第12話 好きな人はいますか?
12月22日(1/3) レオナルド
「あなたには好きな人がいますか?」
それは通常は和やかな席で交わされる質問だ。
お酒の席であったり、剣術の訓練の合間の小休止であったり、そういった場で気心の知れた者同士が、さらに相手のプライベートを深く知る目的で投げかける。
初対面の相手に投げかけることはまれであるし、ましてや、命のやりとりをしているような相手にそういったことを訊くのは考えにくい。
しかし、その考えにくい質問を相手は俺に投げかけたのだ。
その相手はスミスと名乗った。
偽名によく使われることで有名な名前だ。
高い身長で筋肉質。普段から体を鍛えている風体だった。
その反面、歯は欠け落ち、髭の生やし方も著しく左右非対称でいびつ、ひとたび言葉を放つとはなはだ不快な口臭が漂う。
俺は女というものとそれほど会話をしたことはないが、女という連中が清潔感がない、生理的嫌悪感を覚えるなどとたまにどこぞの男を形容することを何度か耳にしたことがあった。
それは、おそらくこういった男のことを指すのだろう。
俺はこの男を一度見たことがあった。
2週間ほど前の夕食後、訪ね人がいると家の扉を叩き、非礼な振る舞いから、おふくろと口論をしたのだ。
その男が今もこうして、この村をうろついているあたり、その訪ね人は見つかっていないのだろう。
俺は決して、人生経験が豊富ではないし、ましてや、人を見る目が養われているとはいいがたい。
それでも、この男は堅気の人間ではないことはおおかた察しがついた。
この男が今日、突然、剣の修業をしている俺のところを訪ね、こう尋ねたのだ。
「お前は好きな女がいるか」と。
「なぜ、そんなことを聞く」
俺は質問を質問で返した。
とりたてて隠したい事柄ではなかったが、ほぼ面識のない相手に素直に答えるのには直感的に抵抗を感じたからだ。
「お前の返答次第では死人が出るかもしれない」
低くドスのきいた声で俺の耳元でささやいた。
本気なのか、はたまたこけおどしなのか。
全く判別はつかなかった。
ただ、そこまで言われてしまった以上は無意味な隠し事をすることには利益がないと思った。
「いる」
「それはこの村でアリシアと呼ばれている女か?」
(違う)
その気になればそう即答できる質問だった。
だが、この男が返答次第では死人が出ると言ったことが引っかかる。
この男は俺にどういった答えを期待しているのだろうか。
仮にイエスだと答えたら、あるいはノーと答えたら誰を殺すつもりなのだろうか。
あるいは、好きな人がいると答えた時点でもう既に間違いを犯してしまっていたのか。
疑問はつきなかった。
そもそも、この男が他人に手をかける前に自分がこの男を倒すべきなのか。
あるいは大声を出して助けを呼ぶべきなのか。
そういったことまでもを頭の中で検討しはじめると、沈黙の中、時間だけがいたずらに過ぎゆくのだった。