第1話 挑戦と挫折
とある宇宙のとある惑星にある小さな大陸。
ここでは、サン族とムーン族という2つの民族が覇権を巡って戦争していた。
戦争は先進的な火器をもつサン族の圧倒的優位に進み、ムーン族は土地を失い、ついには森の奥ある小さな王国をわずか一つ残すのみとなった。
物質的にも精神的にも追い詰められたムーン族。
彼らの心のよりどころになっていたのは、古代の預言者が遺したある古文書の一節だった。
『ムーンの救世主、我が死より1000年目に一人生誕す。彼の武勇によって一族は悪しき蛮族を打ち破り、やがて平和な世界が訪れるであろう』
その1000年に近づいていたのだ。出どころのうさんくさい書物ではあったが、信じる者は多かった。王族の中にすら信奉者がいるくらいである。
書によると、救世主を産むことができるのは、特定の条件を満たした男子の剣聖と女子の舞姫だけであるという。
剣聖の条件は、王国で開かれる天覧剣術大会で優勝すること。舞姫の条件は舞踏会で剣術大会の優勝者に指名されることである。
この記述に基づき、ムーンの王は天覧の剣術大会と舞踏会を共に開催することに決めたのだ。
この決定に対し、国務大臣は王に訝しげな顔をして尋ねた。
「あのような迷信を信じるなどとは、賢明な王らしからぬ判断ですな」
「わしとて、あのようなものを端から信じておらんよ。しかし、あれが民の心のよりどころになっているのは事実だ。これがきっかけで男は武術に励み、女も文化的な活動に興味をもってくれたらそれで十分。今は、民の士気を下げないことが肝要なのだ」
「もし、思惑どおりに救世主となるべき子どもが生まれ健やかに育たなければ?」
「そのときはそのときで次の手を考えよう」
剣術大会には優勝候補とされている者が2人居た。
1人は街の郊外の小さな道場でめきめきと頭角を現している豪傑リーズ。
男らしいごつい顔つきをした背の高い青年だ。女性には密かに人気があったが、本人がシャイなせいか、ご縁はなかなかない。
もう1人は貴族にも一目置かれている名門剣術道場の師範代の息子であるアルス。
師範代である父親はなかなかの豪傑であるが、本人は母親似の中性的な顔立ちの美少年である。
あくまで親の七光りでの評価であり本人の実力はさほどではないとも言われている。
リーズとアルス、出自は名門道場と零細の道場とそれぞれ全く違い、普通に暮らしている分には互いに接点がないはずであるはずだが、本人たちは旧知の仲であった。
幼少期、親から剣術の稽古を仕込まれるよりも昔に、偶然、河原で出会ったことがきっかけで、毎日のようにチャンバラごっこをやったのだった。
結果は10回勝負して、10回ともリーズの勝利。遊びのチャンバラでワンサイドゲームではつまらないので、リーズはハンデを与えたのだがそれでも10回中8回はリーズが勝ったのだった。
そして、アルスは悔しさのあまり泣きじゃくり、リーズがそれをなだめるのがいつものやりとりだった。
そういった因縁があるので、この大会に向け、アルスにとっては、幼き頃の借りを返す機会であると闘志を燃やし、リーズは懐かしい仲間との遊びの続きをするようなノスタルジーに浸っていたのだった。
剣術大会当日、リーズとアルスはそれぞれ順調にトーナメントを勝ち抜き、下馬評どおりに決勝戦はこの両者のカードとなった。
「泣き虫だったお前がよくここまで強くなったもんだな」
「僕にとっては君に勝つことだけが目標だった。今日は絶対に負けない!」
口上が終わると、互いに構え、剣と剣がぶつかり合った。勝負がついたのは一瞬だった。アルスの剣の刃先は折れ、宙に舞った。
リーズは剣の先をアルスの顔先に突きつけた。
「勝負有り!勝者リーズ!」