海坊主はゲイを知らない
鬼頭佑介は海釣りが好きな青年だ。もっぱら会社の休みに出かけては、海を眺めながら釣りをしている。鬼頭はこの日もいつものように海釣りに出かけていた。一人で釣るのが好きなので、インターネットで調べた穴場スポットで釣りをしているのだ。ここなら滅多に人は来ないし、来たとしても鬼頭と同じく一人好きな釣り人が多い。だから、余計な話をせずに黙々と釣りができる。
筈だった。
「ん?」
肩をポンポンと叩かれ、振り返ると一人の少女がいた。少女は華のように美しく、容姿が整った可愛らしい子だ。所謂、美少女だろう。そんな彼女が鬼頭に話しかけてきたのだ。
「お兄ちゃん!」
微笑みかけられる。
「なんだい、お嬢ちゃん」
歳は十四歳ぐらいだろうか。幼い顔立ちで中学生に見える。
「私お兄ちゃんが大好き」
「はい?」
いきなり、眼前の美少女に愛の告白をされた鬼頭は、不思議そうな顔で美少女を見つめた。
「お兄ちゃんと遊びたいな」
満面の笑顔だ。まさしく、華が咲いている
「どういう意味か、さっぱり分からないのだが」
「私はお兄ちゃんが好きなの!」
とにかく、告白を繰り返しているのだ。
「君、迷子?」
「お兄ちゃんとチューしたいな」
「酒でも飲んでるのかい?」
「もー、違うってば。お兄ちゃんと遊びたいだけなの」
「俺と遊びたいだと?」
そう言うのだった。
「うん、そうだよ。一緒に遊ぼう」
「生憎だが、俺はここで釣りをしている。他の奴に頼んでくれ」
「だって、お兄ちゃん以外誰もいないじゃん」
「だったら一人で遊びな」
冷たく言う。
「こんな美少女に迫られて、なんとも思わないわけ?」
「自分で言うなよ」
「だってだって! 男は美少女に弱いんでしょ!?」
「あのな……」
ついに鬼頭は言いたくなかった事を口にする。
「なによ」
「俺はゲイだ」
禁断の一言を言ってしまった。
「ゲイ?」
しかし、美少女は可愛らしく首を傾げた。
「ゲイを知らないのか」
「知らないよ、ゲイってなに?」
「男の人が好きな男の人だよ」
鬼頭は同性愛者だったのだ。そうとも知らずに話し掛けていた美少女は顔を真っ赤にして、両手で顔を隠した。
「そんな人だったなんて!」
「別にいいだろ。誰を好きになろうが人の勝手だ」
「失礼しまう!」
海に飛び込む美少女だ。
「ちょっと、おい!!」
海に飛び込んだ美少女はそのまま陸に上がることは無かった。
そして、翌日。鬼頭が朝食を食べながら新聞を見ていると、驚きの情報を目にした。
「なんだこりゃ」
昨日鬼頭が海釣りをしていた近くで男子高校生が溺れて、一時意識不明になっていたという記事が書かれていた。男子高校生の話によると『女子中学生にホテルに行こうと誘惑され、ついて行こうとしたら背中を押されて、海に叩き落とされた』と書いてあったのだ。しかも美少女は禿げ頭の妖怪、海坊主になって溺れている男子高校生を見ながらケタケタと笑っていたという。
「あいつ、海坊主だったのか」
自分がゲイで良かったと心の底から喜ぶ鬼頭だった。
知らない人の誘惑に負けてはいけません。それがたとえ、容姿端麗な異性であってもです。




