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異世界召喚のれいてぃあ!  作者:
第1章 新たなる世界で
10/13

第9話 密会的な何か

 「……ユリアの兄?」


 「その通り。いつも妹がお世話になっているみたいだから、礼を言わせてもらいたい」


 ユリアの兄であるユリウスは、日高蒼(ひだかあお)に対して頭を下げた。

 さっきまでの雰囲気は鳴りを潜め、一人の兄としてユリウスはそう言った。


 「いえ、頭を上げて下さい。お世話になっているのはこっちですし、大したことはしていません」


 いきなり変わったユリウスの雰囲気に戸惑いながらも、(あお)は頭を上げるよう促す。

 実際には何一つできていないから、そう言われても罪悪感が湧くだけだった。


 「妹のことを気にかけてくれているだけで、私はありがたいと思っているよ。さて、君と話がしたかったからここに来たんだ。取り敢えず座ろうか」


 ユリウスがソファーに座り、その対面のソファーに手を向ける。そこに座れということだろう。


 「ありがとうございます」


 (あお)はそう言って、ユリウスが手を向けていた対面のソファーに座る。


 「君のことはある程度聞いているよ。友人達と一緒に召喚されたんだって?」


 「はい。その通りです」


 「なら、こんな所で油を売っていていいのかな? この瞬間にも、君の友達がどんな目に遭っているのか……考えなかったわけではないだろう?」


 試すようにユリウスは(あお)の目をじっと見つめる。


 「……俺が施星の国(ステルラ)に帰してくれって頼んでも、帰してはくれないんでしょう?」


 「どうかな。聞いてみなければ何も始まらないよ」


 この人は試している。もしくは、見定めている。なら、どう答えれば正解なのか。初対面の人相手に、その心理を推し量って解を求めるなんて芸当は不可能だ。

 一体何を求めているのだろうか。思考を張り巡らせたが、一向に答えは出ない。仕方なく、(あお)はユリウスの問いに返事をするべく口を開く。


 「……聞いてもダメだったら、どうしようもないじゃないですか」


 目を伏せながら、この三週間で思っていたことをユリウスにぶつけた。何度もそう思っていた心のしこりを吐き出した。


 「だったら、他にできることを探すだけさ」


 あくまでも冷静にユリウスは話す。


 「そのできることも無かったらどうするんですか?」


 (あお)はどこまでも冷静なユリウスに苛立ちながらも、表に出さないように平坦な声を心がける。


 「なら、あらゆる手管を使ってでも他のことを探せばいい」


 「そんなの、ただの屁理屈じゃないですか!」


 叫びはしていないが、つい口調が強くなってしまった。


 この人は、俺が頼むことしかできないと知っていて、こう言っているのだ。

 ここが何処だかわからないから、自力での脱出は不可能。施星の国(ステルラ)に行きたいと言っても、解放してくれるとは考えにくい。

 この場所に来てしまった時点で、ほぼ詰んでいたのだ。三人を助けに行けないもどかしさと焦りが、どれ程この身を埋め尽くしたことか。



 「どこが? 可能性が無いなら、他の可能性を探す。立派な理屈だと思うけど?」


 「……そうですか。……ユリウスさんに質問があります。取引のことは知っていますか?」


 (あお)は歯を噛み締め、頭と心を切り換える為に、この場の主導権を握る為に質問した。


 「答える義務は無いが、まあいいだろう。一つ目は君が自分の身の安全と引き換えに真実を話すこと。二つ目は君が他の三人を説得するから、手は出さないでほしいというやつだろう?」


 「その通りです。ただ、口約束でしかないので、どこまで守ってくれるのかわかりませんが……」


 「その取引なら、王として確約すると誓おう」


 「……ありがとうございます」


 本当に王だという確証がない以上、下手に信用しない方がいいのだろう。それでも、無事にこうしていられるのは、その取引のお陰だったりするから、今は信じるしかない。



 「どうしてそんなことを? また取引でもしようと考えているのかな?」


 悪戯している子供みたいな顔になったユリウスは(あお)の顔を覗くように見る。


 真剣に話しているにも関わらず、ユリウスに茶化されているみたいで(あお)の苛立ちは募っていく。その苛立ちを唾液と一緒に飲み込み、冷静に話を進める。


 最も、(あお)は自分が冷静だと思い込んでいるだけだ。



 「……そうですね。じゃあ、取引がしたいです」


 「へぇ、どんな?」


 (あお)の発言に興味を持ったユリウスが、テーブルに肘をついて指を組む。


 まずはインパクトを与えて相手の興味を引きつつ場の雰囲気をも呑み込み、それから本題に入るのが(あお)の予定だ。




 「ユリアが欲しい」


 「…………は?」


 ユリウスはポカンとした顔で(あお)のことを見る。一瞬何を言われたのかわからなかったユリウスは、暫く瞬きを繰り返した。


 ユリウスの度肝を抜くことには成功したはず。(あお)は少し優越感を覚えながらも、おくびに出さないように無表情を貫く。



 「……君はそういう趣味なのかい?」


 論点はそこじゃないだろ、とユリウスの発言に対して思ったが、取り敢えず答えておく。


 「そう思いますか?」


 「一先ず君の趣味は置いておくとして、それで一体何がしたいんだ?」


 「俺を施星の国(ステルラ)まで連れて行って下さい」


 「それで?」


 「はい。俺が召喚された三人を説得して、こっちに連れてきます。そして、そちらに施星の国(ステルラ)の情報を渡しましょう。そうすれば、召喚された者達があなた方の敵にならず、施星の国(ステルラ)の情報も手に入れることができます」


 (あお)は真っ直ぐユリウスに視線を向けた。相手が食いつきそうな話題を交え、メリットを提示する。


 「へえ。なら、ユリアは?」


 ユリウスも(あお)を愉しげに眺め、二人の視線が交錯する。


 「俺の監視役に当てたいと思います。ユリアの容姿ならあっちでも問題ないですし、その方が信用できるのではないでしょうか?」


 「つまり、ユリアが欲しいと言ったのは監視に当てる為。ユリアと君で施星の国(ステルラ)に向かい、他の三人と一緒にここへ戻ってくる。こちらが得られる利益は、彼らの確保と施星の国(ステルラ)の情報……ということかな?」


 ユリウスが(あお)の提案を確認し、(あお)は首を縦に振った。



 「悪いけど、その条件では取引に応じることはできないよ」


 「…………何故ですか?」


 (あお)は歯を食いしばりながら、静かな声で問いかけた。膝に置いた手を強く握る。


 「デメリットしかないからだよ。三人が重要な情報を持っているとは思えない。そして、わざわざその三人を確保する必要も無い」


 「……何でですか?」


 「裏切る可能性のあるヒトに、国の重要な情報はまず教えない。そして、仮に三人が私達の敵になったとしても、こちらには君という人質がいるからどうにでもなる」


 ユリウスは無表情で(あお)を見る。(あお)はその無表情が恐ろしく感じた。


 「なら! もしあいつらが操られていたら、人質なんて無意味じゃないですか!」


 「もし操られているのなら、君の説得も無意味だよ」


 その通りだった。あいつらの説得が鍵なのに、その前提に問題が生じていたらどうにもならない。


 「………………」


 何も言い返す言葉が無かった。


 「それに、君は別の目的もあるのだろう?」


 「………………」


 「……もしユリアが君の監視役として付いて行ったら、君は他の三人と合流した時点で逆にユリアを人質にするつもりだった。ユリアを取引材料として施星の国(ステルラ)と取引するか、私達魔人(メイリア)と取引するのか。そうやって君が主導権を握り、安全を確保した上で元の世界に帰還するつもりだった。違うのかな?」


 本当に俺の完敗だった。これで、あいつらを助ける手段は全て失われた。できることは無く、元々無いも同然だった信用は更に低下した。


 悔しさと絶望感に支配され、首を項垂れるしかなかった。頭の中が真っ白になり、視界がブレる。



 不意に部屋の扉がコンコンとノックする音を鳴らした。


 「失礼します。お飲み物をお持ちしました」


 部屋へと入って来たメアが、(あお)とユリウスの間にあるテーブルに、それぞれのティーカップを置く。


 ふんわりとした柔らかな香りが、部屋中に広がった。


 「メア、ありがたく飲ませてもらうよ」


 「いえ、私には勿体無きお言葉です」


 ユリウスがティーカップを持ってメアに軽く微笑み、メアは慇懃な礼で返す。


 「では、私はこれで失礼します」


 目線を(あお)に向けたメアと、頭を上げた(あお)の視線が重なる。

 その視線に(あお)は何かを感じた。何かを訴えているような、諭しているような、何かが込められた視線。


 そこでようやく気づいた。さっき、メアに何を言われたのかを。


 『心の思うままに行動すること』



 そしてユリウスは言っていた。


 『どんな手管を使ってでも、できることを探せばいい』



 元々、今の俺にできることなんて一つしかなかった。ようやく頭と心を切り換える。こんな場所で項垂れている暇なんてない。今はできることを試さないといけない。そして助け出さなければいけない。それが……。



 「まだ取引を続ける?」


 メアが部屋から出て行った後、ユリウスが無表情で(あお)に問いかけた。


 「いえ、取引は続けません。先程までの言葉は、ピエロによるただの戯言と受け流し下さい」


 「そうか。なかなか楽しめたよ」


 ユリウスはクスッと笑う。そこに悪意はなく、純粋に笑っただけだ。


 「本題はここからです。ユリウスさんにはお願いがあります」


 (あお)は立ち上がってユリウスの横へと移動し、カーペットに膝と両掌をつけた。


 「俺を施星の国(ステルラ)に連れて行って下さい! お願いします!」


 頭が下につく程の勢いで下げ、精一杯自分の気持ちを込める。所謂土下座というやつだ。


 「……私がお願いに応じなかったらどうする?」


 「応じるまでこの体勢でいます」


 ユリウスは先程の笑みを消し、無表情で土下座をする(あお)を見下ろす。


 今の自分があいつらを助ける為にできることは、これしかない。できることがあるのなら、それに全力を尽くす。それで助けることができるのなら、どれ程の犠牲をも払ってみせる。そのぐらいの覚悟は当然ある。



 「そうか。じゃあ、私が部屋から立ち去ったらどうする?」


 「その時はこの体勢のまま付いて行きます。部屋でも風呂場でもトイレでも」


 「クスッ。それはそれで楽しそうではあるね」


 「…………お願いします」


 (あお)は切々とした声で訴える。絶対に三人を助け出したいから。



 「はぁ……君一人で行ってどうなる? 相手は一つの国だぞ。そこで一体何ができる? 羽虫のように潰されて終わりだ。それでどうやって救い出すというのか……それは君もわかっているだろ?」


 「はい。重々承知です」


 わかっている、そんなことは。現時点では当然ノープランだ。どれだけ力をつけた所で、所詮個人は個人でしかない。成せるべきことには限界があり、できることは限られる。国を相手にするなんて、そのできることには該当しない。壁を越えようとすれば、即座に落下する。自分で自分を殺すことになる。


 そう、そんなことはわかりきっている。



 「だったら、こんなお願いをしても無駄なんじゃない? 君は彼らを助け出せない。最早定理と呼べる未来に向かって進む必要はない。だから、この行動は無意味だよ」


 「確かにユリウスさんの言う通りです。だけど、ここにいても結局助けられないなら、心に従います。思うままに行動します。その先にしか、俺の思い描く未来はありません」


 土下座で頭を下げたまま、そう宣言する。頭を上げないのはただの意地でしかない。この思いを表明したいが為の、自分の中の何かを護りたいが為の意地。



 「思うまま……か。随分と懐かしいね」


 ユリウスはボソッと呟く。その瞳は、とうに過ぎ去った過去に焦点を当てていた。



 「助けられないなら、あらゆる手管を使ってでも助ける方法を探します」


 (あお)はユリウスから聞かされた言葉を使う。


 「それは屁理屈なんだろう?」


 「ええ、屁理屈です。ただの根性論です。ですが、それが俺の心です」


 自分は何を言っているのだろうか。今までは効率的に、理性的に、合理的に振舞ってきた。そうするしかなかったから。今更、理性ではなく感情に従って良いのだろうか? これが正しいのだろうか?


 さっぱりわからない。けど、自分の中ではスッキリとしていた。何も解決したわけじゃなく、このお願いも断られてしまうだろう。だけど……。



 「……君は彼らのことをどう思っている?」


 愉しげな声ではなく、至って真面目な声でユリウスは問う。彼らとは、祐磨(ゆうま)彩音(あやね)大雅(たいが)のことだ。


 「言葉にできないぐらい大切な友達です」


 あいつらを形容できる言葉なんて無いから、こんな意味不明な表現になってしまった。けど、この言葉が一番しっくりとくる。


 「そうか…………」


 ユリウスは少し俯く。大切な友達……それは戒めのようにユリウスの脳に残っている。それから頭を下げている(あお)を見た。そこにどれ程の思いが込められているのか、ユリウスは推し量る……いや、理解できた。




 「兄さん? いるの?」


 少し開いた部屋の扉から、ユリアが顔だけを覗かせる。そこから見えた光景はソファーに座るユリウスに、土下座をする(あお)。ユリアは小さく溜息を吐き、部屋の中へ入った。


 「兄さん! アオのことイジメちゃダメだよ!」


 「ユ、ユリア? いや、イジメてるわけじゃないんだよ」


 ユリウスの前まで進んだユリアは、自らの腰に両手を当てる。


 「じゃあ、どうしてこんなことになってるの?」


 ユリアは(あお)を見て、それからユリウスに視線を投げかける。



 スッッッゲェェェ気まずいんだけど! 何これ? 何で土下座を女子に見られなきゃいけないんだよ! もう顔を上げていいかな? しかしこのちっぽけな意地が邪魔しやがる。せめてもの救いはメアさんがいないことだなぁ。



 「い、いや、いい色々とあったんだよ」


 ユリウスはタジタジといった感じでユリアに説明する。説明になっていないが。


 あれ? これはユリアを味方につければいけるんじゃないか? でもそれだと今までの決意が嘘みたいだと思われそうだ。しかしユリアを味方につけた方が勝算が高いのも確かだ。


 「実はユリウスさんにお願いしてるんだけど、いい返事が貰えなくて。些細なお願いにここまでしてるんだけどなぁ」


 なに食わぬ顔で(あお)はユリアに説明する。土下座の体勢のままで。


 「ちょっと、ピエロ君⁉︎」


 「兄さん! アオがこんな風にお願いしているのにダメなの?」


 「ユリア、色々と事情があってだな……」


 ユリウスは身振り手振りを交えてユリアに説明する。まあ、説明になってはいないが。


 「むぅ〜〜」


 ユリアは真っ直ぐユリウスを見つめる。どこか圧力のある感じで。


 「…………」


 「じぃ〜〜」


 「はぁ〜〜。わかったわかった、その希望にそえるよう取り計らってみるから」


 ユリウスは頭を抱え、ユリアは満足気味に頷く。


 「え⁉︎ 本当ですか?」


 (あお)は顔を上げてユリウスを見る。ユリウスの思いもよらない発言に驚いて、それが本当に叶うのか確かめたかったからだ。


 「約束はしかねるけどね。条件も色々つけることになるけど、それでもいいなら」


 色々な条件……それがわからない内は手放しで喜ぶことはできない。しかし選択権はないから、その条件を呑むしかない。相手もそれはわかっているから、幾らでも重い条件を付けることができる。


 「わかりました。それでお願いします」


 (あお)はもう一度頭を下げる。それでも十分だった。あいつらを助けに行けるのなら、それで……。



 「兄さん、ありがとう!」


 ユリアはユリウスに抱きついた。嬉しそうにユリウスの胸に頬擦りを繰り返す。


 「本当にユリアは甘えん坊さんだな」


 ユリウスは幸せそうに微笑みながらユリアの頭を撫でる。


 ユリアとユリウスがユリユリと……じゃなくて、イチャイチャ……でもないか。


 とにかく、ユリアとユリウスは幸せな兄妹の絵図らだった。


 そして(あお)の中には、またユリアに助けられた事実が、ユリアを利用してしまった罪悪感が重くのしかかっていた。




★★★★★★★★★★★★




 離宮のとある一室にて。


 「メア、来てくれたか」


 「お呼びでしょうか、ディーア様」


 ソファーに座るゾドルが、部屋に入ったばかりのメアに呼びかける。


 この部屋にいるのはこの二人だけだ。


 「畏まらず、いつもの態度でよいぞ」


 「では、そのように。それでゴリラは私に何の用?」


 いつものゾドルに接する態度に戻ったメアは、どかっとゾドルの対面のソファーに座る。


 「少し話をしたかったのだ。メアは少年のことをどう思っている」


 「ヒダカ様のこと? 何故いきなりそんなことを?」


 メアは怪訝な顔でゾドルを見た。しかし、ゾドルが何故そんなことを訊いてきたのか、メアには心当たりがあった。


 「メアがどう思っているのか聞きたいのだ」


 数秒の間を空けたメアは、ゆっくりと答えた。


 「……私は恐ろしいと思っているわ」


 「恐ろしい……か」


 メアの発言に、ゾドルはなんとも言えない顔をする。ゾドルにも思い当たることがあったからだ。


 「ええ。この短期間で戦闘能力と技術は凄まじい勢いで上昇した。それもあるけど、ヒダカ様は私の〈スキル〉を見抜いている節がある」


 「メア、〈スキル〉のことを少年に話したのか?」


 ゾドルは驚きと困惑の表情を浮かべる。そんなことはあり得ないと理解していながらも、ゾドルはメアに問いかけた。


 「まさか。自らの能力を他人に話す馬鹿はいないでしょう? ただ、嘘を見抜けるとアドバイスはしたけど、その情報と私の言動でほぼ結論まで辿り着いた」


 「……それはいつ頃の話なのだ?」


 「ヒダカ様と取引をした夜には感づいている節があり、おそらくはそれから数日の間には……」


 メアは相変わらずの無表情で淡々と話し、ゾドルは真面目な顔でしばらく押し黙った。


 「………………」


 「……ヒダカ様は普段おちゃらけた言動をしているが、頭の奥底で何を考え、その瞳で何を見ているのかわからない。……それが恐ろしい」


 何も言わないゾドルに、メアは己の見解を述べる。メアの表情には少し翳りがあった。



 「……実は吾輩も恐ろしいと思っていた」


 メアは視線をゾドルに投げかけて続きを促す。


 「……少年の精神は異常と言える位置にあると思う」


 「異常?」


 「そうだ。戦いを知らない少年が、あの時無感情で殺しに来た。普通なら恐怖するものを、無感情でだ。それは普通の精神ではない」


 ゾドルは膝の上に両肘を立て、手を組んで顎を乗せる。(あお)と初めて特訓した日のことだった。


 「確かにそうかもしれないけど……」


 メアは、納得のいかない声を出す。いきなりそう言われても、あまりピンと来なかったからだ。


 「おそらく少年は敵を殺しても無感情で、次に自分がすべきことを考える。味方が死んだとしても、無感情でその味方が抜けた穴をどう埋めるかに考えをシフトする。……それがある程度親しい人物であったとしてもだ」


 「それは……兵士なら普通のことなんでは?」


 「少年は兵士ではない。それに、兵士だったとしても心を無視して頭で切り換えるものだ。ただ、少年は心でそうできる……いや、できるのではなくそうなる」


 ゾドルは一旦区切り、軽く息を吐いた。それから続きを話し始める。


 「たまにそういった人種が存在するのだ。戦場なのに平然と無感情で佇む奴が。少年はおそらくそういった人種なのだ。……吾輩はその在り方が恐ろしい」


 ゾドルは推測したことを話した。初めての特訓で感じ取ったことを。


 「そう……でも私は心情的にはヒダカ様の味方なんだけど」


 「な⁉︎ 本当であるか?」


 素っ頓狂な声をゾドルは上げた。流石にそれは予想していなかったから。


 「ええ。私はヒダカ様のことをわからないと言ったけど、わかる部分もあるわ。その辛さは私自身もよく身に染みているから……」


 メアは顔を歪め、俯いた。

 メアが思い出したことは昔のこと。あの時の選択に後悔していた。今思い出しても、物凄く胸が締め付けられる。取り返しのつかない過去は、只々思い返して苦しむしかなかった。



 「そうか……。メアが殿下とユリア様以外に、そこまで他人に肩入れするのも珍しいな。……まさか、毎晩同じ部屋での就寝だから、少年とそういう関係に?」


 「それこそまさかだわ。私は誰ともそういう関係になるつもりはない。そして、ヒダカ様もこの世界のヒトとそういう関係になるつもりはないでしょう」


 「何故そうだとわかる?」


 「ヒダカ様が理性的で合理的だからよ。いずれ去ることになる世界で、そのような関係のヒトは作らないのでしょう」


 「……吾輩の中では、少年はタイプの女性にヒョイヒョイと付いて行くイメージがあるのだが……」


 ゾドルは苦笑しつつ素直な感想を述べる。

 (あお)の日頃の言動が言動だから、そう思ってしまうのも無理はない。


 「……確かにその印象はあるわね」


 メアは右手を額に当てた。メアにも、(あお)のそんな言動が脳裏をよぎる。


 「それでも、ヒダカ様は物事を理性的に、合理的に捉える。そんなヒダカ様は、今何を考えているのでしょうね」


 メアは無表情でどこか遠くを見つめた。




★★★★★★★★★★★★




 俺も女性とユリユリ……じゃなくて、イチャイチャしてーな。


 目の前の光景を見ている(あお)は、そんなことを思っていた。


 「おや? もしかして羨ましいのかい?」


 ユリウスはニヤニヤしながら(あお)を見下ろす。その右手はユリアの頭を優しく撫で、左手はユリアの背中に置いている。


 ユリアも笑顔を浮かべ、ユリウスに抱きついている。愛想笑いではなく、本物の笑顔で。


 「ははは。そんな訳ないじゃないですかー」


 (あお)は無理矢理笑顔を貼り付け、棒読みで答えた。


 「さて、私はもう少し彼と話があるから、ユリアは部屋へ戻りなさい」


 「えぇ〜、兄さん、もう終わり?」


 ユリアはユリウスと顔を見合わせ、不服を訴える。


 「後でユリアの部屋に行くから、今は言う通りにしておくれ」


 ユリウスはもう一度優しくユリアの頭を撫でる。


 「は〜い。ちゃんと来てよ!」


 ユリアはユリウスから離れ、膝を着いて座る(あお)の目の前に移動する。


 「アオ、もう少し兄さんに付き合ってあげてね」


 そう言ったユリアは微笑む。ユリウスと会えた影響からか、愛想笑いではなく本物の笑顔を(あお)に向けて。


 久しぶりに見たユリアの笑顔に癒された(あお)も、笑顔で答える。


 「俺も話があるし、大丈夫だ」


 「うん!」


 ユリアは最後に頷き、部屋から出て行った。



 「さてと、本当はユリアをどうするつもりだったのか……聞かせてくれるよね?」


 ユリウスが有無を言わせぬ威圧感を伴って(あお)に顔を向ける。


 (あお)はおっかなびっくりといった様子で立ち上がる。


 ユリアをどうするつもりだったのか、とは(あお)がユリウスに持ちかけた取引のことだ。

 本当にユリアを取引材料にするつもりだったのか、とユリウスは訊いている。



 「……確かにその考えもありました。しかしユリアを連れ出そうとした本当の目的は別にあります」


 (あお)は臆すことなくユリウスを見据える。


 「その目的は何かな?」


 「失礼な言い方になりますが、ユリアを連れ出したかったんです。この牢獄のような場所から」


 ユリアは軟禁されているかのように、日中はこの離宮に閉じこもっている。いや、実質軟禁されている。外出していい時間帯は深夜のみで、外出先は森の中だけだ。


 街から少し離れた場所に離宮が存在する。その中でもユリアは孤立していた。メアとゾドル以外の離宮のメイドは、ユリアをまるで疎ましいもののように接する。そこに存在する感情は、仕事の義務感と心理的な嫌悪感。理由はユリアの容姿が人間(ヒュライン)だからだ。王の妹というステイタスがなければ、どんな扱いを受けていたのかはわからない。


 メイドは(あお)にもそのような視線を向けている。最も、(あお)の世話はすべてメアの仕事だから、(あお)は他のメイドとすれ違うぐらいだ。ただ、視線に敏感な(あお)はそこにどのような感情が込められているのかある程度理解できてしまった。その感情がユリアにも向いていることにも。


 孤立していたユリアを助けたいと思った。ユリアの気持ちを全く知らない第三者の身勝手な願いだと理解している。できることも高が知れている。だから、ユリウスとの取引は(あお)のせめてもの抵抗だった。


 閉じ込める牢獄から解き放てば、ユリアは自由になるのでは、そしたら普通の笑顔になるのでは、と淡い希望を抱いていた。ユリアを閉じ込めるこの場所が悪いのでは、と。


 そう思っても、何もできなかった。関係の無い人が触れていい問題ではなかったから。だから監視という名目で連れ出したかった。そのぐらいでしかユリアに恩を返せないから。



 「牢獄……ね。確かにその通りだ。しかし、こうするしかなかった」


 ユリウスは天井を見上げながら呟く。

 ユリウスは思い出していた。どうしようもない世界の理不尽さと、己の無力さ、溝の深さ、残酷さ、不変の心境と不変の不条理。あの時、あの選択が正しかったのだと無理矢理納得した。それ以外に道がなかったからだ。



 「ごめんなさい。あまり踏み込むつもりはなかったんですけど……」


 ユリウスの様子が違うことに気づいた(あお)は、素直に謝った。

 他人に心を踏み荒らされたくない。それをわかっていながら、(あお)はつい言葉に出してしまった。踏み込むまいと決めているのに、結果的にそうなってしまった。己の拙さに憤りを感じ、それを無理矢理抑え込む。



 「いや、構わないよ。それよりも、そうやってユリアの為に考えてくれたことに感謝する」


 ユリウスは頭を下げた。妹のことを考えてくれるヒトがどれだけいるだろうか。(あお)がユリアのことを考えて……いや、思ってくれたことがユリウスにとって嬉しかった。



 「お礼は言わないで下さい。ユリアの為になるかどうかも不明なのに、身勝手に考えたことです。おそらくただの偽善で自己満足です。本当にごめんなさい」


 (あお)は掌を握り締め、頭を深く下げる。ユリウスの言葉が痛かった。物凄い罪悪感が胸を覆った。こっちは本当にユリアの為になるかどうかもわからないことをしようとして、それを肯定された。ただの独善なのに、それをありがとう、と頷かれた。


 胸が痛かった。ユリウスは、他人が身勝手にしようとしたことを褒めた。本当はユリウスがどうにかしたい筈なのに。頭を下げさせてしまった。


 (あお)は歯を噛み締める。自分がみっともない。どうしようもない程に愚かだ。



 「はぁ。本当に君は…………」


 頭を上げたユリウスが、溜息を吐きながら(あお)をみる。


 「わかった。私はこの話題について何も言わないから、君も忘れること。それでいい?」


 ユリウスは苦笑しつつ(あお)にそう提案した。


 「わかりました……」


 (あお)も頭を上げ、頷き返す。これ以上の話は不毛だった。



 「さて、君も何か話があるのだろう?」


 ユリウスの発言に、何を言いたかったのか思い出した。シリアスな雰囲気の後にあまりしたくはなかったが、この際だからしょうがないと(あお)は無理矢理納得して口を開く。




 「俺の趣味は年上です!」



 「…………は?……」


 またもユリウスはポカンとする。(あお)が何を言っているのか理解できなかったユリウスは、瞬きを繰り返した。


 「ですから、俺は年上の女性が好みなんです!」


 あ〜〜〜恥ずかしいカミングアウトしちゃったよぅ〜〜。ガチ恥ずかしいっつの! でも誤解されたままだと嫌だし、しょうがないよね? うん、しょうがない。しょうがなかったのだぁ〜。


 (あお)は赤面しつつもユリウスから目を逸らさない。ここで逸らしたら、何かに負けるような気がしたから。



 「プッ! アッハッハッハ! い、いや〜面白い! アハハハハッ!」


 ユリウスは吹き出し、それからお腹に手を当てて大笑いを始めた。


 「ふぅ、ふぅ。……いや〜流石ピエロ君。今のは面白かった!」


 ユリウスは(あお)に向けて親指を立てる。


 笑われた理由がわからない(あお)は、困惑するしかなかった。

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