あお)は、驚きに体を震わせてユリアの方を向く。


 「ん? どうした?」


 ユリアが俯いているから、(あお)からはその顔を伺うことはできない。しかし、ユリアの雰囲気からして、重要な話だということを(あお)は理解する。


 「……アオは、その……」


 ユリアは戸惑いながらも唇を震わせている時だった。



 ドガンッ‼︎‼︎‼︎ という凄まじい轟音が響き渡り、強い振動が離宮を襲った。


 (あお)とユリアは只事でないことを感じ取って立ち上がる。


 「お嬢様⁉︎ ここにいらっしゃいますか?」


 メアが慌ててユリアの部屋へと入ってきた。メアの慌てた姿を(あお)は初めて見る。それ程までに深刻な事態ということだ。


 「メアさん⁉︎ 一体何があったの?」


 ユリアは掴みかかる勢いでメアに問いかけた。ユリアの顔には、激しい焦燥が浮かんでいる。


 「おそらく敵襲です。お城の一部が破壊されていましたから」


 「なっ⁉︎ 兄さん⁉︎」


 ユリウスのことが心配になったユリアは駆け出す。そのまま城へと向かうつもりだ。


 「待てよ‼︎」


 (あお)はユリアの手首を掴んで引き止める。


 「放して‼︎ 兄さんの所に行かないと‼︎」


 「だったら一旦落ち着こう。その格好のまま行ったらまずいだろ」


 ユリアは己の出で立ちを確認して、自分がどんな服装をしているのかに気がついた。


 「……そうだね」


 消え入りそうな程の小声で呟いたユリアは、白いローブを羽織ってフードを被る。そして、全速力で城へと向かった。



 ……俺は何の権利があってユリアを引き止めたのだろうか。今の場では正しい選択だと思った。あのまま城へと行ったら、ユリアの容姿が周りの魔人(メイリア)にバレてしまった筈だから。けど、それは第三者の勝手な意見でしかないのだ。そう思うと、罪悪感が湧いてくる。



 「……メアさん。ユリアが顔を隠すのは、あのフードしかないんですか?」


 「はい。離宮の中では顔を隠す必要がありませんでしたので……」


 メアはユリアの部屋から廊下に出て、城がある方向の窓から外を見る。(あお)もメアの隣に並び、城を目視で探す。


 かなりの大きさのある西洋のような城。白亜の城は圧倒的で神々しい印象を醸し出す。しかしその一部が崩れ、黒煙を上げていた。


 そして、城の周りを飛んでいる一匹の生物がいる。全長が七メートル程あり、皮膚は赤い鱗に覆われて、巨大な口から火を吹いている。

 全身を形容するなら蜥蜴に酷似しており、それは壁のような翼をはためかせ、まるで天空の要塞のように上空に君臨する生物。まさしくドラゴンだった。


 「あれは……ドラゴン?……」


 (あお)は呆然と呟く。ユリアの話を聞いた直後だからか、嫌な予感が胸を過る。


 「その通りです。私はお嬢様を追います」


 メアが足に力を入れた時、(あお)はメアの肩を掴む。


 「俺も行きます」




★★★★★★★★★★★★




 たった一人の家族を失いたくないから。これ以上周りから離れてほしくないから。


 (お願い! 間に合って!)


 その一心でユリアは城に向かって地面を駆ける。離宮が建っている場所は城の近くの高台だ。今ユリアが走っている所からも街を眺めることができる。


 多数の魔物が街に侵入していた。衛兵が対処に当たっているが、手の届かない所もある。


 住民の子供が、今まさに魔物に襲われそうになっていた。蹲って震える少年の元に狼の魔物が近づく。


 やはり誰かが襲われているのを黙認できる筈もなかった。


 ユリアは[氷魔法]を行使し、魔物の頭上に具現化させた氷の棘を射出した。

 魔物は頭を貫かれてその場に崩れ落ちる。


 魔物の死亡と少年の安全を確認したユリアは、顔を前方へと向ける。


 城の周囲をドラゴンは旋回し、城の兵士は次々と上空へ魔法を撃ち込む。しかし動き回っているドラゴンには中々当たらず、当たったとしても硬い鱗にすべて弾かれてかすり傷程度しか与えられていなかった。


 「くっ⁉︎ 何としても奴を倒せ‼︎」


 隊長格の一人が声を張り上げたことで、ドラゴンに対する攻撃が一層激しくなるが、特に効果は見られない。


 ドラゴンはそんな攻撃を鬱陶しく思ったのか、空中の一点に留まり口に魔力を溜める。


 (今なら‼︎)


 城に近づきつつあるユリアはドラゴンの挙動をチャンスと捉え、土と氷の上級魔法を発動する。


 ドラゴンの上には巨大な氷の棘を複数具現化させる。長さは三〜四メートル程で、棘の下方に位置するドラゴンに、鋭く尖った先端を向けている。


 ドラゴンの下にも巨大な土でできた棘を複数具現化させた。長さも三〜四メートルで、土の棘の上にいるドラゴンに鋭い先端を向けている。


 ユリアは具現化させた氷と土の棘を、ドラゴンの上下から挟むように行使する。

 それはまるでドラゴンが巨人に捕食されたように、鋭い歯に噛みつかれているような光景だった。


 次々と棘が上下からドラゴンに突き刺さり貫通していく。暴風のような断末魔と、豪雨のように降り注ぐ血、そしてドラゴンは隕石のように落下して凄まじい衝撃を撒き散らした。


 それを確認したユリアは、そのまま疾走する。目指すはユリウスとの合流だ。




 「な、何が⁉︎」

 「う、嘘だろ⁉︎」

 「あ、ありえねぇ⁉︎」

 「ば、馬鹿な⁉︎」


 突然の出来事に兵士は茫然自失だった。兵士達の攻撃では怯みすらしなかったドラゴンが落ちたこと。空中に魔法が具現化したこと。そして最大の脅威が去った安堵感。それらの要因が重なり、現場はなんとも言えない雰囲気になっていた。


 「し、しっかりしろ! まだ魔物はいるんだぞ!」


 隊長格の兵士が喝を入れると、周りの兵士は頭を切り替えて魔物の討伐に赴こうとする。



 「あ〜あ、折角の駒が使いモンにならなくなっちまったぜ」


 兵士が応戦していた城の前庭に、そんな気怠げな声が響いた。


 「何者だ!」


 兵士は声を上げ、気怠げな声が聞こえた方向を見る。


 そこには、城の瓦礫に腰掛けた人物がいた。漆黒のローブが気怠げな声を出した人物を覆い隠しており、外見的な特徴はわからない。ただ、声は男性のものであり、肩に大きな斧を担いでいた。


 その人物は、瓦礫に腰掛けたまま再び気怠げな声で答える。


 「俺? この襲撃の犯人だけど?」




★★★★★★★★★★★★




 「えっと……あれってドラゴンなんですよね? クソ強いっていう奴……なんですよね?」


 ドラゴンが魔法で落ちていく光景を(あお)は離宮の窓から見ていた。魔法で串刺しにされ、あの傷では助かる見込みはないと(あお)ですら思った。


 「クソ強いドラゴンといえども、あの大きさはまだ子供ですからね。成長していないなら、討伐も可能です」


 (あお)と同じ光景を見ていたメアが説明する。


 「確かに[竜魔法]が使えない子供なら、ドラゴンの中でもクソの位置に属するのである」


 「え⁉︎ ゾドルさんいたんですか?」


 窓の外を見ている(あお)とメアの背後から、ゾドルが声をかけた。


 「そうだ。それより、ユリア様は何処に?」


 「今城に向かっているわ」


 「……行き違いになってしまったか」


 メアから情報を得たゾドルは、窓を開け放つ。そこから飛び降りるつもりだ。


 「俺も行っていいですか?」


 (あお)は真剣な表情でゾドルに訊いた。


 「訓練と実戦は違うぞ。それにそんなことをしても、少年にはメリットがないであろう? だったら行く理由もないであろう?」


 「確かにメリットはありませんが、俺もユリアが心配なんです」


 確固たる意志を込めた視線をゾドルに向ける。


 「好きにするがいい。今はこうしている時間も惜しい」


 ゾドルはあっさりと言い捨てて飛び降りる。


 「では、私も」


 メアもゾドルの後に続いて飛び降りた。


 ここ、三階なんだけど……普通に飛び降りるのな。


 (あお)はひとりでに苦笑した。


 「く⁉︎ 邪魔だ!」


 その時、外からゾドルの焦った声が聞こえた。(あお)が窓の外を覗き込むと、魔物と戦うゾドルとメアが見えた。


 ゾドルは拳と魔法を織り交ぜて魔物を引き付け、メアはそれを援護する。


 二人がいないのは好都合なので、(あお)は黒いローブを着てフードを被り、窓から外に出て上に登り、屋根の上に着地する。


 それから、(あお)は空中から空中へジャンプして更に上空へ移動する。空間を固定してそれを足場にしているからこそ可能な芸当だ。


 上空五百メートル以上に来た(あお)は、右手に双眼鏡を出現させて城の方を見る。ユリアは現在疾走中で、城の前庭には漆黒のローブを纏った人物が兵士に囲まれているのを視界に捉える。


 次に(あお)は街の方へ双眼鏡を動かす。街並みは西洋の街のようで綺麗に整備されていた。しかし住民は逃げ惑い、魔物は獲物を追いかけ回し、衛兵は対処に当たる。綺麗な街には相応しくない光景だった。


 「これが戦い……か……」


 (あお)は無意識に呟いた。あらゆる所で血が流れ生物が死に絶える。恐怖が、怒りが、悲しみが、焦燥が、絶望が、死が蔓延している。


 人間と魔物の戦いですらこれだ。人間同士だったらと思うと……。


 こんな場所に友人を行かせようとした。俺も、施星の国(ステルラ)も。


 やり場のない怒りが渦巻き、早く助けださないと、と自分のなかのモノが叫ぶ。そう、俺の目的は友人を助けること。今起きている戦いなど関係ない。だけど……今は……。



 (あお)は背後の方向から迫る何かに気がついて振り向く。そこには、ドラゴンが(あお)に向かって飛んで来ていた。


 大きさは先程ユリアが倒したドラゴンと同程度。つまりまだ子供のドラゴンだ。


 (あお)は右手に刀を出現させた。刀の色は刃に鍔に柄の全てが水色で、快晴の青空の印象を与える。長さは七十センチメートル程で、(あお)の持っている刀の中で最も斬れ味が鋭い。この刀は『蒼昊(そうこう)』と名付けている。


 グォォ! という声が聞こえる程にドラゴンが近づいて来て(あお)は構えた。


 程よい緊張が(あお)の身を包み、刀を持つ右掌にじんわりと汗が滲む。一度深呼吸を入れ、戦闘に意識を集中させる。


 恐怖が無いと言えば嘘になるが、もっと別のモノが体の中心にある。


 (あお)とドラゴンの距離が数十メートル程とかなり縮まった時、ドラゴンは口を開ける。獲物を食す為に。


 (あお)は微かに笑い、ドラゴンの両目の前……文字通り目の前に槍を二つずつ出現させて射出した。


 ドラゴンが前に進む勢いと、それに交差するようにドラゴンの目の前に出現した槍。

 ドラゴンは前に進む勢いのままであり、目の前に現れた槍を避けられる筈もなく、両目に槍が深々と刺さった。


 槍を出現させたと同時に(あお)は疾駆する。向かって来ているドラゴンの左翼の付け根を、ドラゴンの上から斬りつける。


 腕に衝撃が走ったのは始めだけで、それ以降はすらっと斬り抜けた。しかし切断には至っていない。


 「グギャァァァァァ‼︎」


 目を潰された痛みと翼を斬られた痛みがドラゴンを襲い、その場で咆哮を上げた。


 「ちっ、うるせえな。ガキだからって騒ぎゃいいもんじゃねぇぞ!」


 (あお)は口遊み、さらに上空へとジャンプする。刀の蒼昊(そうこう)を空間に仕舞い、二メートル近くはある大剣を出現させて両手で掴む。


 (あお)は下方にいるドラゴンに向かってジャンプした。頭を地面の方に、足を空の方になるよう体を反転させ、反転した直後の足元を固定して下へ跳ぶ。


 痛みに藻がいているドラゴンは(あお)の接近に気づかない。その隙に(あお)は先程斬り込みを入れた場所に大剣を叩きつける。


 ドラゴンの左翼は根元から切断され、血飛沫が舞い飛ぶ。


 ドラゴンは狂ったように啼き叫び、(あお)は持っていた大剣と両目を刺した四つの槍を空間に回収してから少し離れる。


 自然落下が始まったドラゴンの上空から、四方二メートルで厚さが三十センチメートルはある『イージスの盾』がドラゴンの首に直撃し、地上へ物凄い速さで落ちていく。


 先程(あお)がドラゴンの上空に移動した時に、できる限りの高さにイージスの盾を出現させていた。重さは数トンあり、それが今まさにドラゴンの首を巻き込みながら落下していった。


 離宮の近くに落ちたドラゴンとイージスの盾は、辺りにかなりの衝撃を与えた。イージスの盾の下敷きになったドラゴンの首はぺしゃんこに潰れている。


 地面は隕石が落ちたかのように陥没し、その下にいた魔物も当然の如く潰れた。


 ビクンビクンとドラゴンは少しの間痙攣し、やがて息絶える。


 近くにいたメアとゾドルは建物に身を隠していた。心なしかメアが睨みつけているような気がするので、取り敢えず(あお)は苦笑いをプレゼントしておいた。



 "それ"を(あお)は確認し、胸に言いようのない感情が湧き上がる中、体を城の方向へと向けた。


 「さて……と、お姫様の元へ見参……いや推参……もしくは参上でもしますか」

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