第5話 決意そして明日へ
ゴルドは去り、アルスは一人その場に残された。
(あの一家の命はない……か。きっと、ゴルドのことだから本当に僕がこの村から逃げたら殺すつもりなんだろうな。いや、ひょっとしたら、2年間逃げなくても口封じのために殺すのかもしれない。もともと、僕だけが死ねば全て解決したのに、あの善良な一家までもを命の駆け引きに巻き込んでしまったんだ。僕が死にそこなったばかりに……)
アルスの胸中は罪悪感でいっぱいだった。
(今の僕にできる責任の取り方は一つしかない)
村はずれにある地割れ、そこからは深淵の闇がアルスをのぞいていた。
正確な深さは分からないが、ここに身を投げたら命がないことは明白だった。
(もし、僕がこれ以上生きながらえたら、あの一家だけじゃなくて他の村人たちとも付き合いをしていくことになるだろう。僕が村に長居をすればするほど迷惑をかける人数が増えていくんだ。それに、僕が責任をとって死んだと知ったら、いくらあの非情なゴルドでも、一家を見逃してくれるかもしれない)
心を決めてアルスは深淵の闇に歩を進めようとしたが、足が震えて動けなくなった。
(怖い……死ぬのが怖い……)
それはアルスがはじめて抱いた感情だった。
幼いころから戦士として育てられ、不名誉な敗北をしたときには死をもって償えと育てられてきたアルス。
彼にとって、死は躊躇すべきものなどではなく、不名誉を働いたときには、自らすすんで行うべきものだった。
実際にあの薬を飲む時も、何の疑問も持たずにそのまま口に放り込んだのだ。
だけど、今は死ねなかった。
アルスが崖下に足を踏み入れようとすると、脳裏におじさんやおばさん、レオナルドの優しい笑顔が浮かんでくるのだった。
胸から感情がこみあげ、やがて、暖かい液体が頬を伝ったのだった。
(涙……?)
物心のついたころまで記憶をたどっても、情などというものを理由にして流した覚えのないもの。
それこそ、戦いで負けたときの悔しさくらいでしか流したことがないもの。
それが今になってあふれ出したのだ。
(誰にも見られてないとはいえ、こんなものを流すなんて恥辱だ。僕は、これでも名門道場で腕を磨いた剣士なんだ)
変わり果てた身になっても、誇り高い戦士としてのプライドがひらすらアルスの胸を締め付けるのだった。
10分間ほど嗚咽をあげた後、ゆっくりと立ち上がった。
「生きたい。帰ろう」
ゆっくりと、それでいながら、薄く積もった雪を踏みしめながら、アルスはもと来た道を引き返した。
その足跡はまるで、生まれてはじめて自分の意志で道を切り開いているかのようだった。
(ポジティブに考えるんだ。チャンスは2年間ある。その間にゴルドを説き伏せるか、あるいは隙を見て殺せばあの一家のピンチは回避できる。少なくとも、このまま死んで償って、見逃してもらおうなどという甘い考えよりは、その方がいくらか分の良い賭けかもしれない)
家についたころには地平線がほんのりと明るくなりはじめていた。家人は皆、静かに寝静まったままのようだった。