第14話 狂気のカタルシス
12月22日(3/3) レオナルド
「アリシア!彼女の姿をはじめて見たときには全身に電撃が走るようだった。透き通るような瞳に薄い唇。完全に俺の初恋の人の生き写しだったからだ。俺は彼女のことをもっと深く知りたくなった。己がものにしたくなった」
スミスは己の世界に没頭しており、こちらが抜刀の構えを見せていることに気にも留めていないようだ。
いっそのことひと思いに殺ってしまおうか。
こいつは危険人物だ。
アリシアを深く傷つけようとしている。
それなのに、剣の柄を持つ俺の右腕は震えが止まらなかった。
人なんて殺したことねえよ。畜生!
こちらの心境を知ってか知らずか、スミスは目をむき熱弁をふるい続ける。
「これは初恋のあの人への復讐なのかもしれない。俺はアリシアが追い詰められ、絶望した顔をするのを見ると、とても快感を覚えるんだ。そうだ。これは一種の復讐かもしれない。俺に一度たりとも振り向いてくれなかった女が俺の手の内で悶え苦しむ姿は一種のカタルシスだ。彼女の顔が歪めば歪むほど我が汚れた魂は浄化されるのだ」
「サイコ野郎め。アリシアはお前の好きな女と関係ないだろ。いい加減にしろ!」
思い切って抜いてみたたその刀は手を離れ宙を舞い、やがて草むらに綺麗に突き刺さった。
しまった。力みすぎた。
実践を経験していないことが、こんなに心もとないとは思わなかった。
「ところが関係が大ありなんだよ」
こちらが攻撃に出ようとしたことについて、向こうは特にコメントする気はないようだった。
「さっき話した、俺の初恋の人の息子、それがアリシアだ」
その言葉の意味を瞬時には飲みこめなかった。
アリシアは女だ。
「どういう意味だ」
「本人に聞いてみるといい」
そういうと、にたりと口を歪ませた。
さっきまでの話から察するに俺がそれをアリシアに聞くと、彼女はとても困るのだろう。
そして、彼女が困る姿を想像して、おそらく、こいつはさっき言ってたカタルシスというものを感じるのだろう。
反吐が出る話だった。
スミスはその場から去り、俺だけがぽつんと遺された。
情けない限りだが震えて手出しができなかった。
こんなことで俺は剣術大会でいいところを見せようとしてるんだからお笑い草だ。
家に戻ると何も知らないのか、アリシアは「おかえりなさい」と優しく俺に微笑みかけた。
あいつが言った通りこいつは男なのか?
全くそうは見えなかった。
第一、気を失っていた時、おふくろはこいつの着替えの世話をしているはずだから、男ならばそう言うはずだ。
「お前は男なのか」と好奇心で訊いてみたくなったが、それについては今は保留することにした。
スミスの思い通りに動くのは癪に障る。
今の俺に出来ることは何事もなかったかのように平静を装うことだけだった。
「ただいま」