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僕と彼女のこれから・4

 即位後八十五年、ルンドに転生して百十九年目に入った。エミナと会う為に作った隠れ家が無事に完成して以降は、殆どの週末を一緒に過ごしている。


 十八歳で飛び級の形でいきなり大学院に入ったエミナは、美貌の才媛としてすぐに有名になったが「宗教的な理由により」人前では頭に黒いベールをかぶり肌を露出しないアルラトの伝統衣装を着る姿勢を通した。無論完全なカモフラージュだ。アルバイト先のレストランではプラチナブロンドの髪を見せているのだから。


「君をデートに誘いたくても、大学と叔父さんの家の往復じゃ、男子学生にはチャンスも無いな」

「アルコールは飲めませんとか、お祈りしなくちゃとか……」

「ウソばっかり」

「あら、でもアルラトの一世代前の宮中の女性は、ほんとにそうだったのよ。私は御免だけど」


 バーコーナーには色々な酒を置いてある。エミナは砂糖抜きのKiss of Fireが好きみたいだった。


「Kiss in the Darkっていうの? あれも好きよ」

「じゃあ作る」


 ジンとサクランボのブランデーと苦いハーブ入りのワインを同量入れて、混ぜる。それだけだ。僕はもう少し辛口が好きだが、エミナと愛し合う為の前振りとしては悪くない。


「キスして良い?」

「ええ、構いませんわ」


 プっ、とお互い噴き出してから、軽いキスからはじめる。ひとしきり終わると……一緒にシャワーを浴びたり風呂に入ったりするが、またと言う事も珍しくは無い。それこそ、甘い週末と言うか、爛れた休日と言うか、そんな時間を過ごすのだ。


「毎週末、黄金宮の人たちに、どこに泊まるって言ってるの?」

「市内の隠れ家って言ってある。僕の行先を問いただせる人なんていやしないさ」

「そりゃあ皇帝陛下だものね」


 トシエ・マサエは週末には息子らの住む邸に帰らせる。だって、普通の職場ならとうの昔に現役引退、楽隠居という年なのだし、実際若いころと違って体も疲れやすいみたいだ。

 ユキヒコ・ヤスヒコの邸は隣り合わせで、美しい庭は一続きになっている。どうやら二つの家族は、週末になると一緒に食事をしているらしい。僕は「週末を一緒に過ごす人はいるよ」って、それだけを二人に伝えたが、どう受け止めたか、何も聞かれなかった。


「情報自体は遮断できているけれど、女の勘はどうにもならないわよ」

「だね。二人とも何か感じてるのは確かだ。でも、感情を覗き込むのが……怖い」

「平日はご飯一緒に食べているんでしょう?」

「そうしてるよ。お婆ちゃん孝行する孫の気分だけどね、何か変だよな」


 年を取ると怒るのも疲れるんですよ。笑っているのが一番です。そんな言葉を時折トシエやマサエが口にするが、僕に対して怒っている……訳では無い。だが、あきらめている。そう言う事なのだろう。ユリエは僕の初めての女で初めての子を産んだ。その自負心も強かったのだと思う。僕に対する怒りの感情が、ひ孫たちより恐らくもっと強くて、だからある時期から、僕との関係を断つ事を選んだのだろう。トシエとマサエは二人で一緒にバランスを取って来たから、もっと理性的になれるのだろうか?


「幼いころから陛下にお仕えする素敵な方たちを見てきましたから、あの世だか来世だかでどなたかと御一緒になっても、恥ずかしくない自分でいたいのです」

「陛下の一番は曾祖母なのか美保様の生まれ変わりの方か存じませんが、私達ではない事は確かなんですもの、でも、陛下はずっと私達と付き合って下さいました。とてもありがたいと思っています」

 昨夜の夕食時にも、そんな事を言っていたっけ。


 二人で一人分のその他大勢ですから……そんな言葉も出たが……そりゃ違うな。


「ちゃんと、違うって言ってあげるのよ。最後まで、ちゃんとお付き合いしないと」

「最後って、あの二人の寿命は……幾つまでなのかな?」

「百、ぐらいまでよね、普通は長くても」

「僕らは、いつまでかな」

「さあ、貴方の気持ち次第、たぶん。はっきり聞いていないけれど、最初の百年が過ぎたら、百年ごとに更新するか終了するか、選べるらしいわよ」

「終了って、文字通り死んじゃうのか」

「違うらしいんだけど、貴方や私はまだ、十分に条件を果たしていないらしくて、その条件については細かい事は何も教えてもらえていないの。ただ、今まで知らされた事の断片から考えると……時空管理局本部への採用、なんていう事ぐらいじゃないのかな? まあ、時空を超えたエリート集団って事なんでしょうけど」

「なら……皇帝やってた方が良いか。あれかな、人類とはかけ離れた生物の文明を育成するとか?」

「ああ、そうねえ。多分そんな所じゃないかと私も思う。きっとそうだわ。後は事務スタッフ?」

「そんなもんか。じゃあ、やっぱりここに居るか」

「千年、二千年経っても、私達、新鮮で居られるかしらねえ……」

「難しそうだけど、それならそれで絶対的な信頼関係が出来そうではあるね」


 僕らは通常の人類の枠を超越した長いスパンで考えるべき間柄なのだから、最初の十年や二十年、大っぴらに会えなくても気にしない、そう言いたいようだ。ネガティブな強い感情が関係者の間に発生して、本来の計画が阻害されたりする方が困る……そう、エミナは言うのだが……


「でも、僕は付き合った女性全員に言ってきたんだよ、美保が転生した存在こそが僕の真の意味でのつがいなんだと」

「女王様も理屈は分かっているのよ。皇后にしなかったのも、転生が迫った時期だったからなんでしょう? 貴方は約束を破ったわけでは無いけれど、私が現実に表に出たら、ますます不安になるでしょうよ」

「わかった。だから当分、週末隠密デートか」

「ドキドキして良いじゃない」

「塀越しに会話してから、こっちに来るって、確かにちょっと面白いけどね」


 そう、ガブリエルは相変わらず僕にとっての、最大の問題であり続けた。誰かから、僕が最近はどこかに毎週末泊まりに行くと聞かされて……要らん事をすると思うが……それ以降、胃の調子が変になって、胃潰瘍を起こしたらしい。医師は手術を勧めたが、本人が拒んでいるようだ。


「お見舞いぐらい行ってらっしゃいよ。確かに結婚の時の約束は夏と年末年始でしょうけれど、行った方が良いわ。子供さんたちの手前も有るし。来週は私、論文まとめるから、会わない事にしましょう。貴方はテージョに行ってらっしゃい」

「姫の仰せのままに」


 前日昼過ぎにトリアの港を出ると、翌日の昼食には間に合う時間にテージョに到着する。僕は船の貴賓室でゴロンと寝そべって、エミナにテレパシーで愚痴る。


(ねえ、週末の夜だけでも一緒になれない? 唯一の楽しみ、心の安らぎなのに、辛いなあ)

(ちゃんとお見舞いしてからね)

(ああ、それはそうする)

(傷ついた女心は、敏感なんだから、言葉の端々にも気を配ってあげて)

(そんな、僕、無神経な事は言って無いはずだけどね)

(気を遣われすぎているって言うのも傷つく原因だったりするから、難しいわねえ)

(微妙すぎて、なんか怖いな)

(良さそうな事を、ともかくやるしかないんじゃないの?)

 

 だが、根本的な原因は、ガブリエルの肉体は普通に老化しているのに、僕の方が相変わらず二十代の状態のままである事なのだから、どうにもできやしない。僕は年齢の話は可能な限り避けるが、そのこと自体がガブリエルを傷つけている側面も有る。だが、肉体の老化を自覚し恐れている彼女に、僕が何を言っても逆効果な気もする。


 悩みつつ、テージョのガブリエルの寝室に意識を合わせる。すると、アルフォンソが様子を見にやってきたようだ。このアルフォンソも結婚したら、まともな大人になったので、見直しているのだが……


「母上? 胃はかなり痛みますか?」

「薬のおかげで激しい痛みとむかつきは無くなったようよ」

「明日、父上が来て下さるのでしょう?」

「ええ。何だか申し訳ないわ。そもそも、この国を立て直すために、強引におすがりしたのはこちらなのよね。御約束下さった事も、全部、誠実に、いいえ、それ以上にやって下さった……」

「レイリアの女王としては、それが正しいお考えでしょうが……母上にとって、父上はもっと別な意味で、特別な方なのでしょう? 怨み事の一つや二つ、おっしゃりたい事も、全部飲みこんで来られたではないですか? めちゃめちゃでも感情的でも、時には泣いてもわめいても、良いではありませんか。御夫婦ですから」

「でも、私は……あの方の皇后ではないのよ」

「それは、母上が女王であられるからでは?」

「いいえ、いいえ違うの……あの方には、前世から定まった『真のつがい』と言うべき方がおられて、以前伺ったお話では、あの方が百歳になられてから、その女の方が別の世界から転生なさると、そしてその女の方は不老不死だと……だから、その方を皇后とするから、私は皇后には出来ない。かりそめに正室扱いになら出来るが、どうするかと……出会って最初のころにおっしゃったの。私は……それでも十分だと思ったわ。私の女王としての、レイリアの国としての体面は立てて下さると御約束下さったから。その事は、正式な覚え書きとして、取り交わしたの」

「そ、そんな事が、あったのですか」

「ええ。私は『暫定的に』正室扱いとする、そういう存在なの。皇后には……して頂けないのよ」

「では、その転生する、あるいはした女性と父上は……」

「以前伺った時は『転生したが、まだ会っていない』とおっしゃった。でも今は……恐らく」

「その女性と、会っておいでなのですか?」

「探らせた事が有ったけれど、うまくいかなかった。でも、先日、あの方が近頃毎週末を、黄金宮以外の『隠れ家』で過ごしておいでだと言う話は聞いたわ……とうとう、その時期が来たのだと……」

「でも、母上、その女性と御一緒とは限らないではないですか」

「いえ、そうに違いないわ。女の勘は鋭いのよ。私は……あの方に恋をしてしまった。冷静な女王でいなければいけないのに。それが、そもそもの間違いなのね、きっと」

「……母上」

「昨年の夏に来て下さった時に、イヤと言うほど思い知ったけれど、あの方は本当にお若いの。なのにごらんなさい、私は醜い老婆だわ」

「そんな事はございません、母上はお綺麗です」

「ふふふ、そんな優しい事を本気で言ってくれるのは、もう、お前ぐらいのものね。夏に集まった時、孫たちが……お祖母様はお年寄りだから海水浴は無理。なんて囁きあっているのを聞いて、やっぱり私は老人なんだと思い知ったわ。なのに、あの方は若い兵士たちと変わらない、いやもっと、若々しくていらっしゃるのだもの。老婆がのさばって、いつまでも御迷惑をおかけしたら……申し訳ないわ」

「そんな、そこまで御自分を貶めてお考えにならなくても……」

 アルフォンソは母親の手を握り締め、絶句した。

「恋愛は、先に恋してしまった方が負けだわ。だから、私はあの方には永遠に頭が上がらないの。かりそめでも形だけでも、あの方が差し伸べて下さった手に縋り付いて生きて来たのだし、感謝こそすれ、お怨み申し上げるなんて、筋違い。理屈はそうなの。でも、悲しくて、さびしくて、辛いわ」


 僕はそこで意識を戻した。ひどい疲れを覚えた。嫌な夢を見た後に似てはいるが、あれは夢ではない。紛れもない現実なのだ。


(疲れた。会いに行く前から、くたくたな気分だ)

 僕は弱音を吐いた。すぐにエミナが応えた。

(くたくたでも、お見舞いは必須よ。絶対よ。でも、貴方がずっとテージョに居る訳では無いから、後は子供さんたちに、打ち明け話をして、対策を相談したら?)

(わかった。努力してみる)


 何食わぬ顔をしてガブリエルを見舞うのは、心情的に重苦しいものが有る。だが、僕の誠意まで疑われるよりは良いのだろう。手術を改めて僕からも勧めたが、絶対嫌だと言う。


「王家の者の体に刃物を当てること自体、古い家臣たちが猛反対いたしますし、手術したからと言って、絶対治ると言うものでもないらしいですから」

「トリアの病院に入らないか? 手術のための整った設備も有るし、医師の技量も優れている。胃穿孔つまり胃に穴が開いてしまった状態でも、うまく手術できる医師が一人いるのだよ。任せてみないか?」

「その医師は……セバスティアンの話では親がドーン大陸の者だとか……気が進みません」

「あのねえ、ガブリエル」

「人種差別、そうでしょう。確かにそうなのです。でも、私は絶対嫌ですわ」


 そうだった。ガブリエルはレイリアの大半の貴族同様、人種差別主義者なのだった。僕はその人種差別も含めて、どうすべきか子供らと話し合った。


「確かに、人種差別はいけないのでしょう。でも、今さら母上の価値観が変わるとも思えません」

「病院で名医に手術して頂けたにしても、必ず助かると言う保証が有るわけでもないでしょう。若く体力が有る者ほど、手術の後の回復が早いそうですが、母上の御年なら、どうなのですか? 微妙では?」

「いっその事、母上のお好きなようにさせて差し上げる方が親孝行ではないかと、私などは思います」


 結局、子供らの総意は、今までと大差ない扱いをする事で落ち着いた。政務は既に摂政の第一王子セバスティアンと補佐役の第二王子アルフォンソが、完全に代行している状態だ。そのままガブリエルは静養に専念する事になった。

 そしてガブリエルの神経を苛立たせる事が、一番病状を悪化させるので、一番何でも話をしやすいアルフォンソと、一番かわいがっている孫のエンリケが毎日話し相手として顔を出すように決めた。エンリケの母親は平民出身のデジレで、セバスティアンの妻にふさわしくないと未だにガブリエルは思っているらしいが、エンリケの聡明さと整った容貌は「王家の跡継ぎに相応しい」らしい。

 お気に入りの孫息子の考え深さと穏やかな雰囲気は、明らかに「平民の嫁」に由来するものだと僕は思うのだが、ガブリエルにその点を指摘した事は無い。そんな話をしても、お互い不愉快になるだけだからだ。


「お祖母様は寂しがり屋でいらっしゃるのです。そしてずっとお祖父様を慕っていらっしゃるのでしょう。だから、色々とつい心配なさってしまうのです、きっと」

 帰り際、港まで送りに来てくれたエンリケは、なかなかに頼もしい。レイリア王国の将来はきっと明るいだろうと、僕は確信できた。

「頼りにならん夫だと思っているかもしれんがな……まあ、何はともあれ、お祖母様を頼む。何か有ったらいつでも電話をくれ。出来る限りの事はするよ。お前のお母様には色々厄介をかけるが、よろしく伝えてくれ」

「はい。母もわかっていると思います」

 

 出港した船に向って手を振る孫息子を見ながら、僕はガブリエルと過ごした時間の重みを、今さらながらずっしりと感じたのだった。


 

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