第33話 少年の疑惑と少女の疑惑
「俺は果たしてこの大会で優勝できるのか」
少年はうつむき加減になり、少女に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぽつりとつぶやいた。
その姿は、質問しているようにも自問自答しているようにも見えるものだった。
「自分さえ見失わなければ優勝できる実力なんか十分持ってるよ。試合なんて気の持ちようでどうにでもなるんだから」
少女は少年を勇気づけようと、そう、声をかけたものの、自分でもその言葉に全くというほど感情がこもっていないことに気がついた。
誰よりも自分を見失っているのは自分自身であることに気が付いたからだ。
「そうか。ありがとう」
少年はにっこりと明るい笑顔でそう答えた。
(このまっすぐでひたむきに、自分の夢をかなえるために努力している少年を僕は卑劣な手段で貶めようとしている)
少女は少年がまぶしくて仕方がなかった。
自分の出自やさらに性別すらも偽って世話になっている上に、さらにはその人間を傷つけようとしている。
このような、まっすぐな人生を歩んでいる相手に自分が師匠みたいな顔をして、さらには自分のものにしようとしている自分の姿は少女からしてみると滑稽以外の何者でもなかった。
「ちょっと剣の素振りをしてくるよ」
少年は部屋を後にした。
少女はしばらくは瓶を取り出して、見つめていたが、しばらくすると、ネガティブな考えが堂々巡りをするのに嫌気がさし、部屋を後にして少年を探し始めた。
見つけるのにそれほど時間はかからなかった。
少年の激しい息遣いは遠くからでも聞こえるものだったからだ。
剣を一心不乱に振りまわしていた。
剣術に限らず、スポーツや武道などの大会の開催中はハードなトレーニングなどは避けて、軽めの運動におさえておく方が理にかなっている。
当然、少年もそういったことは分かっているはずだ。
しかし、全力の素振りをやめる気配はなかった。
何かの気を紛らわせるために剣をひたすら振っているようだった。
「何を迷っているの?」
迷走している自分を棚に上げつつ、なりげなく、少女がかけた言葉だったが、少年はその言葉に動作を止めた。
何をいうべきか迷っているようだった。
「お前には関係ないだろ」
「困っていることがあったら相談にのるよ?」
「関係ないって言ってるだろ!」
少年は少女から目をそらしつつ、さらに宿から離れたところに去っていった。
(まさか、僕の内心が見透かされているのか?)
少女には全くの心当たりがないわけじゃなかった。
少年にはマルコという優秀な情報収集の達人がついている。
マルコにならば、僕のここ最近の素行をしらべることはもしかしたら難しくないのかもしれない。
そして、少女が下剤の瓶を渡されて未だに捨てていないことを突きとめ、少年に耳打ちしたのかもしれない。
さらには、それを分かった上で少女を泳がせているのかもしれない。
そう思うと、少年の思わせぶりな態度も少女には合点がいく点がいくつかあった。
(なんてことだ。レオを迷わせているのは僕じゃないか!)
少女は自分が情けなくなり、宿に足を向けた。
瓶を処分するという決意を胸にゆっくりと歩き出した。
宿で何が待ちかまえているか知らずに。