第34話 意外な素顔
(ない!ない!ない!)
アリシアは必死で瓶を探したが、見当たらなかった。
鞄の中を探しても、机の上を探しても、部屋の中のいたるところを探しても見当たらなかった。
はじめて女の体になったときにあるべきものがなかったとき以来の大慌てである。
しばらく、アリシアは茫然としていたが、別の部屋に忘れてきたのかもしれないとドアのノブをひねり、廊下へ出ると、そこにはミナの姿があった。
「これをお探し?」
その親指と人差し指の間には探しものがあった。
彼女の眼には軽蔑の色が浮かんでいた。
「まさか、あたしたちの間を裂こうとしてこんな計略を謀っていただなんてね。レオナルド君の味方のような顔をしてとんだ雌狐ね。彼に大会中に下剤を飲ませて負けさせようとしている」
「違う……!」
アリシアは精いっぱいの声を振り絞って反論しようとしたが、喉が締まってしまい、咳となった。
そう。
ミナが言うことは紛れもない事実だったからだ。
「彼が大会で優勝したらあたしに告白しようとしてるのは知ってたわ。そして、あたしもそれを楽しみに待っていた。だけど、あなたが嫉妬して二人の世界の構築を邪魔しようとしているのも知ってた。だから、証拠をつかもうとあなたの部屋を探したら、案の定これが見つかった」
ミナはペン回しのように瓶をくるくると回した。
「市販の下剤ね。量産品ではあるんだけども、ナンバーコードがついていて、これで流通経路が分かるようになっているのよ。N-5021-2221。この数字から、この薬が正規の医療用ではなく、闇市場で取引されていることが分かるわ。主にマフィアや盗賊なんかが入手するルートね」
アリシアは戦慄した。
元々の職業柄、薬剤の入手をしているはずの彼女すら、ろくに持ち合わせていなかった知識だからだ。
これまで、ミナのことを怖いとアリシアは思っていたが、それは、あくまで、一般人としての怖ろしさだった。
しかし、これで、彼女が普通の宿屋の人間ではないことがはっきりした。
何らかの形で闇の世界に生きる住人との接点がある。
もしかしたら、接点どころか、もっと自分以上にずぶずぶのところまで足を踏み入れているのかもしれない。
相手の素情がわからないまま、瓶を返して黙っていてくれと頼むのは危険だとアリシアは思い、探りをいれることにした。
「それをどうするつもり?」
「さあね。レオナルド君にありのまま全て話すのも面白いかもしれないわね」
鼻で笑いながら、ミナはそう言い去っていった。
残されたアリシアは自らの愚かさと相手の恐ろしさに茫然と立ち尽くしていた。