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第3話 少年レオと家庭の団欒

「あんた、もしかして記憶喪失かい?」




記憶は失ってないとアルスは否定しようとしたが思いとどまった。


このまま、自分が記憶喪失ではないことを主張したらどうなるだろうか。


当然、素性や身の上を話さねばなるまい。


そうすると、道場の人間が呼ばれ、この家に押しかけてくるかもしれない。


そう予測すると、アルスにとっては正体を明かすことにメリットがないものだった。


むしろ、赤の他人のような姿になっているのだから、このまま別人になりすました方がいい。そう思ったのだ。




「はい、そうです。私、自分がどこから来た誰なのか、全く思い出せないのです」


「名前も思い出せないのかい?」


「はい」


アルスは嘘をついたことで良心がずきりと痛んだ。


これで、自分の正体がますます名乗りにくくなったのだった。


「母さん。お客さんが来ているよー」


「はいはーい。どちらさんだろうねぇ」


女性が部屋を出ていき、入れ替わりに男の子が入ってきた。


おそらく、年頃はアルスより1つか2つくらい年下だった。


そして、アルスはこの男の子に見覚えがあった。


(最近どこかで会ったような……)


しかし、それがどこなのか全く思いだせないのだった。


「よ、よう!」


「はじめまして」


ぶっきらぼうにあいさつしてくる男の子にアルスは優しく微笑みかけ、丁寧にお辞儀で返した。


これで少しは女の子っぽく装えるだろうという計算があった。


すると、男の子は挙動不審にうろつきまわり口をもごもごさせた。


「お、俺の名前はレオナルドって言うんだ!レオって呼んでくれよなっ!」


それだけを言うと、ぎこちなくピースサインを作り、そのままそそくさと部屋から出て行った。


不思議に思っていると、しばらくして、おばさんが戻ってきて言った。


「うちの息子、レオって言うんだけども、何か妙なこと言わなかったかい?」


「いいえ。少しだけ、緊張をしているみたいだけども、別におかしな様子はなかったですよ」


「そうかい。まあ、緊張するのも無理もないね。あの子、同世代の女の子を見るのははじめてだから」


「そうなんですか?」


「ああ、この集落の近くにはかつて、鉱山があったんだよ。昔はとてもよくとれるものだから、若い人足がたくさん働いて賑わったものさ。だけども、二十年ほど前にめぼしい鉱物は掘りつくしてしまったようでね。産業がなくなって、若い人はどんどん離れていって、ここに残ったのは昔から住んでいる年寄りばかりさ。ここに住んでいる若い子は、もうレオ以外には、男女の兄妹が2人いるだけさ。若いといってもまだ5歳と3歳なんだけどね」


おばさんは自嘲気味に苦笑いをした。


「そんな環境で育ったものだから、あの子は女の子とどう会話していいのか分からないのさ。無礼な態度をとるかもしれないけど許してやっておくれよ」


「あはは……」


本当は女の子じゃないんだよという含みを持たせた愛想笑いをアルスはしながらも、とんでもないところに来てしまったと思ったのだった。




その日の夕食、食卓を囲っているのはアルスとおばさんとレオナルド、そしてレオナルドの父親であるご主人の4人。


出されたのは、トマトをふんだんに使ったミネストローネだった。


オニオン、ポテト、セロリ、ズッキーニをはじめ多彩な野菜が入っている。


産業がない貧しい村という割には栄養バランスを考えた贅沢なスープだった。


「わあ!おいしそう!いただいていいですか?」


アルスは、少々大げさに驚いてみせた。男のくせにかわいこぶりっこしている自分自身に内心苦笑いしながら。


「はいはい。どうぞ。たくさん、召し上がってくださいな」


「お、俺もいただきます!」


レオナルドは自分の家の食卓なのに緊張しているようだった。




「ところでお嬢ちゃん。名前はなんていうんだい?」


ご主人から話しかけられる。


「あ……えっと」


アルスという名前は男でも女でも通用する名前ではあったが、正直に名乗ることには彼には抵抗があった。


こんな僻地とはいえ、いつ、道場の刺客が来るか分からないからだ。


「名前は覚えていません。記憶を失っていまして」


「そうか。じゃあ、当面はアリシアって名前を名乗ってみてはどうだ?うちに、もし、女の子が生まれたらつけようと思っていた名前だ」


「ありがとうございます」


アルス、いや、アリシアはにっこりとほほ笑んで返答した。




食事もおおかた食べ終わり、だんらんムードになっていたころ、激しく扉を叩く音が響いた。


「こんな夜更けに誰だろうね」


おばさんが席を離れて応対に出た。


しばらく、おばさんと訪問者が口論しているのを見て、まずは主人、次いでレオナルド、最後にアリシアが玄関に向かった。


「だから、うちにはそんな人は居ません」




おばさんと言いあっていた相手にアリシアは見覚えがあった。


全身に黒いローブをまとい、その隙間から垣間見える鋭い目つき。マリファナの常用で黒ずんでしまった歯。


彼の名はゴルト、アルスと同じ剣術道場の生徒で、本業は刺客をやっている男だ。


この男がこの村を訪れる理由としてアリシアに考えられることはただ一つだった。


彼(女)が死んだのを確かめに来たのだ。


アルスが試合後に死に場所を探していたとき、尾行の気配を感じたので、なるべく撒くように歩き、振り払ったつもりでいたのだ。


しかし、どこかで痕跡を残してしまったのだろう。


こんなところまでつきとめられてしまっていた。


アリシアはゴルトと目が合い思わず体が強張る。


(バレたか?)


「お嬢ちゃん、どこかで会いませんでしたかな?」


「い、いいえ!」


「そうか、気のせいか。その怯えたような目つき、どこかで見覚えがあるのだが」


そう冷たい目つきで言われた瞬間、アリシアは全身が震えた。


「とにかく、うちにはアルスという人は居ませんからお引き取り願えませんか?4人家族でつつましやかに暮らしているだけなんです」


おばさんがそう言うと、ゴルトはうつむき「分かりました」と一言だけ残すと、あっさりと引き下がった。


(納得をしたふりをしているだけだ。やつはもう一度来るつもりに違いない)


アリシアはそう直感したのだった。

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