異世界(ディファーシャード)
機械室で眠っていた少女の正体は…。
上着、というよりローブそのものは不思議な感じであるが、その隙間から見えた上品なレースがあしらわれた白いブラウスと赤いネクタイ、それと黒いミニスカートはクラッシックな感じではあるが比較的まともっぽい。
足元は黒い絹製と思われる、いわゆるオーバーニー、女学生が履くような茶色の革靴。
あとは黒いとんがり帽子とまがまがしいステッキを装備すれば、正統派の魔女っこであるが、その二つは持っていないようだ。
と、0.5秒ほどで目の前の女の子の全身スキャンを実行し、危険はなさそうだと判断した俺。
「まぁ、立ち話もなんだし適当に座って頂戴」
「しつれいつかまつる」
少女にいすを勧めるとちょこんと腰掛けて俺をじっと見つめる。
おくちのまわりにやきそばパンのソースがついたままなので、学生カバンからウエットティッシュを取り出し差し出すも首を傾げるばかりの彼女。
「ちょっと失礼。口の周りにソースが」
唇がやわらかい…。
できるかぎりそっと彼女の口をふき取ると、ものすごい美人さんが現れた!
「オテスウオカケスル」
「?」
「ハジメマシテ、イセカイノアルジさま。セッシャハ、リターニャ・エル・タリウスともうすデス」
「お、俺はジュンペイデース」
つられて変な外国人なまりになってしまう。それでも日本語が通じてよかった。
たぶん俺と同い年くらいの、金髪で紅い瞳の色白でかわいらしい女の子から発せられるなんとも残念な自己紹介に、俺は心の中で「ぱーどん?」とツッコミを入れる。
「ジュンペイさま…記憶しましたデアル」
「えっと、リターニャ?もしかして日本語に不慣れ?」
「この言語体系はニホンゴ?というのであるか?不慣れ?タンイツホウコウのガクシュウはコウリツがわるいようです」
「学習?」
「ハイ、そちらにごよういしていただきました、げんごがくしゅうそうちで、このセカイのコトバをリカイしたである」
そういえば画面の端っこ1cmほどが映らなくて捨てられていた中型液晶テレビと、既にソフトが販売されていないゲーム機一体型BDプレイヤーの電源プラグが挿しっぱなしになってたな…。
「テレビで?」
プレイヤーのトレイを開くと、昼休みに見ようと思って家から持ってきた時代劇のBDが入っている。これで言葉を覚えた?微妙にセッシャセッシャになっているのは…。
「げんご・しゅうとくには、ばくだいなエネルギーを必要とします。勝手ながら、保存装置に入っていました高カロリー食と糖質水溶液を摂取させていただきました」
あれ、だんだんとしゃべり方が普通に。
「ここまで準備して頂いていたということは、私の転移日時をあらかじめ予測しておられて」
「ちょっとまった!」
彼女が興奮して椅子から立ち上がり、俺のそばにどんどん近づいてくるので思わず手で制してしまったのだが、その際、控えめな山脈とニアミスしたのは秘密だ。
「まず、君は何者で、どこから来たのか…見た感じだとヨーロッパ方面なのかな。それとこの学校、いや、この場所にいた理由は?」
リターニャは「はっ!」という表情になり、すこし後ずさる。
「やはり情報が欠落しているようですね…異世界の主さま、これをご覧ください」
彼女が両手を前に突き出し、水を掬い取るようなしぐさをすると。
「おお?」
手のひらの中に水色の球体が現れた。目を凝らすと球体の表面に白い部分と茶色い部分がちらほらと見える。
原理は分からないが、どこかの星を投影していることは確かだ。
「これは?もしかして地球?にしては大陸の形が…」
「いいえ、これは私のいた世界、ゼ・ディウス。すでに滅びのときを待つばかりの星。私はゼ・ディウスを救うため、この異世界に派遣された自立思考機械。そしてジュンペイさまはこの異世界での私の主」
球体がふっと消えると、突然、俺と彼女は虹色に輝く世界に放り出された!
「おわっ!まぶしい!お、落ちる!!!あれ、落ちない」
奇妙な浮遊感と共に、数メートルほどの距離を保って漂う俺と彼女。
重力が存在しないのか、彼女のマントは尾羽を広げた孔雀のようになり、縫い付けられた無数の半透明の板(スパンコールとはすこし異なるのだが)が虹色の光を反射してきらきらしている。そしてミニスカートは…広がっているのだが陰になって見えないでござる。
「ここはつながりの全天星図」
彼女が自身の胸元を指差すと、ぼんやりと何かが浮かび上がる。
「これが主さまと私のつながりです」
「半透明のチューブ?」
そのチューブの行く先を追って自分の胸の辺りに目を落とすと、俺と彼女は太い水色のチューブで結ばれているのが見える。
直径は十センチくらい、その中は水色の液体らしきものが満たされていた。
彼女から伸びるチューブは俺とつながる一本だけだが、俺からは四方八方、様々な色や太さのチューブが伸び、その中の一本は彼女から伸びるのと同じ色と太さのチューブであり、はるか彼方、絡まりあったチューブの中に伸びている。
俺たちの周りで虹色に輝いていたのは無数に張り巡らされ、絡まりあう色とりどりのチューブだった!
チューブのまたたきをぼーっと眺めていると、リターニャが俺に近寄ってきて手をとり、自らの山脈に引き寄せる。
俺と彼女を結ぶチューブは伸縮自在のようで、彼女が近づいても丸まったり絡まったりすることはなかった。
「この水色のつながりをたどれば、ゼ・ディウスを救う手立てが見つかる。そう教えられ、世界を渡ったのです」
カシャンというガラスのコップが砕け散るような音と共に幻想的な空間は一瞬にして破綻し、元の薄暗い機械室に戻る。
俺は彼女に手を握られたまま、しばらく立ち尽くしていた。