第10話 ふとした疑問
12月15日 アリシア
レオナルドの動きが以前と比べて格段に良くなった。
本人には自覚がないようだが、一日ごとに動きが着実に洗練されている。
女だからという僕への遠慮も、もはや微塵も感じない。
その目には僕から意地でも札を奪い取って、彼女に会ってやろうという意思の強さだけが宿っていた。
だが、意思の強さは逆に焦りを生み、余裕のなさを生じさせる。
僕が軽く足払いをしてやるだけで、いとも簡単に倒れてしまう。
倒れた後は間髪いれずに起きあがり、立ち向かってくる。
何をそんなに焦っているのだろうか。
このままでは片思いの彼女に会えないからか。
今年がダメでも、来年会えばいいではないのか。
それとも今年ではないといけない理由があるのだろうか。
分からないことだらけだ。
ただ、その執念が僕に立ち向かう原動力になっているのは事実であり、僕はそれに対して応えてやるのみだ。
12月16日 アリシア
今日はおばさんに連れられて仕立て屋さんへ行ってきた。
おばさんは服をたくさん持っている方だったが、それでも僕と2人で着回すには足りなかったからだ。
到着した服屋は小さな街ではあるが、メインストリートにたたずんでいて豪商と思しき客も出入りしている風だった。
不思議だった。
数十年前に炭鉱が閉じてからはずっと貧しいか村であるかようにおばさんたちは言っている。
だけど、夜になれば暖かい暖炉の前で家族の団欒を楽しむことができ、僕みたいな新しい家族ができるとこうやってオーダーメイドのお店で服を買ってくれる。
少なくとも僕が生まれ育った首都に暮らす平均的な家庭よりかは、いくらか裕福なようにみえた。
家業の鍛冶屋が儲かっているのだろうか。
よほど腕のたつ職人なのかあるいは……。
興味のあるところではあったが、おじさんは自分の仕事については口を噤む人だったし、レオも自分の父親について語ることも少なく、居候の身として僕も積極的に聞く様な真似はしなかった。
それにしても、こうやって、一度、疑問を持ち始めてみると謎の多い家庭だ。
ごく普通の田舎のごく普通の家庭だと思っていたけど、そうではないことが日に日に分かってくる。
さて、肝心の買い物だが、店に入ると仕立て屋さんとおばさんは2人して僕に色んな服を勧めてきてくれた。
だけど、この年まで男として剣客として育ってきた僕にとっては、婦人服の流行というものがさっぱり分からない。
何を選んだらいいのかさっぱり分からないし、予算を越えるものを頼んでしまったら申し訳ないので、おばさんの趣味に完全に任せることにした。
たぶん、そんな変な服は頼まないだろう。
うん、頼まないはずだ。
12月17日 アリシア
修行の札を取り戻す期限としてレオに提示した日まで今日も含めてあと3日。
ここにきて使うフェイントの種類がやたらと多彩になってきた。
あいつなりに研究しているのだろう。
だけども、僕もそれなりの熟練者だ。
あいつの考えそうなこけおどしはだいたい僕も試したこともあるし、交わすくらいはお茶の子さいさいだ。
それにしても何か一つ忘れているような気がする。
僕が使ったことのない方法でそれでいてあいつがやりそうな何かを。