第7話 剣術修行と花嫁修業
「あー、疲れたー」
アリシアは部屋に戻るとスカートを肌蹴させ、大股を開いてくつろいでいた。
炊事、掃除、洗濯、それが終わったら、お花の稽古にお茶会。
ただの家事手伝いの域を一歩飛び出して、まるで花嫁修業である。
(やさしいおばさんだと思っていたけど、意外としつけには厳しいんだよな。今、こうやってふしだらな格好をしているところを見られたら、どやされるに違いない)
こんなことになるのなら、素直にはじめから男だと名乗ればよかったとアリシアは後悔しはじめているのだった。
(これからゆっくり、ゴルド対策を考えようと思っていたけれど、このままだと、なかなか時間も取れそうにないや。レオとも修業の約束をしたけれど、どうしたものか……)
うつぶせがちに枕を抱きしめながら、アリシアはうなりをあげていた。
「花嫁修業かあ。もし、そうだとしたら、僕を誰に嫁がせようとしているのやら」
おばさんが流れ者の娘を必死に育ててまで嫁がせようとしている相手。
結論が出るまでに時間はかからなかった。
レオナルド。
この村には若い娘はいないとアリシアは聞かされている。
そうなると、この家は後継ぎを作るのに苦心しているに違いなかった。
(このまま、家事をみっちり仕込まれた後は、家族ぐるみで自然と僕をレオナルドとくっつけるよう仕向けるに違いない。優柔不断な僕は流されるままにその策略に乗せられちゃうのかもしれない。そして、やがては結婚。式では誓いのキスを……)
そこまで想像したところで、アリシアは生理的嫌悪感を覚えた。
(ぼ、僕は男なんだ!何が悲しくてむさい男なんかと結婚して、ましてや、あんなことやこんなことをしなくちゃならないんだ!冗談じゃないぞ!)
みだらな妄想を頭から打ち消そうとアリシアは悶絶していたのだった。
「すみませーん。レオナルドさんのご自宅はこちらでしょうか?」
低音で、それでいて安心感を与えるような声が家の中に響いた。
「はーい。そうですー」
アリシアはあわてて服装を整えると、煩悩を追い払い、玄関の客人を出迎えた。
レオナルド本人はもとより、おばさんもおじさんも外出しているようだった。
「ボラムの街で開かれる剣術大会の出場の件ですが、レオナルドさんが出場の書類審査をパスしましたので、出場札を渡しますね」
くたびれたローブを着た老夫は早口でそう言うと、アリシアに木の札を手渡した。
「それじゃ、私はこれにて失礼」
要件だけを簡潔に伝え終わると、老夫はそそくさと出ていった。
札には大会名と出場番号、注意事項らしきものが書かれていたが、半分に割られており、何が書かれているのかは、はっきりと読み取ることはできなくなっていた。
おそらくこれは勘合符なのだろうとアリシアは見当をつけた。
木札の残り半分は大会主催者側で管理していて、大会開催のときに本人確認をするために使うのだ。
(レオナルドのやつ、大した実力もない癖に懲りずにこんな本格的な大会に参加するつもりなのか?)
しかし、強くなるための手段として、目標を持つこと自体は悪くないともアリシアは思ったのだった。
(そうだ。いいことを思いついたぞ)
アリシアはいたずらっこのようなほほ笑みを浮かべた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
レオナルドが家に帰ってくると、アリシアが待ってましたとばかりに出迎えた。
その左手には木札を見せびらかすかのように掲げていた。
「それ、もしかして、剣術大会の出場札か?やった!書類審査通ったんだ!はは!ちょっと見せてくれよ!」
「いやよ」
「なんでさ!」
アリシアはチアガールがバトンを扱うかのように木札をくるくると回しながら右手に持ち替えた。
「出場したければ、2週間以内に、あたしからこの札を奪ってみなさい。それができないならば、大会に出ることは諦めることね」