『勝てない、負けない』 ~The first lie~
すでに半分が終わっていた。
新入生がランダムに次々と呼ばれている。
必死に戦う者もいれば、戦う前から諦めている者もいた。
そして今、三十人目の模擬戦はというと・・・
一言で言って凄まじかった。
と言っても戦闘が凄いというよりは剛天が凄まじかった。
なぜなら戦闘が一方的すぎるのだ。
新入生相手でも容赦がない、というより手加減はしているが圧倒的すぎるというのが正しいのかもしれない。
ここまで戦ってきた生徒達は全員が一分持たずに崩れ落ちている。
それに引き換え剛天は息一つ乱していない。
「圧倒的だな」
「早く呼ばれないかな~」
詩織はというと模擬戦を見るのに飽きて後ろで柔軟やら体操やらをしていた。
だが、残りが十五人をきってきたところで剛天に及ばないまでもそれぞれの能力を生かし多少善戦している者が出てきていた。
「人数減ってきたしそろそろじゃないか?」
そして、とうとう詩織の番がきた。
「やっとまともに体動かせる」
剛天の前に歩いていき高らかに名乗った。
「水無月詩織、がんばって認識しないと死ぬかもよ」
そう笑いながら剛天に微笑みかける。
「自信があるようだな。いいだろうかかってくるがいい」
「じゃあ・・・いくよ」
一瞬の出来事だった。
おそらくその場にいるほとんどの者は、認識すら出来なかっただろう。
なぜなら、今、詩織はまばたきするようなわずかな時間の中で三回、剛天に攻撃したのだから。
「がはっ!」
さすがと言うべきかそんな音速に近いほどの速度の詩織の攻撃を二回まではさばいたのだ。おそらくその後の三撃目はさばくのが間に合わず体に力を入れて堪えようとした。
だが、それでは足りなすぎたのだ。
いかに体を鍛えたのだとしても、音速でコンクリートをも砕くであろう詩織の拳を人の身で防ぐなど不可能なのだ。
「・・・なるほど、己の速度を上げる能力か」
そう言う剛天に対して。
「へ~、今ので骨砕けなかったんだ。なかなか丈夫な体してるけど、人類最強種でも今の攻撃防ぎきれないんだ。は~、期待はずれね」
そして、翠月の元まで歩み寄って。
「まぁ・・・予想通りだけど」
心底つまらなそうにそう呟いた。
あえて言っておくが決して剛天が弱いわけではない。三撃目を防ぐことはできなかった。だが、少なくとも人でありながら音速の攻撃を二撃までは認識して防いでいるのだから。
「さすが、人類最強種だな」
そんな剛天を翠月は素直に評価していた。
「残り、試験を受けていない者はあと何人いる」
あたりを見回してみると戦闘をおこなっていないものはあと翠月を合わせて二人だった。
後ろのほうで先生達が集まって話しているということは、おそらく剛天が新入生に敗北するなは初めてのことだったのだろう。
生徒達が待っていると驚くべき人から意見がでた。
「しかたないの、この学院にそう実力のあるものは居らんからの、残りの二名は妾が相手をしてやろうかの」
そこにいたのは、絶対的な存在感をもつ夜桜月影だった。
「はは・・・ありえねぇ」
翠月のテンションは最底辺まで下がりきっている。
「どちらからがいいかの?」
もう一人の方を見ると。
「あれ、あいつどこいった?」
「逃げたんじゃない?」
月影がそれを確認するともう一度、翠月の方をみた。
「ふむ、逃げたのならしょうがないの。蒼忌翠月、自動的にお主になったの」
そうして月影が目を覗き込んできた瞬間、翠月はすばやく動いた。
「まいりました!」
時間が止まった・・・ように錯覚した気がした。
「ねぇ・・翠月・・・なにしてるの?」
詩織が顔だけにこやかに聞いてきた。
「いや、無理だから」
全員が翠月を見る中。
「え~、これにて序列選定試験を終了します」
そんなこんなで学院最初の試験は、幕を閉じた。
「ねぇ、翠月。あれぐらいなら私一人でも倒せたよ」
廊下を歩いていると詩織が小さな声でつぶやいた。
「だろうな。だが、剛天がたかが新入生と油断していたのもある。あいつが本気を出していたらこんな簡単に終わらなかっただろうさ」
「それならなおさら今回は私一人でも十分だったのに」
「こんなところで能力さらしてどうする。対価が知られればこれからの戦闘に影響してくるぞ」
[対価]
人が能力を行使するために発現する代償のこと。
「それなら翠月だってあの時ばれたら不正で退学になってたかもしれないよ」
その言葉をきいた翠月は足を止め言った。
「二人で試験を受けてはいけないなんてルールは提示されていない。故にあの時、俺が能力を使ったところで不正にはならない。わかったか?」
その言葉に詩織は。
「・・・屁理屈だ」
と、つぶやき。
「だが、事実だ」
と、返されてそれ以上言える言葉が無くなった。
[体育館]
「今年の生徒は優秀な者が多いですな」
そこには剛天と月影の姿があった。
「まぁ、そうじゃろうな。お主が負けるほどじゃったからのう」
「しかし、あの女生徒、すさまじい速度でしたな。」
と、試験を思い出して口にした。
「なんじゃ。お主はわからんかったのか。あの娘、能力を使用しとらんかったぞ」
その言葉に剛天は驚愕して。
「まさか、能力なしで音速を超えたと?」
「そんな馬鹿なことがあるわけなかろう。能力を使ったのは別の者じゃよ。」
「あの、一緒にいた生徒ですか。たしか・・・」
月影は楽しそうに笑って言う。
「蒼忌翠月。小細工をしおって。じゃが・・・なかなかに成長したのう。今年は退屈せんですみそうじゃ」
そう言って月影は姿を消した。
「人類最強・・・。未だになにを考えているのか、わかりかねるお人だ」
カードが配布された。
そのカードは誰もが知っているカード。
トランプである。
「なるほどな。この場合はスペードのエースが最強ってことか。だが絵札はどうなるんだろうな」
「あ、生徒手帳に書いてあるよ」
そう言って詩織は、カードと共に配布された手帳を開いた。
「えーと・・・。マークはスペード、ハート、ダイヤ、クラブの順に強くて、数字は1が最強で10まである。で、絵札の人は日常生活に無意識に干渉してしまう能力の人だって」
「つまり、序列には入っているがあまり関係ない人。簡単に言えばちょっとした異常持ちってことか。で、詩織はなんだった?」
そうたずねると詩織は自慢げにカードを見せてきた。
「ダイヤの1か。つまり学年で三位、三番目に強いってことか。と言うかお前より強いのがまだ二人もいるのかよ」
ダイヤの1。つまりは四人いるエースナンバーの一人である。
「で、翠月は何だったの?」
と、興味津々で見せる前に翠月の手から掠め取った。
「・・・これ序列どこら辺なの?」
「生徒手帳見ればわかるんじゃないか?」
そうして詩織はパラパラと手帳をめくって翠月の目の前に突き出した。
「・・・最下位の絵札」
つまり・・・
「ジョーカー・・・」
もはや笑うしかない悲惨な現実に二人はため息を吐き、静かにカードをしまった。
数日後、、、
「・・・おかしい」
ふと翠月がつぶやいた。
「なにが?」
「いや、明らかにおかしいだろ」
と今の現状を確認して。
「なんで一向に演習場につかないんだよ。案内図は見たがこんなに歩く距離じゃなかっただろ!」
そう、この学院の授業は基本的に自由。
入学してからの約半年は生徒がそれぞれ自由に半年後に行われる多種族との戦いのために学院内の様々な場所で訓練している。
だが・・・
「入学して一週間、学生寮に行く以外まともに行けた試しがねぇ」
まぁ、何が言いたいのかと言うと。
ほかの生徒に目的地に行くのを妨害されているのだ。
「確か、五人一組のチーム作らないとだめなんだろ。・・・こんなんで出来んのかよ」
「でも、ほんと・・・そろそろうざいかな~」
一週間、この調子なので詩織もそろそろストレスが限界に達しようとしていた。
「しかたねぇな。そろそろ相手してやろうか」
そしてこの学院での生徒どうしの戦闘が始まる。
「とりあえず、詩織、ここ一週間で気になることなんかなかったか?」
翠月の戦闘はまず分析から行う。
様々な情報を収集し戦闘方法を確立していく。
それが翠月の戦闘スタイルでありあらゆる戦いでの必勝法でもある。
「気になることかぁ~。私たち以外にも何人か同じような目に遭ってるらしいけどそれ以外はあんまりないかな」
「そうか・・・」
少し考えて。
「なら、今から情報収集するか」
「どうやって?。被害に遭った子に聞こうとしてもたどり着けないと思うけど・・・」
「なに言ってんだ。今からって言ったろ。つまり今この場でやるんだよ」
「・・・どうやって?」
正直なところ詩織はあまり頭が良くない。翠月の言ってることを考えようとはせずに疑問をもつだけで終わってしまうのだ。
だが・・・
「最初から考えてみるぞ。詩織、俺達が目的地にたどり着けないのはなぜだ?」
「同じ場所をぐるぐる回っているから・・・かな」
「そうだな。ならそれは俺達の意思か?」
「違う・・・」
詩織は翠月の質問に一つずつ答えていく。
「そのとおり。誰かが俺達に何かしている。ならその[何か]とはなんだ?」
「・・・わからない」
「そう、わからない。ならその謎を紐解いていこう」
そう言いながら順番に指を立てていく。
「この手の能力はおおよそ三種類ある。
一つ、[空間干渉]
二つ、[認識改変]
三つ、[視覚改変]
まぁ、思いつく限り大まかにはこんなとこだろう」
そうすると翠月は一度手を握り、また指を一つずつ立てていく。
「じゃあ、一つずついくぞ。まず[空間干渉]。これは俺達がいる場所そのものを変える力だ。
まぁ、要するに俺達は知らぬ間に歩いている場所そのものを変えられている。っていうことなんだが・・・。詩織、何かが不自然に動いたりしていることはあったか?」
「ない」
即答。
詩織のすごさの一つがこれである。
簡潔に言ってしまえば詩織は視界に入るものを見落とさないのだ。
故にこの手の質問は即答することができるのである。
「そうか。なら一つ目はありえない」
「なんで?」
「[空間干渉]で場所を変えて、なにも違和感がないのはありえない。人の視界に入る場所でまったく同じ場所など存在しないからな。空間干渉で場所を変えた場合、どんなにうまく繋げたところで何らかの急激な変化が生じる」
「な、なるほど?」
じゃっかん疑問が混じっていたような気がするが無視して進める。
「じゃあ次、二つ目の[認識改変]。これは連続した風景、つまり俺達が今見ている動き続けている風景では、即ばれる」
「それって私達が何をどう認識しているかわからないから・・・とか?」
驚愕した。
「・・・・・・詩織、賢くなったな・・・」
しみじみとそう思った。
「うるさいよ!」
「まぁ、落ち着け。詩織の答えは合ってるよ。だって、相手が何考えてるのかわからないのに[認識改変]なんてしたら・・・。詩織がいきなりトマトに見えるかも知れないだろ」
「・・・なんでトマト」
「たとえばの話だよ。後は、そうだな、もし俺達が蟻を見ていたとして、相手が遠くから[認識改変]をしたら相手には蟻が見えないからそれは別のものに変わってしまう。・・・トマトとか」
ちなみに詩織はトマトが大嫌いである。
「そういうことで、[認識改変]もありえない」
「じゃあ、三つ目の[視覚改変]?」
「決めるのはまだ早い。これも分析してからだ」
そして三つ目の指を立てる。
「[視覚改変]。まぁ、残ったのはこれだけだがこれも暴かないことにはどうにもならん。じゃあいくぞ」
「うん」
「詩織、[空間干渉]はなんでだめだったか覚えてるか?」
「えーと・・・。たしか同じ場所が二箇所もないからだめ・・・だったっけ」
「まぁ、じゃっかん省いてるが良しとしよう。じゃあ、[認識改変]は?」
少し考えて。
「・・・・・・トマト・・・」
「・・・まぁ言いたいことはわかる。俺が悪かったから睨むな」
よほどトマトに見えると言われたのがショックだったらしい。
「話を続けるぞ。結論から言ってしまうと、[視覚改変]は[空間干渉]や[認識改変]のような問題がない。なぜなら[視覚改変]は同じ場所が二箇所なくても、好きなように改変して同じ場所を見せることができるし、[認識改変]のように何かが違うものになったりはしないからな」
それでも詩織は疑問をもつ。
「でも、[視覚改変]してる人も蟻は見えないよ?」
「あぁ、それか。まず詩織お前の考えは間違ってる」
「え?」
「前提として[視覚改変]と[認識改変]は似てるようでまったく違う」
「・・・・・・・・・・」
もうフリーズ寸前なのだろう。
「あと少しだから聞け。何が違うのかと言うと、簡単に言ってしまえば[視覚改変]は相手の視覚を自由に変えれるから、さっき例えで出した蟻を見えなくすることが出来る。だが[認識改変]は認識つまり物の見え方を変えることが出来るだけで実際にある物を見えなくすることはできないんだよ」
「はぁ・・・」
考えることをやめたのだろうか・・・。
「ここでお前の番だ」
「へ?」
「[視覚改変]は[認識改変]とは違い見えなくすることも出来るが、致命的な弱点がある」
「弱点?」
「一番わかりやすいのは、風だ。[認識改変]なら風への認識も変えられるだろう。だが、[視覚改変]は見えているものを変えたり、消したりできるが、風を変えることなんて出来ない。故に・・・」
近くにある木を指差して。
「木の葉の揺れと風には確実に違和感がある。どんなに凄い奴でも木の葉の一枚一枚を正確に再現できる奴なんていない。そして・・・」
不敵に笑い。
「俺達の視界をいじってるなら、常に俺達が見える位置にそいつはいる」
確定→[視覚改変]
確定→居場所は俺達が見える場所。
不確定→対価
「あとわかんねぇのは、一つだけだ」
さぁ、[かくれんぼ]を始めようか。
(・・・あの人はなんで的確に僕のほうを見てる!)
その生徒の名は八代夢幻。
そして視線の先には、二人の生徒が立っていた。
見ているのだ。蒼忌翠月が。
「見つけた」
と・・・
(ありえない!)
そうありえるはずがない。
なぜなら夢幻のいる位置は普通の人の視力で見える範囲ではないからだ。
夢幻の視力は5キロ先も見える。どこかの砂漠の遊牧民よりも視力が良く、夢幻の能力[視覚改変]を扱う際の強みでもあった。
(それに・・・)
と。
(僕の姿が見えてるはずがない)
見えないのである。
[視覚改変]により自分の姿はあの二人には見えないようにしているはずだから。
そして翠月の口が動いた。
「[かくれんぼ]を始めようか」
その正体不明の悪寒に背筋が凍った瞬間。
窓ガラスを突き破り一人の生徒が眼前に飛び込んできていた。
「なっ!」
その瞬間、[視覚改変]の効果が切れたのか夢幻の姿が見えるようになった。
「やっぱり翠月の言った通りの対価だったんだ」
一人の生徒、すなわち詩織がひとりで納得していると。
「今、何を。何をした!。ありえない、君たちのいた場所から少なくとも2キロは離れてるんだぞ。それにどうやってこの位置を!」
夢幻が驚くのも無理はない。
なぜなら詩織は夢幻の言ったとおり、約2キロ離れている位置からまばたきするような速度で窓ガラスに突っ込んできたのだから。
「どうせもう私達が勝つんだからいいよね。私の能力は[速度改変]、2キロ位なら一瞬で移動できるよ」
そしてその割れた窓ガラスからもう一人の生徒、翠月が飛び込んできた。
「ここまで移動したいとは言ったが、普通投げるかよ。それにお前のほうがはやく着いてるし」
そして、翠月は夢幻のほうを向いて言った。
「よう、はじめましてだよな。試験会場から逃げた臆病者さん」
その言葉に夢幻は目を見開いた。
そして続けて。
「対価は呼吸。なかなか長い時間できてるってことは息を止める訓練でもしたのか?」
翠月は笑って確定している答えを問う。
「どうして・・・」
「お前の疑問の答えを教えてやる」
そして一つずつ指を立てながら。
「お前の疑問はこんなとこだろ。
一つ、なぜ能力が[視覚改変]だと気づいたのか。
二つ、どうやってこの場所を特定したのか。
三つ、なぜ対価がばれたのか。
そして最後に、
四つ、試験会場から逃げたのがお前だとなぜ知っているのか。
一つずつ教えてやるよ」
翠月は詩織にやったように手を一度握り再び一つずつ指を立てていく。
「じゃあ、一つ目[視覚改変]だが、これはただの消去法だ。誰にだってできる。
二つ目、場所の特定は[視覚改変]で迷わせていると分かれば、俺達のことやその周囲が見える場所に限定されるから特定できる」
その答えに夢幻は疑問を持つ。
「確かにそうだけど、それでも場所ならたくさんあるはず・・・」
「まぁ、そうだろうな。もっともな疑問だ。だが、俺達も能力を持ってること忘れてるのか?」
「でも、そんな広範囲を捜索するような能力なんてそんなにないはずだけど・・・」
「だが、極小数ならある。とはいえ、俺は別に能力そのもので特定したわけじゃない。自分の能力を少し応用しただけだ」
「応用?」
「聴覚の増幅。これが俺のしたことだ。あと言っておくが俺の能力は[聴覚改変]とかじゃないからな」
「それなのに、聴覚を増幅できるのかい?」
そして、翠月は自分の能力を明らかにした。
「俺の能力は[虚偽創作]。あらゆるものを偽るだけの能力だ。正直言ってこんな能力、戦闘じゃあまり使い物にならんがな。そしてまぁ、今回はこの能力で自分の聴覚を偽った。ただそれだけだ。もちろん対価はあるがな」
「聴覚を偽る?」
翠月は自分の耳を指差しながら。
「自分の体だけなら事実を少しだけ偽れる。俺がさっきやったのは、[視覚]という対価を払い[聴覚]を偽り、より聞こえるようにした。まぁ、一種の五感操作みたいなものだ。お前の居場所は心臓の音で簡単に見つけれたぞ」
「な!。心臓音・・・だって・・・」
「ちなみに、三つ目と四つ目の疑問もこれで説明つくだろ?。三つ目は能力を解除または使用するときに呼吸を始めたり止めたりした音で対価は呼吸だとわかる。四つ目はさっきとおなじ心臓音。心臓音なんてみんな同じじゃないんだからすぐに分かるだろ」
一息おき・・・。
「ずいぶん短いかくれんぼだったが・・・もう、隠れても無駄だ」
そして・・・。
「チェックメイト」
そうして翠月と詩織の学園最初の生徒同士の戦闘はわずか30分ほどで終わりを迎えた。
「と、言うわけで一人確保だな」
メンバー探し。
詩織と翠月が今、行っていることである。
「やっぱり・・・そうなるよね・・・」
その祝福すべき最初の犠牲者は・・・。
「拒否は認めないからね」
笑顔の詩織に顔を覗き込まれている夢幻だった。
チームメンバー確保→八代 夢幻
「そんな悲しい顔するなって、どうせもう逃げれないんだし」
翠月が小ばかにしたようなことを言っても今の夢幻には苦笑いするしかなかった。
そんな三人が今いるのは勝手に不法占拠した生徒会室である。
「そういえばこの学院でまだ上級生を見てないな」
そう、翠月達はもちろん他の新入生も誰一人として上級生を見ていないのだ。
それどころか、上級生に関する話すら聞いたことがないのである。
「上の階に行っても、空き教室ばかりだしな。まるで・・・学校の形をした箱みたいだ」
「上級生の人たちはもう他種族の世界に行っちゃった・・・とかは?」
「それか・・・全員くたばったか・・・だな」
詩織と翠月はそれぞれで考えた。
そして可能性のある二つの推測を夢幻は否定することができなかった。
「そういえば、蒼忌・・・だったよね。創作系の能力なんて珍しいね」
「そうか?」
「創作系?」
「最低限の知識はつけとけって言ったろ」
はぁ。とため息をつき詩織に能力の説明を始めた。
「能力、つまり異能は主に三種類ある。
一つ目は[干渉]。
簡単に言ってしまえば、既にある物を自由に動かせる能力だ。
二つ目は[改変]。
これは既にある物を増幅させたり同系統の違うものに変化させることが出来る能力だ。例を挙げるとすれば、詩織の[速度改変]。速度を速くしたり遅くしたりできるだろ。
最後、三つ目は[創作]。
この力は、無から有を生み出すわけではなく、有から有を創り出す能力だ」
「有から有?」
「分かりにくかったか?。まぁ、つまり、既にあるものをを媒介にして他のものを創り出す力だよ」
「蒼忌の能力はなにを媒介にしているんだい?」
「さっきもそうだが名字で呼ぶな、翠月でいい。それに俺の能力が知りたいなら自分で調べろ」
そんな態度の翠月に苦笑いしながらこれからのことを訊いた。
「これからどうするんだい?」
「とりあえず人集めだな。馬鹿みたいにいろんなとこで訓練しているらしいが能無しが訓練したとこで高が知れてる。それに今の俺達が訓練したところで何も変わらん」
「え・・・。じゃあ、もしかして異世界にいくまで訓練しないつもりかい?」
「訓練なんてしてなんになるの?」
夢幻の質問に詩織が質問で返す。
「おい夢幻、一つだけ教えてやる」
「・・・なんだい?」
「どうせ生きて帰ってくるんだから、そんなもん必要ない」
「だってどんな世界に行っても」
「どいつもこいつ全員、馬鹿ばっかりだしな。恐れるに値しないだろ」
「ぁ・・・」
どこからそんな自信が出てくるのか・・・と詩織と翠月の表情を見ているとその言葉を言うことができなかった。
「さてと、あと二人も集めるか。目星もつけてあることだし」
そう言って翠月は唐突に立ち上がった。
「目星って・・・。誰を誘う気だい?」
「夜継の二人だ。序列試験のときに目をつけといた。誰かのせいでなかなかたどり着けなかったんだがなぁ」
「はは・・・。ごめん・・・」
「まぁ、もちろんお前にも協力してもらうぞ」
「え・・・。い、いや・・・夜継を相手に僕が勝てるわけない・・・」
「それは俺のほうだ。詩織ならまだしも俺は夜継には勝てん」
今まで黙っていた詩織が疑問を口にする。
「夜継ってそんなに強いの?」
「ほんと、なにも知らないよな」
翠月が半ば呆れながら説明を始めた。
「[夜継]っていうのは、[暗殺]に長けた家柄だ。たとえ能力がなくても夜継の暗殺体術は異能者をも殺すと言われている。・・・そして、[夜継]の現頭首は・・・[人類最強種]の一人だ」
「へー・・・。暗殺かぁ。・・・どうせ弱いに決まってるよ・・・」
「・・・・・・・・・そう・・だな・・・」
詩織の能力[速度改変]。
単純な能力ではあるが、[速度]という概念そのものを変えることが出来る力。
「・・・・・」
翠月は時々考える。
詩織の目に、世界はどう映っているのだろうか、と・・・。
全てのものが遅く、いや、全てが止まって見えてるのではないのだろうか。
詩織には誰も追いつくことは出来ないだろう。
物理的に、だけではなく思考も感情も、詩織を理解すること、同じ場所に立てるものは・・・どこにもいないだろう。
絶対に追いつけない。
そんな存在が目の前に現れれば人間はどんな反応をするのだろうか。
そんなもの決まっている。
絶対的な差は人の心を簡単に砕く。
故に、[諦める]。
追いかけるのも馬鹿らしくなり最後には例外なく諦めるのだ。
そして皆は言う。
「化物」
と・・・。
その言葉は瞬く間に詩織を孤独に追い込み、心を蝕んでいく。
詩織は誰もいない場所で一人で泣いていた。
そして・・・、詩織は確定してしまったのだ。
「誰も、私には・・・・・・・・・・」
「翠月!、翠月!」
「・・・うぉ!」
「どうしたの?。大丈夫?」
いつの間にか詩織の顔が目の前にあった。
「問題ない。少し考え事をしていただけだ」
「そう、それならいいんだけど」
「で、結局その二人をどう倒すんだい?。話し合いで仲間になってくれるほど甘くはないと思うよ」
「そんなの決まってるだろ。夜継とか名の知れた家柄の連中は馬鹿みたいにプライドが高い。だからまぁ、相手に能力を使わないで一発殴れば終わりだ」
「そんなこと・・・夜継相手に出来るわけがない」
「お前は、だろ」
その言葉に夢幻は言い返す。
「暗殺に長け、能力を使うような相手に能力使わないで勝つなんて不可能だ!」
「勝手に決めつけんじゃねぇよ。確かに普通に戦えば不可能だろうな。この世に不可能なんて数え切れんほどあるさ。だがな[不可能]は確実じゃない。知恵と判断力、そして少しのイレギュラーがあれば簡単に覆る。・・・信用できないなら見ていろ。[人間]の戦い方を見せてやる。いくぞ詩織」
そう言って翠月は生徒会室から出て行った。
「ねぇ。ほんとに勝てないと思う?」
そんな詩織の質問に夢幻は答える。
「・・・勝てるわけないよ」
「私もね、そう思う」
「え?」
詩織からでた意外な言葉に驚く。
「だって[人]なんて私が投げた石ころ一つで簡単に死んじゃうんだよ。翠月も能力が無ければただの[人]。夢幻だってそうだよ。殺そうと思えばいつでも殺せる」
その言葉に背筋が凍りつく。
「翠月だってたぶん思ってるよ。・・・なんで異能なんてあるんだろ」
「それは・・・。他種族と戦うためなんじゃ・・・」
「じゃあ、なんで戦う力を持ってるのに勝てないの?」
「そ、それは・・・」
分かるわけがない。
戦う理由なら考えたことはある。
でも、勝てない理由なんて考えたことは無い。
なぜなら勝てないのがあたりまえになってしまっているから。
「翠月は言ってたよ。[人]は勝てないって、でも負けることもないって」
「それはどういう意味?」
「[人]は模倣し学ぶ生き物だって言ってた。他種族を模倣し学ぶことが出来るはずって。相手がおこなったことを真似るって、どれだけ正確にやってもそれ以上にはなりえない。でも正確にやればそれ以下になることも無い。だから勝てないし負けない」
「でも、それだけじゃ・・・」
「だめだよね、勝たないと。だから翠月は絶対的な知恵と判断力を持ってる。模倣するだけじゃだめなら模倣し応用するって」
夢幻はいつの間にか聞き入っていた。
「人が負けるのは能力を持ち、知恵をつけることを忘れているから。翠月は[不可能]を知ってる。普通ならみんなそこで諦めるのに、諦めたって誰も責めないのに・・・。翠月は[不可能]を鼻で笑って覆す。皆は天才だって言ってたけどそれは違う。翠月は誰よりも努力して、諦めないで[不可能]と戦ってる。そして・・・誰よりも[不可能]を知ってる」
「・・・・」
「あ・・・・。ごめんね。長話しちゃって、さて、と。じゃ、行ってくるね」
そう言って詩織も生徒会室から出て行った。
「・・・・・僕も、諦めなければ勝てるのかな・・・・」
二人が出て行った場所を見て静かにそう呟いた。
「兄さん、誰かここに来る」
女生徒がつぶやく。
「誰か、ねぇ。誰が来たところで気づかぬうちに死ぬから関係ない。いつも通り・・・」
その青年の足元には血まみれの教師が三人ほど倒れていた。
「殺るぞ」
「・・・任せて」
その二人の生徒は[夜継]の名を持ち、学院の教師すら簡単に殺してしまう異能者。
そして、始まる。
「向かってくる奴は教師だけかと思ったんだがな」
「あなたは何秒生きていられるの?」
その問いに答えるのは・・・。
「さぁな、少なくともお前らごときには負けねぇよ」
そして、不敵に笑う。
「殺すしか能がない臆病者の[暗殺者]ども、手加減してやるから無い脳みそフル回転させて俺を殺してみろ」
蒼忌翠月。
「・・・兄さん、もう殺していい?」
「あぁ、いいぞ。反応する間も無く殺してやれ」
その言葉を聴いても翠月の表情は変わらない。
「さぁ、[おにごっこ]をはじめようか」
女生徒は数回地面の感触を確かめるように足を鳴らし。
一瞬。
それは、女生徒に翠月が短刀で貫かれるまでの時間。
「・・なる・・・ほど・・な・・・」
貫かれたのは、右のわき腹。
だが、驚いたのは貫かれた翠月ではなく、貫いたはずの女生徒だった。
「!。どうやって・・逸ら・・した・・・の?」
「おいおい・・・暗殺者が一撃急所外した程度で・・動揺してんじゃねぇよ」
そう言いながら、女生徒の手首を掴む。
「・・・今の速さが・・見えるはずが無い!」
翠月の手を振りほどこうともがきながら叫ぶ。
「あぁ・・・。今の速度のことか・・・。まぁ、確かに速いが・・たかが[音速]だろ?」
そこで女生徒が動揺する。
「ちなみに・・能力は[音響改変]って言ったところか?」
女生徒はとうとう動揺を隠せなくなった。
「な!・・・」
「なぜ知ってる。って顔だな。こんなもん一撃食らえばすぐに分かるだろ・・・」
そう言いながら体から短刀を少しずつ引き抜いていく。
「お前の能力は一撃目さえ死ななければ、体に差し込まれる速度で分かる。
[秒速334m]
それが、お前の速さ。すなわち[音速]だろ」
誰もが知ってる[音速]。
空気中での速度は[秒速334m]。
人間の目で認識するのはほぼ不可能な速度である。・・・が
「詩織の速度に比べれば、避けれないまでも認識して逸らすことくらいなら俺にも出来るさ。それにお前は別に速くなるわけじゃない。音に乗ってるだけだろ?」
次々と会ったばかりの女生徒の能力を暴いていく。予想ではなく確定を持ちながら。
「・・・音葉。そいつから離れろ」
「それは無理だ」
青年の声に応えたのは女生徒[音葉]ではなく、音葉の手首を掴んでいる翠月だった。
「俺がこの手を離したらこいつはゲームオーバーだ」
そう言って、薄ら笑いを浮かべながら音葉の手首を離した。
その瞬間、二つの出来事が起こった。
音葉が地面を鳴らし、音速で下がる。
天井が[音]を立てて崩れ落ちる。
この現象が引き起こす結果は。
「がっ!」
音葉が翠月の横を音速で吹き飛んでいった。
「音葉!」
「安心しとけよ。どうせ体鍛えてんだろ、このぐらいじゃ死なねぇよ」
「・・・・何をした」
今にも襲い掛かりそうな剣幕で問う。
「なにをしたと言われても。ここに来る前に仕掛けといた爆弾を爆発させて天井を崩落させただけだが」
「それでどうして音葉が・・・」
「はぁ、妹の能力ぐらいちゃんと把握しとけよ。お前の妹の速度の秘密は[音]。つまり音波に乗って動くから音速がでるわけだ。そして[音]っていうのは[反響]する。音速で移動する通過点に瓦礫を落とすことで大音量で落下音を鳴らすことによって、お前の妹の[足音]の音波をかき消して音波の方向を変えた。あほな脳みそで理解できたか?
まぁ、爆弾は違うことに使おうと思ったんだがな・・・」
[人間]の戦い方。
これが翠月の知恵であり異能を看破する力。
「・・・・・・で、その体で今度は俺を倒す気か?」
そう、翠月は立っているのもやっとな状態である。
「俺の能力は試しに食らうみたいなことすると一撃で死ぬぞ」
能力を行使を始める。
「隠せるものでもないから教えてやる、俺の能力は[毒干渉]。あらゆる毒を操ることができる。そしてまぁ、いつも持ってるのはこいつだ」
そう言うと、おおきな瓶を取り出してその中身を地面にぶちまけた。
それは銀色の液体。
その液体は、少しずつ動き始める。
「・・・・・[水銀]・・か」
翠月が呟いた。
銀色の液体で猛毒そして比較的に入手しやすいもの。
翠月の考え付くものは[水銀]だった。
「ほう、よく分かったな。それもお得意の知恵とやらか?
まぁ、そんなことはどうだっていい、そろそろ死ね」
青年が手をかざすと[水銀]が一斉に翠月に襲い掛かる。
「・・・・さすがに・・これは無理だな」
それは諦めの言葉ではなく。
「・・・・・・・・・・・・・・・バトンタッチだ」
任せる言葉。
「・・頼んだぞ・・・・・・詩織」
翠月に襲い掛かるはずの[水銀]が一斉にはじけ飛ぶ。
「すぐに終わらすから休んでてね」
そう翠月に言いながら詩織は青年を冷たいまなざしで睨みつけた。
「まばたきしたら終わってるよ」
そうして、詩織と翠月に敗北したものが二名増えたのであった。
チームメンバー確保→夜継 業
夜継 音葉