3 忘却の川辺にて
満月の夜。
静寂の闇の森が、不意にざわめいた。何処からともなく笛の音が鳴り響き、おぼろげな光明が集まる。
今宵は宴。妖精達の宴。笛の音に、そして鬼火に人間共は恐れをなして近寄っては来ない。
と、川向こうにおぼろげに浮かび上がる幽鬼の姿が現れた。
月に浮かび上がる青白いおもて。狂わしい声で、何事かを叫んでいる。
勇気ある妖精が、川を超えてその女に声をかけた。
「まだ、川を渡らないの?」
女は答えず、ただ狂ったように笑うばかり。
「貴女の思い人は、すでに川を渡っている。だから、もう良いんだよ」
振り乱された金色の髪。狂える青い目が、妖精を見た。
そして、女は息を飲む。
「ねぇ、貴女が忘れてくれたら。貴女の大切な人も産まれる事が出来るんだ。だから、一緒に川を渡ろう」
手を差し出す、その妖精は、彼女の愛しい人によく似ていた。
女は笑った。笑いながら妖精の手を取る。
「忘れない。私は、決して、忘れたりしない。あの人を愛し、あの人を恨んだ事を。そして、あの人を許す事が出来るまで、わたくしはここに居るのです」
忘却の河を渡れば、まっさらになって生まれ変わる事が出来るから。
それでも、忘れてはならない運命を――またいつか、生まれ変わる事が出来るなら、同じ過ちを繰り返さない。
狂える女の、それは業。
先に、川を渡ってしまった恋人が、許せない。
「デンマークの王子よ、復讐を忘れるな!」
腕をきつく掴んだ。その痣は決して消えないだろう。
その言葉は妖精の心にいつまでも蟠り続けるだろう。
そして彼は再び絶望にかられた姿で現れ、今度こそ二人で成し遂げるのだ。
同じ苦しみを。―共に。