第30話 目と目が会う瞬間
会場の片隅で黄色い声援が響いた。
アリシアが歓声の先に視線をやると、長身の男が花束をもった女性に取り囲まれていた。
切れ長の目に清潔感のある短髪、威風堂々と背筋を伸ばして歩く姿。
元男であるアリシアから見ても、決して悪い第一印象を持たない、さわやかな雰囲気をまとった男だった。
纏っている剣術着一つをとっても、一流の仕立て屋で製造されたことが見てとれ、おそらくどこかの有力者の子息であろうとことが見て取れた。
このような人種が剣術大会に出るということは、それなりの実力を兼ね備えているのだろうとアリシアは目星をつけた。
有力者の子息というものはプライドが高く、よほど自分の実力に自信がなければ、このような大会に出場することはない。
予選あたりであっさり負けるようであれば家柄に土がつくからだ。
(レオの対戦相手になるかもしれないな……)
アリシアはそう判断し、試合を観戦することにした。
試合の決着はあっさりとついた。
開始早々、まるでストリートダンスのような激しい舞いをした後に、対戦相手の背後に回り、首筋に剣をつきつけたのだ。
あまりの素早さに、観客のうち何人かが息をのんだ。
対戦相手も自分が置かれた状況に気が付くまでにいくぶんかの時間がかかったくらいだ。
見なれない流派だった。
少なくともムーン族の領地では、そう滅多にお目にかかることはないものだ。
ムーン族のものではないとすると……と、アリシアは疑念を抱いた。
「勝者!キール!」
正式に審判がコールすると、再び甲高い声が響いた後、執事風の品のいい老人がキールと呼ばれた青年のもとにゆっくりと歩み寄り、ねぎらいの言葉をかけた。
(確かに強いが、レオにはたぶん太刀打ちできないな)
アリシアはその場をそそくさと後にした。
「あのもし、お嬢様……」
アリシアがレオの姿を探していると、背後から穏やかでいて通りのいい声が聞こえた。
アリシアは最初は自分が呼ばれたとは気付かなかったが、肩を叩かれたので、振りかえると、先ほどの老人のにこやかな笑顔が目に入った。
それにしても、最近まで男だったのにお嬢様と呼ばれるのはなかなかに抵抗があるものだと少々の羞恥心をアリシアは覚えた。
「あなたがレオナルド君といつも一緒に行動しているアリシアお嬢様ですね」
「はい、そうですけど」とアリシアは気のない返事。
(他の人から見たら、自分たちはそんなにべたべたしているように見えるのか、もし、そうならば、ミナに嫉妬されても仕方ないのかもしれない)
アリシアは老人の話す言葉にいちいち引っかかりを感じ、物思いに浸っていたが、しばらくして異変を感じ我に返った。
老人を見ると先ほどまでの温厚そうな雰囲気はなりを潜め、目つきが鋭く変化したのだ。
(暗殺者の目とよく似ている)
アリシアは今までの経験からそう直感し、背筋に寒いものを感じた。
「アリシア様。キール坊ちゃまとレオナルド君との対戦カードにつき、ご相談したいことがございます」