第11話 鬼ごっこの終焉
12月18日 アリシア
長かった鬼ごっこの終焉は突然訪れた。
窓ふきでよそ見をしている間に隙を見て僕から札を奪い取ったのだ。
なるべく集中力は切らさないつもりでいたし、実際、奪われたときもある程度の注意を払っていた。
だが、僕が気配を感じ取ったときには既にレオの手が僕の懐に伸びていた。
瞬時に反応したが、レオの動作のほうが少しだけ早かった。
「やりい!」
レオの満面の笑みを見たときには、嬉しいのが半分悲しいのが半分だった。
男の頃だったら、こんなに簡単に奪い取られなかったのになぁ。
僕はたくましくなったレオにまぶしさを覚える一方で、瞬発力がなくなってしまった自分にわびしさを覚えたのだった。
12月19日 アリシア
修行は次の段階に移った。
竹刀を使った実践的なトレーニングだ。
鬼ごっこで遠慮がなくなったレオもさすがに僕を竹刀で叩くことには躊躇するようだった。
どうやって、やる気を引き出すか考えないといけないな。
12月20日 アリシア
仕立て屋の仕事は思ってたより早く、注文していた服が二セット届いた。
一着は、麻と思われる材質でできたローブ。
下半分がスカート状になっているのが、かつて男だった身としては少々心もとないが、それでも、機能性はいくぶんか配慮されているようで比較的動きやすい。
デザインも質素なもので、村で着ていてもおそらく浮くことはないだろう。
もう一着が問題だった。
これでもかというくらいに袖や襟がレースで装飾されたロングドレス。
それを着用するにはコルセットや詰め物が必要なようで、着衣するだけでも相当な時間がかかるであろう代物だった。
こんなもの、庶民がどこで着るんだという疑問が沸々とわき、それをぶつけてみると
「本当は女の子がほしかったんだけどレオは男の子でしょ?だから、アリシアちゃんが来て、娘ができたと思って思わず張り切っちゃったのよ」
と、返ってきた。
答えになってなくて納得できない気持ちやら高い買い物をさせてしまったことへの申し訳なさやら複雑な心境だ。
このまま、この家に長居すると、我が子のように親切にしてもらって、だんだん居心地が良くなって、しまいには定住したくなる。
それが今の僕にはいちばん怖いことだった。
このまま、暖かい家庭というぬるま湯に浸って、そのなれの果てに待っているのがゴルドによる一家虐殺。
それだけは避けなければならないことだった。
今の僕に何ができる。
今はレオを鍛えることだけで自己満足に浸っているけれど、そんなものは何の根本的解決にもならないのではないか。
次の手を打たないといけない。
しかし、その次の手というものが頭に浮かばないのだった。