勘違いしないでよ
※暗めの話
※ドラムセットのパーツ、ハイハットシンバルとフロアタムの擬人化
死んでしまえ、と他人に言える権限をもっているのは、ごく少数の限られた人間だけだ。
と、思っていた。彼に会うまでは。
「しねおまえ」
「は?」
なになにこの人なんか言いましたけどマジで言いましたけどなんなんスかマジすか。
放課後。下駄箱前。肩からずり落ちるカバン。そして、俺の横にはまことくん。
「は?えっまってもう一回言ってくれる」
「俺の知らないところで勝手に死ね」
「まじでぇ」
突然の暗雲を目の前に、これでもかと軽快に笑い飛ばしてみせたものの、俺達のあいだに揺れる真っ黒いカーテンが払われることは、ついぞ無かった。沈黙が訪れたこの場に残ったのは、わずかな衣擦れの音だけ。
俺はひじの辺りまで下降していたカバンを抱えなおし、気を取り直そうと軽く息を吸って、床に転がる運動靴を睨み付けた。
まことくんが死ね。このばかやろう。
友達じゃねえけど友達っぽいような、いやいや、なんていうかとりあえず他人じゃないやつに死ねとかどうなの。別にいいですけど、べつに。俺はまことくんすきでも嫌いでもすきでもないし、別に。
「ええまじでえショックう」
感情を乗せないように言葉を紡ぎつつ、横倒れになっていた靴をつま先で転がし、正しい位置へと起こす。わあやったあ。これでクツが履けるぞ。
「まことくんさあ、本当はおれのこと」
なんの感情も浮かべないまことくんを。
「好きでも嫌いでも、ないくせに」
見る。彼はとびきりの無表情で俺に言った。
「悔しがってんじゃねえよ」
わあこれでクツが、クツが、ちくしょう、まことくん死ね。
校舎から出るために、俺はガラス戸を押し開ける。紫外線だかなんだかが天からジリジリと降り注いだ。夏はムカつくから嫌だ。ああ、嫌いだ。俺がくぐりぬけた玄関を、無表情くんが続けて通る。
「そういや、集合時間なんじだっけ」
「18」
「余裕じゃーん」
「おまえさ」
「ん」
「引きずってないか」
その瞬間に爆発した、言いようのない感情にむりやり嫌悪という布を被せ、俺は笑いながら無表情くんへと顔を向けた。さぞ無愛想な彼が拝めるのだろう、と期待に胸を膨らませていたというのに。彼は。かれは。無表情野郎は。
「……なに笑ってんの」
「別に」
俺の友達だかなんだか分からないでも他人じゃないような他人のまことくんはくそうぜえ太陽の下で俺に向かって笑顔を見せていた。
だから俺も笑顔で言ったのだ。
「まことくん死ね!」
静まった空気のなかで、笑いあう男二人。滑稽以外のなにものでもない。
つか、言っちゃったよ。ついに言っちゃったよ。死ねとか。
死んでしまえ、と他人に言える権限をもっているのは、ごく少数の限られた人間だけだ。そう、思っていたんだ。まことくんに会うまでは。
でもそんなの全然ちがったんだよ。死ねなんて言葉に、なんの意味もない。意味がないんだ。だから、言おう。意味のない言葉を、すきでもきらいでもないまことくんに。
「まことくん死ね!」
太陽の下、笑顔で。