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僕と彼女のこれから・6

(今の貴方にそっくりだけど、全然違う人を見つけたわ)

(何、それ? いや、誰だって言うべきかな?)

(初代の皇帝陛下よ)

(フレゼリク一世が転生していたのか?)

(精神体、と言うか、霊体、と言うか、多分そんな状態だと思うの。時空管理局に問い合わせたわ。回答が貰えるかどうかは不明だったけれど、ダメもとで)

(で、回答は貰えた?)

(ええ。本当に初代の皇帝陛下だったらしいわ。その前はカリフォルニアのアメリカ人だったんだって)

 なるほど、ルンドの度量衡がヤード・ポンド法を基にしているのは、その人物の所為だろう。

(何世紀の人なの?)

(十九世紀の人ね。有色人種と異教徒に対する偏見がすごいと言うか。どうやら、ルンドで転生したのは帝国発生以前の素朴な部族社会の段階の西大陸の北部ね。地球の歴史で言うとキリスト教を受け入れる以前のヴァイキングが一番雰囲気が近いみたい)


 彼、フレッド、いやフレデリック・トリアーは東部で破産し、一旗上げにやってきた両親に連れられ、ゴールドラッシュで騒然としているカリフォルニアに来たと言う。そこで砂金を取る両親の手伝いをしていたが、ある日河でおぼれたそうだ。そして気が付くとルンド北方の部族の長の息子に生まれ変わっていたらしい。


(でね、貴方の所に彼を送るわ。時空管理局によれば、貴方の金の笏と、私の胸飾りを最大サイズにして同時に力を合わせると、フレッドみたいな精神体なら『転送』出来るって。ここで耳元で人種差別的発言を喚かれると仕事をやりにくいの。初代皇帝の霊廟で時が来るまで寝て貰う事に話をつけたから、頼むわ)


 僕らは互いに掛け声をかけて、金の笏と胸飾りの出力を最大にして、彼を『転送』した。


「おやまあ!なんてイカス部屋だ」

 見れば僕と同じ色の金髪、碧の瞳の少年がベッドの上に腰掛けていた。顔もそっくりだ。というか、僕の現在の肉体は彼を雛形にして作られたのかもしれない。

「初めまして、初代陛下」

 僕が握手しようとしても、肉体が存在しないので、出来なかった。

「なあ、あんた、前世がジャップだったって、ホントか?」

「ホントですよ」

「プラチナブロンドの、気の強いイカス彼女も元ジャップだって?」

「ええ、そうです。そのジャップって言葉、二十世紀あたりから、非常に失礼な言葉とされるようになったので、使わない方が良いですよ」

「ああ、悪気はないんだ。そんでもって、今帝国の宰相はニガーだって?」

「ニガーは厳禁です。アフリカ系アメリカ人と言うんですよ。ルンドだとドーン系って言うんですけどね」

「何か知んないけど、めんどくさいねえ」


 彼が気ままに話した中身から、これまでの状況をまとめるとざっとこんな感じらしい。


 十九世紀のアメリカ合衆国カリフォルニア州のサクラメント河でおぼれた十五歳の少年フレッドは、ルンドの北の海賊の親玉の長男に転生した。クットソンと呼ばれていたが、気にいらず、前世の名前フレデリックを名乗ったが、こちら風にフレゼリクと呼ばれるようになったものらしい。


「何でクット族長の息子クットソンでは嫌だったのですか?」

「クットは顔が変だった。おとぎ話の魔物みたいな面でさ。元のアメリカのオヤジさんはハンサムだった。俺と違ってちゃんとボストンの大学を出ててさ、何と言うか、品も有った。金儲けは下手だったけれど」


 小学校も三年しか通っていないフレッドの教養の元と言えば、両親が気が向くと音読してくれる聖書と中世の騎士の物語の子供向け絵本だけだった。後はたまに出る街で、新聞を拾って読むぐらいだったらしい。新聞を拾うのは、求人広告を見るのが目的だったそうだ。


「求人広告の給料の額と住所ぐらいはどうにか読めたが、長い文章になると、からきしダメだったぜ」


 どうやら読み書きは、かなり不完全と言う事のようだ。

 十二歳を過ぎるころから、街で給金を貰える仕事なら犯罪以外は何でもやったと言う。農園の下働き、子守り、食堂の皿洗い、新聞の売り子、パン屋の手伝い、大工の弟子、鍛冶屋の見習いなどなど、色々だった。しかし測量技師の見習いは数学的な素養が無くて、印刷工の見習いは文字の読み書きが不十分で無理だったそうだ。手先は器用だったが飽きっぽい所が有り、大工と鍛冶屋は、根気が続かず「ものにならない」と親方に言われてしまったらしい。


「それでも、ルンドに来てから見習い程度の大工仕事でも鍛冶でも、役には立った」そうだ。


「早くカッコいい騎士を見てみたかった」一心で騎士団を作り上げ、領土を拡大し、交通の要衝を押さえて通行税を取り立て、力を延ばしたらしい。五十年も経つと、今のテオレル帝国の原型ともいうべき国家が出来上がっていたようだ。


「戦争ごっこと騎士ごっこが、本当に通用するなんて、驚きだったよ」


 話を聞いた僕も、驚きだ。それでも、ともかくも転生して百五十年はルンドに居て、最後の方は皇帝として君臨したが「自分だけ年を取らないのに嫌気がさして、ともかくもサクラメント河のほとりに帰りたくなった」フレッドは置手紙を残して単身小型の帆船に乗り込み、アメリカ大陸を探し出そうとしたようだ。


「おかしな渦に巻き込まれて、もうダメだと思ったら、すげえデッカイ港に出た。魂消たぜ」


 どうやら二十一世紀のサンフランシスコの港に入り込んでいたらしい。こっそり上陸して様子を見ようとしていた所を、パトロールの警官に職務質問をかけられ、不審人物扱いで掴まってしまったようだ。

「わけのわかんない乗り物に乗せられて、手錠をかけられ」警察署に連行されたらしいが、建物に入る直前に振り切って逃げようとした所を、発砲され、身をかわした瞬間に「デカい変な乗り物というか車にぶつかって、死んじまったらしい」

「で、気が付くと、サクラメント河に良く似た河のほとりに立っていた」のだそうだ。そして、エミナと話をした、そういう事のようだ。


「エミナって子が言うには、あんたは奴隷を禁止したって?」

「そうですよ」

「で、あんたも、あのエミナって子も、インディアンは野放しにして、黒ん坊は奴隷にしない、それが正しいって言うんだな? ああ、あんたもあの子も学が有るのは分かる。それで、このルンドは上手く行くって、本当か?」

「ええ。本当です」

「何でも時空管理局って所のおねーちゃんが言うには、あんたらの子供かなんかに生まれ変わって、一からやり直せってんだけどさ。そうすれば、俺もまだどっかで使い物になるって言うし、ずっと幽霊も嫌だしさ」

「なるほど」

「あんまり驚かねえの?」

「魂の波動の調和と言うか、親和性と言うか、そうしたものが貴方と僕の間には有るようです。貴方は人種差別もひどいし、学識も無いし、特定の宗教の影響を受け過ぎていますが、カリスマ性というか、僕なんかには無いスケールの大きい所が感じられます。それに各地に伝えられる貴方の事績を細かく調べた事が有るのですが、自分の誤りは素直に認めておられるところは、素晴らしいと思いますよ」

 何というか、可愛げのある幽霊だ。

「けっ、仮にも俺の子孫の立場なのに、態度デカいな。でもま、いいや。親父になってくれるか?」

「時空管理局がそう言うなら、必要な処置なんでしょうし、エミナが承知なら、僕は構いませんよ」

「じゃあ、あのおねえちゃん、というか将来の母上の仰せ通り、自分の霊廟で寝て待つな」

「霊廟の場所、わかります? 多分出来てから、一度も動かしてはいませんが」

「大丈夫だろうよ」

「そうそう、質問です」

「何だい?」

「トリアって都の名前は、貴方のアメリカでの苗字からとったんですね?」

「そうさ。おう、霊廟ってあれか。空の棺の置き場にしちゃあ、なかなか豪勢だ。前には花やら色々植えてあって、良い感じじゃねえか。じゃあ、後はよろしく」


 至って気軽な様子でフレッドは小さな光の玉になると、初代皇帝の霊廟に入ってしまったようだった。


 その年いっぱいは、僕は一応ガブリエルの喪に服した格好だったし、エミナは新大陸の西海岸の農地に関する仕事で忙しかった。夏はガブリエルが居なくても、七日間はテージョの子や孫たちと過ごした。無論皆で墓参りもした。

 大君主国側には、喪が明けたら必ず結婚式を挙げると伝えて、待ってもらっている。


 僕は久しぶりにアネッテとアンニカの墓の側で、時空管理局との定期交信を行った。


「フレデリック・トリアーの転生した存在の養育に関して、当局からの注意事項その他、何か無いの?」

「そうですね。彼は世界の調整者、育成者としての適性は有るんですが、その価値観に問題が有るので、特に人種差別は本当にいけないと彼が理解できるように育てていただきたいです。彼は十代の内に、どこかに送りますので」

「死ぬわけ?」

「いや、恐らくは肉体も精神もそのままの状態で、適応可能な世界に送ることになるでしょう」

「じゃあ、彼を送り出す時は、励ましの言葉の一つも贈れる様にしてほしい」

「了解しました。そのように取り計らいます」

「彼以外の子供をエミナが産むと、通常の寿命で亡くなるだけ? 何か特別な状況は発生しないのかな?」

「このルンドでの肉体の寿命は、平均の範囲に収まるでしょうが、貴方達のケースは、時空管理局にとっても初めての経験でして、特に精神体とか霊体と呼ぶものに関しては予想がつきません。精神体に特別な力が有る可能性は否定しきれません」

「例えば……どっかに勝手に転生しちゃったり、するかもしれない?」

「無いとは言い切れませんね。実際、フレデリック・トリアーの転生は偶発的な事故でした。ですが転生先で思いもかけない大きな実績を上げたので、その後、密かに保護してきたのですが、勝手に生まれ故郷に帰還しようとすると言う事を当時は予測できず、彼はかなり長い期間時空をさまよっていたのです」

「僕の転生は地球側のミスって、以前聞いたけど」

「はい。貴方は美保さんと円満な結婚生活を営み、子を男女二人づつ儲け、天寿を全うするはずでした。もっと良くも悪くも神経が太いタイプの人物、貴方にぶつかったトラックの運転手ですが、その彼が本来はルンドに来るはずでした。独身で、結婚の予定も無い人物を選んだのです。電柱と信号機を破壊する自損事故で、頭部を負傷し病院で死亡するはずでした」


 僕の意欲というか、モチベーションを維持させ、僕の能力を高めるために百年の歳月をフル活用させようとは方針が決まったものの具体的にどう対処するかは、全くの白紙だったらしい。

「貴方の良識・良心が期待以上に強固なものであったので、こちらの方針も、貴方をサポートすると言う方に変更されました。時空管理局にとって未知の存在である土着の霊的存在との相性の良さは、日本と言う国家の近代化されたアミニズムとでもいうべき独自性のおかげではないかと、今の所我々は判断しています」


 それで、フレッド君のキリスト教圏の人物にありがちな偏見、他宗教に対する非寛容を修正する役目を僕らが負うらしい。


「他にエミナとの間に子供を儲けた場合、予想外の霊的な存在が転生する可能性も考えるべきだろうか」

「その可能性は、今御指摘を頂くまで当方では全く考慮していませんでした。……これは個人的な意見ですが、可能性は高そうです」

「悪霊って事は無いよなあ……」

「悪霊とされた者が、外界との融和を求めて転生する可能性も有りますね」

「何が生まれてきても、子供として大切に扱い、愛情を傾ければ、悪い結果にはならないだろうって所か?」

「そうだと、思います。これも個人的な考えですが」

「なあ、僕らはいつまでもルンドの統治に関わった方が良いのだろうか? それとも、時空管理局に引き取って貰ったりするのは可能だろうか?」

「良くわかりませんが、貴方がた二十一世紀の大半の地球人にとって、地球星系の時空管理局の局員の一般的な生活は愛情に乏しく、潤いが無いと感じられるかもしれません。こちらの人間は生殖行動と愛情の有無が直結する形態を捨てて久しいです。生殖と愛情は無関係で、人工授精と人工子宮の使用が圧倒的に多数派ですから」

「そんなやり方で愛情について教える事が可能だろうか? 人類としての本能は満たされるのかな?」

「それは……専門家の間でもまだ結論が出ていないデリケートな問題です」

「人工授精・人工子宮で生まれた人間と、自然な結びつきで生まれた人間の間に差別とか対立は?」

「つい百年ほど前まで、その差別と対立は深刻でした。テロと殺戮行為が収まるまで二百年近い年月を要しました。その和解がもたらしたのは、立場の異なる一組の若い男女の間に強い恋愛感情が生まれた事でした。それ以来、自然交配が見直されてきています」


 そうした未来の事情が有って、僕らの「自然交配」も推奨されるらしい。


「差別って、古くて新しい問題だって、良く分かったよ」

「おっしゃる通りです。子供たちの養育に関しては、常に貴方自身がおっしゃったように大切に扱い愛情を傾けてやって下さい。貴方たちの場合、十中八九、霊的に非凡な存在が転生する可能性が高いので、猶更細やかに配慮して頂きたいです。では、時間となりました。来年また、お会いしましょう。クリア・エーテル」


 それにしても……個人的な意見が聞けるとは……僕も一人前になってきたのかな?


 新大陸での調査と仕事を終えたエミナとゆっくり愛し合う事が出来たのは、ガブリエルの丸一年の喪が明けてからの事だった。


「ねえ『自然交配』はいつにする?」

「いつでもいいようなものだけど、アルラトの両親の事を考えると、式が終わってからにして欲しいかな」

「分かった。結婚式の十日前まで、避妊薬は真面目に飲むよ」

「どうぞ、よろしく」

「いえいえ、当然の事ですから」


 そう言った後で、二人ほぼ同時に吹き出した。それからごく軽い触れ合うようなキスが始まり、次第に二人は濃密な行為に没入して行くのだった。

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