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短編集ページ  作者: 小森
ドラムパーツ擬人化
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似てるわけがない

※ドラムセットのパーツ、ライドシンバルとクラッシュシンバルの擬人化

 

「は?いまなんつった?」

 眉根に皺を寄せて、目の前の男に聞き返す。

「だからお前、次の演奏では髪染めて来いよって」

 幼馴染はそう言って、タバコの箱を片手で弄んでいる。脇に追いやられたコップの中で、氷がカラリと崩れ落ちた。

 不機嫌になる己を感じながら、俺は銀のスプーンを真っ赤な皿にすべらせる。トマトペーストと春野菜のスープ。大好物のはずなのに、食欲は下降する一方だ。最後に残った残滓と湧いた唾液を一緒くたに嚥下して、安っぽい背もたれに体重を預けながら口を尖らせた。

「吸うなよ」

「吸わねえよ」

 グシャリと、紙の箱がひしゃげてテーブルに鎮座する。こいつ、結構暴力的だな、とたまに思う。

「髪、戻せ」

「黒に?」

 あたりまえだろ。そう言ってアイツは俺を見た。けど、すぐに目線を逸らす。ああ。

「なんか、ムカツク」

「伝言だよ。俺は上から聞いただけだ」

 そっちにイラついてんじゃねえよ。と思考の中で呟いた。本当にお前は俺を見ない。見ようともしない。なんだか腹が立つ。

「よりによってなんでお前に伝言させんの?他のヤツでよくね?」

「他のやつに言われて素直に髪を染めるなら俺も楽なんだけどな」

「お前は俺の何だと思われてるんだよ。それに俺だってPTOくらいわきまえてるわ」

「ああそう」

 いつでも子供扱いして、いつでも適当にあしらって、いつでも俺の知らない先を見て。それが俺を酷くいらだたせる。負けたくない。負けたくなんかない。こいつには、絶対に。

「俺の方が2ヶ月年上なんだけど」

 卓上から視線を上げて、見たくもない男の顔を仕方がなしに睨みつける。頬杖をついたアイツは口の端を上げてのたまう。

「……ばかなのか?」

「ふざけんな!」

「そんな微々たる差を主張するとはな」

 気だるそうに空気を吐き出して、アイツは肩を落とす。そのまま立てかけたメニュー表を取り寄せるとページをめくりだした。潰れた箱はいつのまにか彼の胸ポケットの中にいる。変形した歪な四角が、なぜだか似合う気がした。

「戻せよ?」

「わかってるっての。しつけえな。次はジャズだから、スーツに黒髪、です」

 俺はこれみよがしに溜息を吐き返す。指先で皿の淵を撫でると、赤い陶磁がひんやりとして心地よい。

「ホストに間違われるようなスーツは着てくるなよ」

「お前は俺を馬鹿にしすぎじゃないか?2ヶ月年上を敬え愚民がッ」

対峙する男を半眼でみやり、わざとらしく嘲笑を送る。けれどアイツはそんなものもろともせずに不遜に笑った。

「俺が愚民ならお前は何だ?」

 手の平が俺を向いて話の先を促す。

「……俺は」

 ぼんやりと、暖房で温まった空気に身をひたす。天井の明かりが妙にうざったい。後ろの席の男が席を立つ音がした。食器を下げる音。誰かの話し声。足音。咀嚼音。携帯の着信。子供の泣き声。ああ、うるさい。

「お前と同じだよ」

 中途半端な意識のまま、投げやりにそう言って、嫌みったらしい笑みを作る。本心なのか偽りなのか自分でもわからないままに。そうして口をついて出た言葉は陳腐なまでに意味がなく、喧騒の充満した店内に消えて死んでいく。

「そうか」

 アイツはそれだけ言った。意味のない相槌。馬鹿みたいだな、と自嘲して俺はテーブルの伝票を掴む。いくつかの文字と数字が規則に倣って整列していた。

「なあこれ」

 口を開いて言葉を掛けようと、紙切れから視線を戻して相手を見る。

「お前、俺と同じなんだな」

 男は、口の端を持ち上げていつも通りに笑っていた。意味のない相槌などではなく、それは何か、意味のある何かに、もっと別の何かに、見えた。肯定に近い何かに。だから、目の前が嫌悪感でいっぱいになった。ふざけんな。

 相手のたった一言で憤りが体中を駆け抜ける。お前が俺と一緒なものか。俺達は違う。違うものにしかなれない。お前の考え方も、生き方も、いままで進んできた道も、俺は知っている。俺が選べなかったものを、俺が掴めなかったものを、お前が持っているのを知っている。分かっている。全部。お前は俺に無いものを持っていて、そして俺も、お前に無いものを持っている。そんなの本当は分かっているんだ。でも、それでも。俺はお前の位置まで走りたい。手を伸ばして掴みたい。その、ギリギリのラインまで。だから絶対に負けられない。


 不機嫌さを隠さずに、俺は乱暴にコップを掴み上げ、温くなった水にくちびるをつけた。宣戦布告だ。聞こえないように水際に思考を落とす。ガラスの向こう側で、俺の幼馴染はおかしそうに笑っている。腕を下ろして俺も笑い返した。

「全部わかってますって顔してんじゃねえぞ」

 笑顔のまま無言で睨みあう。俺達は本当に無意味で大馬鹿者だ。


 春が終わり、夏がくる。演奏会が、俺達の舞台が、すぐそこに迫っていた。そこで最高の音楽を得られる。こいつがいれば。

 そんな嫉妬まみれの、馬鹿みたいな予感がした。


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