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ハピネス ロード

作者: 冨樫ひばり

初めましての方は初めまして。

お久しぶりですの方はこんにちは。


以前はにじファンで銀魂の二次小説を書いていた冨樫ひばりと申します(^^)


ついに投稿してしまったオリジナル短編!!

至らない点も多々あるかと思いますがご容赦ください。


厄介なやつ、もとい俺の婚約者が



普段のアイツより殊更に厄介なものを見つけてきやがった。














『バンジー結婚式inフランス☆ 彼と一緒に宙へダイブ!! 絶叫して二人の愛を永遠にしよう!!』



「先輩コレ!! コレやりましょう!!」



「アホか」



「アホじゃないです真剣です!! 本気と書いてマジです!!」



こんにちは皆さん。俺の名前はナツノ。渋谷(しぶたに)夏野(なつの)。五年前に社会人となり、約一年後に結婚を控えた真っ当な人間である。一人称でわかると思うが、男だ。



そして三人掛けのソファーに座る俺に向かって派手な広告を鼻先が触れる程までに突きつけてきたのは、黒髪の小柄な女。名前は濱宮(はまみや)いと。俺の高校時代の後輩であり、こんな言動であるが実は世界に名を轟かせる大企業の社長令嬢である。



そしてなにより、



一年後に結婚を約束した、俺の婚約者だ。



バンジー結婚式という極めて危険な香りしかしない本人的にはベストだと思ったらしい結婚プランを俺に一蹴され、いとはすぐに口を尖らせて抗議をする。俺は突きつけられた広告をさりげなく顔の横にずらしながら、別段驚くこともなく彼女と目を合わせた。コイツのこういう突拍子もない言動にはとっくの昔に慣れている。



「なんで人生の門出にわざわざ命懸けなきゃいけねェんだよ」



冷静にそう言えば、彼女ははたと口を元の形に戻し、手に握ったままの広告を眺める。一頻り見渡した後、俺に視線を戻してこくりと首を傾げた。



「命綱ならちゃんと付いてますよ?」



そういう問題じゃない。



そんなツッコミは心の中で済ませる。



「そうだろうな。じゃなきゃそのまま地獄の門入りだ」



幼い頃からの厳しい英才教育、大人だらけの社交界。



憧れだったいと曰くの"外の世界"をまともに知ったのが、親から逃げるために家を飛び出して引っ越し、そのまま結果的には俺たちの出会いの場となった普通の公立高校へ入学と何とも大胆且つ無茶なことをやってのけた15歳の時らしく、そのためかいとは俺たち一般人と少々物の見方がズレている。が、このギャップも、出会って一年ほどで慣れてしまった。



むしろこのズレも、"外の世界"を知らない云々というよりは彼女の性格の一部なのではないかとすら思えてくる。



そんなことを改めて思う俺を他所に、当の本人はケラケラと笑って手をパタパタと横に振った。



「心配しなくても大丈夫ですよぉ。先輩も私も、行くとしたらきっと地獄じゃなくて天国です」



「だといいな」



そうですよ、あははっ。



そうだな、ははははっ。



あはははは―――



ははははは―――



「………ハッ、いけない!! 話が逸れてる!!」



(チッ……)



このまま命をリスクとする結婚式の話題を流そうとしたが、そこは見落としてくれないらしい。「いけないいけない…」とぶつぶつつぶやく彼女はこちらをクルリと振り返り、俺との距離をさらに詰めて顔をグンッと近づけてきた。どうでもよくはないが、近い。



「行きましょうよ先輩!! フランスで愛を叫んで私たちの愛を永遠にしましょう!!」



「フランスに行くのは一向に構わないが、バンジーをするのも公衆の面前で愛とやらを叫ぶのも嫌だ」



俺が正直に思ったことを口にすると、彼女は恨めしげにこちらを睨みつけてくる。俺が座っているせいで彼女に見下ろされる体勢となっているが、はっきり言って全く怖くない。



「私だってたまには先輩からの愛の言葉がほしいんです!!」



「愛ならいつも(お前がねだってきて煩いから)言ってんだろうが」



「あれは私がねだって言ってくれるまで煩くしてるから、お優しい先輩が仕方なしに言ってくださっているだけじゃないですか!!」



「ほぉー、自分が煩くしてるって自覚はあったのか」



意外そうに俺が言えば、いとはぶぅと頬を膨らませてさらに不機嫌そうな顔を見せる。もう一度言うが、そんな顔をされても全く怖くない。



俺の顔を睨みつけたり未だに手に握っているチラシをじっと見つめたりと、忙しく表情を変えているいとは今回はやけに諦めが悪い。いつもならこの辺りで俺かいとのどちらかが必ず折れる。



今回は俺が自分の命が惜しいために折れることはない、つまりはいとが早々にもっとまともで女性が憧れるような、そして俺と何度か話していた別の結婚式プランを提示してくると踏んでいたのだが、結局彼女は一度も「じゃあ…」と別の案を出さない。



どうしてだろうと疑問に思うよりも煮え切らない彼女がわからず、俺は思ったまま彼女に訊いてみた。



「何でそんなにバンジー結婚式にこだわるんだ? 普通の式じゃダメなのか? せめて命の危険が伴わない式じゃ」



「………」



ゆっくりとチラシから顔を上げてこちらを向く彼女は、何かを言いたそうに眼を泳がせている。しばらく間を置いてみたがはっきりしないので、俺は続けることにした。



「大体、そんなアブノーマルな結婚式はお前の親父さんが反対すると思うんだが?」



そう言えば、ピクリといとの眉が一瞬跳ねる。このクセは知っている。彼女が何かを隠している時か、彼女の何か核心めいたものを突いた時の反応だ。



実の親でありながら未だに苦手だと話している"父親"という単語を出したことから、その反応を後者だと受け取った俺は、じっと彼女からの答えを待つ。



いとはしばらく迷ったようにキョロキョロと辺りを見渡していたが、やがて「だって………」とポツリつぶやき始めた。



「先輩が…いなくなっちゃうんだもん……」



「……………」



予想外の言葉に、俺の思考回路が一瞬フリーズする。やがてポカンと半開きだった俺の口から洩れたのは、



「………は?」



そんな間抜けな声だった。



「いや…俺はちゃんとここにいるじゃねェか」



「そうじゃなくて……」



頬に手を添えてアンニュイな雰囲気を醸し出しつついとはため息を吐くが、その態度だけでは彼女の言い分がわからない。しばらく考えてから俺は腰を浮かして、ソファーに座る位置をずらした。



「ん」



隣をポンと叩きつつ短く呼びかければ、それに気づいた彼女はすぐに俺の意図を察してくれる。



ただ予想外だったのは、大切に持っていたチラシを投げ捨ててジャンプしてきた彼女がその勢いのままソファーではなく俺へダイブしてきたことだった。



「ぅおっ!!!」



思わず大声をあげて、そして反動で浮き上がった彼女の細い体を落ちないようにほとんど反射的に支えてやる。俺の首に腕をまわして、顔をうずめたままのいとはしばらく何も言わなかった。



「………どうした?」



こういう時、大抵いとは自分からは何も言わない。何も主張しない。



ただ黙って、こうして一人でしっかりと何かを抱え込んでいる。



普段は無鉄砲ともとれるほど行動が早く悩みなど一つもないように明るく見えるが、実は一人きりで考えすぎてしまう節があるところもずいぶん前に知った。それを昔は絶対に人前に出さなかったが、少なくとも俺の前ではそういう面を見せられるようになったことは彼女にとって大きな変化だろう。



だから俺は、背中を軽くたたきながらじっといとからの言葉を待つことにした。



「……………」



「……………」



「……………」



「……………」



「……………っ!!!」



「ぶっ!!!」



いきなり顔を上げられ、アッパーの如く俺の顎が上へ飛ぶ。ぐらぐらする頭をおさえていれば、こちらを真っ直ぐに見つめている目と目が合った。



「先輩、明後日先輩はどこへ行きますか?」



「は………?」



「答えてください」



「………ニューヨーク」



いとの有無を言わさない口調に戸惑いながらぼそりと小さな声で答えれば、彼女の眉が少しだけ下がる。



「来週……は?」



その表情で、なんとなく彼女の言わんとすることがわかった気がした。



「……ミラノ」



「その次は?」



「上海。月末にはスイス」



「……………」



俺の答えを聞くたびにいとの眉毛は徐々に下がり、その顔のまま少し悲しそうに「ほら」と笑う。



「私の傍からいなくなっちゃうじゃないですか」



「だから…だから……」と言葉を続けようとするいとは、滅多に泣かないのに今にも泣きだしそうな表情だった。



「少しだけでも…結婚式っていう一瞬だけでも、誰よりも傍にいてほしいんです」













俺の海外出張が多くなるのは、何も突然決まったことではない。



これは直に世界に名を売るいとの家、濱宮の家に婿として迎えられ、そしてゆくゆくはその会社のトップとして立つための前準備である。



いとと正式に付き合うことになってから、いつかはこうなるとわかっていたはずだった。



それでもいとも、もちろん俺も、



"仕方ない"の一言で少なからず"寂しい"と思う感情を完全に失くすことができるほど、まだ大人になりきれてはいない。



いつも自分を多少は大人だと思っている己にはらしくないことに気がついたことに驚き、そしてなにより、さらに驚いたことがもう一つ。



ああ、コイツは、



こういうこともちゃんと言えるようになったのか、と。



「いと」



短く名前を呼べば、俯き気味だった彼女がゆっくりと顔を上げる。相変わらず眉は下がったままだったが、その大きな眼にはやはりと言うべきか、俺がちゃんと映っていた。



「安心しろ」



そう言って、黒髪がなびく頭を撫でてやった。



「出来るだけ早く、必ず、お前のところに帰って来る」



『約束だ』



たどたどしく、それでも必死に紡ぎ出したその言葉は、



二十代後半の男が言うにはあまりにも幼稚な言葉で、



思っていることの半分も伝えきれない言葉。



こういう時、もっと上手い言葉が出てきてくれたらと何度も思う。



それでも、



こんな言葉でも、



いとは、必ず耳を傾けてくれる。



信じてくれる。



「………はい」



思わず差し出していた俺の小指に、細く白い指が絡む。



その先に、やっと、いつもの彼女の笑顔が見えた。



「約束、ですよ。先輩」



「………ああ」



きゅっと、お互いの小指に力が込められる。



そして互いに顔を見合わせて、笑った。



「先輩、今日はやけに素直ですね。いつもはこんなことしないのに」



「そういうお前はやけに諦めが悪かったな。別にバンジーしなくったって結婚式ならもっといいやつが―――」



そこで俺は、はたと言葉をきる。何やら視線を感じたのでくっと上を見上げれば、ソファーに膝立ちしたままのいとがきょとんとした顔でこちらを見つめていた。



「……………」



「………いと?」



なんとなく、何の根拠もないのだが、



嫌な予感しかしない。



「先輩…どうしてバンジー結婚式がお流れになっちゃったみたいな話になってるんですか?」



「はっ………」



絶句している俺を他所にいとはソファーから飛び降り、先ほど自分が放り投げたチラシを拾い上げる。そして、泣きそうだった顔はどこへやら、憎たらしいほどの満面な笑みとチラシを俺に向かって突き出してきた。



「やるといったらやるんです!! さあ先輩!! いざ行きましょうフランスへ!!!」



「何故だ」



「私たちの愛を永遠にするためでっす!!!」



「デカイ声で恥ずかしいこと言うな阿呆」



「せーんーぱーいーッ!!!」



すっかり立ち直ったらしいいとは、数分前よりもずっと声を高くして俺にバンジー結婚式を推し進める。ああそうだコイツは立ち直りの早い奴だったなと思い出しながら、せめてもの抵抗にと騒がしい彼女を目の前に耳を両手で塞いだ。



さてどう丸め込もうかと算段を立てていた俺だったが、ふと、あることを思いついた。



散々自分の主張をしていた奴だ。



このくらいの意地悪をしたって、罰は当たらないだろう。



「………わかった」



俺が小さくつぶやけば、いとは途端にピタリと静かになる。ソファーの前に立ち俺の顔を覗き込もうとする彼女に、俺のわずかに上がった口角など見えない。



「……先輩?」



「なんだ」



「いま…『わかった』って言いましたか?」



恐る恐る、といった様子のいとに吹き出しそうになるのを堪えながら、俺はいつもの口調で答えようと努めた。



「ああ、言った」



……やべ。少し上ずったか?



「本当に本当ですか?」



どうやら気づいていないらしい。俺はまた少し口角を上げた。



「本当に本当だ」



「本当に本当に本当ですか?」



「ああ」



「本当に本当に本当に本当ですか!? 今更やっぱやめたとかはナ―――」



「しつこい」



俺が一蹴すれば、そのいつもの態度に安心したらしいいとはパッと顔を輝かせた。



「じゃあ―――!!」



「ただし」



少々語尾を強めて俺がそう切り出せば、いとは再びピタリと己の動きを止める。その様子が可笑しくて、俺は顔を上げてもう隠さなくてもいい笑みを彼女に向けた。



「一つ条件がある」



「じょ……じょーけん?」



予想外だったらしい言葉を復唱しながら、いとの表情が戸惑いに変わる。「ああ」と短く言って頷いた俺は、ソファーから立ち上がって彼女を見下ろした。



「いと。俺とお前が同じ学校に通っていたのは何年前だ?」



「へ? えっと……大学生の時だから、五年まえ?」



「正解」



ニヤリと珍しく笑った俺の顔にただならぬ何かを感じたのか、いとが数歩後退しながら「せ、先輩?」と呼びかけてくる。それをゆっくりと追いながら、俺はついに口を開いた。



「そろそろ、"先輩"って呼ぶのには無理があるんじゃねェのか?」



「!!!」



そう言えば、瞬時にいとの顔が凍り付く。その表情にくつくつと笑いながら、俺はいとを壁まで追い込んだ。



「夫婦になったらそんな呼び方出来ねェだろ」



「そ……そうですけど………」



「三年前くらいから治そうとはしてたらしいが、全くと言っていいほど治ってないな」



「うぐっ……」



図星を突かれたのか、ギクッといとの肩が跳ねる。



"俺の名前を呼ぶことが出来ない"。



それはいとのほとんどない弱点の一つだ。



一年後には夫婦にもなるのにこの現状については本人も懸念しているらしく、これまでに何度か治そうと試みたらしいことはあった。"らしい"、と言っているのは、本人的には体中のエネルギーと勢いを駆使して羞恥という壁を乗り越えて俺の名を呼ぼうとしたらしいが、結局その壁を乗り越えられず当の俺が呼ばれていると全く気が付かなかったためである。



別に俺だって、名前を呼んでくれること自体は嬉しいだろうがそのことにそこまで深いこだわりはない。だからいつもなら、無理はしなくていいと彼女がいつか名前で呼ぶことに慣れるまでじっと待つような態勢だった。



だが―――これはこれで良い機会なのかもしれない。



「式の準備が諸々あるから…期限は一ヶ月だ。その間に俺を名前で呼ぶことができたら、バンジー結婚式とやらをやってもいい」



「いっ、一ヶ月!!? む、ム―――」



「ムリとは言わせねェ。だからそれまでに……」



耳元に口を寄せて、囁く。



「せいぜい頑張って俺を傍に留めておくことだな、いと」















思いっきり意地悪な口調で言ってやれば、途端にいとの顔が火がついたようにぼっと紅くなる。何かを言いたいらしく口を数回パクパクと動かしている彼女に笑って頭をポンポンと撫でてやってから、俺は明後日の荷造りをしてしまおうと部屋を出ていった。



(…このくらいの条件であの危険な結婚式をやってもいいって思っちまうんだから、俺もアイツには相当甘いな……)



ぼんやりと思ったその真意は彼女に感づかれたか、否か。



まあたぶん大丈夫だろうと結論付けていたら、後ろの方から我に返ったらしいいとの「ぎゃぁぁああああッ!!!」と色気のない絶叫が聞こえてきたので、思わずぶっと吹き出してしまった。












ハピネスロード



幸せへと続くこの道を、君と、ずっと。



『な、なっ、な……な!! ななななな、なッ!!!』



(……二文字目言うのにどんだけ時間かかるんだ、コレ)





いとは、実は作者が前から書きたがっていた元気いっぱい奇想天外の主人公でした。


本当は長編での彼女と夏野との高校時代、結婚に至るまでの小説の案を練っているのですが、まとまっていないのでとりあえず思い切って未来の彼らを出してみました。いとの立場が特殊なのでわかりにくいところとかなかったかな…?



バンジー結婚式は本当にフランスにある結婚式で、昔番組で紹介されたのを見てこの二人が思いついてしまいました(^^)



たぶん、いとちゃんが頑張った甲斐あって夏野くんは一年後にバンジーしてると思います。ご愁傷様です(笑)

そして二人とも、末永くお幸せに。

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