僕の夏の休暇・3
後半、一部自粛してます。
この社会は決まった食事の時間と言う概念が無い。腹が減った者が食べたい時に食べたいだけ食べればいいみたいな感覚なのだ。祭りのときは各自の家から『御馳走』だと思うものを持ち寄って、集会所に置いておくのだ。僕も持ってきた酒類やドライフルーツや瓶詰、缶詰、加工食肉の類をあらかた放出した。
腹が減ったら、好きな時に好きなように飲み食いすれば良いだけ。ルールはたった二つ。食べ残し厳禁。皆で食べられそうな物が自分の手元に有れば、なるべく持ってくる。以上だ。
階級社会と言うのとは違うと思うが、大きな祖霊の力を背負っている、あるいは霊力が強い、霊格が高いなどと長老連中に認定されると、特別扱いされるらしい。祭りの時も特別な宿泊場所を割り当ててもらったり、食料や水に関して特別扱いされたりするのだ。
ちなみにモナは遠来の霊格の高い魂で力が強いと認定されて、いつまでも部族の間に留まるようにとの願いを込めてこの地域の人が家を自発的に作ってくれたらしい。内部はがっしりした木組みで、天井も壁も床も木肌の温かみと清潔感が有り、何とも気持ちの良い部屋になっている。
「やっと二人きりになれたね」
「ええ」
乱痴気騒ぎがひと段落して、集会所で食べたいものを食べてから、僕とエミナはモナの家に入った。
祭りの間中、モナはこの家には戻らないと僕に宣言していた。二人の邪魔をしたくないそうだ。それだけ僕たち二人の縁がしっかり強く結ばれることを、本気で願ってくれているのだろう。
「美保だった時の記憶は、有るの?」
「前世はミホ・レスコで、前々世は田中美保だけど、井沢亮太が知っているのは田中美保よね。どちらの記憶も有るわよ」
「そうか。僕より一回転生の回数が多いんだ」
「と言うより、同じ回数になったんじゃないかなと思うの」
僕の前回、美保いやエミナの前々回の日本での出会いは転生の回数が噛みあわないから、相性が良くても繋がりが強くならなかった可能性が有るらしい。エミナはルンドに転生する際、時空管理局からそんな説明を受けたようなのだ。
前世の家族は日本在住のアメリカ人の母親マーシャと二人の叔父が同居していて、父親が居ない変則的な状態だったのは僕も承知している。家族全員が娘が僕の所に転生する存在だって、産まれた時から承知していたのだから、相当変則的な家族だったと思うが、それなりに良い関係だったらしい。マーシャは母親と言うより親友みたいな存在だったようだ。マーシャの娘としてのミホは、アメリカンスクールから飛び級でアメリカの大学に入学したと言う。そして二十二歳のある日、時空管理局の呼びかけに応じたら、転生していたらしい。
「少なくとも学業に関しては、ミホ・レスコの方が田中美保よりずっと優秀よ。一応専門はバイオテクノロジーで、特に環境科学って言うのか、そう言う方面を研究していたの」
「そりゃあ、心強いな」
「お役に立てると嬉しいわ」
「大いに期待してるよ。ねえ、それはそうといきなりの転生で、残された家族三人はどうなんだろうな? 時空管理局も予定が分かっているなら、手紙なりメッセージなり送る事ぐらい認めたらいいのに」
「私は『今からルンドに向かいます』って言う短いメッセージを家族全員の携帯に送ったわ。三人とも貴方を知っているから、あまり心配はしていないと思うけれどね」
本当にそうなのかどうかは僕にはわからないが……マーシャという人の感情はどこかドライで吹っ切れた所が有ったから、あるいはエミナの言う通りなのかもしれない。
「メッセージを送れたって、僕の時より進化してるな、時空管理局も……んーと、エミナって呼べば良い?」
「そうねえ。私もグスタフって呼ぶ方が良いわよね」
互いにそう言ってから、笑ってしまった。
「今は、アルラトの人?」
「そう。ザファルとアティアの娘よ」
「おい、そうなのか! 今までどこの誰か知らせるなって……ちょっと冷たくない?」
「でも、現実問題どうなの? 奥さんたちの事が有るじゃない。十八年だって時間が有った方が、良かったでしょう?」
「まあ、それはそうなのかもしれないが……」
「知っているのに家族に嘘をつくの、嫌でしょう?」
「うんまあ」
「だからね、良いのこれで」
ちょっとふくれたようなその言い方が、僕の記憶の中の美保そのものだ。だから、なんだかうれしくなってくる。
「あのう、エミナ姫としては御両親にはどのようにお話なさっているので?」
「ええ? 母にはずっと前から全部の事情を話してあるけれど、父には今年になって事情を打ち明けたの。お見合いとか持ってこられたら困るから。グスタフ様としか結婚できませんって。それにケツァールがここのお祭りに誘いに来たから『これは運命ですから』って言って諦めてもらったの。と言う事情でございますから、私の両親も事情を承知しておりますわ、陛下」
「クックック、陛下って言われるの、すっごい違和感が有る」
「もういい加減慣れたんじゃないの?」
「君に言われると、何でも新鮮に聞こえる」
「私は……懐かしく感じるわ」
「そう? じゃあ、キスぐらい、OK?」
「ええ」
「誰かと、した?」
「まさか。有り得ないわ」
「なんか無茶苦茶嬉しいかも」
「かも?」
「フフフッ、言い直す。無茶苦茶嬉しい」
「良かった。黄金宮には美人が一杯だって聞くから、私なんてもう、どうでもいいのかなって、つい思う事も有るもの」
「僕を信じなさい」
「はい」
「キスの先は、有り?」
「お任せで」
(以下自粛)
「じゃあ、あの日よりは大分マシだと思うから、お任せで、構わない?」
「ええ」
エミナは銀色の髪に銀色の瞳だが、顔を真っ赤にして頷いた様子は、やはりあの日の美保を思わせる。
「ここで会ったが百年目、じゃあ敵討ちか。でも、これからは理不尽な別れを強いられた運命に対する敵討ちみたいなもんだって思ってる」
「それは……わかる様な気もするけれど……」
「ああ、わかった。焦らないよ。僕の奥さんたちの感情に波風を立てて角が立つのが、嫌なんだろう?」
「そうなの。これから私達が一緒に過ごす時間は、とてつもなく長くなる可能性が高いみたいだから、無理せずゆっくり事を運べば、それで十分よ」
「でも最低、婚約、という事にはさせて欲しい。帰りにザファル君とアティアに会って、正式に申し入れさせてもらう」
「ありがとう」
本当はガブリエルは一応正妻の地位に居るが、法的にも慣習から見ても、帝国の皇后では無い。結婚する時から美保の事を打ち明けてあるから、約束通り美保が転生した存在であるエミナを、すぐに皇后に据える事も可能と言えば可能なのだ。だが、確かにあの頃と事情が変化してしまった。ガブリエルは美保が転生したと聞いただけでひどく動揺した。昔の申し合わせが有るからと言って、それを盾に迫れば、恨みは残るだろう。
(以下自粛)
その後は獣の雄たけびのような声を二人で上げ、したたかに爆ぜたのだった。それからそのまま、一緒に深い眠りにおちいったのだったが、また目覚めると体を解く事なく、互いを貪った。これほど自分が貪欲であるのが僕自身驚きだったが、つい先ごろまで正真正銘の乙女であった身で僕と互角に渡り合うエミナの強さも大したものだ。幾度か水を飲み、少し食べ物をつまむ程度で、僕らは肉の悦びに耽った。それでも毎朝ちゃんと避妊薬を忘れない僕の律義さを、エミナは「あいかわらずだわ」と言って面白がった。近頃は薬湯から錠剤タイプが作られて、なかなかに便利になったのだ。外ではずっと、祭りの賑わいが続いていた。
「やっぱり、身も心も相性抜群だな」
「う、うれしいっ」
美しい女が悦びに溺れきって曝け出すその表情は、男の方にもしびれる様な恍惚感をもたらすのだ。エミナの様々な媚態や乱れる姿は、いくら見ても見飽きない。結局七日間昼夜ぶっ通しで行われる祭りの間、僕らは一度も外に出なかった。
七日目の昼に、外からモナに声をかけられて、ようやく互いの体を拭き清めたのだった。
「いやはや、すごいのう」
モナにそう言われても、僕は平然としていたが、エミナは赤く熟したベリーのような顔色になってしまった。後から思い返しても稀有な体験だった。
祭りが終わると、僕らは一緒に一番近い港町に向かった。帝国の最新艦とアルラトの軍艦が待っているのだ。僕は港から無線でアルラト大君主国に連絡を入れた。