6 黒い犬
「行くよ。タヌキ」
その声に、ヤツは嬉しそうに尻尾を振りながらまとわりついて来る。
愛犬のタヌキは、黒い毛のパグ。
毎晩の散歩は、私の仕事だ。だから今日も片手にリード、ポッケにコンビニ袋を入れて家を出る。
黒い犬。
イギリスには、黒い犬の姿をした不吉な妖精が居るらしい。地獄の女神の猟犬だとか何だとか。うちのタヌキは、そんな恐ろしいものではない。むしろ、誰にでも懐く可愛い奴だ。
今夜は雲が厚く、月も星も良く見えない。でも、公園は街灯に照らし出されているから、不便はない。タヌキはいつものようにそこで用を足し、私は慣れた手つきで新聞紙で取ったそれをコンビニ袋に入れる。
これで、散歩の目的は果たされたのだけど、私としてはもう少し運動したい。
公園の外周を一周する、その時。
靴音が聞こえたと、自覚する間もなく、左手にぶら下げていたコンビニ袋が、引かれる。
渡すまいと力を込めてしまったのは、一瞬。
このままでは、袋は千切れ、中に入ったものは地面にぶちまけられる。そこまでして、守りたいものか? 答えは、否だ。
結論。私は手を離し、夜目にまばゆい白い袋を手にした黒い影は、すさまじい勢いで走り去って行った。
その時になって、胸がどきどきと鼓動を刻み出す。
犯人は、あの小さなコンビニ袋に、何が入っていると思ったのだろう。夜目に、黒毛で小さなタヌキは見えなかったかも知れない。
相手がお腹を減らした、私のコンビニ袋に唯一の希望を抱いた人だったら……私は、何という罪を犯してしまったのか。
地獄の女神の猟犬は私に復讐するだろうか。
とりあえず、明日から散歩コースは変えよう。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
「フェアリーテイル」久しぶりの更新になります。
洋風ファンタジー要素を含んだ日常話。ああ、怖い怖い。
物語より、復讐が怖い。
実話ではありませんよ。なので、心当たりがある方は、私を狙う事だけはやめて下さい。