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僕と彼女のこれから・2

 婚約指輪は渡せたけれど、表だって儀式などを行ったわけではない。だから帝国の者にはエミナとの婚約は秘密だ。祭りの後はさっさと最新型の軍艦でトリアに戻って来たから、まだ夏は終わっていない。


 トシエとマサエは、本当は何が有ったのか知りたい気持ちと、知りたくない気持ちで揺れていた。


「美保様の生まれ変わりの方とは……首尾良く……その、事が運びまして?」

「お綺麗な方でいらしたのでしょう?」


 僕が生返事でほとんど何も語ろうとしないので、話題にするのをあきらめたようだった。

 二人にマッサージを頼むのも、三人一緒にベッドで並んで眠るのも意識したわけでは無かったが、帰国後は目に見えて減った。僕は早く一人になって、テレパシーでエミナと語り合う事に集中したかったのだ。

 そんな、ある夜……


(まずいわ!)

(え?何、なにが?)

(貴方の方の問題が深刻化してる。今まで女王様だけだったのが……)

(トシエとマサエが?)

(女王様は、怒りと言うか抑えた憤怒って感じだけど、黄金宮の二人は深く悲しんでいるわ。ダメよ、こんなの。強いネガティブな感情を発生させること自体、ものすごいリスクなのに)

(そ、そうなの?)

(そうよ。お風呂でもベッドでもご飯でも、無理せずできるものからでいいから、接触回数を増やして、ともかく会話に真面目に参加してね。もう。真面目にあの二人をスキャンしたらわかりそうなものなのに)

(いや、その、のぞくのが怖いと言うか、見たくないと言うか)

(そんな真黒なものは無いわよ、きっと。だから悲しませちゃダメよ、そうそう、息子さんと娘さんお孫さんを集めて、食事会でもしたら? 黄金宮じゃない所で。サプライズパーティーなんかどうなの?)

(有効かな?)

(少なくとも何もしないより、絶対良いわ。ともかく明日から、もっとあの二人を観察しなさい。わかった?)

(はい)

(よろしい。じゃあね~)

 その後はテレパシーの交信を、エミナの方が意識的に遮断してしまったようだった。


「あーあ」


 僕がため息をつくと、モナの言葉が飛び込んできた。狼の姿で森にいるようだった。


(幸せになるのは構わんが、代わりにだれかを不幸にせんように、もっと気を配るべきじゃな、グスタフ)

(はい。その節は大変お世話になりました。姉上)

(なかなかに驚いたが、それはそれ。今足元を見定めねば、将来に禍根を残すぞ。言いたい事はこれだけじゃ。ではな)


 僕はその翌日から、三人で朝食と夕食を食べることにした。


「まあ、サーブするのが私たちの仕事ですのに」

「同席させていただいて、朝食なんて、気が引けます」


 確かに黄金宮の古いしきたりでは皇帝は子供か妃かそれに準ずる者としか、朝食を一緒に取らない。でも、ユリエやチャスカの身分が定まっていなかった頃でも、こっそり一緒に朝食は食べていたし、皆に知られていないだけで考えてみれば、それほど特別でも何でも無いのだ。


「いいんだよ。二人とも妃同然、いや、一昔前なら十分に皇帝の側妃になっていたはずだから、問題無い」


 時代の移り変わりとともに、貴族でも平民でも自由な意思で結婚する者が増えた。一夫一婦制が強化された形になり、有力な貴族でも妻以外の女性をやたらに囲い込むのは不道徳と見なされるようになっている。

 かつてなら御前会議で側妃の承認などと言う事もしたわけだが、今は国会で皇帝の個人生活に関して議決するなど有り得ない状況になっている。有るとすれば国家財政と皇室費の関係で、審議されるぐらいだ。


「今は、側妃を皆に承認させる儀式を行う時代の雰囲気じゃなくなってしまって……これまでずっと僕に誠実に尽くしてくれたのに、二人には申し訳ない状況だなって、そう思うよ」

(陛下にこんな風に御気を遣わせてしまうって、私達まだまだ未熟だったのね)

(私達もいよいよ老い先短いって事かな、最後まで気持ち良くお仕え出来る様に、気を配って下さったのね)


 三人で朝食を取ると、思いの外、楽しい気分になれた。天気や黄金宮の庭園や、街での流行の話などをしていたが、僕は意識的に二人がどんな食事を食べてみたいと思っているのか、探ることにした。言葉に出すと、勘の良い二人にはすぐに悟られる可能性があるので、話題をそちらに誘導する感じだ。


「この頃ラジオで『ブタまん』っていうものの宣伝をしてますでしょ、気になってなりません」

「あ、私、それがデパートで売っているって言う案内板を見て、貴女にも買おうと思って食品売り場に行ってみたの。そうしたら……」

「そうしたら?」

「物凄い行列ができていたの。『並んでお待ち下さっても、お客様の番になるまで商品が残っているという保証は出来かねます』なんて店の人が言うから、あきらめたわ」

「黄金宮御用達係を通したら、持ってきてもらえるだろう、たぶん」

「ええ、確かにそうなのでしょうが……」

「なんだかちょっと、気が引けましたので」

「まとめて注文して、若い子たちの休憩時間に出してやれば、良いじゃないか?」

「でも、ラジオの投稿では、良く、あの独特な丸い大きな蒸し器から出たばっかりの、アツアツが美味しいって聞きますから」

「そうそう、私もそのアツアツが美味しいって聞いた記憶が有るわ」

「でしょ?」

「じゃあ、調理人ごと来てもらっちゃおうか」

「でも、そうすると、街の皆さんはその日一日、どなたもブタまんを食べられなくなるんですわ、きっと」

「ラジオの番組によりますと、毎日並ぶのが生きがいみたいな方もおいでのようですし、なんだか、申し訳ないような」


 トシエ・マサエは聴取者参加型の午後の人気番組が気に入っているらしい。様々な職業・年齢層の人達が決められたお題に対して、投稿ハガキを送ってくるのだ。昨日のお題は「あなたが今一番食べたいもの」だったそうだ。


「北の森の木こりさんとか、南の海の漁師さんとか、御夫婦で農業なさっている方とか」

「鉄道のお仕事をなさっている方とか、電話交換手をなさっている若い女の方とか、大学生とか」

「色々な方たちが、皆さんそれぞれ」

「一生懸命、頑張っておいでなのですわ」

「トリアの街の頑張っている人たちが、楽しみにしている豚まんを独り占めしたら、申し訳ないって、そういう事かな?」

「そうそう、そうです」

「おっしゃる通りです」 


(……というわけなんだ)

 僕は昼食後、青い草の生えた辺りでゴロンと横になって、お昼寝タイムのエミナとテレパシーで会話だ。

(じゃあ、本格中華というか、ルンド的に言うとアイシン帝国風料理のお店でも始めたら、人気出そうね)

(ああ、そうだな、その手が有ったか)

(そんなお店が出来たら、私もいろんな点心を摘みながら、冷え冷えのビールが飲みたいな)

(そっちじゃ、アルコールは飲みにくいんだろ? 宮殿でもやっぱり飲まないの?)

(フラッペとか、冷たいハーブティーが主流。アルコール類は全部違法薬物扱いね。宗教上の禁止事項も有るけど、実際問題アルコールをひっかけて炎天下の中に出たら、死にそうになるらしいもの)

(そっちの焼け焦げそうな炎天下じゃ、そうなるか。トリアは夏でも二十度から大して上がらない)

(こっちは今、外は四十七度らしいわ。宮殿は三十度台だけど)

(うひゃあ、すごいね)

(慣れちゃったけどね。カラッとしてるから、かつての日本の夏より過ごしやすかったりするわよ。でも、蝉がいないわ)

(こっちもいない)

(なんかさみしいわね)


 もうすぐ夏も完全に終わる。蝉の声が夏に聞けないのは寂しすぎると言って、晩年に帝国を去った正三郎の気持が、僕にもちょっとわかる気がする。帝国内でセミの声が聞こえる場所と言えば、ユリエと昔一緒に行った、南部の海岸寄りの場所ぐらいのものだ。


(テージョには一種類ぐらい蝉、いるでしょ?)

(ああ。いるにはいる。みんなに無視されているけれど)

(スイカのかわりにメロンでも食べて、蝉の声を聞いてきたら?)

(ガブリエル……か)

(ひと夏ずっと貴方がいなかったって、恨みがましく思われるより良いわよ。孫も揃ってるんでしょ?)

(ああ、ガブリエルの孫だけだけどね……あと十日かそこらで暦の上では、秋か)

(国会もまだ夏休みなら、行ってこれば?)

(どう言って?)

(そんなの……用事が思いの外早くすんだって、それだけで良いじゃない) 

(誰かが、御注進に及んでそうで、気が重いや)

(それは、ブロックできたと思うわ)

(ほんとか?)

(無線を妨害したり、電話の調子を変にしたりしたの。多分OK。何ならあの女王様の心を覗いてみたら? 私と出会った事で、力が増幅されたはずだから、出来るわよ。じゃあ、頑張ってね)


 エミナとの交信は切れた。言われた様にガブリエルの心を覗く……僕が新大陸に行った事、すでにトリアに戻った事以外の確実な情報はもたらされていないのは事実らしかった。

 用事が終わったのにテージョに来ない。夫の気持が自分から完全に離れた。そんな風にガブリエルは思い始めている。


「やっぱり行かないと、話が余計ややこしくなるか」


 翌朝、トシエ・マサエには「ガブリエルの御機嫌取りに行ってくる。月が変わらない内に戻るからね」とだけ伝えて、昼には定期航路の客船に乗ってしまった。海運会社のオーナー特権で、貴賓室は何時でもすぐに使える状態なのだ。護衛は腕利きを十人伴った。出発直前にガブリエルに電話を入れる。


「明日の昼食は一緒に食べられるだろうと思うよ」

「まあ、そうですの? 今は孫たちも皆居りますのよ。にぎやかになりそうですわ」


 電話一本で、ガブリエルの気分は確実に上向きになったようだ。

 翌日には無事にテージョの王宮に入った。皆が一堂に会した初日の夕食は庭でバーベキューにした。ガブリエルの産んだ十人の子供たちも、孫たちも皆バーベキューが好きだ。大食堂で食べる晩餐はどうしても堅苦しいものになるが、こういう形だと礼儀作法に厳しいガブリエルも何も言わないから、孫たちも伸び伸びしている。食後に一人一人に新大陸の土産物を手渡した。動物の牙と石を加工したペンダントだ。


「わあ、これはクマかしら?」

「面白い魚の格好だよ、これは」


 皆にねだられて、大きなクマや巨大な亀、まっ白い大フクロウの話をした。男の子たちは大人になったら、冒険に出かけたいと思ったようだったし、女の子たちは沈まない太陽を見てみたいと思ったようだった。


 その夜は久しぶりにガブリエルと同じベッドで眠り、気分が穏やかにおさまるのを確認できてほっとした。


「モナ様の御用は、案外早く澄みましたの?」

「ああ。大陸の色々な人たちの導きが有ってね、広大な土地を一度も迷わず、目的地にたどり着けたんだよ」

「今年は、夏にはお会いできないと思ってました。でも、来て下さって、良かった」

「遅くなって、ごめんよ」

「ありがとうございます」


 やはり、気が張っていたのか、若いころより疲れやすくなっているからなのか、気が付くとガブリエルは深い眠りに入っていた。


 昼間は孫たちと取りとめのないおしゃべりをしたり、夏休みの宿題を見てやったりした。一番暑さの厳しい時間帯は涼しい木陰にハンモックを張って、横になり、蝉の声を聴いていた。孫たちは僕が蝉の声を嬉しそうに聞いているのを、不思議そうに見た。


「その蝉と言う虫の声、そんなに素敵ですか?」

「うん。夏にしか聞くことが出来ないからね。蝉が居ると言う事は、緑が豊かだって証拠だし、それに、蝉の声には、楽しかった子供のころを思い出させる力が有るみたいだ」

「ふーん……」


 そんなやり取りの後、孫たちも僕の真似をして、ハンモックで涼風に吹かれながら蝉の声を聴くのだった。

それからおやつとして、スイカではないが冷えたメロンを一緒に食べた。そんな事をするのは、僕と孫たちだけだが。

 ガブリエルや大人になった子供たちは籐製というかラタンというか、そんな植物を編んだ素材の寝椅子を室内の風通しの良い場所において、軽く昼寝をする。地球でいう所のシェスタと同様の習慣だ。新婚さんはイチャイチャやっている最中だったりするので、部屋には近づかないのが無難だ。


「寝椅子より、ハンモックの方が何だか楽しいです」

「蝉の声を聴きながら、冷えたメロンを食べるのは、美味しいですね」


 孫たちは僕と一緒に庭で昼寝をした。


 一度は孫たちと海にも出た。近頃はレイリアでは海水浴のための浜が整備されたりして、観光客が増えつつあるが、僕が行くのは宮殿下のいわばプライベートビーチだ。近衛の中で泳ぎの達者な兵士たちにライフセーバー役を受け持ってもらって、気を付けて泳ぐのだが、毒クラゲが出たりしたので、泳ぐのは一日で諦めた。それでも貝殻を拾ったり、浜の生き物観察をするのは、孫たちも楽しいようだった。


 ガブリエル本人と話すより、孫たちと遊ぶのが主になったが、それでもテージョに来て良かったと思う。トリアに戻る僕を港まで見送りに来たガブリエルの顔は、穏やかで優しいものだった。


 帰りの船の貴賓室に入ると、僕は思わずベッドで大の字に寝転んでしまった。


(ねえ、そっちのアラームの状態は今どうなの?)

 いきなりエミナの意識に語りかける。するといきなりだったのに、すぐに反応が有った。

(ちょっと今、確認するわね。危険度はかなり下がったみたいよ。まだ多少危険だけど)

(ほとんど孫達と遊んでただけなんだが、それでも効果は有ったんだな)

(黄金宮のお二人さんも、ちゃんと接してあげてね)

(うん。出来るだけ一緒に食事する事にした。もう、一緒に寝る事は多分しないけどね)

(私に変な義理立ては、しなくてもいいのよ)

(僕自身が、メンタル的にしんどいんだ。だから食事で乗り切る事にする)


 エミナとそんなやり取りをしていた矢先、客船の船長が急ぎの相談事を持って来たらしい。さて、一体全体何だろうか?

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