第23話 素顔を知らない
12月31日 アリシア(1/5)
錬金術師が住む小屋は首都を出て山を登り30分ほどしたところにあった。
普段、人間が通るようには作られていない獣道を通らなければ、ここにはたどりつくことはできず、こんな辺鄙なところに住処があるなんて地元の人にすら、ほとんど知られていないらしい。
後ろを振り返ると、ムーンの首都があるクレタ盆地が一望できる。
山に囲まれた難攻不落の自然の要塞だ。
外敵が侵入しようとすると侵入経路が限られているので、守る側にとってはとても戦いやすいとか。
サンがムーンを制圧しきれない要因の一つに数えられていると聞く。
あたりを見回し、尾行されていないことを確認する。
今度こそ、レオのやつに気付かれずに宿を抜け出せたはずだ。
あいつも最近は勘が鋭くなって、僕が単独行動をしようとすると、すぐに察知しておせっかいをかけてくるようになった。
村を出るときもそうだったし、先日、買い物をしたときも、誰とまでは特定はできなかったが、つけられている気配はあったのだった。
今日ばかりはそういう気配もなかった。
これから彼女とするであろう話は、レオには聞かれたくないんだ……。
相手には僕の正体を話さなくてはいけないだろうし、その上、弱みだって握られている。
そんな情けないところを見られたくない。
レオの前ではできるだけ凛とした剣術のお手本でいたい。
こんこんと小屋の扉をノックをすると中から声が聞こえた。
「いらっしゃい。アリシアちゃん」
その声に背筋にぞくりとしたものが走り、目まいがした。
どうして、僕の名前、それもついこの間、名乗り始めたばかりの偽名の方を知っているんだ。
どうして、顔も見ていないのに僕が来ることが分かったんだ。
発言内容についてもショックだが、女の体になってからちょっとした精神的ダメージで体までぐらついてしまうようになってしまった自分自身の軟弱さにもショックだった。
「入ってこないの?」
気味が悪いまでの猫なで声にさらに恐怖を感じたが、この人に会わないことには話は始まらないと意を決してノブをひねり中に入った。
錬金術師は安楽椅子を揺らし、本を読みながら、日のあたる窓辺に腰かけていた。
僕よりはやや長身でいて、腰近くまで髪が伸びている。
肩までの髪の僕でさえ手入れに悪戦苦闘し、ショートカットにしたいと考えはじめている有様なのに、この人は普段一体どうやって過ごしているんだろうかと、女の子に入門したての僕は思ってしまう。
顔には狐を模った仮面をつけている。
僕はこの人の素顔を見たことがない。
いや、それどころか、この人の大ざっぱな年齢すら知らないし、ひょっとしたら性別が女だということすら確定事項ではないのだ。
「いらっしゃい。何で来たのかおおかた分かっているけれど、念のために一応聞くわ。何の用?」