表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編集ページ  作者: 小森
シリーズ外
24/36

リバーシ

※暗めの話 ※残酷、流血、暴力、グロテスク表現

 

「皆さん。今日は僕の花嫁になってくれて、ありがとうございます」

 青空のもと、青年がその場を見回して言った。64人の少女が、戸惑いと共に青年を見上げる。青年の後ろには従者が控えていた。彼らが居るのは、広大な領地のど真ん中に位置する薔薇園の、更に内側。生い茂る花々に囲われ、秘匿とされる、文字通り何も無いポケットだった。その、草木の生えない土がむき出しの空間に、白い服の少女達が規則正しく整列させられている。彼女達の両の足は、地から飛び出た鉄の棒にくくりつけられていた。


 青年が、おもむろに両の手を持ち上げる。右手にはライフルが握られていた。その手が、肩の位置までゆっくりと持ち上がり、銃口が前を向く。

「ほんとうにほんとうに」

 少女達は訳もわからず息を呑む。

「ありがとうございます」


 次の瞬間。

 少女達の白い、白い服が――。


 白い


 しろい


 ウエディングドレスが






 弾けた












 肉が飛んだ。布切れが飛んだ。血と、悲鳴が飛んだ。青年はテンポよく引き金を引く。白が赤に染まる。次々と。64人が。弾け飛ぶ。前後8列づつにキッチリ並んだ花嫁は、規則性も無く、適当な順番で死んでいく。まだ生きていた一人が、逃げようと足に巻かれた鉄線を素手で掴む。荒々しく息を吐きながら冷や汗を浮かべながら必死で掴む手が裂けるそれでも少女は鉄線を掴む掴む引く引きちぎれない掴む掴む。


 青年はその少女を撃ち殺した。


 脳漿が、後列にいた花嫁の顔に飛ぶ。少女は奇声を発し、直後、腹に風穴を開けてすぐさま沈黙した。それが、最後の一人。それが、最後の白だった。青年は一仕事を終えたように肩の力を抜く。

「僕の勝ちだ」

 そう言って、青年は後ろの従者を振り返る。従者は無言で立ち尽くし、微動だにしない。表情はどの角度からも見えなかった。青年は従者へと歩を進め、その顔を覆い隠すハンチング帽を摘み、上へと押し上げた。

「ごらん」

 熱のない瞳が陽光のもとに現れ、青年を見据える。そして、瞳の持ち主は言われた通り、地へと視線を投げた。盤上を、赤色が覆っている。白は赤へと色を変えた。

 ーーリバーシのように。

 青年はそれらを左の指で示し、右の腕で従者の肩を抱いた。

「お前は絶対に、あの服を着てはいけないよ」

 従者は、64個の駒を見つめた。ウエディングドレス。美しい花嫁衣装。白い、白い、なによりも純白だった――。

「こんなものを被っていたら、よく見えないだろうにーー」

 青年は従者の帽子を外し、血塗れの盤上へと投げた。帽子は少女達の内臓の上に落ちる。

「さあ、僕の勝利を見てごらん。彼女等をよくごらん。お前は、僕の親友だ。決してあの衣装を着てはいけないよ。お前は一生、僕の親友だ。子供の頃から。そして、いつまでも。誰の前でも、あの衣装を着てはいけないよ。お前はずっとずっと、僕の親友だ。だから、これからもお前は」

 ウエディングドレス。

 美しい花嫁衣装。

 白い、白い、なによりも純白だった――。

「男であれ」

 青年はそう言って、潔白の象徴を裏返した。

 従者の長い髪が、風に攫われて揺れる。青年はその髪に触れ、まどろむように目を細めた。過去、無邪気に笑いあった日々は、もはや果てしなく遠く、二人の手の触れる場所に、まっとうな幸福などというものは、既にそんざいしなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ